キャンペーン・リプレイ マサルの章  私の名は鷹司マサル。  遠き「大陸」の外れ、火水の八十島で生まれ、そしてそこから追われ出たしがない術師だ。特に理由があったわけでもない。ただ自分の身に着けたいくつかの術と気まぐれな天運により、幾多の道を歩きいくつもの海を越え他に行く宛てもなくここ、「北陸」にやってきた男だ。  初めてこの陸に立った時も、私はここをただの通過点としか思っていなかった。思えばここに今こうしてあるのも、あの小さな事件のためだろう。こうしるしながらも私は苦笑を禁じ得ない。  子供の集団が私の廻りを通りすぎ、思いついたときには財布がなかった。長旅で疲れていた私がそのことに気がついたのは安宿のカウンターの前だった。慣れない言葉を操りながら何か稼ぐ方法はないかと主に聞いたところ、主は黙って顎をしゃくり、壁に貼ってある触れ書きを示した。それが、辺境開拓領の入植者募集の触れ書きだった。主は何を間違えたか知らないが私にそれを示し、使用人に命じ私を街路に放り出した。私はすきっ腹を抱えつつ、次の朝役所に出向いた。  辺境開拓領の命綱とも言うべき中継都市、ローリーについたのはそれから二週間後だった。私はほとんど餓死寸前の有り様でその城壁にたどり着いた。二週間の間、まともな食事をしたのは片手の指で数える程であり、それすら先々の宿屋でくすねた物であった。このようなことに術を使ったのでは私の父も嘆くだろうが背に腹は変えられぬ。嘆くにしろ、父は二つの海を越えた彼方にいるのだ。私の知ったことでは無い。 ローリーの植民窓口とやらでようやく私は職にありついた。開拓軍二等士官。流れ者の私がつく早々に士官となれたのは私の術によるところが大きかったようだ。もちろん私よりも見事な術を使う者はいたろうが、それでも魔導の技を使うものは数少ないのである。  話を端折ろう。私はそれからさらに北にある都市、ヴァルサガに派遣された。実際に開拓はほとんどがこのヴァルサガで行われており私を含めた開拓軍はおもにここで活動することになったのだ。  開拓軍とは、このヴァルサガやこの国の他の地域から集められた人員による、半ばは傭兵による軍隊である。ただし開拓地の警護や異民族、鬼族の掃討と言った軍事的な任務の他にも地図の作成や、土手の補修、迷子探しに郵便配達、などなど様々な雑多な仕事をする一団だった。 開拓地を治めるのはブロウニング伯。北方のウォーボルゲン神聖国とのたびたびの戦においてその名将の名を馳せ、ここログリム帝国の版図を広げた人物である。  彼を補佐するのはその娘メティス。若干十六歳にして首都の筆頭事務官にも匹敵する手腕をもつ才媛だ。そして美人だ。  私達の直接の上司となるのはメリル・アトランティス。ブロウニング伯の友人で魔導の技に長けた妙齢の女魔術師。そして、兵士隊、偵察隊の各隊長に三異族(穴師、道行人、森人)の口役。国教の司祭などが開拓軍の指揮相だった。  なかなか私とあの仲間達との出会いを記す段に至らないようだが、理由は簡単である。私の拙い文章ではあのように劇的な(!?)出会いを記述するのが難しいからだ。しかし、歌い手ミッシャの御力を借りて努力してみよう。  ヴァルサガでの細々とした仕事を終え、兵舎の中にある酒場に行ったときのことだ。季節の頃は秋、新しいビールの旨くなる頃だった。私がドアを開けると途端に怒鳴り声が聞こえてきた。見れば中央のテーブルの廻りに人だかりができている。どうも、カードでもめているらしい。争いの中心となっているのは一人の半ば少年と言った雰囲気さえ残る青年、もう一人はちょっとそばかすの残る人好きする顔の男だった。 「いかさまだ、どうしてそっちにばかり剣の王が行く?二度や三度ならともかくこれで六回連続だ」  そう若い男が怒鳴った。 「自分にツキがないからって人にあたるのは考え物だよ、坊や」  男はそう言い返した。お互い、年は大して違わないはずだ。下手をすればこっちの方が若いのかもしれない。挑発の効果は抜群だった。  拳を固めて青年は立ち上がった。周囲がざわめく。そのとき、良く通る低い声が周囲を圧した。 「ならば、もう一度やってみるがいい。儂らがここで見届けよう。もしもいかさまが確かであれば確か営巣に二日であったな」  有無を言わせぬその言葉は、響きだけで穴師のものだとわかった。眼をやれば、ジョッキを片手に堂々たる胴廻りの穴師がそこにいた。他の人々より頭一つ分低いがそれを補って余りある体格をしていた。  周囲の好奇の視線の元で(もちろん私もその一人だ)もう一度カードが始められた。レイズは無し、一発勝負だ。  青年はようやく得心のいったように笑いを浮かべ、カードをさらした。剣の王と、黒の騎士。エディアの勲。このカードなら二番目に強い役である。  そばかすの残る男は無表情のままカードを広げた。杖の王に剣の女王。最強の役だった。  信じられぬと言うように青年が眼を上げた。にやりと男が笑う。そのときだ。 「いかさまだ」  冷めた透き通る声がその場の空気を凍らせた。その声を発したのはそばかすの男のとなりにたたずんでいた森人だった。  森人は無言で男の袖口に素早く手を潜り込ませた。そこにはもう一枚の杖の王があった。 誰よりも早く反応したのはそばかすの男だった。テーブルをはね上げ人垣の足元から這い出ようとした。殴りかかった青年の拳はテーブルを正面から打ち砕いた。  そして乱闘が始まった。  酒場の乱闘と言うものはたいてい何が原因かわからぬままに始まり、殴られたから殴り返すということの繰返しでどんどん収集がつかなくなってゆくものらしい。私が一人の兵士に殴られてカウンターに吹き飛んだときもそうだった。一人の質素だが仕立てのよい麻の上下を来た男に私はぶつかり、彼のグラスにあったスピリッツは床板がおいしそうに飲み干した。 私にもう一発を食らわそうとやってきた兵士はその麻の上下の男の左フックで崩れ落ちた。その時酒場の薄暗い照明にてらされて胸元で輝くものがあった。ホーリーシンボル。その男は司祭らしかった。そして彼もまた乱闘の輪に加わって行った。  穴師の殴りとばした男がカウンターを滑って水樽に頭から突っ込んだ。  もはや事態は収集がつかなくなりつつあった。  ふと出口に眼をやると騒ぎの原因を作ったあのそばかすの男が出口に忍び歩いているところだった。逃がすまいと頭をむけた瞬間その男にむかって三本の手投剣が投げつけられた。それは狙い違わず男の鼻先三センチのところに突き刺さった。 投げた相手を見るとそこには黒づくめの格好をした一人の娘がいた。抜けるように白い肌に、背中まである黒い髪。はっとするほどの美少女だった。 「ジャスパー」  押し殺した声で彼女は言った。 後始末、してゆきなさい」  ジャスパーは腰を抜かした。  結局、遂に本気になった酒場の主のモップによりほとんどの兵士は酒場をたたき出されてしまった。(ちなみに、彼はこのあと聖川を渡るときにはぐれてしまったが、間違いなくヴァルサガでも一二を争う使い手であった)  私は翌日ひどい顔のままメリル・アトランティス殿の元に参じた。私の顔を見て、ヴェールの奥で彼女は笑ったようだった。 「鷹司殿、貴方には独立小隊の一員となってもらいます」  落ち着いた声でそういった。 「他の部門からも、それぞれ腕利きを推薦しています。このあとすぐ会議室に出向いてください。面通しを行います」  このとき、ふと一抹の不安が過ったのは消して気のせいではなかった。あとからいやというほど思い出したことの一つである。  会議室にいたのは各部門の責任者を除き五人。昨日酒場で見かけた人間ばかりだった。そしてこれがこれから語られる、冒険の日々の始まりとなった。  彼らと行った細かい冒険をここでいちいち上げるのはよそう。とにかくこれから一年の間私達は一つのパーティとして行動し、生き延び、経験を積んだ。そして名実ともにヴァルサガ開拓軍最高のパーティと呼ばれるまでになったのである。  パーティの内訳は穴師の戦士に森人の戦士、人間の戦士に僧侶、斥候、そして私であった。  穴師の戦士の名はグリムバット。今はなき穴師の氏族の族長の座にあった、いやあるべきであった男だ。彼の氏族が暮らしていた鉱山はドラゴンの襲撃にあい壊滅したという。幼かった彼は穴師の術師により人間の男の姿に変えられ何とか逃げ延びた。それから再び穴師の姿を取り戻し、氏族の生き残りを束ね、更に彼の氏族の聖宝ファイヤー・ブリングを奪回、継承した勲しはそれこそ叙事詩として讃えられるに値するものであろう。  山にある岩の塊をそのまま人の形に削りとったようにいかつく頑丈な身体が自慢だった。穴師の常として、その蓄えた髭は常に見事に手入れされつやつやと光っていた。味方にしてこれほど頼もしい男は無く、敵に廻してこれほど恐ろしい男はいなかった。  あのカードのいざこざの元を作り真っ先に手を出した青年の名はマックリバー・トルノフ。我々は普段マックスとよんでいた。剣技に長けた叩き上げの戦士だった。あまり昔を語ることはない男だったがキャンプの夜の徒然に明かしてくれたところによると幼い頃に天涯孤独の身となり剣の師に拾われたのだと言う。 「物心ついたとき、俺は乳の香の替わりに鋼の匂いを覚え、子守歌の替わりに戦歌を覚えた。だが、いい師匠だった。この世で、自分が生きたいように生きるにも、人を守って生きるにも、まず力が必要になる。剣など所詮人殺しの道具に過ぎない。だが、我が我として生き延びる、それだけでいいじゃないか。そう言っていたよ」  昔の話になると決ってマックスは師の肩身の剣を抜き放ち、そう呟いて遠い眼をした。 「奴らしい太刀筋だ。まっすぐで、まるで迷いがない。次にどこに来るかはわかるが、わかったからと言って止められるものでもない」  グリムバットはそう言い、だがそれでもまだ未熟だと言っていたが、それは彼なりの承認だったに違いない。いったいどこの誰が杯剣流の皆伝を修めた剣士を未熟などと言うものか。 このパーティの中で不思議の技を使い得るものは三人。そのうち、司祭の技は神によるものであり、そして私のは言葉による物であった。だが、森人のミュー・キャロル。リチャード・ミュー・キャロルの技は天地七十二通りの精霊を使役することによるものであった。  ミューキャロルははぐれの森人であった。もともと森の外には出たがらないのが森人の常であったが、時折何かの使命の為に外界に出る森人もいる。そしてミューキャロルもその常であった。彼が探しているのは「緑の弓」。森人の聖なる木より作り出した弓である。彼の里が何者かに襲われ、その弓が奪われて以来彼はそれを捜し続けてきたのだった。私が彼と会ったとき、彼はその緑の弓の一部を手に入れたとだけ話していた。 森人の例に漏れず端正だが冷たさを感じさせる風貌をしていた。私は一度、彼に尋ねてみたことがある。探す物がある人間がなぜこの開拓地にとどまっているのかと。 「ここはいい風が吹き、水も旨い。ここ二十年ばかり捜し続けで疲れたから休む。私には時間はあるから・・・」  ミューキャロルはそう言って、ぎこちなく笑っていた。  酒場のカウンターでスピリッツを舐めていた司祭は不思議なたたずまいの男だった。  その身なり、立居振舞い、朝夕の礼拝などから司祭であることは明白であったが、その胸の聖印は私が今まで見聞きした、いかなる神殿のものでもなかった。一度子細に見せてもらったところ、それは糸車と、房、糸切り刀をシンボル化したものであった。  その司祭の名はローランド・エルダード。  彼の知識はしばしば私のそれを凌駕した。鉱物の精錬や、建築術、土木の技に長け、実際村人は彼のことを、司祭と言うよりも技術者と思っているようだった。  見事なアーチを描く石橋の完成式の日、私は彼にその知識の源を尋ねたことがる。彼は苦笑すると、一本の瓶をとりそして二つの杯に注いで言った。  「私を飲み負かせたら、その時に答えようじゃないか」  私が覚えているのは十杯目まで。周囲によれば十二杯までは飲み干したらしい。介抱をしてくれるローンが小さく呟いたのを聞いたような気がする。「龍の島々」と。  そして、もしそれが正しいのであれば、ローンは時と運命の三女神に使える綾織針と言うことになるはずだった。三女神の最高司祭で半神たる三姉妹に諸国の有り様を伝える高司祭。それが綾織針なのだ。  あの見事な黒髪を持つ娘はミューズ・スクリプトアと名乗った。決して年を明かすことは無かったが、幼そうな外見とは裏腹に、時折ふと見せる大人びた表情や、冷酷なまでに適切な判断は彼女の本当の年を惑わせるものとなった。  元は盗人でありローリーにて子供たちの盗賊団の一員として過ごしていたという。自ら表立ってリーダーシップをとることは無いものの「調子にのりやすい」年上の少年をそそのかし、実質上のリーダーとして君臨していたという話を、一の手下ジャスパーから聞いたときにはパーティの人間全てが真顔で納得したものだ。  忍びの技それ自体は彼女より優れたものはいただろう。しかし、彼女の最大の武器は、その美しさだった。  半年ほど行動をともにしてそれが、彼女なりの冷静な計算に基づくものだと気がついたが、多くの人間はその無邪気な笑顔、仕草で騙されるのだった。