V:tMプレイレポート #10 それぞれの過去顧問官あるいはゴッドファーザーミュンヘンの旧家にして豪商・ヴァラーシュタイン家には、一族だけの秘密がある。彼らには不死なる顧問がついているのだ。 ヨハン・ヴァラーシュタインは几帳面な上に縁起をかつぐ性質だった。だから、身を立てようとやってきたミュンヘンでは、頼みになりそうなありとあらゆるものに、助力やら加護やらを願って頭を下げてまわった。土地の貴族や顔役、教会はもちろん、何とも知れぬ与太話じみた『この地の精霊』とやらにも。それは確かに効を奏したらしい。小さな祠に詣でたその晩、彼は奇妙な夢を見、その夢の中で何やら声を聞いた。『お前の願いをかなえよう。お前の一族はこの地で長く栄えるだろう。そのかわり、お前の最初の子供を私のところへ取ってしまうよ』 ヨハンとその長男はずいぶん親切な妖精に見こまれたらしかった。 ヴァラーシュタイン家に長男が生まれる頃には家はひとかどの貿易商になっており、生まれた長男は何不自由することなくすくすくと育った。そしてよほどの運が味方して、ゲッチンゲンの教授にえらく気に入られ、法律と経営学をみっちり仕込んでもらえたのだ。彼はヴァラーシュタイン家の法律顧問になり、その辣腕によって家は栄えた。彼は長く生き、足腰が立たなくなり、目も霞むようになった。死の床にあって、彼は嘆いた。彼の弟やその息子達は彼ほどは運にも才能にも恵まれず、彼がこの世を去れば彼が支えた父の家はたちまち傾くように思えたからである。 そして、その嘆きは無用であったことを彼は知る。 彼の家に運と栄えをもたらした妖精は、忌まわしい吸血鬼であったことを。 彼が死の床にあって嘆くとき、その吸血鬼はやってきて、彼を不死に「取ってしまう」つもりでいたことを。 永遠の命と引き換えに、吸血鬼が彼に命じたのは、「ヴァラーシュタイン家を栄えさせつづけること」だった。――我々の顔の効く一族が人間の中で栄えていてくれると、何かと便利なのでねえ。 こうしてヴァラーシュタイン一族は不死の顧問に守られることになった。一族の繁栄は文字通り一族の血で購われた――不死なる顧問は一族の人間の血をすすることでのみ、その自然に反した命をつなぐことができるのであった。ほんの一口か二口ずつ……人間がその程度で死ぬはずもない。不死という病が伝染することもない。繁栄のためには安いものではないか。 ヴァラーシュタインのものには、必ず見てそれとわかる痣がある。その痣を持つものは、一族の繁栄のために、旧い旧い伯父にその血を提供することになっている。……血で購われた一族の繁栄は絶対である。その秘密は外にもらされることなく、そして繁栄は守られる。幾多の戦争と・市場の混乱と・情勢の変転を超えて。 今はただドクトルとだけ呼ばれるヨハン・ヴァラーシュタインの長男は、こうして不死にとらわれたまま、一族の繁栄を守り続けているのである。 ドクトル・ヴァラーシュタイン 第8世代ヴェントルー 革命家ボルシェヴィキに血を吸い尽くされた。 ……これが比喩表現で済むのであれば、たとえ財産どころか命を失ったのだってまだシアワセだ。 永遠の革命家・永遠の学徒・そして永遠そのものの犠牲者たるボロシノヴィッチは時折そんなことを思う。そしてそんなことを考えても無駄なことを再認識する。 その時、彼は26歳だった。モスクワ大学の学徒の俊英、もっとも過激でもっとも高潔な理想家で工作員だった。 より良い世界を見るはずだった。でなければ仲間がより良い世界を見るために己が命を投げ出すはずだった。実際のところ、世界は悪くなる一方で、投げ出す命はとっくになくなっており、そして血と・親から真っ当に貰った命と一緒に安らかな死の眠りまで、あのボルシェヴィキの皮をかぶった吸血鬼に吸い尽くされたのだった。 そしてその吸血鬼、同志であり、血の親であった男は革命さなかのどさくさで灰になった。 だから、不幸なボロシノヴィッチは不満を持っていく場所もなくなってしまった。 ロシアの大地を離れたのはもうずいぶん昔になる。いや、非常識な命を持つ身となってみれば、ついこの間といったほうが適当か。 彼はまだ革命をあきらめていない。 永遠の命を呪いながら、いつまでも良くならない世界を呪いながら、ボロシノヴィッチは西へ向かったのだった。 欺瞞だ。そう知っている。けれど彼は不満が胸の中で首をもたげるたびに呟く。 俺は革命に選ばれたのだ。革命を完成させるために、俺は永遠にこの世にあるのだ、と。 ――ロシアを遠く離れた南ドイツの森影にいても。 ボロシノヴィッチ 第8世代ブルハー 赤狼彼は百年より昔の記憶を持たない。いつどうしてこんな身の上になったのかも知らない。 知る限りの昔から、森に暮らしていた。己は血を吸って生きるものであることは承知していたので、森に住む人間と取引をしておいた。 お前らの安全は守ってやろう。替わりに少しばかり血を分けてもらおう。死ぬほどは取らぬ。この森に暮らすための税と思え。 彼は人間の姿を好まなかった。二本足の卑小な生き物よりは、夜の闇の毛並み・炎の瞳の狼の姿を好んだ。人間たちはその姿を恐れ敬い、そしてその瞳の色にちなんで彼を赤狼(ローテンヴォルフ)と呼んだ。 彼は夜歩き、血と引き換えの取引通り森の平穏を守り、そして昼間は森の懐深く洞窟の奥に眠った。 彼は知らない。どうして彼がこんな身の上なのか。 どうして夜歩く生き物なのか。老いることも死ぬこともないのか。 どうして人・狼・蝙蝠・鼠と思いのままにいくつもの姿をとれるのか。 ……どうでもいい。我はこの森の主、赤狼。それで充分ではないか。 どの道百年より昔の彼の記憶は、薄靄の彼方なのである。 赤狼(ローテンヴォルフ) 第8世代ギャンレル 移動遊園地の少女遊園地。夢の園。移動遊園地は光と闇の隙間からやってきて、思い出の中に消えてゆく。 メリー・ゴー・ラウンド、大観覧車、鏡の迷路。手品師、道化師、そして迷子。 ……迷子になったきり戻らない子供は、ひょっとしたら永遠に子供のまま、遊園地と一緒に国中を回りつづけているかもしれない。 アルラは13歳で、それきり年をとらない。もともと国中を流れ歩くジプシーの娘だったから、通いつめた移動遊園地の片隅で血を吸い尽くされたって、それと引き換えに永遠の命を貰ったって、そして『夢の園』と一緒にドイツ中を回ることになったのだって、大して生活に変わりがあるわけではなかった。 大好きな遊園地と一緒に旅ができるのだから、普通に年をとっていくよりずっと幸せだった。産みの母親の顔なんかもともと知らなかったというのに、遊園地と一緒に旅するようになってからは「母さん」と呼ぶ相手だってできた。母さんはやさしかったし、幻の紡ぎ方も教えてくれた。日が落ちてから始まるショーは素敵だった。幻の炎や幻の竜、鎧をまとい槍をきらめかせ駈けてゆく騎士達の影、そんなものが彼女の指先から紡ぎ出され、お客は感嘆の声をあげた。だからアルラはとても嬉しかった。 普通に年を取っていくなら占い札の読み方くらいは習えたろうが、文字の読み書きなんか知らずじまいだったに違いない。けれど、こうして新しい旅の仲間に加わってからは、団長さんが丁寧に読み書きを教えてくれた。始めて読み通したのはジュール・ヴェルヌの本で、地下に広がる世界のことが書いてあった。それ以来、アルラは永遠の命を生きるのに二つの目標を持つことになった。ひとつは移動遊園地と一緒に世界中をまわること。もうひとつは地底王国への入口を見つけること(なにしろそこなら、彼女の体を焼き尽くして灰にしてしまう太陽はないわけだし、また明るい場所で駈けまわれるにちがいないもの)。そう云うと、団長さんはとても嬉しそうだった。それで不思議な興行が続く間、アルラは幸せだった。 そう、考えてみればずいぶん不思議な遊園地だった。 仲良しの小人は変装した子供でも、体の大きくなり損ねた病人でもなかったし、火食い男は実際に胃の腑に炎を収めていた。鏡の迷路で本当に迷ってしまうと命はともかく魂に関わったし、閉園の後にメリー・ゴー・ラウンドがいつのまにか逆向きに回っていることがあって、そんなときは入ってきたときには初老だったはずの男がえらく若々しい足取りで門を出ていったりもしたのだった。 戦争が始まって興行が立ち行かなくなると、団長さんはアルラを呼んで云った。このままだと死んでしまう。安全な場所に案内してあげよう。そこでしばらくお休み。平和になったら必ず起こしてあげる。そしたら一緒にまた、国中を回ろう。うまくいったら世界中だって。私が死んでしまっても私の息子が、息子が年老いても戦争が終わらなかったらそのまた息子が、かならずアルラを起こしにゆくから。 結局アルラを起こしたのは、団長の一番小さかった息子だった。 遊園地は再開できるけれど、ずいぶん仲間が減ってしまったよ、そう新しい団長は云った。メリー・ゴー・ラウンドは部品が大方なくなってしまったし、アルラの母さんもまだ行方知れずだ。だけど、よかったら、また一緒に回らないか。 そこでアルラはまた、遊園地と一緒に旅をはじめた。日が落ちてからのショーで幻を紡ぎ、ときおりは幻に紛れて夢見心地のお客から少しばかり血を吸い、そんなふうにして。 こうしてずっと流れ歩いてゆくのだと、アルラは思っている。 永遠の命。永遠の移動遊園地。あたしは、幸せ。そんなふうに。 アルラ 第13世代ラヴノス 歌姫――インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア……わたくし?ええ、生まれは1820年。カールスルーエの商家に生まれましたの。名前は大伯母からいただいたわ。敬虔なクリスチャンで、たいそう幸せに天寿をまっとうしたものだから、それにあやかって、レダ・アンナマリアと。小さい頃から歌うのが好きだった。将来は大歌手になるだろうって言われたわ。父は進歩的なひとで、良家の娘はせいぜいサロンより外には出ないものだ、なんて言いぐさには真っ向から反対意見の持ち主でしたから、わたくしの音楽の才をとても喜んで、家庭教師を付けて私に教育を受けさせてくれましたの。ザルツブルグの音楽学校にもやってくれました。……そのときには、わたくしは死んでしまっていたのですけれど、ね。 事故でしたの。馬車の。音楽学校の先生が迎えに来てくださって……ザルツブルグに向かう途中でしたわ。ひどい事故で、一瞬でした。首の骨が折れて。 そのときね、先生がおっしゃいましたの。 せっかくの美しい声、磨かずに消してしまうのはあまりにも惜しい。歌い続けなさい。もう休むことは出来なくなるけれど、って。 音楽学校に向かう途中だったのは幸運でしたわ。家族には間一髪で命だけは助かり、そのまま馬車を乗り換えてザルツブルグに向かったと知らせてやりましたし、何の問題もありませんでした。馬車を乗り換えたわたくしは……もう、ただの動く死体、ヴァンパイアでしたけれど。 それから?ええ、いろいろありましたわねえ。 音楽学校を出て、リート歌手になって。オペラの舞台にも立ちましたわ。顔も変わらないし死なないので、ひとところには留まれません。フランスにもイギリスにも参りましたわ。16歳で時が止まって、15年もすればさすがにごまかしが効かなくなりますもの。カールスルーエに戻れない理由が要ります。ですから、外国に。それでも誤魔化せなくなると、表舞台からしばらく退いて、小さな音楽学校の教師になったり、家庭教師をしたり。家庭教師の勤め口を探す新聞公告の文面なんて、今でも覚えています。「当方、教育に経験のある若い女性、14歳以下の子女の家庭に勤めたし。フランス語・絵画・音楽の教授資格を有する。ロウトン局留め、J.E」って。J.E?ああ、そのときは偽名を使っていましたの。偽名といえば……別の名前で酒場のお座興に出たときに、お年寄りが感激してこうおっしゃったこともあったわねえ。あんたはこんなところで歌っていていい人じゃない、正規の音楽教育を受けたまえ。あんたは知らないだろうが、私の若い頃、レダ・アンナマリア・シュトルムという素晴らしい歌い手がいたのだよ、あんたに声も、顔もそっくりな……ああ、顔なんか若い頃の彼女に生き写しじゃないか、って。後で部屋に戻って、ずいぶん泣きましたわ。 それから?ええ、いろいろですわ。いろいろ。 わたくしをこんな体にした先生は、わたくしが学校を卒業した頃にはアメリカに渡ってしまいましたし、わたくし、ひとりで何とかしてこなければなりませんでしたもの。 2年前にマックスと会わなかったら、まだあのクラブで臨時雇いの歌い手をしていたんじゃないかしら。RED AS BLOODがツインヴォーカルをフィーチュアするようになってからのことはマックスがもう話してるのよね。じゃ、私がいちいち云うことないか。 え?ヴァンパイアだったら血が要るだろうって? ええ。ですから。ファンの方の唇と一緒に頂戴しておりますわ。それでよろしいんじゃなくて?書いておいて下さる?唇に噛みつかれたくなかったらライヴの後に危険なヴァンパイア娘に絡みつかないほうが身のためだろうって。よろしくて? ええ、それだけ。 なあに?6度目の整形手術も成功するといいですねって……失礼な。わたくしヴァンパイアだから16歳より年をとらないのだって、何度もうしあげたらよろしいんですの?だいたいこれまでの5回って何よ。今度マネージャーにきつく言っておかないとね……って、ああ、こちらの話。ええ、それじゃ、記事のほうよろしくお願いしますね。ニューアルバムのレコーディングはミュンヘンのスタジオでいたしますので、たぶんそちらのクラブでライヴありますから。そのへんのこともお願いします。 それじゃ。ありがとうございました。 やれやれ。「ジェーン・エア」の引用以外は全部本当のことなんだけれど。 レダ・アンナマリア・シュトルム 第13世代不協和音の娘To the Next Night..... 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