Test

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     0

     おい、クリル。俺たちが背負ってるのって、金貨かな。王冠かな?
     いつものアリーの台詞。
     奈落から278段、砂漠まで124段。背負子の紐が肩にずっしりと食い込む、その重さに愛想が尽きる頃だ。
     なぁ、クリル。王冠だったらすげーよな。卵みたいな「るびぃ」と「えめらるど」が嵌ってるんだぜ。
     なにもねーよ。そんなもの俺たちに運ばすかよ。
     答えてやるのも面倒くさいが地上までずっと聞かれるのもうるさい。それに、
    「グダグダ喋ってねぇで、早く登りやがれ。なんなら、少々どやしつけてやろうか?」
     人足頭の豚野郎がこれ見よがしに棍棒を盾に打ち付ける。そしてずれた兜をかぶりなおす。
     この糞ったれは、この穴ン中で息するとそれだけで寿命が縮まるなんてこと信じてる、腰抜けだ。
     こいつは地下三層、第二キャンプまでしか潜ったことが無いくせにいっぱしの潜り屋みてぇな口を聞く。大蠍だか蜘蛛だかと殴りあったのが自慢だ。
     俺の棍棒は鎧よりも厚い蠍の甲羅を叩き割ったんだ。
     嘘かほらに決まってる。俺は第三キャンプまで堅パンを運んだことがあるから知っている。命が縮まる穴ってのは四層よか下の穴のことだ。あそこまで行くと砂埃の代わりにむっとする油みたいな臭いがする。
     修道騎士団が確保した階段からキャンプまで歩いている間に頭がぼうっとしてきたくらいだ。
     あそこに比べれば三層から上なんざ、地上と変わりゃしない。
     だったら、日が照り付けないだけ穴ン中のほうがマシだ。

     奈落から302段、砂漠まで丁度100段。
     なぁ、クリル。帰ったらどうする。
     アリーは今度は声を潜めて尋ねてきた。
     るせー。
     俺は足元から目を離さずに答えた。
     一瞬、カルナの顔が浮かんだ。
     ……クリル、どんな仕事しているの?
     ……荷運び。
     嘘をついちゃいない。
     ……嘘、だって、こんなに。
     ……運んでるものがちょっとしたものだからな。
     これだって、嘘じゃない。
     ……何、運んでるの?
     ……知らねぇ。
     俺は、やめた。
     けど、悲しそうな顔が浮かんだ。
     大丈夫だ、お前に顔向けできない仕事なんかしちゃいない。本当だ。盗みも、殺しもしちゃいない。
     生きながら奈落にいるだけだ。
     ストックが滑った。考えるのをやめた。
     俺たちが何を運んでるかなんか知ったこっちゃない。
     それよりも早く、外に出たい。

     息をするだけで鼻ン中に張り付く砂埃も。
     堅パンと干し杏と水だけの飯も。
     そよとも動かない墓所の空気も。
     そして、威張り腐るだけの人足頭も。
     もうたくさんだ。

     稼いだ金はいくらになったろうか。行きの賃金は運んだ荷に関わらず、鷹印の銀貨で二枚。
     帰りの賃金は掘り出したお宝に応じて決まる。そして、もうキャンプが出来た第三層周りじゃろくな稼ぎは無いから、たくさん分け前がほしけりゃ奈落の方まで潜らなきゃいけない。けれど、深く潜れば行き返りにヤバイ事に合う可能性は高くなるし、上り下りの階段も増える。
     アリーが背負ってるものの中身を知りたがるのも無理は無い。これがもしもアリーの言うとおり王冠とかだったら、いくら途中であの糞ったれの人足頭がピンハネてもすげー金が入るはずだ。
     そう思ったから、俺は。
     
     俺は両手で掴んでいたストックから片手を離して、そっと背中の包みを触った。
     詰め物がされてるらしい、二枚重ねの麻袋はいくら触っても何もわかりゃしない。
     背負っているのはお宝かガラクタか。
     それとも小さくまとまった死体か。
     俺たち担ぎ屋は何も知らされない。
     ただ墳墓の底から地上、そして砂漠を渡ってあの街まで背中のものを担いでいく。
     
     奈落から丁度350段、砂漠まで52段。第二層。
     ここまで上がると、玄室をつなぐ通路には永松明(ながたいまつ)が掲げられてる。
     前を行くおっさんの影が俺の顔を流れて、伸びて、流れて、伸びて。

     せめて。
     幾度も頭に浮かぶ、どうでもいい望み。
     せめて、何を担いでいるか知りてえ。
     担いでいるのがお宝だったら、少しはこの道行きも楽になる。
     死体だったら、早くおさらばしたい分だけ足が速くなる。
     ガラクタだったら。
     どうでもいいと、頭を振る。考えてたら、足は進まない。
     額を流れる汗を拭い、ターバンを直す。
     なぁ、クリル。
     アリーがまた口を開いた。こりねぇヤツだ。
     なぁ、クリル。なんか焦げ臭くねぇか。
     アリーは足を止めている。
     馬鹿が、人足頭が気がついて大またにこっちにやってくる。
     なぁ、クリル。
     俺は、棒立ちになっているアリーの袖を引っ張った。アリーはよろけて壁にぶつかった。
     背中の包みからガシャリと音がした。金属の音だ。死体じゃない。良かったな、アリー。もしかしたら「えめらるど」の嵌った王冠かもしれないぞ。潰れてなきゃいいが。

    「てめぇ、何ぼさっとしてるんだ」
     豚野郎が、合わない兜を直しながらこっちに来る。
     けど、その時、俺も気がついたんだ。何か、匂う。
     親方、匂うんです……。

     そういいかけたアリーのもたれた壁が突然、煙を上げた。煙の中で黄色い火が一瞬だけ燃えた。そして。

     矛槍がアリーの身体を背負子ごと貫いた。

     アリーの口は何か言いかけて、血を吐いた。
     きちきちと音を立てて煙の中から何かが出てきた。隊列の前のほうで悲鳴が聞こえた。
     ぶん。
     アリーの身体ごと矛槍が無造作に振られた。
     穴のあいた麻袋から、ざらざらと硬貨が流れた。松明の光に照らされたそれは間違いなく金貨だった。
     人形みたいにアリーの手足がぶらぶらと揺れた。
     中から出てきた何かは、石畳にアリーごと矛槍を突き立てた。そして、アリーの背中に跨った。細長くて節と刺のある足が見えた。
     ひ、と人足頭の悲鳴が聞こえた。
     煙が晴れてそいつの姿が見えた。
     そいつはアリーに跨って矛槍を抜こうとしていた。
     真っ赤な肌と、禿げた頭。
     荷担ぎ隊の誰よりも太い腕、そして。炭火のように真っ赤な蠍の身体。
     ゆらゆらと、鉤針が揺れていた。後ろから伸びた針からは確かにその時毒液が滴っていた。
     獲物を前にした涎のように。
     がり、がり、めち、みき。
     アリーの身体からそんな音がした。

     俺はへたり込んだ。動けなかった。

     矛槍が抜けないのを見て、人足頭が突っかかった。
     ひゅん、と音がして俺の顔に飛沫がかかった。蠍の尾が振られて、人足頭の頭を襲った。跳ね飛ばされた兜が転がった。
     死んだ。
     そう思った。
     だから、逃げなきゃいけなかった。
     
     俺は三度ほど試みて立ち上がった。
     顔にかかった飛沫が口元まで流れてきて、俺はそれをぬぐった。口に入った時、鉄の味じゃなくて苦い味がした。
     鉤針。涎。
     俺は唾を何度も吐いた。駆け出した。
     後でもう一度、ぶん。と、音がした。
     アリーの身体が覆い被さってきて、俺は転がった。そして、背中に重みを感じた。
     突き刺さる衝撃を感じた。

     なぁ、クリル。
     そんな感じで問い掛けるように、さかさまにアリーの首がゆらゆらと揺れた。下敷きになった体が濡れていた。漏らしたのは俺だ、けど、このぬるぬるするのは。
     血だ。どくどくと脈動しながら溢れているのは、血だ。
     何も感じなかった、痛くなんかなかった。何もわからなかった。

     目の前に矛槍が突き立った。重みが消えた。
     跨っていた化け物が俺とアリーから降りた。

     ひぃ、と声が聞こえた。
     からからんと、放り捨てられた棍棒が転がった。
     兜をなくした人足頭が、逃げた。
     やっぱり腰抜けだ。

     俺のものでも、アリーのものでもない血が床にびしゃりと飛び散った。
     人足頭が俺の前を歩いていたおっさんを突き飛ばしたのだ。
     そのおっさんの首を矛槍が横薙ぎにしたのだ。
     首なしの身体が、よろよろと歩いて俺の目の前で倒れたのだ。
     切り口から黒い血がだくだくと流れた。
     床にこぼれた金貨が血浸しになる。
     きちきちと音がした。
     蠍人は人足頭を追っていった。

     俺は、何もわからなくなった。血は流れている。けれど痛くない。
     手をついてアリーの体の下から這いずり出した。下半身がしょんべんと血でびしょびしょになっている。
     おそるおそる、手を背中に廻す。背負子と背中の間に指を差し込む。擦る、ひっかく。
     指を引き抜く。ぬぐわれた指先には何もついていない。
     ぬぐわれた指先は赤くも黒くも無かった。
     俺はまたぐらに目を落とした。なら、この血は俺のじゃない。
     俺は、刺されていなかったんだ。
     
     ずるりとアリーの体が崩れ落ちた。ぐずぐずになった腹から腸が見えた。
     手が、床にこぼれた金貨を握っていた。最後に、望みがかなったのか。「るびぃ」や「えめらるど」の王冠だったら良かったのにな。

     喚声と、鋼同士が打ち合わせられる音が第二キャンプの方向から聞こえてきた。第二キャンプの守備隊とさっきの蠍人がやりあっているに違いなかった。
     逃げなきゃいけない。俺は走った。
     キャンプのある、二層に降りてすぐの玄室の前を俺は駆け抜けた。切れ切れに西方語で罵りと悲鳴が聞こえてきた。
     見つかったかもしれない、あのきちきちという音が背後から俺を追い詰めている。そんな気がした。

     奈落から371段、砂漠まで31段。
     俺は、頬に風を感じた。乾いてるけれど、冷たい風。
     奈落から387段、砂漠まで、地上まで15段。
     地上に行けば、そこにはベースキャンプがあって、西方修道騎士団の騎士達がいる。そこまで行けば助かる。
     あの人足頭がつけていたような継ぎ接ぎだらけの鎧じゃなくて、きらきらと光る鎖帷子に、真っ白なサーコートを羽織った騎士様がいる。
     直接口を利いたことなんか無かったけど、わかるはずだ。大変なことが起きてるって。
     墳墓の暗闇の道を俺は駆けた。足が道を覚えていた。
     地上まで10段。入り口から赤い夕暮れの光が見えた。
     俺は一段飛ばしで最後の階段を上りきった。
     
     最初に目に入ったのは、砂漠に沈む血のように赤い夕日だった。
     そして、黒い煙を上げて燃え上がる野営地だった。
     足元に、赤いサーコートを羽織った騎士が倒れていた。ざっくりとその背中が断ち割られていた。夕日の赤に染められて真っ赤で、血なんか流していないように見えた。けれど、体の下の砂は血を吸ってそこだけ赤黒く固まっていた。
     野営地のあちこちに戦いの跡があった。
     騎士達と雇われ兵と、何人か蠍人も倒れていた。
     時折、風が炎をまきあげる、ごうと言う音以外に何も聞こえなかった。

     俺は空を見上げた。一番星が明るかった。

    1

     アクィラという街がある。
     泰陸を東西に貫く大道(グレートロード)のほぼ中央にある。
     北に天山の山塊、そしてその山々に連なる丘陵を控え、南に硝子の砂漠、太守の苑を望む。
     西域と東方の中継点にして、天山の栄耀の残り香がいまだ残る街であり、全てのものが行き交う街である。
     東への街道は丘陵、山岳地帯を抜けて遥か東の騰勾帝国、もしくはアレハス汗国へと続く。この道を通って時折、東海に浮かぶ扶桑諸島の人間がこの地に至るとも言うが定かではない。
     この道を経て至るは絹と工芸品を携えた騰匂帝国の行商人。
     護衛の票師、道士が堂々たる商隊を組み。日干し煉瓦の道を陽炎を踏み越えてやってくる。
     一方、西への街道は泰陸西岸、北天地方中心部に続き、天山の地への巡礼を望むリュデペ古国に遠く続く。
     天山の地を聖地とするリュデペ古国は騰勾帝国の天山地域の制圧、それに続く西方への侵攻を警戒し、「北天八道会修道騎士団」を組織し、アクィラに駐留させた。四方王大戦以前、天山王朝との間で結ばれた駐留軍の約定に基づいてである。
     白地に八つの星をちりばめた騎士団の旗印は、この街の西、北天風の石造りの駐屯地に翻る。この旗の下、西域と北天の交易商人達が賭け事のような貿易を行っている。聖地に駐屯する騎士団は強大であっても、その長い旅に見合うだけの利を受け取る商人は数少ないのだ。
     往時は東西以外にも大道の道は開かれていたという。しかし、『夜明け前』の大戦において、南の道は跡形も無くなり、北への道は崩れ、大道の名を冠するに値しない舗装もされていない踏み分け道となった。
     それでも、アクィラの北、ボイルケッシュ地方の民は特産の香料を金に換えるべく、象の行商を組んでアクィラの城門をくぐる。

     このようにしてアクィラの四方の門のうち、三つは『夜明け』以降人が絶えることは無かった。
     ただ一つ、太守の苑と皮肉交じりに呼ばれる南の不毛な砂漠に向かう南門を除いて。
     南門の保持を望んだのは大道の神官達である。彼らはこう言った。
    「アクィラがこのような過酷な地にありて、今のような繁栄を受けることができるのは、すなわちこの地が大道でも数少ない『辻』の地であるからだ。東と西、南と北。かつて天人が築いた大道にかけられた繁栄の祈りを維持するためには、この地はこれからも『辻』で無ければならない。南門を塞ぐことは『辻』をなくす事となる」
     アクィラを統べるカセツァートの一族はその言葉に従い、他の三つの門と同様に南門の城門を形作り、門衛を置いた。誰も通ることの無い門であった。
     季節により南風がその門を通して太守の苑の細かな砂を街に運んだ。
     アクィラが砂風の街と呼ばれる由縁である。
     
    『その昔、天山の地に天人が住まい、力ある言葉にて多くの力あるものを使役していた頃、太守の苑は文字通り天人のための庭園だったのだ』
     天山の民は多くその伝承を知る。そして疑わない。
     なぜなら、このアクィラを潤すカナートはその頃の遺産であり、そして事実クルンハン高地から雪解けの水を運ぶカナートは三本とも、アクィラから太守の苑の奥まで伸びている。天山の民はこのカナートこそ太守の苑を潤す運河であったと信じている。
     異国の地から来た者の多くはあまりに荒涼たる太守の苑を目にして、その言い伝えを多くは笑い飛ばした。
     『太守の僧院』が発見されるまでは。

     今では南門を通るのは風や砂埃のみではない。
     遺跡を探すもの、荒らすもの、守るもの。それぞれの思惑を胸に秘め様々な者が城門をくぐり太守の苑へ向かう。
     大道の神官達は言った。
    「まこと、先達の言は確かなものであった。今やアクィラは名実ともに大道の交わる栄えの街となった」
     しかし、街の住人は言った。
    「砂に風、南門を通るものは悪いものばかりだ。そして今度はならず者が南門を通る。やはり南門を通るものはろくなものではない」
     双方ともに真実であった。
     南門から出てゆく探検家のうち、運に恵まれたものは太守の苑に点在する遺跡に出会い、そして遺跡から財宝を運び出した。その財宝は門を通るときに税がかけられ、カセツァート候を潤した。さらに、東西の商人達はその財宝をこぞって求め、その取引でさらに街は潤った。
     だが、探検家と墓荒しの違いを指摘できるものは少なく、自らその違いを知るものも少なかった。彼らが砂の海から帰ったとき、収穫の有無に関係なく南門では騒ぎが起きた。
     成功の美酒も、失敗の苦杯も人を惑わすことに変わりはないのだ。
     今やアクィラは平穏な東西貿易の要衝であるだけでなく、『夜明け前』の天人の遺産を発掘し一攫千金を夢見るならず者達の拠点となっているのである。


     ……まじりもんのガキが!
     まずった。
     荷馬車を足止めしてる間に、カルナが棗を一袋かっぱらうはずだった。
     俺は、俺を蹴りつけるおっさんの股の間から、カルナが袋を引きずっているのを見て役割が逆だったと思った。
     急げ、急げ、気づかれる前に。
     俺は、おっさんの脛にしがみついた。カルナに気づかせるわけには行かない。
     噛み付いてやる。これで俺の痣が一ダースばかり増えるはずだ。もしかしたら歯も二三本やられるかもしれない。けど、その間にカルナが袋を掻っ攫える。
     カルナが心配そうな顔でこっちを見る。馬鹿、いいから早く掻っ攫って路地に駆け込め。
     おっさんが、俺を振り払おうと拳固を降らせる。
     俺は構わず、大きく口を開けて、
     噛み付いた。

     がりっ、金属の音がした。
     え?
     おかしいと思った時、そのまま持ち上げられて横っ面にとんでもないのをもらった。
     横っ飛びにぶっ倒れた。顔が八割方砂の中に埋もれた。
     そして、目が覚めた。

    「なんてぇガキだ。寝ぼけてるくせして噛み付きやがった」
    「おい、ドン先生。殺しちまったんじゃないだろうな」
    「どうだかなぁ、拳で殴らなかったから大丈夫だと思うが」
    「自分で見つけて、息の根止めてたんじゃ、本末が逆だぜ」
     勝手な事言ってやがる。
     俺は、起き上がって頭を降った。目の前にまだ星が飛んでいる。
     その星の中からぬっと何かが俺の顔を覗き込んだ。
     しゅう。
     二股の舌が俺の鼻先をかすめた。
     焦点が合った。蛇だった。
     しゃあと口を開けた。誇張じゃなしに俺の頭が吸い込まれそうな大きさだった。
    「わぁああああああああっ!」
     俺は、そのまま砂の上を這い退った。
    「お、生きてる生きてる」
     俺の頭の上から声がした。
     見上げた。
     最初に綺麗に磨き上げられた髑髏と目が合った。ひぃと腰を引くと、しゃあとあの蛇が顎をかみ合わせた。鼻先でかっつりと確かに音がした。
    「あんまり、ばたばたすんな。餌はやってるがこいつは大食いなんだ」
     もう一度上から声がした。髑髏が喋っているわけじゃないらしかった。
     髑髏の上まで見上げた、分厚い胸の前でぶっとい腕が組まれていた。首から何か牙らしいものをぶら下げていた。そして、あの蛇が首の回りにまとわりついていた。そいつは背中に月を背負っていて顔ははっきり見えなかった。
     だけど、俺が今まで見たどんな男よりもでかかった。
     胸の厚みも、腕の太さも、首の太さも。
     そいつは、ゆっくりと片膝をつき、俺の前に顔を突き出した。
     俺はもう一度逃げようと思った。しゃあと蛇が鳴いた。俺は凍りついた。
     そいつは、古傷の中に目と鼻が埋もれてるみたいだった。鼻はほとんど無いくらいに低くて、熊のような頬ひげと顎ひげの間から太い牙が飛び出していた。
     鬼だ。
     間違いない。人食いの鬼だ。
    「んだコラ。人の顔みて、阿呆面下げやがって。なんか言うことねぇのか?ああ?」
    「たぁすぅけぇてぇぇえええええええええ!」
     ごん。
     拳固だった。
     俺の悲鳴は途中で無理やり止められた。
    「助けてやったろうが、人聞きの悪い」
    「起きっぱなに、その顔見りゃー誰だってそう言うぜ。ドンよ」
     鬼の後ろから笑い混じりでそんな声が聞こえた。
     るせぇ。そう呟いて鬼は俺の襟首を掴むと、声のしたほうにほうり投げた。
     俺はもう一度頭から砂に突っ込んだ。
    「元気じゃねーか。安心したぜ、てっきり行き倒れ、それっきりになるかって思ってたんだがな」
     俺は顔を上げて、頭を振った。目の前に焚き火が燃えていた。焚き火には鍋がかけられており湯気を立てていた。
    「おい、気をつけろ。もう少しでわしのスープに砂が入るところだったぞ」
     さっきとは別の声がした。
     文句の主は、土色の肌をした不機嫌そうな男だった。さっきの鬼がでかかったのに比べ、こちらはえらく小さい。俺よりも少し上背があるぐらいじゃないだろうか。しかし、ぶつぶつと文句を言う口調は明らかに年より臭い口調で、土色の肌にはあちこち皺がある。
     ポケットのたくさんついた胴着にずらりと並んだベルトポーチ。肩から斜めにかけた革帯には革の輪っかが縫い付けられその輪っかには巻物が何本か無造作に突っ込まれている。そして、腰にはいろんな材質でできた短かな棒が突っ込まれている。棒の端には細い鎖がつけられていて、その鎖はベルトにしっかりと留められている。
     こんなにたくさんの品物をこの男は何に使うんだろう?迷わないんだろうか?
    「どうした、坊主。ノームが珍しいか。それとも魔術師が珍しいのか?」
     男は無愛想にそういうと、こちらを見もしないで、スープに堅パンを浸してかじった。
     そして、その堅パンの欠片を傍らの小さな壷にもってゆく。すると、中から出てきた大きないぼだらけの蛙が長い舌でその堅パンをもぎ取った。
    「興味があるなら、まずは蛙に変えてやるぞ」
     そういうと初めて俺のほうを向いてぬたりと笑った。
     俺はぶんぶんと首を振った。
    「しろーと脅かしてんじゃないよ、んなことしたって一文の銭にもなりゃーしねーんだ」
     若い男の声がした。
     さっきの笑い声はこの若い男らしかった。革鎧にやっぱりベルトポーチ。柔らかそうな皮のブーツ。さっぱりと髭をあたった顔は常ににやにやと笑いを浮かべている。顔つきや身につけているものから見て西方の出のように見えた。
     男は俺に水袋を放ってよこした。俺は最初恐る恐る一口飲み込んだ。ぬるい水が乾いた喉に染み渡ると、我慢が出来なかった。俺は音を立てて水を飲み干した。一口ごとに体が潤っていくみたいだった。
    「まぁ、運がいいやな。道沿いつったって半日遅かったら、あの世行きだったろーぜ。ああ、運がいい。しかもよりによって俺たちみたいのに見つかるなんてなー、全く持って運がいい」
     調子のいい口調で若い男が言った。
     おい、クラーレ、飲ませすぎだ。小さな男がぼそりと呟いた。
    「そう言うねぇ、半日は砂の中に埋まってたんだ。水だって飲みたいだろーさ」
     クラーレと呼ばれた軽装の男は、堅パンの包みを取り出すと、そいだ干し肉を添えて俺のほうに差し出した。
    「砂漠の慣わしだっていうじゃねーか。旅人への施しは。俺は気に入ってるね」
    「落ち着くのを待つのもいいが、早めに聞くべきことを聞いておくべきと思うがな」
    「物には順序ってものがあるんだよ、ああ、いいからいいから。まずは喰っちまえ。落ち着いてから、聞くべきことはきっちり聞くからよ」
     にやにや笑いはこの男の癖のようだった。
    「あんた達、何者なんだ?」
     俺は手の中の堅パンには手をつけずに尋ねた。
    「『渇しても盗泉の水は飲まず』か?命を取り留めたら誇りを取り戻したようだな」
     また別の声がした。わずかに訛りのある声。丁度焚き火を挟んで俺の真正面にいたようだった。声がするまで居ることに気がつかなかった。
     その男は杓子で鍋からスープをすくっていた。
     綺麗に剃り上げた頭に、なんとなくのっぺりとした造りの顔で、椀を差し出した瞳は黒く、すべてを見透かすような厳しさがあった。
     男はあぐらをかいており、布の脚袢とロープか何かで作ったサンダルを履いている。
    「『案内者』アガーツィアはその徳の第一に客人をもてなすことを説いていると聞く。我々はアクィラの民ではないがその例に倣う。構わないからそれを食べろ。『お前をもてなす名誉を我に与えよ』」
     最後の言葉は天山の言葉だった。俺は『案内者』アガーツィアもアクィラの連中もけったくそ悪い連中だと思っていたけど、その言葉を言われて手をつけないのは、もしかしたら、こいつらを怒らせるかもしれないことだったので干し肉に噛り付いた。頭を剃り挙げた男はかすかに笑ってスープの入った椀を俺に差し出した。
    「ガキにそこまでするこたねぇだろうがよ、アルカン」
     鬼が焚き火の傍らに腰を下ろしてぶつくさ文句を言った。しげしげと、篭手を眺めて続ける。
    「てめぇは狼の血でも混じってんのか?鋲にかっちり歯型ついてやがる」
     鬼に言われる筋合いは無かった。けれど、俺は正直どきりとした。噛り付いた干し肉からそっと口をはがす。小さく尖った歯型がそこにはついている。
    「あんたにはいわれたくなかろうよ、ドン先生」
    「ちげーねぇ」
    「るせー」
     ドンと呼ばれた鬼は鼻を鳴らすと、無造作に半分砂に埋もれていた自分の得物の柄を掴んで引き上げた。
     ぼろ布に包まれた、俺の背丈を余裕で越す大剣だった。ざあっと音を立てて砂がこぼれた。鬼はそれを胸に抱え込むと干し肉の塊に牙を立てた。
     俺は、一度は噛み付くのを止めた干し肉をちぎって口に運んだ。普段の荷担ぎで食べる干し肉とは違い何か香ばしい香りがして、からからだった口から唾が溢れてきた。
    「やっぱりあれかねー?バウジャの連中がキャラバン襲ってるってのはよー、本当だったんだなー」
    「向こうも馬鹿じゃない。護衛がつく遠征隊のキャラバンは襲わんよ。割が合わん」
    「すると、やられたのは穴ン中だってのか、グンディ屋」
    「グンディグートだ。勝手に屋号を付けるな。お前達のように背の高い連中というのはやはり総身に知恵が回りかねるものらしいの」
    「んだと、こら」
    「よせ……、いずれ聞けばわかる話だ」
     切れ切れに耳に入る言葉を聞くと、この連中が俺に聞きたいと思っていることは、俺が襲われたことについてのようだった。
     しかし、妙な連中だった。
     アクィラから太守の苑に足を踏み入れるのは、遺跡探しか、調査隊、それでなければ追剥盗賊の類だ。
     遺跡探しなら、糧食と水を運ぶための駱駝が人数分はいるはずだし、道先案内人無しに行く馬鹿はいない。誰か一人が天山の出なのかと思ったが、誰も天山の人間が持つ浅黒い肌と、褐色の瞳を持っていないし、砂衣を着ていない。
     大体、組み合わせからしててんでばらばらだった。
     グンディと呼ばれた男は自分で言うとおりノームだろう。でも俺はノームを見るのは初めてだった。クラーレは剣帯から下げている細身の剣からして西方の出に違いない。頭を剃り上げたアルカンと言う男は東門地区で見かける、東方人だ。
     そして、鬼。
     首に蛇を巻きつけ、腰に髑髏を飾り、何か俺の知らない灰色の動物の革でできた胴着を着ている。
     話す天山の言葉には訛りがあったが、俺の聞いたことの無い訛りだった。
     調査隊のはずは無い。今、太守の苑で動いている調査隊は、アクィラの商家が編成した調査隊と、西方の修道騎士団の二つだけだ。それ以外に大規模な調査隊をつのることのできるものはいない。
     するとやはり、追剥盗賊。
     俺は、その時初めて、自分が背負子を背負っていないことに気がついた。
     奈落の底から担ぎ上げてきたお宝。今となっては最後の俺の取り分。カルナの為の金。
    「俺の荷物!」
    「ここだ」
     スープを椀にとりつつ、東方の男が答えた。
    「荷物を着けたままでは寝かせられなかった」
     俺は、砂を蹴立てて男の傍にある荷物に飛んでいった。
    「そんなに大事なものか?」
    「中に手はつけなかったろうな!」
    「確認はしたが、何もとっては居ない」
    「嘘つけ!中身を見たなら、絶対……」
    「私は、嘘は言わん」
     短い言葉だったけど有無を言わせない言葉だった。
     俺は二の句が告げず黙ってしまった。
    「中身を見てみろ。それより、お前は中身を知っていたのか?」
     言葉に詰まる。
    「し、知らねぇよ。けど、値打ちあるもんに決まってるんだ」
    「担ぎ屋に、中身なんか知らせやしねーよ、アルカン。途中でトンズラしようとするやつが出てくるからな」
     クラーレが干し肉の塊を削いで、口に運んだ。
    「見てみろって、お前が命がけで運んできた荷物だ」
     おれは背負子の紐を解こうとした。乾いた血がこびりついてなかなか解けなかった。アリーのことを思い出した。そして、アリーが最後に握っていた金貨も。俺が背負ってきたのは間違いなくお宝に違いない。もしかしたら本当に宝石の嵌った冠とかかもしれない。
     麻袋も血で真っ赤だった。所々に刃物が突き刺さったらしい穴があいていた。アリーの身体を突き抜けて、刺さった穴だ。
     俺はもどかしく思いながら、麻袋の口を開き、砂の上に中身をぶちまけた。
     がらんがらんと音がして、へこんで穴のあいた鉄板が落ちた。
     最初は何なのかわからなかった。ただ、それは俺が望んでいたようなキラキラ光るものではないのは確かだった。もっと、くだらなくて、ありふれていて、なんでもないもの。
    「修理に出す胸甲だな。おめーがどのあたりの深さまでつれてかれたか知らないが、墓所の中で修理できない分、街に持っていって直すんだろ」
    「五つぐらいはあるか、重かったろうに」
    「運が良かった、お前は」
     呆然とする俺の後ろで頭を剃り上げた男が言った。
    「突き刺された分は、全部お前が背中に背負っていたこの鎧で止まった。背中に少々打ち身があるが、大事では無い。お前が望んでいたようなものだったら、ここまで歩いてくることは出来なかったろう。そして我々に見つけられることも無かった。クラーレが言っているとおりだ」
     男はいったん言葉を切って、俺の瞳を見据えた。
    「お前は運が良かったんだ。感謝すべきものがあるなら感謝するがいい」
     まずは、ドンに感謝するんだろーな。口をもごもご言わせてクラーレが言った。
    「埋もれかけてたお前見つけたのは、あそこのドンだ」
    「あんだけ血の臭いさせてりゃ気がつく。最初は死体だと思ったんだが、調べて見りゃ傷一つねぇ」
     嘘だろ?
    「担ぎ屋が一人で居るはずも無いからな、てっきり途中で倒れたやつがおいてかれたかと思ったんだが。違ったみてぇだな」
     俺には何も聞こえていなかった。
     地下四層の墓所、掃討も階段周りわずかしかない、太守の僧院の最前線。
     奈落と呼ぶほか無いような穴の底。糞ったれな人足頭に小突き回されて、数百段の石段を登る。
     街に戻れば金になる、潜った分だけ金になる、やばい分だけ金になる、そして、背負った分だけ金になる。
     嘘じゃない、アリーが背負ってたのは金貨の袋だった。なのに、俺が背負ってたのは、ガラクタだ。
     ただのガラクタ。
     血も、しょんべんももう乾いている。黒い、アリーの血。床にこぼれた金貨。それを握っていたアリーの手。
    「おい、坊主。おい」
     砂はいくら握り締めても、指の隙間からこぼれ落ちた。
     畜生。泣くな、泣くな、泣くな。泣くなって、畜生!
     今までだって、そうだったじゃないか。連れが死んだからなんだってんだ。ヤツがノロマだったんだ。気がついてたら逃げりゃ良かったんだ。
     言われたとおりの金が入らないことだってしょっちゅうあった。上手い話に引っかかった俺が馬鹿だったんだ。
     喉の奥から熱い塊がこみ上げてくる、かはっと息を吐く。でも、塊は胸の奥に引っかかって出てきやしない。
    「坊主、おい!」
    「るせぇ!名前があるんだ、名前で呼びやがれ!」
     怒鳴ると少しだけ胸の奥の塊が小さくなった気がした。
     しまったと思う間もなかった。鬼の顔が剣呑に歪んだ。
    「……んだと、コイツ。生言いやがって、助けたのは誰だと思ってやがんだ」
    「……ドン、落ち着け」
     鬼を厳しい瞳の男が押しとどめた。
    「命がけで運んできたものがこんなガラクタだったら、これぐらいの荒れ方じゃすまんだろう。お前さんの場合。違うかドン先生?」
    「まー、いいから喰っちまえ。それから話は聞くって言ってるだろ」
    「何が聞きたいんだよ!あんた達が狙ってる修道会のキャンプは全滅した!こんなとこで待ってるくらいならあの奈落に行って見やがれ。そこでなら血まみれの金貨が抱えられないくらい手に入るさ。俺の抱えてたガラクタなんかじゃなくてな、それが望みなんだろ!」
     俺は胸の中の塊を吐き出した。けれど、吐き出したつもりの塊は胸から喉へせりあがってくる。だから、俺は罵りつづけた。
    「テメェらみたいな追剥野郎はあの奈落ン中に降りてく度胸も無いんだ。それでのうのうとしやがって!なんで奈落に潜ってた俺がこんな目に会わなきゃいけないんだよ!教えてやるさ、何でも聞きやがれ、その代わりお前らみたいな腰抜けにはあの奈落の金貨はひとかけらだって手に入るもんか。ざまぁみやがれ」
     一気にまくし立てた。黙っていると涙が込み上げてきて、それを見られるのが嫌だったから俺は椀に顔を突っ込んでスープを一気に飲み、堅パンに歯を立てた。
     しばらくは俺のがつがつと貪る音しかしなかった。堅パンは多分必要以上に塩がきいていた。
     誰も口を開いていないみたいだった。ただ、薪の爆ぜる音だけがした。
     堅パンの塊と干し肉、そしてスープはあっという間に無くなった。ころあいを見計らってか、にやにや笑いを止めた男が口を開いた。
    「十分喰ったか」
    「足りねぇ」
    「仕方ねー奴だな。後はこいつで勘弁だ」
     男は俺に麻袋を放ってよこした。中からは甘い香りがした。干したイチジクだった。
     俺は遠慮なく中から一つかみ掴み取ると、一つに噛り付き、残りは懐に押し込んだ。
    「さて、と。落ち着いたようなら話をしようじゃねーか。坊主」
    「坊主じゃねぇ、名前で呼びやがれ」
    「……じゃあ、名前を聞かせてくれよ坊主」
    「聞きたいことがあるなら、そっちから名乗れよ、おっさん」
     ぐふっ、そんなふうにノームが笑った。げこ、答えて蛙が鳴いた。
    「上等じゃねーか、坊主」
     顔に貼り付いたにやにや笑いが、剣呑にけれど満足げな笑いに変わった。こいつは馬鹿だと俺は思った。同時に気味悪くも思った。餓鬼に舐められて、ここまで言われて笑ってられるって奴の頭がわからなかった。 「道理だな、久しぶりに『礼』に面した気がする。名乗らせてもらおう」
     頭を剃り上げた東方の男が口を開いた。
    「私の姓は李、名は二剛。李二剛(リィ・アルカン)今はこれだけでよかろう、次はお前の番だ、クラーレ」
    「俺はクラーレ。おっさんて歳じゃないつもりなんだがな。こっちがグンディ」
    「グンディグートだ。これでも短いほうの名前を使っているんだがね。正しく呼んで貰いたい物だ」
    「……」
    「ドン先生、意地を張るな。何の得も無い」
    「……ドンだ」
     鬼が軋るように答えた。
    「……てめぇがキャラバンの生き残りじゃなかったら、その生意気な口、引き裂いて裏返しにしてやるところだったぜ。そうすりゃてめぇの腹ン中も日に晒されて少しはさっぱりするだろうが」
     俺は、口を開こうとして、出来なかった。炎を写した黄色い瞳が俺を見すえていた。目が合ったとたんに瞳が猫のそれのように細くなった。違う、猫なんてもんじゃない。もっとおっかない、何かだ。
    「さっき、クラーレが言ったようにお前を見つけたのはこのドン先生だ。この中じゃ一番怒らせてはならん相手だと思うがな。これでよかろう?小さいの。お前の名を聞こうじゃないか」
     グンディと呼ばれたノームはそう言うと、俺のほうに向きなおった。
     ドンと名乗った鬼が俺から目をそらした。どっと汗が流れ、知らず知らずに俺は答えていた。
    「クリル……。ただの、クリル」
     ただ、名前を名乗っただけなのになぜか自分が丸裸になった気がした。
    「いい名前じゃねーか。クリル、いい名前だ」
     クラーレはそう言うと、うなずいた。
    「じゃあ、話を聞くとしよう。交易語はわかるか?それとも天山の方がいいのか?」
    「天山がいい」
    「じゃあ、天山で話すとしようじゃねーか。クリル、お前さんは担ぎ屋だな。やっぱり西方修道会のとこか?」
    「……太守の墓所、第四層。修道騎士団の最終キャンプまで。行きは食い物と水、帰りは」
    「お宝と。まあそう上手くはいかねーか」
     顔に貼り付いた笑みはクラーレの癖らしい。
     俺は知らず歯を食いしばった。
    「思ったより、修道会のペースは速いな」
    「……噂だが」
     アルカンが口を開いた。
    「第三層での発掘物がそれほどでもなかったと聞いている。その代わり損害は甚大だったようだ。結局第三層に中継キャンプを設営して、より深く潜ることにした、そう言うことだ」
    「今までの修道会の石橋をたたいてわたるやり方じゃねーって事か。だからだな、フレイ卿が呼ばれたのは」
    「だが、急ぎすぎだったな。第三層の掃討が中途半端だったってことだろ」
    「あの人がいるのに、らしくねーな。で、クリル。担ぎは上か?それとも、中まで入ってるのか?」
    「中まで入ってる。一番下まで、四層まで行った」
     へぇ、クラーレはそんな顔をした。そして身を乗り出し俺の顔を覗き込んでいった。真剣な顔だった。
    「襲われたのは、どこだ。地上か、それとも穴ン中か。穴ン中なら何層目だ。襲ってきたのは何だった。その時、護衛はいたのか?」
     クラーレの顔に張り付いていたにやにや笑いが消えていた。気がつけば、焚き火を囲んでいる男達はみなじっと俺のことを見つめている。息詰る沈黙だった。耐え切れなかったのは俺だ。
    「……穴ン中、第二層から第一層に戻る途中で襲われた。後100歩くらいで第一層への階段にたどり着くところだ」
     俺はあの奈落での出来事を思い出した。
     焦げる臭い、火花、矛槍が貫く体、体、体。
    「襲ってきたのは今まで見た事もないヤツ、蠍と人のあいのこみたいな身体で、でかい矛槍を使ってた。人が、まるでカカシみたいにやられてた。護衛は……」
     悲鳴をあげて真っ先に逃げていった人足頭。思い出したとたんに俺の胸の中にもう一度熱い塊が疼いた。
    「俺たちが一番聞きたいのは、護衛のことだ。答えろ、クリル」
    「護衛なんか……」
    「どうした?」
    「……あんなヤツは護衛なんかじゃねぇ!真っ先に逃げ出しやがった。俺たちは自分で逃げるのが精一杯だった、普段からあんだけ威張り腐ってたくせに、ここぞって時に何の役にもたちゃしねぇ」
    「護衛は居たのだな、だがお前達を置いて逃げた。そう言うことだな」
     アルカンと名乗った東方の男が念を押した。俺はうなずいた。
     俺は焚き火の炎から顔を上げた。誰も何も言わないことに気がついたからだ。
     あからさまに顔をしかめているのはグンディだった。
     クラーレは仰向けに砂の上に倒れて嘆息していた。
     アルカンは炎を凝視している。手の中で枯れ枝がぱきりと音を立てた。
     そしてドンは、ずずっ、と鍋からスープをすすった。
    「じょーだんだろーなんででてきてんだよこっちまでかいどうだけじゃないのかよれんちゅー」
     皮袋から空気が漏れるような声でクラーレは呟いた。
    「ピーウィーの言っていたヤツ、だと思うか?グンディグート」
     瞳だけ動かしてアルカンは尋ねた。
    「少年、クリルといったか、そいつの身体は何色だったかね」
    「赤、炭火のような赤だった。そして」
    「焦げ臭い臭いとともに突如岩壁から出てくる。そして、明かりが無くてもこちらの居場所を知ることができる」

     ……なぁ、クリル。なんか焦げ臭くねぇか。
     アリーの言葉が思い出された。

    「あんた達、どうしてそれを!」
    「『砂に這いずる者』、だな」
    「おそらく間違いなかろうよ、得物が違うが、それは好みなのかも知れん」
    「ちっと、予定を考え直さなきゃなんねえみてぇだな。まぁ、フレイはどうもこいつとは一緒じゃなかったな」
    「あの男がいたら、この子、クリルはあんなことは言いはしまい。あの男は義理に堅い男だ」
     炎から目を逸らさず、アルカンは呟いた。
    「クリル、西方修道会のキャンプはどうなってた?フレイって男の事聞いたことはねーか?」
     砂から上体を起こしてクラーレが聞いてきた。
     俺は、一瞬言葉に詰まった。
     あの時、地上に出たときの気持ち。多分、あれが絶望って気持ちなんだろう。それを思い出したからだ。
     唯一のよるべだった希望が打ち砕かれたときの気持ち。足元に暗い穴があいてその中に吸い込まれていくような気持ち。
     俺は、何とか言葉を口にした。
    「ベースキャンプは全滅してた。もしかしたらフレイとか言う人はいたのかもしれないけど。俺は知らねぇ。下は……」
     クラーレはひとしきり、自分のうかつさについて罵った。
    「畜生!やっぱりあの人だけで行かすんじゃなかった!」
    「おちつけ、クラーレ。もう起きてしまった事だ」
    「……でも、最終キャンプには本物の騎士様達がいる。だから、生き残っているかも……」
    「コイツの言うとおりだぜ、クラーレ。フレイの旦那は修道騎士団の偉いさんに同行しているんだろ?なら間違いなく最終キャンプにいる。そう簡単には死にゃあしないはずだ」
    「馬鹿言え、『砂に這いずる者』が出てるってことは、『墓守の一族』が出張ってきてるってことだぜ。俺たちがそのこと聞いたのはこの間ピーウィーからじゃねーか。フレイ卿は知らねえんだぞ。もしもどころの話じゃねーぜ。俺はまだあの人に死んでもらっちゃ困るんだ」
    「まぁ、確かにお前にとっちゃ出世の命綱だからの」
    「グンディ屋よ、お前は違うってのかよ」
     そう言うと、クラーレは全員の顔を見回した。
    「ここに居る俺たちの中でフレイ卿が命綱ってのは俺だけじゃねーだろ」
    「ちょ、ちょっと待ってよ」
     俺は思わず口を出した。
    「あんた達、追剥なんだろ?なんで騎士様のこと」
    「ああ、そうだった。お前はそう思っているんだったな。まぁ、少々マシというぐらいで大差はないとは思うが、そろそろ誤解は解いておいたほうがよさそうだの」
     あからさまに顔をしかめてノームが答える。
    「あんたたち、いったい」
    「自分のことを追剥という追剥がいたらお目にかかりたいものだがの、クリル少年。わしらがお前の考えているような血に飢えた追剥ならわざわざ、自分達の飲み水を分けてまでお前を助けたりはせんと思うぞ」
    「んなこと、ねぇ」
     ほう、とノームが興味深げに片眉を動かした。
    「俺から、修道会のキャンプのことを聞き出して、襲おうって腹じゃないのか?」
    「まぁ、その方が早いかも知れねぇな」
     顎を動かしながらドンが答えた。
    「だが、ちょっと相手にするには厄介だ」
    「話をややこしくして欲しくは無いものだな。ドン先生」
     含み笑い交じりにグンディが言い、俺の顔を覗き込んだ。
    「なかなか、頭の回転が速いようだ。及第点をやってよかろうよ。だが、見落としがあるぞ。クリル少年。
     第一に普通の追剥は西方修道会のキャンプを襲うならそれなりに手引きをするだろう。この点で、自分が手引きのために助けられたのではないかとすぐさま思いつくあたり、驢馬よりはマシな頭を持っているが、そのつもりならアクィラを出る時点で仕込みは済ませておくものだ。
     第二にわざわざキャンプを襲うために太守の墓所に潜る馬鹿はおらん。あの奈落に入って、なんでわざわざ守りの堅いキャンプなど襲わねばならんのだ。襲うなら、帰りのキャラバンを襲う。そして、そのためにはあと一群れほどドンがいたほうがいい。それはそれで悪夢だがな。まあ、人数が少なすぎる」
    「じゃあ、あんた達は何者なんだよ」
     俺は尋ねた。正直言って彼らが何者か解らなかった。
     一拍置いて二人が同時に答えた。

    「冒険者、さ」
     気取った声でクラーレが言った。
    「墓荒らし、だ」
     有無を言わさぬ声でアルカンが答えた。

     ずぅ、と音を立ててグンディが椀のスープを飲み干した。
     ドンは肩をそびやかすと、鍋をつかんだ。
    「もう少し、飴に包んだ物言いは出来ねーのかね。冒険者とか、探索者とか」
    「墓に潜って、宝を掘り返し、街に戻って売りさばく。いくら言葉を尽くしても、尽くすだけ無駄だ」
    「まぁ、そのとおりではあるな。儂はそればかりではないと思っているが」
    「潜るのに理屈も名前も関係あるかよ」
     ぶつぶつと男達は互いに文句を言っている。
    「おい、ちょっと待てよ」
    「うむ?」
    「墓荒らしって、どの墓だよ?」
    「お前がそのガラクタ背負って這い出てきた穴だ」
     そういえば。確かにさっきこの連中は第三層がどうの、とか言っていた。けど、信じられない。
    「冗談だろ!たった四人で太守の墓所だって?あの修道騎士団が一団で入って、それでもやっとこさ地下四層にたどり着くかどうかってとこなんだぜ。第一層や第二層だってついこの間地図が出来て、掃討が終わったばっかりだ。一歩中に入れば大蟻地獄や大蠍がいるし、玄室には罠や呪いがぎっしり。
     そんなところを一つ一つ潰していってようやく地下四層までたどり着いてるんだ。地上のベースキャンプと各層のキャンプがなけりゃ、掃討してもあっという間にまた元通りになっちまう。あそこは本当に奈落につながってるんだ。高々四人で行こうだなんて……、馬鹿かあんた達!荒らすにしたってもう少しマシな墓があるだろよ」
    「だから、俺たちは冒険者だって言ってるだろーがよ。その辺の墓荒らしや追剥といっしょにされちゃ困る」
     クラーレが言い、へっくしょんとドンがくしゃみをした。鼻をすすってから口を開いた。
    「別に、俺たちが追いはぎと思われてようが、騎士様の従者連だと思われてようが、関係ねえんだよ。それよか、どうすんだ、クラーレよ。四層で合流ってわけには行かなくなっちまったぞ」
    「クリル、お前さんが襲われたのはいつだ?」
    「……多分、二日前の夕方。けどあんた達に助けられるまで、俺……」
    「大丈夫だ、二日以上も砂に埋もれていたら生きているはずは無い。おそらく二日前の夕に襲われ、脱出。一昼夜砂漠を歩いて力尽き、倒れたところを我々が見つけた。そんなところだろう。墓所まではここから一昼夜かかる。幾度かこの場所で我々は野営している」
     東方人が俺のあやふやな記憶を裏付ける。
    「丸二日、俺たちが今から向かってあわせて三日」
    「いくら修道会の精鋭とフレイ卿がいるとはいっても、持ちこたえるのは至難だの、『墓守の一族』ならばなおさら。参った」
    「畜生、持ってもらわなきゃ困るんだよ。あの人はこんなとこで死んでいい人じゃないんだからな」
    「死なねぇよ、フレイは。なら、やる事は決まってるだろ」
     ドンはそう言って、大剣からぼろ布をはいだ。鈍く光る刃が炎を照らす。鬼は大剣を膝に横たえると刃に砥石をあてがった。水袋から口に水を含む。目を細めて刃を明かりに透かすと口から水を少しずつ垂らしながら刃を研ぎ始めた。
    「正直、修道会が三階あたりまで押さえててくれてるのが前提だったが、それは無い。それどころか、掃討はされていないと考えたほうが正しい。久しぶりの強行軍だの」
    「これまでが大名旅行だったのだと考えたほうが良いだろうな、フレイは上がってきているだろうか。どう思う、クラーレ」
    「わからねーが、あの人のことだ。修道騎士団から離れるこたねーぜ。最終キャンプの被害がどんだけかにかかってると思う。被害が軽くて動けるようなら、備蓄の糧食持って隊をを組んで上層の第一キャンプのあたりで篭城してるだろ。俺たちが来るって事は知ってるんだ。けど、被害が大きくて動けないとなったら、最終キャンプから出て来れてないかも知れねー」
    「潜るまで、なんとも言えんな」
     アルカンはそう言うと、鍋を砂で洗い始めた。
    「一気に四層まで抜くとなるか。『墓守の一族』の置き土産はあるだろうなあ。稼ぎも怪しいの」 「んなこたねーぜ、修道会は義理堅い。生き残りがいれば礼金はもらえるし、何よりフレイの名が上がる」
    「いや、そうではなくての」
     ノームはそう言って言葉を切り、背嚢に手を突っ込み小さな薬瓶を出した。大人の親指ほどだろうか。
    「抗毒剤だ。何かのときと思って一瓶だけ持ってきた。後は、毒を受けて即死しないことを祈るほか無い。そしてアクィラで毒消しの手当てを受けた分は約定どおり必要経費から引くのだろう?あまり分のいい儲けにはなりそうも無い。事前情報があれば全員分を揃えたがの」
    「無理ゆーな。門を出てから話が違うなんてのはいつものことだろ。アルカン、それでいいか?」
     東方の男は無言でうなずいた。
    「んじゃ、潜りの目的をフレイ卿との合流・層以下のお宝捜しから、修道会・フレイ卿の合流救出に変更。目標階層は最終キャンプまで。いいな」
     ノームと鬼は無言でうなずいた。
    「じゃあ、後はお前だな。どうするね。クリル」
    「へ?」
     そのとき、俺はかなり間抜けな表情をしていたと思う。クラーレが何を問うているのかさっぱり解らなかったのだ。
    「別に、お前をここにほっぽり出して言ったって良い」
     刃に指を当て研ぎ具合を試しつつ、俺の横で鬼はそう言った。
    「帰り道が解るんだったら、堅パンと水は分けてやる。ここまで歩いたんなら、半日あればアクィラの南門だ。そのガラクタ捨てていけばもっと楽だ」
    「ここで別れるも良し、俺たちについてくるも良しってこだな。もっとも、ついて来るってんならもう一度奈落に潜ることにならーな」
    「冗談じゃねぇ!」
     何も考えず言葉が出た。もう一度あの奈落に戻るなんて考えるだけで怖気がする。
    「クリル少年の言うとおりだろう。知らなかったぞ、我々に子供の面倒を見る余裕があったとはな」
     グンディが鼻を鳴らして呟いた。
    「余裕はねぇ。当然だ」
     ドンは刃を返して研ぎのかえりをとっていた。
    「来るからには、仕事をしてもらう」
    「戻らねぇって言ってるだろ!」
    「だがな、坊主」
     ドンは相変わらず俺のことを坊主と呼んだ。
    「このまま帰っても、何の金にもならねえんだろ。それとも何か、修道会に行けば金は貰えるのか」
    「んなわけねーって、人足頭がまとめてるんだ。クリル、担ぎ屋の頭目の名前は?」
    「イングリス、七つ橋のイングリス」
    「あいつかよ……。えらくピンハネされたろーに」
     当然のようにクラーレは話を継いだ。口ぶりでは担ぎ屋のことについても知っているらしい。
    「知ってるのか、クラーレ?」
    「まぁ、屑野郎だ。西方語ができるってんで修道会の仕事受けてたらしい。アクィラの裏のほうにある程度顔出してて、人足揃えるのに食い詰めもん集めてた。人足の頭目なんて言っちゃいるが、人望なんて欠片もありゃしねーよ」
    「修道会の連中も割と見る目が無い、そう言うことかの」
    「いんや、人足の手配なんて騎士団の騎士様たちはしやしねー。で、下っ端連中はそれなりにそれなりってことさ。クリルよそのまま帰ったって信じて貰えなきゃ門前払いだぜ」
    「なら、決まりじゃねえのか。お前、このまま帰ったって何にもならねぇぜ。それでいいわけじゃないだろ。俺たちと来るなら金が入るぜ」
    「もう少し、説明してやれ。命に関わるんだ」
     相変わらず火の番をしながらアルカンが言った。
    「いいか、坊主。クリルといったか。お前がここからアクィラまで帰るなら、今すぐ発って夜のうちに砂漠を横切りアクィラまで行くがいい。一人で行くのなら決して昼に砂漠を行くのはやめておけ。ただし、それはクリル、お前がアクィラへの道を熟知しているならだ。太守の苑の縁にあるガレ場まで行けば踏み分け道が出来ているが、そこまでは足跡の残らない砂漠を行く必要がある。道先案内人が行うように、太陽か星の位置で方角だけでも知らねばたどり着くのは難しいだろう」
     アルカンはそこでいったん言葉を切った。今言った言葉の意味が解っているか、確かめるように俺を見据える。
    「もう一つは私達と行動をともにすることだ。つまり、私達といっしょに太守の墓所に戻り、第四層まで潜る。修道会の生き残り、もしいればだが、と合流し、地上に戻り、そしてアクィラに戻る。
     ただし、お前が考えているとおりこれにはある程度の危険も伴う。第三層の掃討は完璧ではないし、第四層はおそらく手付かずだ。それに、お前の話が本当ならば、第一層、二層にはこれまでとは違う相手がいる可能性がある。
     私達は断片的にではあるがお前の出あった蠍人、古くには『砂を這いずる者』と呼ばれた者の事を知っている。従って少しはマシな働きができるだろう。少なくとも、お前達、荷担ぎ隊の護衛とは腕が違う。潜り屋の常として、断言はできないが。
     私の個人的な意見だが、危険は同程度だと考えている。砂漠の一人と奈落の複数人。砂漠ではお前は倒れれば終わりだ、奈落なら生き残りがいるならお前を連れてアクィラに戻ることができる」
     東方人の言葉を信じることは出来なかった。こんなに少ない人数で奈落に行って生きて帰ることを話してること自体眉唾にしか思えない。  けれど、クラーレの言葉は確かに事実だった。
     このまま戻っても何の金にもならない。こいつらについて行けば金を出すといっている。
     どんなはした金でも、俺は手ぶらで街にもどるわけは行かないんだ。
    「いくらで雇ってくれるんだ?」
    「お前さんを半人前として、山分けだ」
    「へ?」
    「山分けだよ、や・ま・わ・け。もっともお前さんは俺たちの半分だ。アルカンの話のとおり修道会から礼金が出るだろうからそいつから、雑費を引いた分を山分けする」
     俺は、耳を疑った。そんな条件は聞いた事が無い。
    「そう言うことだ。それが私達の流儀なのだよ。潜るからには危険は同じ、だから得たものも等分にする。分け前で揉めるよりはこの方が恨みが少なくて済む」
    「あ、あんた達。もしかして俺のこと一人分として扱ってるの?」
    「半人前と言うておるだろうが」
    「でも……、でも。歩合の賃金じゃなくって分け前が貰えるの?」
    「生き延びて帰ればだ」
    「けど、俺、何も、何もできねぇ。荷を担ぐくらいしか」
    「目と耳が着いてりゃー、それで結構役に立つもんだぜ。穴ン中じゃな。それにお前にゃ二本の手がある。松明持ちだって仕事だ」
    「帰り道でお前の干物見たりしたら寝覚め悪いからな。それくらいなら、目の前で真っ二つになってくれたほうがマシだ」
     どういう理屈だよ、俺はそう思った。
    「その、修道会からの礼金っていくら位になるのさ?」
    「さてねー。フレイ卿を通して上手くやれば雑費引いても日輪貨で八十枚は堅いと思うけどなー。向こうの台所もしけてるらしいしなー」
    「に、日輪貨!?」
    「八十枚貰えれば、少年。お前の取り分は日輪貨八枚に鷹印銀貨、銅印貨が八枚ずつになるの」
     今回の荷担ぎを皮算用してた分は鷹印銀貨が行きに二枚、帰りに五枚。
     鷹印銀貨が10枚で月輪金貨、月輪金貨が十枚で日輪金貨。
     だから……。
     指が足りなくなって俺は数えるをやめた。でも、間違いなく十回荷担ぎをするよりも金は入る。
    「う、嘘だろ……。そんな金」
    「あるところにはあるもんさ」
    「……それでも、へたすりゃ赤だがの」
     クラーレとグンディの言葉に、アルカンが苦笑いを浮かべた。
    「私達が正常な金銭感覚を失って久しいことがわかるな」
    「他に聞く事はないか坊主?満足が行ったら飯食っちまえ。今晩は月が出てるから焚き火は熾きにしておけ。明日の朝に改めて熾す手間かけんじゃねぇぞ」
    「廻り番は俺とでいいだろ。ある程度やり方教えとかないと戸惑うだろうしな」
    「依存は無い、クラーレに任せよう。私は明け方を受け持つ」
    「いつもどおり、わしは寝かせてもらう。邪魔されんことを祈ってるよ」
     俺の隣でグンディは毛布に包まり、しばらくもぞもぞと身体を動かしていたがすぐに寝息が聞こえてきた。
     ドンは布を巻きつけた大剣を枕にして大の字になっていた。
     アルカンは毛布を使わず、焚き火に背を向けて横向きに寝転がった。
     やがて、クラーレがひっそりと口を開いた。

    2

     ああ、鍋とかはしまっちまいな。そこの荷物、明日はお前が担ぐことになるからなー。中身?予備の糧食と鍋、松明とかだ。まぁ、予備の糧食使うことなんかねーけどな。
     ん?まだ腑に落ちねぇって顔してやがんなー。ガキの癖に頭かてーぞ。
     クリル、お前はもう何度かあそこに潜ったことはあるんだよな。あー、かまやしねぇ。荷担ぎ人足だろうが穴ン中に入ったことがあるとないってのは大違いだ。そうだ、俺たちは奈落とか言ってるな。あそこを。
     太守の墓所ってのは太守の苑のほかの遺跡とは違うんだ。他の遺跡ったって、太守の苑の中にあるのは運河跡や庭園塔とかぐらいで、あんだけの構造物ってのはまずねーな。
     つまりな、地上から100フィート近く潜っても底がわからないような巨大な遺跡はあそこだけなんだ。
     本当に墓所なのかって?それは間違いない。おめー、どこまで潜った?四層まで行ったならあそこの空気吸ったろ。そうだ、あの匂いは瀝青だ。玄室の封印や棺のつなぎ目を埋めるのに使ったりしてる。そして、四層には瀝青で覆われた死体が玄室にずらりと並んでやがるんだ。
     じゃあ、第一層から第三層までは何かって?グンディの話によると、あれは墓所の上に築かれた寺院なんだってよ。
     つまりな、その三階建ての建物が砂に埋まっちまったんだ。お前が荷物担いで潜っていたのは『破風口』ってとこだ。屋根の三角になってるところ、あそこのことだな。だから最初に潜ったやつらは寺院の奥、祭儀品とかがしまわれてるところに直接入っちまったわけだ。運のいいことこの上ないやな。
     で、後は知ってのとおり冒険者がお宝を探しに潜ってったわけだ。そりゃ、言い伝えに名高い天山の太守を葬った寺院だ。値打ち物はごろごろしてたさ。けどな、肝心の太守の墓は見つからなかった。奥にあるに違いないってんでどんどん深くへ潜った。するとこれも伝承どおりに墓所の番人てヤツがでてきて襲われる羽目になったんだな。
     そうでなくてもそーした寺院には他人に入られたくない理由があるから、中にはごちゃまんと罠や呪いが仕掛けられていたさ。
     はっきり言やー、一時期第二層の真中あたりで探索は止まっちまったんだ。ただのならず者や墓泥棒じゃどうにもならなかったんだな。
     そりゃそーだ。まずは太守の苑を渡って、正しい場所まで来なきゃならねー。それから潜る。ところが、潜れば大抵はただじゃすまない、蟻地獄や蠍や砂蟲、吊天井に落とし穴、呪封印とこの手の話にはつき物の代物がてんこ盛りだ。全員自分の足で地上に戻れれば運がいいってやつだ。それからまた砂漠を越えてアクィラに戻る。
     気の利いたやつはわざわざ穴に潜らず、穴から帰ってくる連中を襲ったもんだ。なんたって相手はボロボロに疲れまくってるからなー。
     そう、おめーの言うとおりだよ。その方が賢いやつらだ、……クズだけどな。
     で、潜ろうって考えた奴らは仕方ないから、おめー、クリルが知っているやり方をすることにした。つまり、ベースキャンプを設営してそこに糧食や松明、ロープにスパイクとかの補給物資を置くんだ。これなら街まで戻らなくていい。そしてそのキャンプで掘り出したものを荷造りしたり休んだりするわけだ。これでかなり潜りやすくなった。
     そのかわり、このキャンプにはキャンプを守る人間が常にいなきゃなんねえ。留守の間に荒らされちまえば、元も子もねーからな。それだけじゃねえ、このキャンプに物資を運ぶ連中はまた別に必要なわけだ。
     こうして、潜る人間とそれを支援する人間に分かれてもぐるやり方は出来た。これは確かに人数を食う。けど確実だし、まだ発掘したお宝で十分に賄えたんだな。
     ところがだ、最初はせいぜい三層あたりで太守御ん自らを掘り出せると踏んでたんだが、その先から始まるって事が明らかになった。
     すると、今俺たちがベースキャンプって呼んでる『破風口』のキャンプだけじゃなくって、各層にもキャンプを置かなきゃいけなくなった。そうやって一番深いところへ潜る連中を疲れさせないで最後の未踏査地に放り込むってやり方だが、当然各キャンプにお守りが必要になるしそこへの補給路も確保しなけりゃいけない。人数はどんどん増える。そして知ってのとおり深いキャンプほどヤバくてお守りに腕利きが必要になる。
     こうなっちゃよっぽど組織がしっかりして無いと潜れない。つまり、このあたりで後ろ盾無しに潜るのは無理になっちまったんだ。西方修道会やアクィラの商人連合みたいにな。
     こうなっちまうと、鉱山で金掘ってるのとほとんどかわらねぇ。

     けどな。本当にそうか?
     ベースキャンプ、第一キャンプ、第二キャンプを作って、各層を掃討・制圧して道ならしして潜り隊を送り込む。
     このやり方は確かに「確実」に見える、「安全」に聞こえる。
     けどな、クリル。お前みたいな物を運ぶことしか出来ないような人間まで潜らせて、そいつらの分まで面倒を見なきゃならねーんだ。このやり方は。

     俺たちのやりかたってのは反対だ。
     俺たちは基本的に後ろ盾無し、自分達だけで迅速に潜り、探し、奪って、出て来る。その道行きでやらなきゃいけない荒事は解決しなきゃいけないが別にその層を掃討・制圧する必要は無い。何も俺たち以外の人間が通りやすいようにする義理はねーんだ。
     人数は多くて六人。それ以上の人数になるとどうしても、何も考えずに指示されたままにしか動けないやつが出てくる。それじゃ駄目なんだ。
     俺たちはな、隊の人間が一人一人全員自分の果たすべき役割を持ってる。西方修道会の調査隊がいくつかの隊に分けてやってることを一人でするんだ。
     そんなことできるか、そう思ってるな。顔に書いてあるぜ。まぁ、無理もねーけどな。けどな、覚えとけ。クリル。

     長くいるから襲われるんだ、沢山いるから小回りがきかねえんだ。

     俺たちは奈落の中で野営することはほとんどねえ。だから、糧食や補給品を少なくできる。
     穴ン中での殴り合いは人数の多い少ないじゃない、優秀な駒を必要なだけ揃えれば良いんだ。だから、制圧隊は必要ない。
     そのかわり、俺たちにはお前みたいな「お客さん」はいねー。潜っている間は全員が役割を果たす。いわば、全員で一つの生き物になるんだ。見る、聞く、探す、破る、戦う。それぞれにやることがある。
     だからだよ、俺たちが山分けにするのは。一人一人、てめえの鼻先にぶら下がってるヤバさは同じだからな。
     まぁ、今回お前は一人分の働きは出来ないだろうから半人前の扱いになる。悪く思うな。
       クリル、お前の仕事は荷担ぎ、松明持ちだ。
     荷担ぎは俺たちも分担する。欲張って無理して持つ必要は無い。それで逃げ足が遅れちまったら意味が無いからな。いいか、俺たちは寝覚めの悪い思いはしたくない。けれどやばくなったら逃げる。ついて来れない奴を待ってて全滅するのは馬鹿のやることだ。

     目的地に着くまでの間、荒事がないうちは巡行態勢で動く。巡行の時は俺が方針を決定する。それぞれに意見は聞くが判断するのは俺だ。でもって、荒事の時はアルカンが指示を出す。指示つっても俺の時と同様に方針を決めるだけだ。何をするかはそれぞれに任す。俺たちは大体他のやつがどんなことをするかわかってるから上手くいくがお前はそうも行かねーだろ。アルカンにゃ具体的に指示を出してくれっていっておく。
     あと荒事の時は絶対に勝手に動くな。勝手がわからないで動くとお前だけじゃなくて俺たちも含めてやばい目にあう。そうなったら、帰れなくなるのはお前だ。
     忘れんなよ、こうやって潜る以上は俺たちは互いを信じて動けないと生きてお天道様拝めなくなるんだ。互いに何もわからねーのは確かだが、信じられなきゃ死ぬだけだ。
     四の五言うな、信じろ。
     何か聞きたいことはあるか?
     わからないことは聞いておけ。穴の中じゃ迷ってる暇は無えんだ。迷いになることは今のうちに聞いとけ、そして理解しろ。
     穴ン中でのこまごましたことは明日の朝だ。

    3

     寒さで目が覚めた。
     砂漠の朝は嫌だ。いつのまにかすっぽりと腰の形にへこんだ砂からぬくもりが吸い取られ、頬に当たる毛布に露が降りる。寝返りを打つと頬に小さな雫が触れて、否が応にも目を覚ます。
     修道会の騎士様たちが刺し子の敷き毛布を使っているのを見た時、本当にうらやましかった。この人たちはきっと、砂にぬくもりを奪われて震えて目を覚ますことはないんだ。
     俺は寝返りを打った。ぬくもりを失った背中を焚き火であぶって少しでもぬくもりを取り返したい。
     その背中を小突かれた。
    「起きろ」
     有無を言わせない口調だった。
     目を開けると、世界はすべて薄紫に染められていた。
     頭の上、天の中心にはまだ星が残っている。視界の半分を占める砂漠は光を吸い込むような闇色で天と地の際に地平線が明るく、うすく広がっている。
     ぼうっと眺めていると、もう一度背中を小突かれた。
    「起きて、火を熾せ。準備が済む前に。茶を沸かすんだ」
     俺は起き上がった。
     既に砂がかけられた焚き火のそばには鬼を除く三人の男達が座っていた。
     グンディは革張りの頑丈そうな、大きな本を膝の上に広げている。肩のあたりに明かりのともったランタンが音もなく浮いていた。眉をひそめ、ぶつぶつと何か呟き、時折天を仰いでいる。
     クラーレは、にやけ笑いを潜めて、いくつかの束ねた紙綴りを眺めてはまぶたを閉じ、何か韻律にあわせて頭を振っている。
     俺を起こした東方の男は、驢馬の背から粗朶の束を下ろしているところだった。 「早く目を覚ませ、敵襲だったら間に合わない」
     男は砂をかぶせた焚き火の跡にその粗朶の束を置いた。
    「もう一人は?」
    「あいつの神への礼拝の最中だ。グンディとクラーレは『焼き付け』をしている、邪魔をするな」
     何のことかさっぱりわからなかった。
     東方の男は傍らの荷物を指差し、言った。
    「薬缶と、水袋はそこの荷物の中だ。磚茶の淹れ方は知っているか?」
    「……なんのこと?」
    「湯が沸いたら私を呼べ、私の名前を覚えているか?」
    「あ、アルカン。何とか、アルカン」
    「よろしい。私はしばらくここを空ける。二人には話し掛けず、邪魔はしないように。炎を余り大きくするな。視界が通らないところを選んでいるが、それでもこの時間に炎は目立つ。わざわざ面倒をこちらから呼ぶ必要もない。湯が沸かせればそれでいい。粗朶もあまり使わないことだ、帰りがある。何も無いと思うが何かあったら大声を出すか音を立てろ。間に合えば助けられる」
     視線は本に落としたまま、グンディが不満げに鼻を鳴らした。クラーレが瞼を閉じたまま手を振った。
     アルカンは立ち上がると、ほとんど音を立てずに砂丘の峰を越えて歩いていった。
     俺は毛布を畳むと背負子の背当てに詰め込んだ。それから埋もれた熾き火を掘り出し、粗朶から細い枝を選りだした。粗朶は良く乾いていたので、しばらく息を吹きかけると小さな炎が上がった。
     水袋から足つきの薬缶に水を満たし、ちろちろと燃える炎の上にかける。
     顔を上げて空を見上げる。炎になれた瞳には、明けの明星以外に星は見えなかった。さっきまで薄紫だった物が闇色に帰ったみたいだった。
     その時、遠く風に乗ってなにか獣の遠吠えが聞こえてきた。俺は弾かれたように立ち上がった。グンディグートがちらりと聞こえてきた方に視線を泳がせた。振り向いた俺の瞳とノームの茶色い瞳がぶつかる。グンディグートは面倒くさそうにため息をつくと頭を振り、座るように手で示した。
     俺は仕方なく腰を下ろし、冷え切った背中を小さな炎で炙った。そうしている間にも遠吠えは止まない。
     さらに、俺の耳にまた別の音が聞こえてきた。この音はすぐに見当がついた、風を切る音だった。
     晴れた日、山から吹いてくる風が旗竿を鳴らす音、その音にそっくりだった。ただ、それに混じって何か叩きつけるような音が聞こえてくる。そしてそれはなかなか止まず、それどころか、その風は四方八方から吹きつけ、渦巻き、絶えず吹き上げ吹き下ろすようだった。
     風を切る音はアルカンが歩いていった砂丘の向こうから聞こえてくる、音の主はアルカンだろう。けれどあの東方人が何をしているのかさっぱり見当がつかなかった。
     粗朶がぱちぱちと音を立てる。俺は膝を抱え、揺れる焔を見ていた。
     落ち着いて考える時間ができると、やっぱり俺は自分の選んだ道が間違っていたんじゃないかという気がしてきた。水と食料をもらってアクィラに帰ることが正しかったんじゃないか。こんなわけのわからない連中と、よりによってあの墓所にもう一度潜るなんて。
     それに、あの分け前の話だって、怪しい。人足にそんな金払うなんて聞いた事がない。こいつらは俺をいいように人足に使って適当に難癖つけてお払い箱にするつもりかもしれない。この人数で潜るってのは信じたくないけど本当らしいから、そのことも含めて逃げる時にはさっさと……。
     逃げてどうするんだ?
     俺はそのことに思い当たって頭を抱えた。俺が荷物を持つなら水と食い物は持ってゆける。けれど、アクィラまで戻る道は、正直怪しい。担ぎ屋としてきたときには俺の前をあるアリーの踵しか見ていなかった。多分、無理だ。一人では帰れない。
     やっぱりこいつらと一緒に行くしかないんだ。俺は溜息をついた。
     こいつらと一緒に奈落に下りて死体を拾って階段を上って砂漠をアクィラまで戻る。
     しかたねぇ、腹を据えるしかない。
     カルナ、待ってろ。今回はろくな稼ぎになりそうもないけど、絶対に生きて戻るからな。

     薬缶から湯気が昇った。アルカンはちょうどぴったりの時間に砂丘の向こうから戻ってきた。剃り上げた頭といわず体といわず湯気が立ち上っていた。やっぱり先ほどの風の音はこの男のようだった。ただ、ほとんど汗をかいていないのが不思議だった。
    「湯、沸いているよ」
     アルカンはうなずくと、自分の包みの中から日干し煉瓦のようなものを取り出すとそれをナイフで薬缶の中に削りだした。
     薬缶の中で塊はほぐれて、どことなく黴臭いような、なんともいえない匂いが立ち込めた。
    「これは、磚茶だ。煉瓦茶とも言う。茶という葉を蒸し、発酵させ、干し固めたものだ。
     『一椀にして喉吻潤い、二椀にして孤悶を破る』私の国ではそのように言われている。一杯飲めば喉や唇が潤い、二杯飲めば一人寂しい憂いがなくなる。そう言うことだ」
    「……薬?」
    「そうだな……、効用はあるがそれが主な目的ではない」
    「これ、かびてんじゃないの?」
    「……ああ、お前はそう思うだろうな。違う、こういうものだ。クリル、お前にはこのぐらいの濃さが丁度いいかもしれないな」
     アルカンは昨日のスープ椀に塩を一つまみ入れると濃い茶色の煮出し汁を注ぎ、俺に差し出した。
    「……飲むの?」
    「嫌なら無理強いはせん。ただ、朝の口糧はこれと干し果物だけだ。飲まないと喉が渇く。塩もお前には必要なはずだ。おそらく今日は熱い汗も冷たい汗も今までにないくらいかくだろうからな」
     俺は恐る恐る口をつけた。なんか、変な味だった。つーか、まずい。急いで俺は昨晩分捕った干しイチジクにかぶりついた。
     アルカンは少しだけ笑みを浮かべると。人数分の椀を並べ始めた。
    「修道会じゃこんなの飲まなかったぜ」
    「連中はこれが不道徳なものだとおもっているようだ。だが、なめし皮の匂いのついた水を我慢して飲むのに比べればマシだろう」
     パタンと音を立てて、グンディがようやく本を閉じた。蝶番のついた鉄帯に鍵をかけ、油紙で包み、布袋に入れてから背嚢にしまいこんだ。えらく大事なものらしかった。
     アルカンはさっきと同じように茶を椀に注ぐと、ノームに差し出した。グンディはベルトのポーチから黄色いバターの欠片を取り出すと椀に落として飲み始めた。
    「その脂、今日はつかわないのか?」
    「なに、こっちは普段用だ。使う分は別にとってある」
     もう一度遠吠えが聞こえた。高く、低く、高く、高く。
     何者かに呼びかけようとしている、その遠吠えはやがてかすれて、消えた。
     ふん、と息をついて、クラーレが手にした紙綴りから顔を上げた。
    「砂丘一つ離れたくらいじゃ駄目だな、ドンの遠吠えは」
     あの遠吠えは鬼のものらしかった。つくづく冗談じゃないと思った。
     紙綴りを背嚢にしまうと、クラーレは自分の分の椀から顔をしかめつつ煮出し汁を啜った。
    「わしはもうずいぶんと慣れたがの、そこのクリル少年はかなり面食らっておったようだ。正体を教えてやりたかったがこっちも焼付けの最中でな」
    「あの咆哮が出たのなら、そろそろ終わりだな。戻ってくるだろう。クラーレ、グンディグート、どんな術式を焼き付けた?私にわかる範囲で良い。陣立ての参考にする」
    「開け閉めの手品に、盾と鎧の秘密。準備する時間がありゃー、限られた時間だが前に立ってもいーぜ」
     あのいいかげんな口調が戻っていた。クラーレは目ざとく俺の視線に気がつくと、何を思ったのかにやっと笑った。気に食わないヤツだ。
    「矯めの言葉に騰空、地蜘蛛に隠れ、金埃、警報にイリョドの脂身、花火は一つだけだ。他のいつものまじないは棒杖でよかろう。あとは折に触れ使える巻物があるかも知れぬ。が、まずは今ので考えていてくれれば間違いはない」
     俺にはさっぱりわからないやり取りがしばらく続いた。仕方ないので俺は時折爆ぜる粗朶を抜いたり、熾きを掻き起こしたりした。
     あたりは大分明るくなってきていた。
     地平線から広がる薄紫の空が中天まで差し掛かり、明けの明星も闇の中に光るのではなく、周りの光に囲まれ優しく瞬いていた。そろそろ旅立つ頃のようだった。今立てば、涼しいうちに墓所にたどり着き、少なくとも人の子の時間に潜ることができる。この行程は修道会と同じやり方をするのだと昨日クラーレは言っていた。
    「おう、丁度良い頃だったみてぇだな」
     鼻を啜りながらドンが戻ってきた。
    「『紫電の鬣』のご機嫌はいかがだったよ、ドン。今回の潜りについてお告げはあったかい?」
     俺から椀を受け取ると、鬼は一息でそれを飲み干した。
    「いんや、ライガー様はまだまどろんでら。っても、目を覚まされたらおおごとなんだがな。それでも『獣神』様の息吹は俺の髭の先までたっぷりと頂いてきた。今日も思う存分叩っ斬るぜ。それよか、」
     ドンは空いた椀を何も言わずに俺に差し出した。少々業腹だったが、アルカンに促され俺は椀の中に煮出し汁を注いだ。
    「回り一巡りしてみたが、見たかぎりじゃ見張られてた跡はない。用は済んだか、穴ン中にかかりっぱなしなのか。それとも俺の目じゃ無理だったか、どちらかだ」
     ドンは立ちながら、今度はゆっくりと椀の中身を口に含んだ。
    「明るくなってきたぜ。もう一度回るか?」
    「それなら、全員で動いた方が良いだろう。ここを発って、私とクラーレが一走り周りを調べてこよう。時間は取らせん。仕方ないとはいえ、助けを叫んでもすぐにたどり着けないところにいるのは良くない」
    「ちげーねぇ」
     俺は会話を聞きながら、鼻をつまんで茶を飲み干した。

     朝飯はごく簡単に終わった。あの茶とかいう煮出し汁と干したナツメ、イチジクを囓って終わり。大の大人連中がこれで足りるのかと思ったけれど、連中は朝は大して食わないことにしているようだった。
     連中は旅慣れていた。俺の仕事は荷担ぎだと言われていたけど、連中は自分の荷物は手際よくまとめてさっさと背負ってしまった。俺の分として渡されたのは行糧と薬缶、鍋だった。
    「潜る時にもう一度荷物を組み直す。その時にはもう少し持たせるものもあっからそのつもりでいろよ」
     砂を蹴出して火を消しながらクラーレはそう言った。
     たいしたことない重さだ。俺は背負子の胸紐を締めた。

     道行きの間、連中はほとんど言葉を交わしていなかった。先頭をゆくアルカンは時々足を止めて地平線にその厳しい瞳を巡らせた。その時だけ一行は足を止め、朝未きの風に耳を澄ました。俺もその時だけは息を潜めた。明け方に吹く風の中に俺は自分の鼓動以外に何も聞き出すことはできなかった。
     修道会が道標として砂丘に打ち込んだ旗竿はほとんど砂に埋もれてしまっていたが、連中は迷うことなく墳墓への道を進んだ。
     紫の薄闇は淡い薔薇の色に移り変わり、砂丘の稜線に上ったとき、俺は背中に朝の光を感じた。
     人の子の時だ。
     そして、その稜線の上から俺はベースキャンプを見下ろしていた。
     静かだった。
     目の前には焼け落ちた天幕が三つ、四つ。あのとき、赤い夕焼けの中で目に飛び込んできた惨劇の痕はすでに風に運ばれた砂に覆われているようだった。
     半分埋もれるようにして三角に切り取られた入り口が口を開いていた。クラーレが破風口と言った入り口、そこの枠には屋根に絡まる蔦の葉が彫刻されていた。けれど、こんな砂漠の中、砂に削られて輪郭も定かでなくなったその彫刻はなんか間抜けだった。
     丸太と布で囲われた砂避けはまだ残っていた。
     
     背中を断ち割られた騎士様、ただ炎の音だけが聞こえた夕闇。
     戻るなんて思いもしなかった。ただひたすらに逃げること、帰ること、生きることだけを考えた二日前。なのに。  俺はもう一度ベースキャンプに戻ってきた。多くの血を吸い、生きながら奈落へ至る場所、皇帝の墳墓の前に戻ってきたのだ。
    「クリル」
     アルカンが腰から束ねた棒を抜き取って口を開いた。
    「ベースキャンプは襲われた、生き残りはいない。そうだったな」
     俺はそうだ、と答えた。
    「どした、アルカン?」
    「死体が見つからない。砂に埋もれているのかと思ったが天幕の埋まり具合から判断すると、そこまで砂は積もっていないように私には思える」
    「了解、グンディグート、ドン、俺、アルカンの順で荷をクリルに預ける。その間他のは警戒。
     グンディグートは待ってる間にまじないを頼む。
     朝日といっしょにもぐるやり方、間違っちゃいなかったってーわけだ」
    「なんのことだよ?」
     俺の疑問には答えずに連中はさっさと分けていた荷物を俺に放ってよこした。
     文句を言おうと思ってちらっとクラーレの顔を覗く。
     相変わらず読めない表情だった。顔にはだらしないにやけ笑いが張り付いているけど、目はそうじゃなかった。
    「ほれ、とっとと荷造りしてしまえ。どうせたいした荷物はない。各自の毛布と予備の行糧、あとは予備のロープと松明程度だ。かさはあるが重さはたいしたことは無い。」
     声をかけられずに一瞬呆けていた俺をノームが促した。
     俺は慌てて背負子を下ろし、各自の荷物を言われたとおりに荷造りした。俺がそうしている間、連中はそれぞれ飛び道具を手に周りを見張っていた。
    「松明は常に一本すぐに出せるようにしておきな、あと今の内に言っとくが多分破風口から二層に行くまでの間に荒事がある。朝飯のときに話したことは覚えてるか、忘れたことはあるか?言ってみろ」
    「巡行の時はあんたの指示、荒事のときはアルカンの指示に従う。俺は明かり持ちで、左右の壁を確認する……」
    「合図は覚えてるか?」
    「止まれ、来い、やるの三つでいいってあんたが言った」
    「そのとおり、上等」
     そして、クラーレはにぃと笑った。今まで見たどんな笑みとも違う笑みだった。

     男達は思い思いに備えを固めている。
     東方の男は背中に手引きの石弓を括り、三本の棒を鎖でつないだ殻竿のような物を手にしていた。  鬼は大剣の柄元に皮紐を巻きつけている。首に巻きつけた蛇が鎌首をもたげ空気の匂いをかいでいる。
     グンディグートは腰から下げた棒杖を何本か握るとぶつぶつ呟きながら男達に触れてゆく。
    「その肉に、赤き雄牛の力を。その腱に黒き猫のしなやかさを……」
     やがて俺の前に来ると、鞣革で巻いた棒状でぽかりと俺の頭を叩いた。
    「感謝しろよ、街なら日輪貨15枚だ。このまじないは」
     わけわからねぇ。

    「いつでもいいぜ」
    「こちらもだ」
    「のんびりさせてもらうつもりでいるからよろしく頼むよ」
     口々に連中は勝手なことを言っている。
    「クリル、お前はどーだ」
     クラーレが聞いてきた、またあの顔に戻っている。
    「心配ねえよ。たいした重さじゃねぇ」
     本当はまだ言いたいことはあった。
     あんた達はどうだか知らねぇが、俺はまだ信じられねぇ。あんた達のしてることが巧く行くなんて。
     けど、ここまできた以上、言っても仕方ないこと。そう思った。腹は括ったんだ。
     クラーレは全員の顔を見回し、そして言った。
    「よし、生きて帰るぞ」
     まるで、散歩に行く。そんな調子で。



    4

     男は手のひらを見ていた。
     そよとも風吹かぬ穴の中、ランタンの炎は涙滴型に磨かれた紅玉の如く、微塵も動かない。発せられるかすかな明かりを手に受けて、男は目を細めた。
     昨日受けた傷、間違いない。
     体には倦怠感が纏いついている。間違いなくそれは死の影だった。この玄室の間に満ち溢れた影。
     瀝青の臭いがぶり返す。いつまでたっても慣れはしない臭いだった。

     皇帝の地下墳墓、第四層。『祭儀の間』に隣接する五つの準備室のひとつ。
     最終キャンプに奇襲を受け、撤退した先がここだった。最初の判断が失敗だった。墓所の番人であれば連中の行動からして、拠点で粘る戦いで決着はつくはずだった。しかし、敵は墓所の番人ではなかった。死してなお太守の眠りを守ることを命じられた死体。それとは別に、血の通う存在がこの太守の墓所の番人として現れようとは。
     逃げ込んだ先の小部屋。守るには易いが、彼我の戦力差を考えるに打って出るのは無謀といえる。
     あの時、自分が指示を出していれば。
     詮無いことと頭を振る。雇われの護衛にそこまでの権限はない。殿を任された。その分の仕事はした。
     生き残りは九人。運んでゆく体は五体。最終キャンプかの制圧隊は真っ先に奇襲を受け、倒れた。しんがりを勤めつつ、これだけ遺体を確保できたのは僥倖と言っていいはずだ。
     今は、生き延びること、そのために出来ること……。だが、
    「動けないか……」
     生き残りのうち剣を取りうるものは一人、二人。残りは今、男の腕に広がるのと同じ病を受けている。歩くのがやっとだろう。
     やはり、潜るなら自分で潜るべきなのだ。自分の判断なら、この違和感を感じないですむ。
     止めた。きりがない。
     男は血と漿液にまみれた包帯を手に取った。ぷんと腐敗臭がした。
    「まだ、新しい包帯はある。それを使ってくれ、フレイ。君が使うべきだ」
     壁にもたれた騎士たちの間から、短く金の髪を刈った男が立ち上がり、雑嚢から巻いた包帯を取り出した。
    「腐り病は尋常の方法では治らない、そういったのはカーウィン、君だった。なら構わない。私よりも手当てが必要なものがいるのだから、そちらにまわしてくれ。私はもう少し持つ」
    「いいから、手を出すんだ。いずれにしろ君が最後だ」
    「タラとダイソンが戻ってくるはずだ」
    「彼らの分はとってある。抜かりはない。さあ、出してくれ」
     フレイはおとなしく腕を出し床に腰を下ろした。カーウィンと呼ばれた男はランタンを床におき、男の腕を取った。
    「引くもならず、進むもならずってことになってしまったね」
    「傷ついた仲間を見捨てないのが、君らの美徳だ。隊長の判断を責めはしない」
    「君ならどうした?」
    「愉快な回答にはならないと思うが……」
    「教えてくれ、次の機会があったら参考にする」
    「動けるものをまとめて地上を目指す。何人かは諦めるしかない」
     沈鬱な表情で男は言った。決して本心で言っているわけではない。そのことがカーウィンにわかった。
    「考えるべきは生き残ること、一人でも多く帰ること。そのはずだ……」
     フレイはそこまで言って口を閉ざした。そして、声を低めて続けた。
    「やめよう、カーウィン。何を言っても愚痴になる。あいつらが出てくるとは思わなかった。知らなかった時点で負けていた」
     知らず男は拳を握る。カーウィンは馴れた手つきで傷口を拭き、包帯を当てた。西方修道会の人間であれば誰もが一通りの手当ての技術は持っている。
     だからこそ、この状況になってしまったのかもしれない。
     カーウィンはふと思った。
     兄弟達は人の命の儚さを知っている。だからこそ手を伸べてしまう。結果そのことが全体としての生存者を減らしてしまう。そのことを一瞬に決断できない。
     命を奪う者達は違う、のかもしれない。
    「多分、君が正しかったんだと思うよ。今となっては」
     口をついた言葉にカーウィンは苦笑した。完全に負け戦の台詞だ。
    「後どれだけ持たせられる?」
     巻き終えた包帯の上から篭手をあて、男は問い掛けた。
    「君の仲間をあてにしているのか?」
     男がこのキャンプで仲間たちと合流するということは聞いていた。
     西方修道会の作ったキャンプを拠点にするにあたって、彼らは十分な寄付を行っている。そして、彼らが得た情報は修道会の次の計画の足がかりになるはずだった。
    「彼らだって、入り口までくればわかるだろう。何かが起きたって事は。本当に来ると思うのかい?」
    「来ないと考えていても埒はあくまい。だったらあいつらは来る」
    「途中で引き返すとは考えないのか?」
    「それは無い」
     カーウィンは男がそういうのを聴いて改めて男の顔に目をやった。
     仲間を信じようとする気負いも、願望を口にする時の欺瞞もカーウィンの目には特に窺えなかった。
    「信用しあっているんだな」
    「違う、私がいなければあいつらは西方修道会、つまり君に伝手を取れなくなる。知っているだろう?あいつらの事を。
     『光輝満てる』カルヴェイン卿はあいつらと取引はしまい」
     ふむ。そう吐息をついてカーウィンは男の言葉を肯定した。
     男は壁に立てかけていた盾をとった。
    「ランタンの油の減り具合から見て、そろそろタラたちが戻ってくる。送られていなければいいが」
    「そんなへまはしないってね」
     男達の間の影が答えた。カーウィンは声に驚き、剣の柄に手をかける。
    「からかうのはよせ、タラ。これ以上怪我人を抱えるわけには行かない」
     驚きもせずにフレイは影をたしなめる。
    「心配してくれてる?嬉しいね」
    「姿を表して話せ。目の前に出るまでは俺もお前だと信じはしない」
    「こわいこわい」
     舌なめずりするような笑い混じりに影が答える。かしりと小石を踏む音がした。カーウィンはその音がした方向、自分達が退いてきた回廊にランタンをかざした。
    「ただいま。無事に戻ってこれたよ。御褒美は何くれんの?」
     かけられた声はカーウィンの後ろからだった。振り返る。しなやかな体躯を闇紫色の衣装に包んだ女が壁に寄りかかっていた。
     柔らかな鹿皮の長靴、鋲を打った皮鎧は、鋲の頭を黒梨地に仕上げてある。左右の腰にはわずかに反った大ぶりのナイフが収められ、肩から斜めにかかる革帯には小振りの短剣が五本。そしてその背には常寸よりも掌二つほど長い剣がやはり闇紫色の布に包まれてある。
     革帯の止具から、ナイフの柄頭、短剣の刀身。金属が剥き出しになる所は全て布で包まれるか煤を塗りこめてある。顔を覆っていた覆面は今は首元に下ろされている。
    「干し肉と堅パン。それに一週間前に樽に詰めた水をやる。チーズもある」
    「うれしーね」
     仏頂面でタラは答えた。困惑した顔のカーウィンに対してフレイは肩をすくめ、そして誰の姿もない空間に言葉を投げた。
    「ダイソンも姿を見せろ。心配してくれる人間をからかうものじゃない」
    「遊んでるつもりはない。必要になるかもしれないと思ったからな」
    「必要?」
    「もう一度先に行くかどうか。道を確かめるか否か」
    「……何があった。いや、ダイソン。お前も姿を表せ。その芸、まだ仕込みはあるといっていたはずだ」
     すっと、ランタンの炎の揺らめきから染み出すように男の姿が現れた。布靴に皮袴。砂色の上着にはいくつものポケットがあり、腰の革帯に取り付けた鞘には輝石を配した棒杖が数本落し差しにされている。やはり砂色の外套のフードを深く下ろしておりその下の素顔は伺えない。
    「用心深いな」
     かすかに嘲るような調子があった。
    「墓所の番人が太守の衛士だけではないとわかっている。生きているからといって、言葉を使うからといって安心はできなくなった」
    「ああ、そうだな。わかった。最初の約定どおりにあんたに従うよ。フレイ卿」
     フレイは鼻を鳴らし、顔をしかめる。
    「からかうなといっている」
     外套の男は、すっと面を上げる。ランタンの光はフードの奥までは届かない。
    「つれない事を言う、本気なんだが……」
    「実際にその名で呼ばれるに相応しい人物はほかにいる。敬意はそちらに示せ」
     迷惑そうな表情を隠しもしせず、言葉を続ける。
    「何があった?もう一度穴を回る必要があるというのはどういうことだ?」
    「多分、あんたの考えている通りだ。蠍人どもは今、数を整えている。場所は三層目のホール。頭数を数えるつもりだったが、気づかれそうになったので引いてきた」
    「さっきの姿くらましのわざを使っていても?」
     いぶかしげにカーウィンが尋ねる。
    「ああ、関係なかったね。足音を聞かれるようなへまもしてないハズだけど、奴らはあたしとダイソンに気がついたみたいだった。しばらく息を潜めてじっとしてたら、流石にわからなかったみたい。何匹かは周り見てたけどあきらめてた」
     堅パンを齧りつつ、タラが答える。
    「戻るときには気がつかれなかったのか?」
    「『大顎』を呼び出して反対側、第二層目への階段へ放った。そっちに気を取られているうちに下がってこれたわけだ」
     ダイソンは言葉を切った。
    「どうする?奴らは来る、遠からず。逃げるなら今のうちしかない」
    「道はどこを選ぶ?ホールはふさがれているといったな」
    「……待ってくれ。第三層のホールを迂回する回廊があったはずだ。発掘した時しか掃討は行っていないが……」
     そう言ってカーウィンはニスを塗った皮筒から羊皮紙に記した地図を取り出す。修道会の探索の集大成である墳墓の地図だ。
     タラの目が一瞬ひそめられた。この地図の写しを取るために修道会は鷹印の金貨を10枚要求する。その写しも修道会の写書士の手によるものであり、原本にある秘密は書き写されていないというのが噂であり、真実だった。
    「その道があることは知ってたわ。けど、使ってなかったからね。だから戻ってきたの」
    「それで、『もう一度穴を巡る』か」
     顔を隠したフードが上下に揺れ、同意を示した。
    「けど、そうするんなら腹括ってもらわなきゃいけないよ。あの蠍どもの隣を、息潜めて抜けようってんだ。自前の足で歩けない怪我人は連れて行けないね」
     パン屑を手から払い落とし、タラは覆面を引き上げた。
     フレイは息をついた。
    「カーウィン、どうする」
     若い修道騎士はしばらく通路の隅にわだかまる闇を見つめていた。三人の傭兵はそれぞれ視線を合わせるのを避けた。
     小声で祈りを三回唱え、三度深く息をついた。一度、横たわる仲間の元へ足を踏み出しかけ、そしてカーウィンは足を止めて答えた。
    「彼らを置いては行けない」
     タラが顔をしかめた。ダイソンは片眉を上げた。フレイは応えない。
    「彼らに絶望のみを残してゆくわけには行かない。残れば死ぬ。それは確実な死だ。それとわかって彼らを置いてゆくことはできない」
    「……本気?足手まといつれて抜けてゆくのは、確実な死じゃないとでも?死にかけの連中のために今息してる連中まで死なす気だっていうの?」
    「いえ、違います」
     カーウィンは顔を上げ、はっきりと答えた。
    「私たちははここで救援を待ちます。ですからあなた達にはすぐさま取って返して、修道会の長、カルヴェイン師に私たちの救出隊を編成してくれるように、私の言葉を伝えて欲しいのです」
     噛みつかんばかりだったタラの表情が戸惑いのそれに変わる。
    「幸いにして糧食の蓄えはあり、入り口は一つ。私とまだ動けるものでしばらくは持ちこたえられます。タラ、あなたの言うとおり、蠍どもの隣を息を殺して抜けることは、この怪我人を連れてはかないますまい。ならば、」
     言葉を切り、傭兵たちを見据える。
    「墓所を抜けてアクィラの南門をくぐりうるのはあなた方です。行ってください」
     不安と動揺を乗り切った、危うい落ち着きがカーウィンの言葉にはあった。
    「あたしには、正気の賭けとは思えないね」
     首を振り、タラがつぶやく。
    「あんたの顔見てりゃわかる。あたしたちが戻ってくるまで自分たちが生きてられるなんて思っちゃいないんだろ。アクィラの修道会だって生き残りが多い方が嬉しいはずじゃないのかい?確かにあたしは何人かあきらめろって言ったけど、そうすりゃ何人かは自分の足で奈落から這い出せるって踏んだからだよ」
    「タラの言うとおりだ。解せない。その分の悪い賭けに自分と、他の修道会の人間の命を賭けるつもりか?俺たちが本気で間に合うと思ってはいまい。死ぬ人間は少ない方がいい。それとも西では違うのか?フレイ」
     問い直すダイソンの声は冷静だった。
    「西方と天山の違いじゃない、ダイソン。我々とカーウィンの違い、我々と修道会の踏み進む道の違いだ」
     嘆息して、フレイは答えた。
    「彼らは仲間を決して見捨てない。だからこそ彼らは強く結びついている。ここでカーウィンが生き残りを置いて町に生きて戻ったとしたら、修道会の結束は、絶対の信頼は揺るぐ」
    「その揺るぎの方が、穴倉で倒れる18人よりも大事か」
    「ああ、そうだ」
     口を開こうとするカーウィンよりも早くフレイは答えた。
    「歩けない仲間を見捨てて戻れば、戻ったものは助かる。しかし、修道会の信条、相互いの絶対の信頼は揺らぐ。それがどれだけ小さくても、揺らぎは彼らの毒になる。その毒が芯に至れば、倒れる数は穴倉の18人では済まない。並べた盾の壁も破れるときは一人のほころびからだ。そして一隊が破られたなら、陣はそこから崩れる」
    「他人事みたいに」
     タラが吐き捨てた。
    「比べるような話じゃない。俺にとっての剣と鎧、ダイソンにとっての不思議の技、そしてタラ、お前にとっての黒衣のようなものなんだよ。カーウィン達の信条は。信条こそが彼らの鎧であり武器だ。そして信条というヤツは剣や黒衣と違って一度手放したら二度と戻らない。他ならぬ自分への裏切りだからな」
    「……へぇ、ご立派ご立派。よくわかったよ、今度から西の奴に雇われる時には“信条”ってヤツを確かめることにするさ。じゃあ、話は決まったね」
    「ええ、そうです。ここに残るのは私達です。フレイ、タラ、そしてダイソン。あなた方は一刻も早く墓所を出て太守の苑を渡り、カルヴェイン卿に告げてください。兄弟達が奈落で助けを待っていると」
    「わかった。なら、書面をもらおう。カーウィン卿、あなたが今われらに語ったこと、書状を担う我らの素性、そしてあなたがここでわれらに与えた新たな依頼の内容をだ。われらが知る修道会の者はカーウィン、あなたを含め数人だ。もとよりわれらごときの目通りがかなう相手ではないのでな。このまま修道会に戻ったら、われらが『騎士殿』を見捨てて逃げてきたと思われかねん。あと、帰りと追加の伝令分の支払いもだ」
    「フレイが伝えてくれるんなら必要ないんじゃない?書面なんてさ」
    「どうするんだ?フレイ」
    「……俺は残る」
    「な……!?」
     カーウィンが絶句した。
     二人の傭兵は予期していたことのように、軽く嘆息した。
    「それほど驚くようなことか?カーウィン。君は生き残るためにここに残るのだろう。今の生き残りで剣を握れるのは君を含め三人がいいところだ。盾と剣は今この場に必要だ。そして黒衣と短刀、不思議の技は奈落を出るのに必要だろう。鎖帷子の音はその邪魔になる」
     フレイは言葉を切った。
    「カーウィン。私達は生き残るのだ。そのためには最善の決断をする必要がある」
     言葉など聞きたくないようにタラが頭を振る。
    「フレイ、あんたはそれで良いかもしれないけど、あたし達の立場にもなってくんない?あんたを奈落の中に置いてのうのうと出てきたなんて話が『南嶺客棧』で出回ったら、一緒に潜ったあたしとダイソンの面子が丸つぶれになる。それに、あんたの連れの連中に逆恨みされちゃそれこそ命がいくらあったってたんないよ」
    「だから、あんたが生きている間に戻って来いというわけか。『フレイ卿』」
     初めて、フレイが表情らしきものを見せた。ぐいと口元を引き寄せる笑みだった。
    「そう思ってくれるのならありがたい。が、もう一つ二つ理由はある。
    「一つは、先ほど言ったとおりだ。戻って助けを請うなら、タラ、ダイソン、君達二人だけの方が良い。私は忍び足は苦手でな。
    「そしてもう一つは、第一キャンプで落ち合うはずだった仲間たちがここに向かっているはずだ。あいつらと合流できれば何とかなる」
    「あいつら来られんのかな?グンディの鼻が利くって言ったって嗅いだことない蠍の匂いには気がつかないんじゃない?」
    「アルカンもいる。それにクラーレもだ」
    「『腰巾着』ね。確かにあいつなら、あんたの死体持って帰るまでこの辺りうろつくだろうよ」
     フレイはカーウィンに向き直った。
    「カーウィン、日当の銀貨はここに運んできているか?」
    「いや、地上キャンプにある。……何のつもりだ?」
    「穴の中で証文でもあるまい。金目のものが何かあるか?……いや、修道騎士の清貧を疑うようなことを聞いたな。すまない」
     フレイはそう言うと、腰帯から短剣の鞘をはずしダイソンに放った。
    「革鞘だが、翠玉を埋めてある。あと、締め金と石突は銀だ。売れば鷹印銀貨で20枚にはなる。これで、伝言を頼まれてくれないか」
    「クラーレ達にか?アクィラに戻り、伝えるのが先約だが」
    「直接行き会えばありがたいが、そうでなければわかるところに伝言を残していってくれ。『四層祭儀の間にて救出を待つ、手負い九名、剣は三振り。番人に蠍人留意せよ』とな」
    「わかった、が、安いな。短剣をよこせ。揃いなのだろう。それでならわかるように各層の階段に記すことを約束する」
    「いいだろう、それなら代えの短剣を貸してくれ」
     ダイソンは顎をしゃくった。タラが腰帯から大振りのナイフを鞘ごと取り、残る男に渡す。
    「これなら突いて使えるよ。切っ先は諸刃仕上げにしてあるからね。しかし、気の利いたもの持ってるじゃない」
    「『腰巾着』の知恵だ。借りる」
    「返してくれるんだろうね」
     覆面越しにタラは言った。笑っているようだった。ナイフの重心を試しつつフレイは答えた。
    「返せるように手伝ってくれ。期待している」

    5

     破風口の前で耳を済ませていたアルカンがそっと、手を開き、足を止めさせた。
    「律儀なことだ」
     小さくグンディが呟き、真鍮の棒杖を握る。ずいと鬼が前に出た。
    「坊主、松明に火をつけろ四つだ」
     アルカンが視線を暗闇に向けたままそう言った。俺が背嚢から四本の松明を引き出すとクラーレが手早く付け木に火花を移した。硫黄の匂いが一瞬。それから松明に染み込んだ油が爆ぜ始める
     抱えてアルカンに近づくと二歩歩いたところで、鬼が松明一本もぎ取った。
     アルカンは表情を変えず、指で中を示した。後ろからきたクラーレが残りの三本を俺から受け取り、そして俺を後ろに追いやった。
    「何だってんだよ……」
    「ここは鋼で片をつけてくれるって事だ。クリル少年。わしらはせいぜい周りに気をつけるとしよう」
     ノームはそういうと額からメガネを下ろしてかけなおした。
    「グンディ、入るタイミングは任せる、クリルをつれてきてくれ」
    「無駄働きはせんぞ、ケリはそっちでつけてくれ」
    「できりゃあ、する。できなきゃ、逃げろや」
     ドンは唸るように答え、大剣の柄と中ほどに巻きつけた革紐の部分を握った。
     アルカンは殻竿を束ねて腰から抜いた。
     砂丘を風が渡り音が届いた。そしてそれとは別に俺は、何か濡れた布を引き摺るような音を耳にした。
     東方の男と鬼、そしてにやけ顔の男の吸う息、吐く息がぴたりと合った。
     松明が階下に投げ込まれた。
     前に立っていた二人が入り口から踊りこんだ。
     鋼ごと肉と骨のひしゃげる音がした。
     俺は思わず首をすくめ、頭を押さえた。罵り声が墓所の回廊に響き渡った。
     獣のような唸り声以外は破壊の音と刃が風を巻く音だった。時折、朝の砂漠で聴いた、旗竿を鳴らす風の音が聞こえ、その度に床に濡れた布袋を落としたような音がした。
    「数は、幾らよ?」
     グンディが尋ねる。声とは反対に顔は砂漠に向けたままだ。後ろを警戒している。
    「ざっと見て十五、ほとんどが修道会の護衛だな」
     クラーレが答える。手に一つ残した松明を掲げて奥を覗いているようだ。
    「傷つけずに持って帰れたら、金になったが」
    「挽肉になってちゃ、売れやしねーよ」
    「許しがたいな。連中は」
    「全くだ」
    「金にならん」
    「全くだ……、まて。増援だ」
     クラーレはそう呟くと松明を奥に放り込んだ。
     階段の奥がさらに明るくなる。
    「二人は増援に気づいたか?」
    「アルカンが先行してる。どうやら様子見だな、適当に流してら。今のところ特に助けが欲しいって面はしてねーぜ」
    「ここまでくるか?出て行ったほうがいいかね」
    「ドンがいる。ありゃあちょっとしたつむじ風だぜ、下手に近づきゃ俺達がやばい」
    「新手の数はどんなものだ?」
     クラーレはしばらく炎の揺れる闇の中に目を凝らした。
    「……多いな。見える限り詰ってやがる。修道会の連中だけじゃない、キャンプや担ぎ屋の人足も混じってる」

     担ぎ屋の人足。

     俺は首を伸ばし、階下を覗いた。
     むんと固まりきらない血と肉の匂いが鼻をついた。俺は最初何が起きているのかわからなかった。
     唸り声を上げながら黒い塊が、足を引き摺り向かってくる影に飛び込む。
     するとその先で影が蹴っ飛ばされた人形みたいに首、胸、胴、腰どこかを叩き斬られて吹き飛ぶ。振るう大剣が隣の影もついでに薙ぎ払い、三つ目の影あたりで食い止められ、その通った後には最初の影と同じように体の部品がてんでばらばらに散らばっている。
     ゆらりと炎が揺れて、影が動いた。
     そうしてようやく俺は階下に無造作に断ち割られ、叩き斬られ、ひしゃげて、堆積しているものが人の体であるとわかった。
     兜が割れ、黄色い頭蓋と中身が覗けた。体の切り口からは尖った骨や詰った腸(わた)がこぼれていた。
     いきなりクラーレが俺の肩口を蹴っ飛ばした。
     俺は後ろざまに転げ、頭からまた砂に突っ込んだ。こいつらとあってから多分三回目だ。
    「何すんだよ!」
     起き上がった鼻先を、手首がくるくると回りながら掠めていった。握られていた剣は折れていたけど、それでも俺の鼻先からはたらりと血が流れた。
    「危ねーから顔出すな」
     クラーレは階下に向けた視線を動かさずにそう言った。静かだったけど、有無を言わせない口調だった。
    「血が固まってるのが幸いだの、返り血で悩まずに済む」
    「しかし、そろそろ足場が悪くなってきたかもな」
    「なぁ、おい、クラーレ」
    「おまえはグンディと一緒に後ろ警戒してろ。もう少しで片付くはずだ……。おーい、ドンよう。手伝うかぁ? 」
     答えらしい怒号が聞こえた。
    「なんていったかわかるかい?」
    「ヒョルームの罵り言葉だ。『てめぇの息子をしゃぶりやがれ』という意味だったかな」
    「大丈夫だな」
    「なぁ、グンディ?」
    「グンディグートだ。おぬし次に同じ間違いをしたら我が父と母と祖父の名誉にかけて、鼠に変えた上で一週間パン屑しかやらんぞ」
     今度はブーツに入ったままの足が飛んできた。さすがに二回目は避ける事ができた。
    「ドン達がやりあってるのって、なんなんだ?」 「人足や修道会の人間の死体だ。アルカンが言っていたろう?死体が見つからないと。先回りして死体にいたずらをした輩がいるということだ」
    「……いたずらって?」
     ブーツごと叩き斬られた脛の骨から、どろりと何かがとろけ落ちていた。それがぽたりと音を立てて砂地に落ちたとき、それと一緒に俺は食ったものを戻した。
    「あ、やりやがったこいつ」
    「修羅場には慣れているようだと思ったがそういうわけではなかったのだな。汗の前に水を吐いたか。もったいない」
     茶色の水と戻りかけてふやけたナツメが砂地にぼとぼとと落ちる。
    「まだ戻すんなら、もうちょっと外に行ってやりな。ちゃんと砂かけて始末しとけよ」
     俺は十歩ほど外に出ると四つん這いになってこみ上げてくる唾を吐きだした。砂に染みた唾がすぐに乾くのを見てグンディの言葉を思い出す。『汗の前に水を吐いたか、もったいない』その通りだ。
     深呼吸してえずきを押さえ、俺はすっぱい唾を飲み下した。
     荒く息をついていると穴倉から緊張感のかけらも無い声が俺を読んだ。
    「おーい、クリルやぁい。中片付いたってよぉ潜ッぞー」

     物狂いになった肉屋の店先だってこれよりはマシだろうって気がした。
    「おうおう、もったいない。次からは修道会の死体は丁寧に壊してくれんか。物によっては届けて金になる」
    「んなことしてられっか。死んだ時にすぐ持って帰らないほうが悪いんだよ」
     俺は足を下ろす場所を探し、そして諦めた。体液、屍汁に覆われていない床はなく、気を抜けば何か人間の一部分だったもの。尖っていたり、固かったり、柔らかかったり、ぬるぬるしていたりする物を踏みつけてしまいそうだった。



























     先頭はアルカン、ほぼ並ぶ形でドンが抜き身を担いでゆく。
    「……俺たちは今回は前線が二枚盾だ。ドンとアルカンが前に立つ……」
     朝飯のときのクラーレの言葉を俺は思い出した。
    「アルカンは耳がいい、足も速いし身も軽い。ドンは鬼の血を引いてるから闇の中で目が見える。もちろん明かりは持ち込むが何かと便利なもんさ、闇目が利くってのは。で、お前も見たあの大剣を振り回す。あいつに殴られる側には回りたくねーな……」
       鎧か?確かに修道会みたいに鎖帷子つけてるのは今の面子の中にはいねーな。ああ、アルカンは鎧を着ないんだ。やつの話によると鎧に頼ると相手の爪を避けるのが鈍るんだと。まぁにしには西、東には東のやり方があるからな。
     ドンのやつも金物の鎧は着ないな。窮屈なのが嫌なんじゃないか。
     あ?前線って何のことかって?殴り合いのときに前に立って相手を押さえる役だよ。護衛ってわけでもない。もっといろんなことするからな。俺たちを守ってくれるが守るっていうより相手を通さないってのが正しいんだろうな。前衛ともいう。
     で、前線の後ろに俺とグンディが続く。グンディは術師で呪いの対処ができる。それに墓所の碑文を読んだりこの辺の歴史にも明るい。いろいろと派手な手品を見せてもらえるはずだ。普段は街で薬作ったりしてる。まぁ物好きもあると思うがなんたってタフだ。どこでも眠るし、よく食う。結構ひどい目にもあってるんだが生きてるよ。ここじゃそれが一番大事だからな。
     俺は探し仕事一般だ。罠にお宝、隠し扉ってとこか。あとは他の三人の支援だな。連中はそれぞれにエキスパートだけどまとめ役が必要だからな。
     目的の場所までのアプローチの間、つまり巡行時ははこの隊列でいく。ドアを蹴っ飛ばすときにはまた別の役があるが今んとこいいだろ。
     巡行の時は全員で分担して通路を確認して進む。基本的に前衛が大まかに確認するが確か今回はドンが天井、アルカンが床をメインにみる。グンディは左右の壁。俺は左右の壁と後ろの監視だ。お前は壁の監視をして何か見つけたらその場で声に出せ。俺が確認する。場所によっちゃ声を出さないこともある。そのときには手で合図する。合図は朝教える、お前は三つだけ覚えておけばいいし出す必要は無い。ドンかアルカンが出すはずだ。大抵は前に何か見つけたときで相手に気づかれたくないときだな。合図を使うのは。
     覚えておけばいい合図は、止まれ、来い、やる。の三つだ。その場でわかる筈だ。

     巡行の時は俺が方針を決定する。それぞれに意見は聞くが判断するのは俺だ。荒事の時はアルカンが指示を出す。指示つっても俺の時と同様に方針を決めるだけだ。何をするかは個人の判断になる。もっとも俺たちは大体他のやつがどんなことをするかわかってるからスムーズに動けるがお前はそうも行かないだろう。アルカンには具体的に指示を出してくれっていっておく。
     クリル、お前の仕事は荷担ぎ、松明持ちだ。
     荷担ぎは俺たちも分担する。欲張って無理して持つ必要は無い。それで逃げ足が遅れちまったら意味が無いからな。いいか、俺たちは寝覚めの悪い思いはしたくない。けれどやばくなったら逃げる。ついて来れない奴を待ってて全滅するのは馬鹿のやることだ。
     お前以外にも明かりは用意する。お前はたっぱが無いから高く掲げるのは無理だろう。けど、常時炎を準備しておくってのは大事なことなんだ。周りに気をつけろ、あと蜘蛛の巣があっても焼くな。たまに仕掛けてある。

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