TRPG考察その1
第1回:雪の山荘シナリオ考察
雪の山荘モノといえばミステリの定番ですな。他にも絶海の孤島とか火山噴火で孤立したキャンプ場とか山火事に囲まれたロッジとかいろいろバリエーションはありますが。
また、オリエント急行内やナイルを下る遊覧船内での事件もこれに含まれると思います。
さてさて、雪の山荘モノのメリットですが言うまでもなく「犯人が登場人物の中にいる」と限定できる点でしょう。「実は外部犯でした」でもイイのですが、多分評価はボロクソでしょう。
さらに舞台&登場人物を限定できるので推理しやすいし警察等の介入もなく素人探偵が活躍できる、というメリットもあります。
しかしそういうありきたりな話もつまんないので「秩序回復」という点から見てみましょう。推理小説(一部ホラーもかな)は秩序回復の物語であるという説があります。犯罪によって失われた秩序を探偵が回復していく、というのです。
#中には犯人は分かるが秩序が回復しないモノもあります(最近また増えてきたか?)。メタミステリとかアンチミステリと呼ばれてるモノに多いようです。
ところが、雪の山荘モノは状況だけで既に秩序が乱れてると言えます。またそこで起こる事件によって秩序の乱れ方がより激しくなります。秩序が乱れれば乱れるほど登場人物の心理状態は極限に近づいていくので心理ドラマの要素も出てきます。またそれによってさらに秩序が乱れます(耐えきれずに狂乱する女性キャラクターとかいますよね)。
そして真犯人の露見と共に吹雪は止み、救助隊がやって来て秩序の回復度も通常のザクの3倍となります。
つまり、雪の山荘モノは「秩序回復」というミステリの要素の1つを濃縮したものではないかと考えられます。
第2回:犯人限定の論理についての考察
推理小説のクライマックスでは探偵が真犯人を指摘するものですが、そのために必要な物として昔は「動機&機会&動かぬ証拠」などと言われてました。しかし、最近ブームの『金田一少年の事件簿』を見てるとどうやらその時代は終ったようです。
金田一少年は「機会&動かぬ証拠」を持って真犯人と対決し、観念した犯人が「動機」を自白します。実にコストパフォーマンスの高い方法ですな。
ついでに言うと、金田一少年の詰め手の一つに「犯人だけしか知らないはずのこの情報を知っているあなたがすなわち犯人だ」ってのがあります。TRPGのセッションで1つ1つ証拠を拾っていくというのはプレイヤーにとってはGMが思ってる以上に難しいのでこういう犯人限定の論理は使えると思います。「動機」等その他のことは捕まえた犯人に聞きましょう。
第3回:アルジェント流夢歩きについての考察(長文)
ダリオ・アルジェントはイタリアの映画監督です。彼や彼の作品についてはここでは述べません(注1)。彼はそのスタイリッシュな映像もさることながら、不安を煽るのがまた上手です。それを深淵の夢歩きに応用できないかな? ってのが今回のテーマです。
ドラマや映画では、
主人公:怪しそうなビルに忍び込んでいく
(しかし軒先では「くもの巣に蝶が引っかかっている」)
とか、
悪い殿様:「まぁまぁ、良いではないか」
若い娘:「あ〜れ〜(くるくる)」
(そして庭のユリの花が散る)
なんて良く分かる暗示を含んだ演出が良く使われますが、アルジェント流はそのさらに上を行く「意味は良く分からないが不安を煽るモノ」が出てきます。ゴボゴボっと渦を巻いて水が排水溝に流れていったり、人形の間をビー玉が転がっていったり。日常にありながら見ていて不安を覚えてしまうようなモノ、日常と非日常の境界線の上にあるようなモノを使ってます。
#何に不安を覚えるかは人それぞれなので、アルジェントの作品も合わない人には全然合わないでしょう
例えば私だと
・夜道を車で走っているとき道のど真ん中に落ちている「軍手の片方」やら「靴片方」
(これは心臓に悪い。また良く落ちてるんだな。誰が落とすねん(特に靴片方))
・ゴミ収集車に飲み込まれていく青いゴミ袋
(私はゴミを押しつぶして中へ押し込むタイプの収集車よりも、円筒形のドラムが回転するタイプの収集車が好きです。ゴミがぐるぐる回っているのを見ていると自分まで吸い込まれそうな感じがします)
なんてのは「うわ〜」とか思いますな。しかしクトゥルフ等通常のTRPGで使ったりすると何かあると思われて軍手調べたり収集車調べたりされかねないのでやはり夢歩きで使うのが良いかと。私は夢歩きはPCではなくプレイヤーが行うものだと思ってますので、そこでのビジョンについては何でもありです。
(注1)アルジェントについては矢澤さんのホームページが国内では最強ですのでぜひ行ってみてください。
第4回:島田荘司風ネタフリのススメ(TRPGな一言への返歌)
sfさんのTRPGな一言(99/6/19)でも問題定義されているように、シナリオ中に魅力的な謎を提示してプレイヤーの好奇心を刺激するというのは引きとして有効な方法だし、プレイヤーとしてもその先が知りたくてウズウズしてしまいます。
では、どの程度の謎を提示すればプレイヤーは食いついてくるのか? 島田荘司のようにロスの街に人食いゾンビが現れたり、切断死体を繋いだら再生したり、屋根の上に死体が跨っていたりみたいなネタフリ(もちろん最後には論理的に説明される)は確かに強烈ですが、かと言って誰にでも考えつくものでもない。しかし、
「死体の周囲に撒かれていたジャスミンの花びら」
程度なら火曜サスペンスやジュブナイルミステリにもよく出てくるし、これで十分使えると思います。
「被害者は全員十数年前の事件の関係者で、関係者にはジャスミンの意味するモノが解っている(おそらくその事件の復讐でしょう)が警察には言えない」
なんて実に金田一少年的です。他にも「ジャスミンで何か別の匂いを消そうとしていた」のような使い方もありますな。
最後に重要な点を1つ。「冒頭に出された謎は解かれねばならない」のは当然ですが、別にPCが最終解答を出す必要はないです。推理は思う存分してもらって構わないと思いますが、第2回で説明している通り捕まえた犯人に白状させればいいだけの話です。
第5回:最近のシステムのシナリオの作り方
最近のTRPGは「運命」だの「因縁」だの「絆」だの「エゴ」だのというパラメータがあり、ロールプレイやドラマティックなストーリー作成を支援してくれるようだし、プレイヤーの受けも良いようです。
しかしその半面、「シナリオが作りづらい」「どうやってシナリオを作ればいいのかわからん」というGMの声を良く聞きます。これらのパラメータをどうシナリオに組み込むかが一番のネックのようです。
ではGMはこの手のシステムのシナリオを作るときには上記のパラメータを考慮したシナリオを組んだ方がよいのでしょうか?
答えはノーです。
まず第一に面白いシナリオです。運命や絆なんかを使わなくてもそれ単体で面白いシナリオを書くことをオススメします。
魅力的なNPCを出して「ここでこのNPCとPCがラブラブになって」なんてことは考えなくてもいいです。必ずそうなるとは限らないしその手の話が苦手なプレイヤーもいるでしょう。また逆にそれを強制するのも筋違いのように思えます。
こういった運命やらNPC&PC間の関係というのはシナリオ段階では全く考慮する必要はありません。これらを活用するのはセッションハンドリングでのテクニックです。
絆や運命というのは「入れるとおいしくなるけど、必ず入れる必要のあるものでもない「ラーメンの胡椒みたいなもん」だと思います。苦手な人は入れなきゃいいし。それを最初から入れておいて「さあ味わえ」とか「早く胡椒入れんかい!」というのはちょっと違うように思えます。
不味いラーメンを胡椒でごまかすのではなく、そのまま食べてもうまいラーメンを出す。もちろん胡椒を入れるとうまさ倍増なのは言うまでもないし、入れた方が良いのはその通りなのですが、「ロールプレイやNPCとのやり取りは面白かったけど、シナリオの内容はカスだった」なんて言われるのは悲しいですからね。システムに負けていると言うことにもなるし。
第6回:NPCの設定等
WARPというソフトハウスがあって99年11月現在『Dの食卓2』というDC用のソフトを作っていますが、ここが作るソフトは毎回登場人物を使い回しているんですな。キャラクターを俳優として扱っているのです。『D2』の主人公ローラは『Dの食卓』『エネミーゼロ』でも主役でまさにWARPの看板女優って感じです。
TVドラマ(特に2時間ドラマ)だと同じ俳優が良く出てきますが、当然毎回役名が違います(シリーズ物除く)。しかしWARPの面白いところは名前も毎回同じだということです。顔と名前は同じで設定だけ違うと。
シナリオを作っていてめんどくさいのがMAP描きとNPCの設定ですが、こういう切り口も面白いのではないでしょうか。他人を唸らせる方法で楽をするのも面白いかと。
#そういやその昔『マンハッタンレクイエム』というアドベンチャーゲームのアドオンで『キスオブマーダー』というのがあったな。これもベースとなる『マンハッタンレクイエム』と登場人物は同じでシナリオだけが全く別、というものでした。
第7回:システムとシナリオ
「GMNさん、パラノイア(チル、クトゥルフ、深淵)してくださいよ」と言われることがあります。「ああ、そのうちな」と答えてますが、それがいつなのかは本人にも全く解ってません。
私の場合、シナリオを作ってそれに会うシステムをチョイスし、最後に細部をシステムに合わせる、という作り方のためにシステムで縛られると非常に困るのです(というか作れない)。
私にとってシステムとは中にあるアイデアを
と同じ伝達手段にしか過ぎないのですから。
第8回:努力する? しない?
雑誌やらインターネット上で「TRPGに努力は必要か否か」という問題が取り沙汰されることがあります。
「努力は必要だ」という意見の方が多いようですが、「TRPGに時間やお金をかけているボクの人生を否定しないでください」という動機が見え隠れしている反論も中にはあって非常に興味深いですな。
しかし、TRPG歴が長くても未訳サプリを全部読んでいても、TRPGに月何万もつぎ込んでいようと一緒に遊んで全然おもろないカスみたいなGMやプレイヤーは存在するし、逆に「TRPG初めてです。よろしくお願いします」という人と一緒に遊んで非常に面白かったこともあります。これはなぜなんでしょうか?
私はTRPGに対する努力よりもその人が自分のベース(引き出し、拠り所)を持っているかどうかの方が大事だと考えます。努力するしないは個人の勝手でど〜でもいい。しかし自分の中のベースはしっかりと持っていて欲しいもんです。このベースというのは
その人がそれまでにやって来たこと、見聞きしてきたことの集大成ではないかと思う今日この頃。
第9回:海外TRPGの充実とその効果
(2000/11/5現在)アトリエサードから"Hero Wars"の日本語版が発売されるようです。これはRQファンのみならず日本のTRPGシーンにとっても喜ばしい事でしょう。
先日読み返した『このミステリがすごい'93』の覆面座談会で現在のミステリの隆盛を支えているのは海外ミステリ(翻訳)の充実だ、という意見が出ていました。私もそれに同感ですのでちとその話をば。
#ちなみにこの座談会は'92で「どうして赤川次郎や西村京太郎等はランクインしないのですか?」という読者の質問に対して「こっちが取り上げているのはJ1であれはJ2だから」というような趣旨の回答をして大ブーイングを食らったということがあった。傲慢だがある種の共感はある。
ミステリは未だに『モルグ街の殺人』から相変わらず海外ミステリランキングトップの『Yの悲劇』(なにが良いのかわからんが。*器と*器を間違えるのがそんなにすごいのか?)といった古典は町の本屋でも入手可能です。毎年チョイスされた上質の新作もどんどん翻訳・出版されてますし。
それがTRPGではどうでしょうか? D&Dやトラベラーやクトゥルフといった評価の高いTRPGの日本語版は既に絶版です。海外TRPGの翻訳なんて数年ぶりに『ヴァンパイア』が出たくらいです。ローズtoロードのように国内発の物ですらSW以外は絶版な状況だし。
「別に海外物なんてなくてもイイじゃん」という意見も出そうですが、今のTRPGシーンを支えているデザイナーは皆上記の古典を遊び倒して来た方々なのです。次世代のデザイナーのためにも古典や新作の日本語版がいつ、どこででも入手できるという環境は不可欠だと思います。先のJ1,J2ではないですが今国内で入手可能なTRPGを遊び倒した中から次世代のゲームデザイナーが出てくるとはとても思えませんので。
第10回:演繹法と帰納法
ミステリ小説に登場する探偵の推理法には色々ありますが、代表的な物として
・演繹法
・直感帰納法
の2つがあります。
演繹法というのは順序立てられた論理で犯人に到達するという方法でエラリイ・クイーン(『エジプト十字架の謎』)や江神先輩(『孤島パズル』)なんかが使っていますね。
もう一方の直感帰納法というのはまず直感で犯人に到達し、後から証拠を固めていく(こじつけていく)という方法で上記以外のほとんどの探偵がこの推理法を使っています。
読者や火曜サスペンスの視聴者もこの方法ですよね。私たちも直感が当たればうれしいですし(その後の帰納法がうまく機能してるかどうかは別問題)。
TRPGのシナリオは推理モノに限らず何らかの謎や秘密があり、プレイヤーがPCという駒を通してその奥へ迫っていくというのが多いです。
またほとんどのプレイヤーはそれに対して直感帰納法を試みます(つ〜か、先読みをしないプレイヤーは皆無でわ)。
プレイヤーにフルに直感を働かせてもらえるような魅力的な舞台、登場人物、謎にアイテムをちりばめたシナリオというのも「面白いシナリオ」というGM永遠のテーマに対する一つのアプローチではないでしょうか?
別に直感で当てられても構わないのです。ナンダカンダ言っても当たるとうれしいのですから。