第8信第9信第10信


第8信

翠さま
 お久し振り。お元気?
台風の日以来か、結局。あれのせいでさんざんだったものね。翠のとこは、家、もう大丈夫?
私のとこときたら、家は全壊だわ道場は無傷だわ *1 (こうも極端なのは、あの通り *2でも、
玉城道場だけだったらしい。ここまでくると、親父殿の莫迦さ加減にも思わず頭が下がってしま
う)で、なんだかんだあったのだけど、とどの詰まり、私は親父殿の兄貴殿(であるところの、
まぁ、伯父貴殿だね)を頼ることになりました。
というわけで、今、山形です。山形県霞城市 *3。編入試験にもどうやらパスして、霞城第三
高校というところに通うことになりました。進学校の第一高校、やっぱり進学校で女子高の第二
高校には…最初っから受けられなかった。ま、翠じゃあるまいし、行ったって私じゃついてけな
いって。だいたい一高なんか、女子は殆どいないらしい。で、三高はわりとよく遊びよく学ぶ、
そこそこの進学率をも誇る、でもってどっちかっていうと個性的な人材(変人ともいう…とか)
を輩出する、というんで知られてるんだそうです。…入学案内(公式版と生徒会発行版)を読ん
だ限りではそんな感じだよ。何にせよ二、三日うちに見学に行くことになってるから、実際どん
なとこかはあとでお手紙するね。
沖縄を引き払ったら、親父殿の空手莫迦、武道莫迦とも縁が切れるかと思ったんだけど、やっ
ぱりそうは問屋がおろしちゃくれませんでした。伯父貴殿も、あの親父殿の兄君だけあって、こ
れまたその手のタチの悪い莫迦で…まあ結局、伯父の道場(空手と琉球古武道。山形でも需要は
あるらしい)の女子部の師範代をつとめることになりました。それはそれとして、奇異の目で見
られるのも嫌だし、沖縄を離れた時くらいは少し別種の生活をしてもいいような気もするので、
こっちの学校では武道絡みの関係はとりあえず隠しておくつもり。空手その他が嫌いなわけじゃ
ないんだよ。でも、私、物心つく前からそればっかりだったからね。あの親父殿じゃしょうがな
いんだけど、でもそれしか知りませんっていうのもなんだかな、と思って。環境変わるし、たま
にはいいかも、ってさ。私、翠と違って笛のひとつ吹けるじゃないし。そういうわけで。
伯父の家に一室いただいて、それなりにくつろいでます。やたらと寒いのがちょっと大変かな。
外に出られないんだよね。熊が冬眠するわけがよくわかる。
そうそう、意外も意外、ってなことがあったんだ。
ここに着いて最初に荷物開けたら、チビがついてきてたの。荷造りのときにまぎれこんだのか
な。ほんとに私についてきてくれたのかも。どっちにしても何か心強いものがあります。
ちなみに、チビは、あっさり、私ともども、伯父の家の居候としておさまってます。伯母様な
んか、暁ちゃんも寒いだろうけれどチビはもっと辛いわよね、かわいそうに、って仰って、いろ
いろ気を遣ってくださるの。それでも寒いんだろうね、陽溜まりにちっちゃい布団置いといてや
ると、そこに来て丸くなって眠ってます。
というわけで、なかなか快適にすごしてます。夏休みとか、もし暇があったら遊びにおいでよ。
伯父のところ、子供がいないせいか、私のこと、えらく大事にして下さってるし、友達も大歓迎
だそうですので(でも、伯父貴殿がそういうこと云って笑うと、鬼ガワラが笑ったみたい。けっ
こう凄いよ。うちの親父殿がかわいく思える)。
ではまた、今日はこのへんで。

                             乱筆乱文失礼
                                    暁 拝


第2信

翠さま
今日、高校見学に行ってきました。
猫かぶり作戦、初日から大失敗 *1
いったい裏からどう手が回ったのか知らないけど、私が空手を遣うことはすでに学校側の知る
ところとなっていた模様。
伯父貴殿の車に乗せられて校門前に着いたら、案内役として待っていたのが…なんというか、
曰く云い難しな風貌 *2の男子生徒で(なんというかその。やたら怪し気というか。強そうでは、
あった)、どうも伯父貴殿とは顔見知りらしい。まぁ、話をしてみると真面目な人のようで、と
りあえずひと安心、ではあったんだけど。
ところがそのあとがいけない。こっちがなにも云わないうちから、空手部の方には話を通して
ありますから、と、いきなり御親切にも(…とかいっちゃいけないよね。先様は本当に親切のつ
もりだったようなので)空手部室に案内してくださるし、そしたら空手部の方々はこれまた本当
に待ってて下さったようで、まさかここでは空手には手を出さないつもりともいえず(云えるム
ードじゃありませんでした。というか、云う隙なんかありゃしなかったのだ)、気がつくと、古
武道やってることまで口走り(でもそう云うとどうしてみんな必ずヌンチャク持ってくるのかね。
いや、使えるけどさ)、挙げ句、そこを立ち去る時には入部だか助っ人だかを約束してしまって
ました。開き直るしかないか。…というわけで、初日から大失敗。
ちなみに、案内して下さった御仁、電光寺数馬さんと仰って(凄い名前だよね)、家が道場だ
とかいう空手家で、でもって私の隣のクラスなんだそうな。とても同い年には思えないって雰囲
気だったんだけどね。で、まぁ、あちこち学校を見せていただいたんだけど、いやもう、凄かっ
たよ。そうとしか云い様がない。
教室とか、学食とか見て、次に特殊教室(理科棟、っていうらしいんだけど)に入ったら、ど
こからともなく異様にお元気で明るくていらっしゃる、化学部長、と名乗られる方が湧いて出て
日比野陣也さん、というそうな。こんどはまともな名前)、少し言葉を交わした後、

「それじゃあ実験中だからぁ」

と、さらに明るく立ち去ってゆかれたんだけど、で、暫くしてそっちの方向から爆発音が…何
なんだか。
さらに呆然としたのは、調理室のドアを開けたとき。おいしそうな匂いとあたたかな湯気の向
こうに見えたのは、総髪にサングラスのおにいさんがエプロンかけてお玉を手にしてる姿で。自
分の正気を疑っちゃったわよ。調理部の部長で調理室のヌシでいらっしゃるとかで。そこで遅い
お昼をごちそうになりました。…味は…冗談抜きで美味しかった。いやほんと。なんでもその調
理部部長氏は学校新聞の料理コラムを担当してるとか、それが“ぱぷりんの3分料理教室”って
題だとか、でもって御本人のお名前は葬狂十郎(はふり・きょうじゅうろう)と仰るとか…親の
顔が見たいわ。
っていうかさ、この学校、何なんだろ。
なかなか波乱含みのスタートよね(…それどころじゃないって)。
いいことも、もちろんあったんだけどね。クラスの女の子と仲良くなれたし。大沢さん…大沢
はるな
さんていうんだけど、新聞部の人だって。いい感じのひと。あと、担任の先生、めちゃめ
ちゃ美人でかっこいい方だったし。
新聞部っていえば、この学校、どっかの三流スポーツ新聞みたいなゴシップ紙が、まっとうな
新聞部の他に存在するみたい *3。私が学校に着いて車から降りたとたんに、シャッター音が降
ってくるわけ。何かと思えば、樹の上からカメラ構えてるバカがいてさ。電光寺くんの言によれ
ば、学園パパラッチカメラマンで、ハイエナとか何とか呼ばれてるそうで。本名も聞いたんだけ
ど忘れちゃった。どうもハイエナ氏、あたしと同じクラスらしいんだけど。最低。今度、本気で
はたき倒すべきか、考えてます *4
ではまた。
学校生活が落ち着いたら(そんな日がくるのかどうか、はなはだ疑問ではあるけど)、またお
手紙しますね。

                            乱筆乱文失礼
                                     暁 拝

追伸
すごい美人(長い、ぬばたまの髪がとても印象的)の、オカルトな方と同級になってます。
水城志弦(みずき・しづる)さん、と仰る(素敵な名前じゃない?)。でも、いまいち感じ悪い。
あたしが教室に入ってくと、ちょうど“こっくりさん”が進行中で、いいネタがみつかった、
ってわけでもないんだろうけど、

「転校生はなぜ三高にきたのですか」

とかなんとか尋ねてくれちゃって(このへん、うろ覚えだけど)、そしたら出てきた答えが“蛇”
とか“わざわい”とか。
なんで、そんなのが出てくるかね。
チビのこともあるし、どうもおだやかじゃない。
…ま、ほっといても、いいか。


第3信

翠さま
 蛇の群れとニコチンにまみれた一日でした。
 へんな疑いはかけられるし、最低。
この学校、まともじゃないって、絶対。
…ああ、ごめんね。こんな手紙じゃ、驚くよね。
 とりあえず、も少し落ち着いたら、長い手紙出します。何とか、生きてるからさ。
というか、生きてます、って便りをどっかに出しとかないことには、今の自分が生きてるって
事実までおかしくなりそうでさ。でも、そのうちなんとかなると思うんだけど。
一応、お知らせ。

1 猫かぶり大作戦は潰えました。完全に。
2 チビが口をきくようになりました。というか、あたしと会話できるようになった。
3 私は正気です、多分。
4 当初の希望通り、演劇部に入部届け出しました。

そんなとこ。
ではまた。
願わくば、できるだけ早期に、状況説明の手紙を出せますように。

                                  暁 拝

追記
女の子の友達、なくしちゃったかも。
周り、野郎ばっかりで。どうしよう。


第4信

翠さま
こないだは殆ど地獄発みたいな手紙でごめんなさい。混乱の極みの挙げ句にパニックおこして
たみたい。らしくない、って怒られそうだな。
こないだの、その前の手紙でちょっと書いたと思うんだけど、“こっくりさん”やってた人た
ちがいたんだよね。発端は、多分、そのへん。それと、もひとつあってね。部屋に戻ってチビに
声かけたら、返事する声が頭の中で聞こえたの。チビの返事らしいのよ、確かに。
言っておくけど、あたし、完全に気は確かです。
…といいつつ、おかしくなってるのかもしれないけど。もしそうだとしたら、そういう趣の人
間になったんだと、了解して、この手紙、読んでね。
つまり、ここから先は、あたしの見た限りのことが書いてあるんであって、法螺も嘘もないし、
あたしにとっては、これは妄想とかなんとかではなく、そう判断できる材料もないってこと *1
一日目。その前の日“こっくりさん”をやっていた三人のうちの一人が休みました。風邪だ、
ってことだったんだけどね *2。あ、ちなみに前日はどういう状態だったかっていうと、三人が
こっくりさんのコインに指を置いていて、水城さんがそれを見守るというか、リードする形であ
れこれ云ってたの *3
二日目。もう一人が休みました。
で、パニック。いや、あたしがじゃないよ。クラスの娘たちがさ。
残るもう一人が、次は自分の番だとか転校生が災いをもたらしたんだとか蛇の災いがどうのと
か云い出して、んでもって周囲の人間もあたしのこと遠巻きにしだすし。
あたし、内心、真っ青だったのよね。だって、この日、あたし、意志の疎通が可能になってた
チビを学校に連れてきてたんだもの。鞄に潜ませて。
何だか変なことがおきてる、チビをつれてったら、何かの助けになるかもしれない、そう思っ
たから。脈絡ないよね。とにかく、“三人目”が泣き出したのをきっかけにクラスの女の子達が
大騒ぎになっちゃって、で、ふと気がつくと件の三人目と水城さんがいなくなっちゃってるわけ。
ハイエナ君だったかな、この学校って中庭が日本庭園になっててそこに茶室があるんだけど、そ
こかもしれないって云い出して、で、わらわらとそっちに向かったの。扉に鍵がかかって密室状
態になっちゃってたんだけど、騒ぎを知ってわざわざ駆け付けてくれた電光寺君がそれをぶちや
ぶってくれて、で、それってんで入ってみると“三人目”が奥で泣いてて、でも、水城さんはい
なくて *4
その“三人目”の彼女ね、顔にひどい痣ができてたの。痣、っていうより、蛇のウロコみたい
のが。ぎょっとはしたけど、一緒にパニック起こすわけにもいかないから、そのへんにいるのに
保健の先生呼んできてもらって、その後あたしも保健室までついてって。まわりじゅう視線冷た
いし(ヘンな噂広まっちゃってるもん、あたりまえだよね)、もう泣きそうだった。でも、大沢
さんがずっとついててくれて、気にしないで、って云ってくれてたからよかったんだけど。とこ
ろがあたしったらさ、こともあろうに大沢さんの目の前で、チビを鞄から出しちゃったのよ。さ
すがに大沢さんも真っ青になって…当然だって。チビ、いくらあたしのちっちゃい頃から一緒に
いようが、最近意志の疎通がかなおうが…ミニサイズ白ハブだものね。蛇だもん、真っ向。
なんかもう、どう説明したのか、いまだに思い出せない。とにかくあたし、チビを袖口に押し
込んで、大沢さんに後を頼んで、保健室飛び出してた。
前日に、云ってたんだよね、チビ。

「これだけの大きなお方が眠っている地ともなれば…同族の私とて口をきけるようになろう
ともいうもの」

とか何とか *5
蛇の伝説か何かがあるはずなんだって思ったの。それを探してなんとかすればなんとかなるは
ず、って。わけわかんないよね、もう。走り出したらそのへんでハイエナ氏がうろうろしてたん
で、図書館はどこ、探し物につきあいなさい、まだやくたいもない写真撮るつもりなわけ!?と
か何とか云ったような気がする *6。いやまぁその頃には、どこがどうなったのかわかんないけ
ど学校中が大パニックで、写真ネタはごろごろしてたんだけど。例えば…生物部の飼ってる動物
(何故かやたら山羊が目立った…でかかったからかな)がわらわら逃げ出した挙げ句、
大山羊と事を構えんとする電光寺君とか(何なんだか)
山羊の群れの角にひっかけられて校庭中ひきずりまわされるクラス委員長とか(もっと何なん
だか)
あと…もういいよね。もう一度言うけど、あたし、気は確かだからね。とにかく莫迦なんだか
地獄の様相なんだか決めかねる状況だったってのは理解いただけたと思う。莫迦にしか見えな
い?そうかもね。
で、ハイエナの彼をひきずって図書館に駆け込もうとしてたら、そこを葬君につかまったの。
彼、なんか妙に落ち着いてて、君の知ってることを教えろ、ときたもんだわ。知ってる限りの事
は言った。ついでにチビも紹介した…ような気がする。このへん、全部記憶があやふやなのよ。
パニックの説明しても、しょうがないよね。話を進めよう。
結局、わかったのは、こういうこと。
霞城市の場所には、かつて霞城(かすみじょう)というお城があって
三高は霞城の三の丸の跡に建ってて
それから、このへんには、昔、敵が攻めてきたときに、あたり一面を霞にとざして敵の侵攻を
阻んだ蛇神が祀られている、ってこと。
そういう神様なら、なんで祟るのかしらね、って思うんだけど。
とりあえず、封印が何らかのはずみで解かれたわけだし、鎮めの儀を行えばいいんだ、って葬
君がきっぱりと言い切った。
で、行うことは行ったんだけど…でも事態はなんにも好転しなかったのよね。
気がつくと、その時あたしたち中庭にいたんだけど、中庭じゅうに変な霧が立ち篭めてた。日
比野君が何だかやたらと小瓶をかかえてこっちに来て *7、中身はニコチンだっていうの。あた
し、近付かないことにした。あたしはとにかく、チビには毒だろうしね。でも、蛇に効くのって
ニコチンだっけタールだっけ、聞けば煙草から抽出したっていうし。えらいことしでかすもんだ
よね。人、何人殺せると思ってるのかしら。そこにいたのは、日比野君に葬君、電光寺君、それ
とハイエナ…本名は灰枝君っていうんだけど、たいしてかわりゃしないやね。なんか、めちゃめ
ちゃぱーぷーに見えるくせに、実はろくでもなく強い連中が周囲にいるんだ、っていうのは、勘
で分かった。なんであたしがそんなとこにいるのか…ってのはちっともわかんなかったけど。
ニコチンがかかるといけないから逃げといで、って、チビをそのへんの樹の上に避難させたの
を妙にはっきり覚えてる。
次から、また、あやふやになっちゃうんだ。あ、信じられなかったら信じなくていいよ。あた
しも悪夢でも見たって事にしちゃいたいからさ。
空気が、揺れて。
化け物だ、と思った。蛇と、それから、水城さんの(何故か、水城さんだ、って思ったんだ)
髪に似た生き物が、あたしを狙って飛んできた。ほんとはあたしじゃなかったのかもしれないけ
ど、ううん、よくわかんない。あっちこっちで瓶の割れる音がして、ニコチンの凄い臭いがして、
そいつをつかまえろって誰かの喚く声がして、とっさに黒髪のなびく方に身体をひねって、かわ
されて…。足下が変な感じがした。そしたらそこらへんじゅうが蛇の群れで。で、唐突に、あた
しはチビとも話せたんだから、この蛇とも話せる、って思ったの。めちゃくちゃだよね。でも、
あたし叫んでたの。動いちゃだめ、お願い、動かないで、って。そしたら蛇が止まった。黒髪の
蛇だけがあたしのこと睨んでた。反射的に飛びついて押さえ付けた。後ろで葬君が九字を切って
た。それからあたしの腕の中で、骨が砕ける音がした *8。それから、霧が晴れた。
霧が晴れた時、あたし、水城さんを腕の中に抱えて、呆然と突っ立ってた。
足下に、水城さんサイズの化け物の皮がおっこってた。
あたりじゅう、すごい臭いがしてた。あたしも水城さんも他の人たちもニコチンまみれで。恐
ろしいよね。こんなんじゃ蛇で殺される前にニコチンで死ぬって。っていうか、死んでないのが
不思議。
保健室に行ったら幸い誰もいなかったし隣のシャワールームも使えたから、使って、水城さん
の体も洗った。なんとか自分で手当てまでしようとするんだけど、駄目なのね。手が震えて、包
帯ひとつまともに扱えない。この狼狽え者、って、親父殿の怒鳴る顔が目に浮かんでさ。本気で、
泣けた。
で、水城さんは病院送りになり、あとは…くわしいことは次の便で書く。
まだいろいろあったんだけど、あたし、いまいち信じ切れてなかったりするから。もうちょっ
と気持ちの整理がついたら、もう一本御報告の手紙書くよ。それまでちょっと待ってね。
ではまた、すぐにね(…できれば、ね)

                      乱筆乱文、所々乱心御容赦
                                    暁 拝


第5信

翠さま
 お久し振り、お元気ですか。
手紙、すぐに出すって云ったけど、けっこう随分になっちゃった。ごめんなさい。ようやく起
こったことに対する気持ちの整理がついたんで、筆を取りました。
ありていにいうと。…チビね、何だか怪我を治せるらしいのよ *1。前に、私の腕の中で水城
さん(…ま、その時は取っ付かれた蛇女姿だったんだけど)が電光寺君にはたかれて…ってなこ
とを書いたと思うんだけど(…書かなかったっけ?結局、そういうことだったんだけど)、とに
かくその結果としてえらいことになっていたの *2。で、このままだと救急車呼ぶにしても間に
合わない、って慌てふためいてたら、チビが、

「私がなんとかいたしましょうか」

って云うのね。
で、するっと水城さんの胸元に降りてって…何がおこったのかわからないけど、チビの体がぼお
っと光ったかと思うと、水城さんの怪我がみるみる治っていくじゃない。
異常といえば異常なことなんだけど、その時はもう、判断力なんか消し飛んでて、ああ治った
治ったって喜んでただけ。
で、水城さんの怪我の具合がなんとか“すぐに命に関わる”状態じゃなくなったんで、彼女に
よくわけを聞いてみたの。でも要領を得ないこと夥しい。なんでも、彼女、もともと、“モノ”
が“見え”たらしいんだけど(…まぁ、そのへんは私より翠のほうが詳しいよね)、ここ最近そ
の力が強くなってるような気がしたので、こっくりさんとかやってみたら、いつもよりはっきり
した答えがきけるのではないかと思ったんだけど、まさかこんなことになるなんて…だって。自
分がどんな状態だったか、とかそういう前後のことはよく覚えてないみたいでした。
どうしようかと思ったんだけど、とりあえず余計なことは云わない方がよさそうだと思ったん
で、彼女が蛇お化けになってたってことは肚の奥に飲み込むことにした。ついでに意識が戻る前、
彼女の怪我がどんな状態だったかってことも伏せとくことにしたの。だいたい、怪我させた張本
人であるところの電光寺君とか、真面目すぎって感じの人と見受けられるんで…自分の仕業がど
ういうことになったか知ったら自己嫌悪でどうにかなっちゃいそうだったしさ。とにかく、体か
らニコチン流さなきゃ、ってんで服脱がせたとたん、こっちが目眩おこしそうな惨状だったんだ
から。
とりあえず善後策を考えていろいろやったんだけど、ふりかえってみると結構無茶だったな。
ニコチンだらけの中庭なんか、日比野君の提案により電光寺君が消火栓を破壊、その結果水浸
しになって証拠隠滅だもん。

「いや、とりあえず何がなんだか分からない状態にしちゃえばよしってことで」

とか日比野氏、あっけらかんと云うんだわ。彼、自称化学者の卵なんだそうだけど、
こんなことでいいのかな *3。水城さんの怪我については、自転車玉突き事故に巻き込まれた(ど
っから出てきたんだ、そんな駄法螺)とか云ってごまかして、で、学校に救急車呼びつけるとコ
トが大きくなるからってんで、伯母様に車出してもらって病院に運んで、で、一件落着、と。
まぁ、結局何がわかったってわけでもないから、未だに後味悪い・薄気味悪いにかわりはない
のだけどね。

追記。
この事件は三高の真下で超局地的直下型地震が発生し、そのために動物の行動に異常が観察さ
れ、またその時に生じた断層のために消火栓が壊れたものとして処理されました。
…あ、これ、灰枝氏の筆によるインチキ記事じゃないからね。彼、この事件に関しては書いて
ないんだ。書かない、書けるかよ、って吐き捨てるように云ってた。悔しそうだったなぁ。
さらにもうひとつ、この話には後日談がつきます。ちょい下世話だけどね。
葬君、またお見舞いの料理つくって、で、水城さんの入院先に出向いたらしい *4
でもって、最近、二人、なんか仲いいんだってさ。
と、はるな…大沢さん…が云ってた。同封の三高新聞の、灰枝氏の筆による「驚異の料理人の
スペシャルゲスト!」とかいう激悪趣味な記事にもそのことは詳しく…あいつ、

「悪趣味な記事は書くが不幸な記事は書かん」

って云い切って、こういうことやるんだ。こういうこと書き立てるのはいいのって詰め寄ったら

「確かに悪趣味だろうがよ、あいつら別に不幸にもなってなかろうが」

って当然のように云われちゃってさ。もう、あいつそのうちぜったいぎゃふんといわせて
やるから。あ、ちなみに、周囲の反応はというに

「遠くでシアワセになってほしいカップル」(日比野君談)

ってとこ。…こういうこと報告してる私が実は一番下世話って話もあるけどね。
でもまぁ、何かイイ感じではあるのよ。微笑ましいというか、ね。こないだ、なんか小難しげ
な本抱えて、いそいそと調理室に向かう水城さんをみかけたんで、

「葬君に貸すの?」

ってからかってみたら、なんか急にふわっと赤くなって。彼女もともと綺麗なんだけど、それ
がえらく可愛く見えました。
ってことで。
ひとのことはともかく、私はけっこう大変。
勉強の進度、こっちのほうがけっこう速くって。おいつくのにひぃひぃいってます。
いそいそと入った演劇部は何か爆発あり宙乗りありの超スペクタクルを売り物にしてるんだ
そうで…で、活動日はなぜか全てワイヤーに釣られての演技(?)の練習してるし *5
でもまぁ、そのうち市政何年だかの記念行事の合同演劇祭に出してもらえるってことで、けっ
こう嬉しいんだけどね。
ではまた。またお手紙しますね。

                          乱筆乱文失礼
                                   暁 拝


第6信

翠さま
五月の連休も終わっちゃったね。いかがお過ごし?
こっちは、合同演劇祭の打ち合わせその他(あとは道場の特別練習…やれやれ)で連休つぶし
ました。
ちなみに演劇祭の演目は“北天稗史”って題で、東北の伝説や歴史をもとにした壮大な叙事劇。
なんとかいう幻想作家の未完の遺稿がみつかったとかで、その一幕一幕をそれぞれ各参加校に配
分し、フルで上演すれば6時間にも及ぼうという代物を、夏の夜長、野外舞台にて堂々上演!と
いう企画。資金のかなりが市の予算から出るっていうからすごい話よね。
しかも。未完だけあって、枠組みとかだいたいのストーリーはあるんだけど、脚本の細かいと
ころなんかはかなり空白、という。演出なんかはもちろんいじり放題。だからこそ各校の特色が
出るだろうっていうんで、特に選ばれたみたい。
参加校は以下の通りね。
低予算・小人数ながらコンクールではいつも入賞する“実験演劇の”二高、いわずと知れた“ス
ペクタクルの”三高、コントとアクロバットを多用する、ってんで、多分小劇場系…だと思うん
だけど、うちの部長の言によればなんかすごく“熱い”とかいう彰南(かげなん)高校(ここ、
もともとはスポーツ系の男子高なんだけどね)、対するはわりと賑やかな女子高で、歌える娘も
いるし、何かあるとダンス部も来てくれる、というんで華やか系ミュージカルがばっちり期待で
きちゃう聖ジョこと聖ジョアンナ学院、あと、この近辺きってのマンモス校だもんで参加校中最
大の部員数を誇る大和大付属。そのうえ、正統派お嬢様高校の晃華女子が邦楽関係に関して全面
的に協力してくれるってことになっててね。いやもう、これは絶対成功させなきゃ!
…ってわけで、また、活動日ごとに宙づりになってるんだけどね、私。
あともひとつ。これはあんまりいい話じゃない。
何かさ、最近、女の子の間でヘンな薬が出回ってるんだそうです。薬…っていうか、“クスリ”。
最初はやせ薬だとかいって覚醒剤系のとか出てたらしいんだけどね。聖ジョとか大和大付とかの
私立のハデめのコたちの間でけっこう流行ったんだとか、聖ジョの軽音部の中のバンドで“Mad
Tea Party”ってすごいいいのがあって、プロデビュー寸前だったんだけど、そこの作詞やってた
コがクスリやってて亡くなったとか。亡くなる直前に、友達のケイタイに連絡が入って、

「光の川が見えるから、泳ぎにいくの」

って、で、そのコ、国道の上の歩道橋から飛び下りちゃったん
だって。…なんかなぁ。なんとかならないかなぁ。私一人じゃどうしようもないし。でもやな話
で。なんとかしたいんだけどなぁ。
あ、そうそう、まだあったんだ。こっちはひどいっていうよりはケッタイな話なんだけど。ち
なみにこちらは男子限定で被害が出てる。
なんか…バッヂ狩り、ってのがいるらしい。
帰りがけ、とか、ゲーセンで遊んでる時、とか、制服着てる時に限るんだけど、何人かのチン
ピラにいきなり絡まれて殴られた挙げ句、校章その他のバッヂとボタンを残らずむしり取られる
らしいんだ。酔狂な不良もいたもんだよね。襲われてるのは、一高と三高の男子だそうな。
はるなが早速取材に乗り出して、あがった犯人像ってのが、ソリコミに長ランのにいちゃんと
か、唇ピアスにニット帽かぶったにいちゃんとか、週刊誌の不良マンガの展示会みたいな有り様
でさ。ま、取材先ってのが彼氏や兄貴が被害にあったという女のコだからねぇ、そうもなるかっ
て感じだけど。あんまりばかばかしいんで、はるなったら取材を投げちゃった。ま、野郎の話だ
し、とかいって。
で、彼女、今はクスリの噂の真相追求に乗り出してます。ハデめのコのいるクラブとかライブ
ハウスとかチェック入れまくって。
そんなとこにクスリの噂の取材でーすとかいって乗り込んで(あのコ、そういうとこあるのよ、
ホントに)、ちょっとヤバげなおにいさんとかに絡まれたらとんでもないから、取材のときは必
ず私も行く、って云ってるんだけどね。…自分を過信しちゃいけないってのはわかってる。私、
特別に腕が立つわけでもないし。でも、放ってもおけないもの。
とりあえず、今日はこんなとこかな。
噂の真相にゆきついたら、また手紙書きます。
ではまた。

                            乱筆乱文失礼
                                   暁  拝


第7信

翠さま
元気?こちらはなんとか生きてます。
またお化け事件に巻き込まれちゃったよぅ。しかも前回よりさらにあり得なさそうな状況で。
でも全部本当のことなんだ、いやになることに。私も誓って狂ってない。狂ってるとしたら状況
のほう…何書いてんだか。
とりあえず、ここ数日に起こったことを全部書いちゃうね。まさかこんなこと人に言えない、
って内容なんだけど、でも、沖縄に穴掘って叫ぶんだったら、山形にまで聞こえて問題になるこ
とはないはずだし…もいちど云うけど、私別に急にアタマ悪くなったりしてないからね。ホント
に。
ことのとっかかりは、こないだの帰り道。たまたま日比野君や葬君と一緒になって、ついでに
我らが調理部部長葬君から食材市場の穴場教えてもらったりしてるうちにすっかり遅くなっち
ゃったのよね。で、近道しようってことで寺町通りのほうに行ったの。そしたらちょっとひっこ
んだお寺のとこで女の子の悲鳴がするじゃない。反射的にすっとんでったら、不良どもが二人が
かりで女の子脅してて。ややこしいの御免だから、そのまんま間に走り込んで女の子の手を掴み
ざま引っ張って逃げようとしたら、彼女うまく走り出してくれなくて、こっちまで肩掴まれちゃ
ってさ。で、御定法通り「まだこっちの話はすんでねぇ」って来るわけ。無視したら、平手が飛
んできたもんだから *1それじゃこっちも容赦しないわよってんで遠慮なく蹴りぶち込んで *2
その隙に彼女連れて退散したの。あ、翠、呆れてるでしょ。ま、すんじゃったことに文句は云い
っこなしね。
で、聞けば彼女、二高のコで、バッヂ狩りにあってるところだったみたい。とうとう女の子に
まで手がのびたってこと。莫迦にしてるうちに事態は由々しきことになってたわけ。
それはそうと、奇遇なことに彼女、日比野君の知り合いだったんだ。二高の生物部の部長さん
で、正院恵美(しょういん・めぐみ)さんっていうの。

「いやぁ、こないだの総会にいらっしゃらないんで、心配してたんですよ」

とか、日比野君たらいきなりこともなげに世間話始めちゃうし、どういう神経?って思っちゃ
ったんだけど…でも、変に騒ぐよりこのほうが当事者にはよかったのかも。
送っていく、って云ったんだけど(だって、まだ不良どもがいるかもしれないじゃない?追っ
てくるかもしれないし *3)、彼女、なんか迷惑そうで、仕方ないから、こっちのケイタイの番号
教えて、家についたら必ず、必ず電話して、でないとものすごく心配だから、あたしめちゃめち
ゃおせっかいだから、心配で寝れなくなっちゃうから、って云って別れたの。
日比野君の話によると、彼女、このあいだお友達が亡くなって、それで科学系部長会議(市内
の高校の科学系の部活の寄り合い…だそうな)の総会にも来られなくて、いろいろ大変だったら
しいっていうんで…ああちくしょう、まただ、って思った。あたしおせっかいだけど詰めが甘い
のよね。何の役にも立ちゃしない。そこへもってきてこんなめにあったコをそのまんま帰すなん
て…って、そのときは自分に呆れた。ま、今考えてみれば、彼女にとってはどうしても一人で行
動する必要があったし、私はそれをさせちゃいけなかったんだけど。
ところが事態はさらにとんでもなかったのよね。
女の子にもバッヂ狩りの手がのびたってことは、やっぱりほっておけないじゃない。とりあえ
ず、はるなに知らせて、その上で(悔しいけど)灰枝氏にも手を貸してもらって“気をつけよう
キャンペーン”でも張るべきだと思ったの。で、はるなに電話したら、まだ帰ってない、と。仕
方ないから灰枝氏に先に連絡して *4、それからもいちどはるなに連絡して。でも帰ってない。
夜中近くまで何回か電話したんだけど帰ってないの。思わず家抜け出してはるなの家と学校と、
そのへんの路地…探しまくっちゃたわ。でもいない。思いあまって繁華街の方まで行こうとした
ら、さすがにチビに止められた。
次の日、やっぱりはるなは学校にも来てなくて。最初の休み時間に灰枝氏捕まえて相談したの。
頼るの嫌だったけど、そのへんの情報握ってそうなの、あいつひとりなんだもん。
で。
そしたら灰枝氏、顔面神経痛になったような顔で私のこと睨んだ後、わかった、屋上に顔貸せ、
とのたもうた。屋上に来てたのは、他に電光寺君に日比野君。葬君は、昨日、帰りがけに

「明日は俺、“風邪ひいて”休むから、そのつもりで頼む」

って云ってて、予告通り休んでたの *5。どうして、って聞いたら、答えは

「ああ、玉城さんは心配しないでいい」

だったんだけどさ。どういうことよ。
私が顔出したの見て、電光寺君にいたっては、灰枝氏の、さらに症状二倍の顔面神経痛になり
ましたって顔してくれた。で、声だけはあいかわらずやたらどっしりした声で、

「ああ玉城さん、あんたもうちょっとその、軽はずみでない行動を取ってくれんか。事態は自
分らにどうこうできるものじゃないかもしれんのだし」

とかなんとか。しょうがないじゃないの、事情知ってる同士で固まらないでほしいわ。知らな
きゃ適確な行動なんてとれないって…むかつく連中ねまったく。
…って、その一瞬だけ、そう思った。
いや、話聞いた後は、そうも云いたくなるよなって納得しちゃったもの。
つまり。
灰枝氏と電光寺君は、どうもバッヂ狩りについて取材してたみたい *6。県警を訪ねたり、バ
ッヂ狩りにあったひとに取材したり、バッヂ狩りやってる連中の口から…どうやったんだろ、あ
んまり考えたくないけど *7…聞き出したり。
で、判明したのが、どうも今回のことは“奥羽爆走連合夜桜会”とかいう暴走族のアタマで
神凱(おおがみ・がい)
とかいう兄ちゃんが仕組んだことらしくて、そいつが何の目的かは知ら
ないけど一高、二高、三高のバッヂを集めさせてて、そこの副長ってのが浅利貴丸(あさり・た
かまる)
とかいう唇ピアスにニット帽の兄ちゃんで、こいつがクスリ流して会の資金源にしてて、
ついでに銃持ってる奴がいるとかいないとかヤクザと絡んだつながりがあるとかないとか、そう
いうことだったんだと。
翠、これであたしが作り話してるわけじゃないってわかるよね。いくらなんでも爆走云々とか
夜桜云々とか、そういう名前こさえてまで作り話するほど悪趣味じゃないから。…それはそれと
して、ふざけんじゃないよ。タチの悪い海兵隊員さんが鎮座してる基地の街じゃないんだか
ら!!

「そうかそうか、訳を知っちゃったうえは僕達一蓮托生、運命共同体だねぇ」

と、とんでもないコメントを、なぜか朗らかに笑ってつけたのもいたけど、あたしはそれどこ
ろじゃなかった。電光寺君とか、こともあろうに、かくなる上は全員で仙台まで行って防弾チョ
ッキを買うぞとか云ってたけど。なにがかくなる上よ。このひとたち何考えてんのかしら。はる
なはいなくなっちゃったっていうのに、そんなおっそろしい事態だって云うなら、今こうしてる
間にも、はるなはどうなっちゃうかしれないってのに。

「はるなを探す方が先でしょ」

って、云った。行きそうな場所は知ってるから、って。
その前に戦力を増やすべきだ、ということになったので、葬君も引っ張ってきて、そこから繁
華街に向かった。…で、あたしつくづく泣きたくなった。収穫は、あったのよ。はるなはMad Tea
Party…ほら、こないだ云ってた聖ジョのバンド…のメンバーに会って、そこから、そういう話
だったら山形駅前のドーナツショップによく来てる兄ちゃんがいるからその人に聞くといいよ
って云われて、で、そっちへ回ったんだ、と。いや、あたしらもMad Tea Partyのコたちに会っ
たのよ。その中の一人が灰枝氏の知り合いで *8、で、あっさり教えてもらえたんだけど。
いや、そんなことどうでもいい。あたし、翠からさんざん軽はずみだって笑われてきたけど、
あたしなんかまだ可愛いもんだって。はるなってば命知らず。潜入捜査にもほどってもんがある
と思わない?だいたい灰枝氏にしてからが、ヤバそうな取材に関してはすべて電光寺君をボディ
ガードに連れてってるのよ。そこをまぁ、そんなあからさまにヤバいとこに、ひとりで行くかっ
て。
怒ってばかりもいられないから、速攻で駅前に向かった。
葬君が、管狐を遣って、店の中探らせた(あ、そうだ。一瞬話変わるけどさ、彼、管狐遣いな
んだって。管狐、っていうか、フェレットなんだけど、半透明で、実体もなんか半分あるような
ないような。かわいいよぅ。それはそうと、餌の心配がなくて羨ましい。チビのはけっこう大変
だもん。それにしても、緊迫してたはずなのに、なんか笑っちゃった。その管フェレット君、雷
太、っていうんだけど、彼が出てきたとたんにチビがやたら怯えちゃってさ。そりゃ、天敵の仲
間だもん、嫌だよね。あ、もちろんあとでちゃんとチビから雷太君には挨拶させたし、葬君から
も、「このコは餌じゃない」って言い聞かせといてもらったんだけどね…っと、本題本題)。特に
異常はなし、とりあえず突入するぞ!って瞬間…あたしのケイタイが鳴った。あわてて出たら、
なんとはるななのよ。で、学校にいるっていうじゃない。腰砕けもいいとこ。で、何て云ったと
思う?

「クスリの噂ねー、あれ、デマだと思うよ。Mad Tea Partyの人にも会ったし、あと駅前のドー
ナツ屋で情報仕入れられそうってんで、そっちにもまわったんだわー。で、そこでも聞き込みや
ったんだけど、もう、みんないい人ばっかりでー」

あんた何取材してんのよ。

「で、噂の中心人物な人にも会ったのー。浅利貴丸さんっていってー、みんなタカさんて呼ん
でるんだけど、めちゃめちゃかっこいい人でー、ひと晩語り明かしちゃったー」

うわぁ。このコ、命が三つくらいあるんじゃないかしら。
そのあと、今度は噂の発生源を探るぞ、とか言い出したの。ついてく、って言い張った。男連
中は流石に呆れてたね。
翌日ははるなと二人して聖ジョに行った。自殺したコの名前が分かったのが収穫だったかな。
湊真澄(みなと・ますみ)さんっていって、Mad Tea Partyのキーボードと作詞やってたって。
何かもう、げてげてに疲れて学校に戻って、はるなは帰って新聞つくるっていうからそこで別
れて、男連中と合流。
で、とんでもないこと思い出したわけ。はるなのことで紛れてたけど、一昨日の晩どころか、
昨日も今日も、正院さんから電話入ってない。慌てて日比野君に頼んで連絡とってもらったら、
あたしらと別れたまんま帰ってないってことがわかって。そういえば…なにが“そういえば”、
よ、なんだけど…彼女、けっこうヤバそうな雰囲気だったよなぁ、って、その時思い出したの。

「何かあったら、ここにいる腕っぷしの強いの(あたしのことらしい)が何とかしますから」

とか、別れ際に日比野君が失礼きわまりない台詞を吹いた時も、でも一人ではどうにもならな
いことがありますから、って云ってたってことも。ああもう、なんで無理にもついて行かなかっ
たんだろ、今頃彼女、どんなことになってるか…事実、大変なことになってたんだけど…ってい
うんで、もう悔しくて恥ずかしくて情けなくて、一人だったら自分の腑甲斐なさに泣き出してた
かも。
後悔してる場合かよ、って灰枝氏に怒鳴られて、駅前のドーナツ屋に急行。唇ピアスにーちゃ
んはいなかったけど、何かタチ悪そうなのがいたんで、電光寺君が“聞き込み”に単身乗り込ん
だ。で、何をどう云ったのか知らないけど(恐らく彼のことだから、くそ真面目な顔して浅利と
か正院さんの居所を真正面から尋ねたんじゃないかと思うんだけど)、しばらくすると典型的不
良にーちゃんが数名と、二高の制服着た女の子(知らないコだった。ユキエ、て呼ばれてた)が
いやぁな顔してぞろぞろっと出て来た。とりあえずにーちゃんたちのほうは男性陣に任せて、あ
たしはユキエちゃんのほうを尾行。蔵王行きのバスに彼女、乗り込んだんで、あたしも後にくっ
ついて乗り込んで…暫くするうちにケイタイに灰枝氏から連絡が入ったの。状況を報告したら、

「そっちが当たりだ。お嬢さんからは目を離していい。蔵王駅で降りろ。そこの近くの廃車場
に、大神と、正院恵美と、たぶん浅利の野郎もいる。先走るな」

…で、切れた。バックで日比野君の、
「んじゃさぁ、可燃物でも探しといて」
ってな、実にのーてんきな声と、
「アホか廃車場にそんなもん持ち込んだら…!!」
って灰枝氏が怒鳴りかえす声の切れ端が聞こえたってのは、ま、御愛嬌。
終点でバスを降り、待つことしばし、男性陣と合流して、で、聞いた話ってのがこれまた耳を
覆いたくなるような代物で *9
正院さんは…理由や方法はともかく…“夜桜会”のクスリのルートをたったひとりで残らず洗
い上げてしまったんだって。で、当然連中に目をつけられた(ついでに云うと、大神が探してた
バッヂも実は彼女が持ってたらしい)。それで、捕まって、たぶん今頃はクスリ漬けにされてる
…と。あと、浅利はおそらく銃を持ってるとか、大神は化け物だとか。ある日(どうも例の“地
震”…蛇女騒動の日らしい)以来、どうにも獣じみてきて、最近じゃ生肉を喰らうとか *10吠え
るとか不死身になったとか。最後のへんは流石に男性陣も、

「まぁ不良の云っていることだしなぁ」

とか、話半分って感じで話してくれたんだけど…だけど、ね。
いいや、話を先に進めよう。
とりあえず、正院さんを助け出して逃げられればいいんだよね、っていうことで行動を開始し
たわけ。
まず、雷太がするっと走り出して、護衛よろしくフェンスの陰から銃を構えてこっちを伺って
た唇ピアスにーちゃんに取り付いて、金縛りにした…それが合図。
一瞬の隙に、そいつ、飛び込んだ灰枝氏の手で縛り上げられてた。あざやかなもんだわ。
感心してる暇はない。廃車場に駆け込んだ。正院さんが縛られてた。その周りに二人いたにー
ちゃんの一人を蹴倒した…つもりだった。そしたら、今思い出しても吐き気がするんだけど、そ
いつ、ゆっくりと起き直り、背をかがめ、うなりだし、顔が一面の黒い毛に覆われ…
悪い冗談だわよ。大神の手下が狼男だなんて。
もひとつ蹴り叩き込んだら、そいつ床にのびてくれた。有り難いったら。正院さんを縛ってた
鎖の錠前は、電光寺君があっさりたたき壊した。待ち構えてた日比野君に正院さんを預けて逃げ
ようとしたんだけど…間に合わなかったのね。御大が出ちゃった。で、云うわけ。半分狼男にな
りつつ、

「余計なことをしやがって…人間が狼に勝てるとでも思うか」

御挨拶ね。幻の特別天然記念物が良く云うわよ…いや、そのときほんとにそう思ったんだって。
状況があんまりむちゃくちゃだと、人間ておかしなふうになっちゃうのね *11
あとのことは、実はよく覚えてない。次に頭がはっきりしたときは、何もかも終わってた *12
服はズタズタだわ、左腕は折れちゃったみたいで動かないわ、でもすぐ脇に巨大な狼男が倒れて
て。

「あんた、莫迦か」

って、電光寺君に唸られた。知らないわよ、狼男との戦い方なんて習わなかったわって不貞腐
れそうになっちゃったけど…情けないことこの上なしだわ。ようよう立ち上がると、正院さんが、
やっぱりぼぅっとした瞳で、こっち見てた。

「これ、彼女に返してあげて」

って、誰かがあたしの手になんだか奇妙な模様のバッヂを押し付けた。それを右手一本でどう
にか彼女の襟に止めてあげると、彼女の瞳にちょっとだけ生気が戻った。それから、よくわかん
ないんだけど、彼女の手から明るい光があたしのほうに流れてきて、同時にあたしの怪我も、骨
も、きれいに治ってた。
そのままこっちに、彼女、倒れかかってきた。あわてて抱きとめた。
ますみ、約束守ったよ
って、彼女、呟いて。
友達が亡くなったんだって、いってたっけ。
光の川に、泳ぎに行ってしまったコ、ますみって名前じゃなかったっけ。
あたし、抱きとめた彼女の肩に顔うめたまんま、涙がとまんなかった。
そこから先は、ま、事後処理。
私達は電光寺道場に転がり込み *13、私と正院さんはとりあえずお風呂を借りて。
浅利の持ってた銃は、分解した後どっかに処分したらしい *14
狼男どもは、夜が明けた後、県警に電話して、そっちに引き取ってもらったらしい。
そのあと、銃やらクスリやらがさらにみつかったとかみつからないとかで大騒ぎになったんだ
けど *15、まぁ、その頃には事件はきれいさっぱり私達の手を離れてた。
正院さんは、衰弱していただけで、まだクスリを射たれてはいなかった。でも…そうはいって
も、危険な状況であることにかわりはなかったんで、入院したけどね。
湊真澄さんは正院さんの親友で、好奇心からクスリ…LSDに手を出してしまったんだって。
正院さんの荷物の中からは、真澄さんが遺したというLSDがそのまんま出てきた。
真澄にクスリを渡した奴らに、真澄が見たのと同じ光の川を見せてやるつもりだった、と彼女、
云ってた。私はなにも云えなかった。
はるなに何かあったら、あたしも多分、浅利の野郎の息の根とめること考えてただろうし。そ
れに…もしもの話だけど…翠に何かあったら、あたし完全にキレるだろうな、って思ったから。
正院さんと同じこと考えるかもしれないし、下手したら、翠にそういうことした連中を八つ裂き
にして、あたしもその場で首でもくくってたかも、とか思っちゃって。
ま、翠がかなわなかった相手なら、私が報復を試みても返り討ちかな、とかなんとか。冗談だ
って。
そうそうこの話が駄法螺でない証拠。
5月10日づけの琉球新報の3面記事、みてみ。多分載ってるから。
狼云々とは流石に書いてなかろうけどね。
 それじゃまた。
二度とこんな阿呆な手紙、書かずにすみますように。

                            乱筆乱文失礼
                                     暁  拝

追伸
   例の“奇妙な模様のバッヂ”ね、あと五つか六つかあるみたい。ちなみに、正院さんのバッヂ
の裏には“破軍”、大神も一個持ってて、そっちには“貪狼”とあった。北斗の星の名前なんだ
って。大神のバッヂは日比野君が回収したらしいけど…やれやれ、これからさき、どうなるんだ
ろね、全く。