V:tMプレイレポート #2

    1 ギムナジウム

     ミュンヘン公子、ハンスリック・ハルトマンは不機嫌だった。
     公子の仕事は忙しい。ましてや客の多い祭りの頃は。
     10月祭が終わって一段落したと思えば、今度は聖マルティン祭だ。その上、部下に面倒を見させている地元のレコード会社が、新進気鋭のゴシックメタルバンドとやらの新曲の録音を是非ミュンヘンでさせようと言ってよこす。せめて年を越してからにはできないのかねと云ってやると、部下は笑ってこう云ったものである。――定命のものどもの好むものに注意を払うのも悪くありますまい。この一座の歌姫、大変珍しい血を引いております。それで、その娘の顔を見る気になった。
     まだ若いその娘は若いなりに礼儀を心得ており、到着するや否や早速挨拶にやってきた。きけば旧大陸には殆ど棲んでいないはずの不協和音の娘の一族だと言う。白金の髪に氷碧の瞳。飛び抜けて美しいというわけではないが、愛らしい顔立ちで見てくれも悪くはない。試みに歌わせてみたら、こちらは噂以上だった。そこで、望む限りの待遇と引き換えに館に留め置くことにした。そう告げると薄気味悪そうにしていたが、血の契りを結ぶまでもない、音楽室に案内させたらあっさりと留まることを承知したという。たしかに珍しい。
     珍しいことは重なるもので、次の週に挨拶にやってきたのは無礼と放浪と悪党で悪名高いはずのラヴノスの一族を名乗る娘だった。移動遊園地で幻術師をしているらしい。妖精だの本物の魔術師だのを混ぜ込んだ札付きの遊園地のようだったが、悪いうわさも特にないようなので黙認することにした。
     そのアルラというラヴノスの娘を見るや、館に留めてあった不協和音の娘が駆け出してきて、嬌声をあげて彼女の首っ玉にしがみついたものである。ナチスが大きな顔をしだす前は、二人は同じ移動遊園地の舞台に立っていたらしい。娘というのは死んでいようといなかろうと理解しがたい存在で、二人揃えば往来だろうと謁見の間だろうと、どこでも女学校の寄宿舎の寝室やら食堂やらに変えてしまうのである。
     だから、執行官の使いだというロシア人が訪ねてきて二人を部屋から出すようにと申し出たときは、公子は少なからずほっとした。娘どもというのは存在自体、対処に困る。
     「リリス様がおっしゃるには」
     と、その男、ボロシノヴィッチは云った。
     リリス・クルースニク(十字架を負うリリス)などというに聞くからにふざけた名の執行官は、今度の大会合をミュンヘンで行う「ことにしてほしい」、と云ってよこしたのだった。近頃は暴徒の暗躍が著しく、真の大会合開催の地はぎりぎりまで明らかにできないらしい。
     「リリス様は所用があって遅れておられますが、じきに到着するとのことです」
     ……厄介ごとが増えた。リリスはその名にふさわしく、常に最大級の厄介ごとと一緒にやってくる。そしてこちらに、その名のとおり負ってきた十字架を押し付けるのだ。
    あの女の到着前に動いておかねばならぬな。公子は呟くとベルを鳴らし、使用人を呼んだ。腹心のヴァラーシュタインには、執行官の要求を伝えておこう。あとは……今のうちに少し地元を賑やかしておくか。幸い歌姫も手に入ったところだ。
     
    ハンスリック・ハルトマン:
     ミュンヘンとその近郊一帯を治める公子。金髪碧眼長身の白皙の貴公子。氏族は「ヴェントルーであるといわれている」のだがそれ以外の氏族にはあまり見えない。いい意味でも悪い意味でも誇り高いアーリア人種。ナチスの活動は認めていないらしい。虐殺は人的資源を浪費するからだそうだ。そのうえ「次はイタリアの馬鹿どもとは組まぬ」とか公言している。とんでもなく昔からヴァンパイアをやっているようだが、現在は騎士甲冑からブランド物のスーツまでを平然と着こなし、「愚民どもにあわせて」コンピューターも自ら駆使する(機種は――これも愚民どもにあわせて――Windowsを使用)進歩的な人物。性格は良くわからないが実は怖い、らしい。怖い面を見てしまったら永遠に滅んでいるので誰も知らないのだ。
     公子にお目通りを済ませるや否や、「娘たち」は寄り添ってこんな会話を始めたのでした。
    「……アルラ!?よかった。無事だったのね。あの大戦で遊園地もなくなってしまって……心配していたのよ」
    「眠っていたの。ずっと。だから、何が起きたのか見ずに済んだけれど……起きたら、みんないなくなってた。あたしの同族のひとたちはみんなナチスに殺されて……」
    「見ずに済んでよかったのよ。アルラの見ていいものじゃなかったから。でも少しだけ、仇を討ったわよ。……わたくしも殺したの。奴らを。SSの寝室に招かれるように仕向けて、ベッドであいつらの血を吸い尽くした。あいつらのやり方は気に入らなかったから」
    「そうなの?……嬉しいわ」
    で、くすくすとお互いに笑ったりして。

    *********************************************
     赤狼は時ならぬエンジン音に首をかしげた。こんな時間にこんな森の奥までやってくる人間がいるものだろうか。
     果たしてそれは人間ではなく、街の公子の使いだった。
     「赤狼、ローテンヴォルフ、公子様のお呼び出しだ。すまんがちょいと人間の振りをして一緒に来てくれ」
     「冗談じゃない、なんで俺が街まで出向かなけりゃならんのだ」
     「俺の知ったことか。公子様のご命令だ。早くしてくれないと俺が大目玉を食って、そのうえ次はお前さんだぞ。公子様を怒らせたら、大目玉じゃ済むまいなぁ」
     ミュンヘン公子の噂は聞いたことがあるような気がしたし、それはどうもずいぶん恐ろしげなものであった気がしたので、赤狼はしぶしぶ人間の姿になってBMWの後部座席に収まった。背中までの髪を束ねた狼じみた若者の姿になったので、もうすこし上品な格好にはならんのかとかなんとか使者はまたぶつくさ言ったのだが、こればかりはどうしようもないのだった。
     まぁ、本当は「公子の命令」でギャンレルを動かすのはいろいろと面倒らしいのですが、この場合、ローテンヴォルフが「喪失した記憶の中身になんとなく不安をいだいている」ことをつっついて動かした……というような処理がなされた、はず。
     連れて行かれたのは市の中心部から少し外れた屋敷だった。表札にはヴァラーシュタインとあった。公子の館ではないようだと赤狼は思った。着くと書斎に通され、そこには血族ばかりが5人いた。1人はたいそうな年寄りで片眼鏡をかけて車椅子に座っており、その傍らにはドーベルマンが一頭寝そべっていた。目の光り具合からするとその犬もグールであるようだった。
     「来たか、ローテンヴォルフ」
     金髪碧眼の美丈夫がちらりと視線を投げてよこした。これが公子だなと赤狼は思った。見覚えがあるような気がしたが、やはりはっきりとは思い出せなかった。最後に会ったのは百年以上昔なのだろう。
     「詳しいことはヴァラーシュタインに伝えた。……良い結果を、期待している」
     そう云って公子はふいと出ていった。最後の一言は全員に告げたものらしかった。

     老人が一人、若者が二人。そしてまだ幼い顔立ちの娘が二人。顔触れだけ見れば、何の為に集められたのかさっぱり予想のつかない一団だった。
     車椅子の老人はこの屋敷の主で、ドクトル・ヴァラーシュタインと名乗った。
     「ヴァラーシュタインの一族は……ああ、ローテンヴォルフさんはご存知ないかもしれないが、あれこれと商売ごとをやっておりましてね。で、そのひとつにレコード会社があるのです。ローテローゼ・レコードというのですが。それで、今度の聖マルティン祭に、その会社に所属する『血の如く紅き』というバンドがミュンヘン市内の由緒あるギムナジウムで公演を打つことになったのですよ」
     「それが俺に何の関係がある」
     赤狼が唸るように云った。
     「関係はないかもしれませんな。しかし、ご協力をお願いしたいのです。実は……」
     そう云ってヴァラーシュタイン老は一通のタブロイド誌を赤狼に差し出した。品のない紙に品のない見出し、品のない文章で「歴史あるギムナジウムにヴァンパイア暗躍!?」という記事がでかでかと踊っていた。ミュンヘン市内のとあるギムナジウムで、生徒が貧血状態で倒れているのが発見され、その首筋にはくっきりと二つの牙の跡が残っていた、というのだった。
     「で、これが俺に何の関係がある」
     赤狼はもう一度唸った。
     「『血の如く紅き』は、一週間後の日曜日に、このギムナジウム――ローテンフライト校で公演を打ちます。それには今ちょうどミュンヘンに来ている移動遊園地『夢の園』も協力します。で、こちらが『血の如く紅き』の歌姫、レダ・アンナマリア嬢。そしてこちらが『夢の園』きっての幻使い、アルラ嬢」
     娘二人のうち、やや年上にみえるほうが言葉を継いだ。
     「つまり……公子さまが仰った仕事というのは、とりあえずはそこでの公演なのですけれど……その他に、わたくし達に、そこで歌うついでにヴァンパイア騒ぎの真相を明らかにして欲しいと、たぶんそうお考えなのですわ。『血の如く紅き』で公子さまにお目見えがかなうのはわたくしだけですし、アルラはわたくしのお友達ですけれど、この二人だけではどうにもならないことは公子さまもご存知なのだと思います。ですから」
     「ふむ。……ここに来てしまった以上は、そんな厄介ごとはごめんだと言って森に帰るわけにもいくまいな。公子の不興を買うのは面白くはあるまい。で、あんたは」
     「ボロシノヴィッチ。ロシアの学生だった。今は公子様のところでご厄介になっている」
     最後まで黙っていた男がぼそりと云った。
     「役に立つかどうかはわからん。昔は爆弾投擲なら得意だったが」
     ヴァラーシュタイン老はヴァラーシュタイン・コンツェルン(?)の顧問をやっており、一族の問題を解決する一方でミュンヘン公子にも使えているという設定。……とすると、ひょっとして彼は現公子と血縁続きとか?



     ヴァラーシュタインは記憶を無くす前のローテンヴォルフを知っているが、ローテンヴォルフのほうは当然覚えていないということに。ここで、彼らの意外な確執が明らかになる。歩行不能であるところのヴァラーシュタインはある日、どうしても自力で移動せねばならぬ羽目におちいり、あらん限りの血を消費して腕力を増強、「腕だけで飛ぶように走ってくる爺い」という都市伝説のごとき見苦しい姿で街を疾走していたところをローテンヴォルフに目撃されてしまった!それを深く恥じたヴァラーシュタインは理不尽にもローテンヴォルフを逆恨みして彼の記憶を抹消、それが効き過ぎて以来ローテンヴォルフは記憶喪失に……
     あまりにも見苦しいので多分冗談だと思います。ええ、多分。
     公演を打つだけならまだしも、ヴァンパイア騒ぎの謎を解くとなると、ギムナジウムの中に入りこんでおく必要がある。
     そうヴァラーシュタインが切り出すと、アルラが嬉しそうに申し出たものである。
     「だったらあたし、編入させてもらう。男装して、学生に化けて。学校なんて行ったことないんだもの、一度くらい入ってみたいの」
    「それは無理でしょうな」
     ヴァラーシュタインは苦笑交じりに答えた。
     「ローテンフライト校は200年の歴史を持つギムナジウムです。身元の知れぬ学生をそうやすやすと受け入れてくれるはずもない」
     「だったら、お客として入れていただきますわ。そちらで公演を打つのですもの、先に顔見世をさせていただいてもよろしいでしょう?寄宿舎には客用寝室もあるはずですし」
     レダの提案は、ヴァラーシュタインだけでなく、ボロシノヴィッチの苦笑まで誘った。
     「いや、私、ギムナジウムはともかく、はるか昔には大学生でありました。そのころは……まぁ、決闘の合間に学問を修めていたような次第ですが、そのころの経験から言いますと、寄宿舎の客用寝室に泊まったご婦人方はずいぶん沢山な訪問を受けることになると思いますが」
     「ああ。俺も全く同感だ。俺が大学生だった頃と言えば、学園の祭りとはつまり、とどろく怒号、舞い散るビラ、押し入る軍隊に石畳を引き剥がして投げつける学生と、まぁそんなもので、楽団を呼んで騒ぐなど思いもよらなかったが……その頃にしてからが、寄宿舎なんてところにご婦人が泊まろうものなら、三階までの窓は地上にくっついた扉とさして変わらないものであると、そんなところだったよ」
     レダとアルラはしばらく顔を見合わせていたが、やがてくすりと笑った。
     「学生さん達は、キスされるのはお嫌いかしら?」
     これはレダ。
     「嫌いどころか」
     ヴァラーシュタインが言いかけると、アルラが小さく笑い声をあげた。
     「なら、何の問題もないでしょ。あたし達は大歓迎」
     それが何を意味しているのかを悟って、紳士一同はしばし眉を顰めた。
     「まったく、ご婦人方というのは油断がなりませんな」
     「生きていてさえ性質が悪いというのに、吸血鬼なんぞになったらなおさらだ」
     追記。ただしレダに言わせればよっぽど性質の悪いのは、マネージャーとかスポンサーとかいう人種のほう。ヴァラーシュタインが、ともあれ私達は『血の如く紅き』には、たくさん、たくさん、たくさんの金を産んで欲しいと願っております、そのためとあれば、忍び込んできた学生さんの首筋に歯型をつけたまま帰して差し上げるのも宣伝効果としては非常に有効なのではありますまいかといけしゃあしゃあと付け加えたからに違いない。
     結局水曜日の夕刻、『血の如く紅き』はバンドのメンバー全員と臨時雇いの警備員二人、競演する『夢の園』の団長とパフォーマー代表、スポンサーたるヴァラーシュタイン老にバンドのマネージャーという顔触れで、ローテンフライトギムナジウムにやってきたのだった。寄宿舎に泊まるのはレダとアルラ、ドラムス担当のハインリヒにマネージャーのオラフ、「警備員の」ボロシノヴィッチ、それに『夢の園』の団長の6人となった。あとのメンバーは、男子校の宿舎と聞いたとたんに怖気をふるって断ってきたのだ。男声ヴォーカル兼ギター担当のマックスに至っては、「部屋の中で取りまわせる長さの棒と催涙スプレーは必携」などと言い出して、ボロシノヴィッチを唸らせた。
     つめかける学生を、ボロシノヴィッチは恐るべき手際で捌き、一行を教頭室に案内した
    ロシア革命に関わりぬいた元共産党員の手腕を馬鹿にしてはならない。
     実はボロシノヴィッチは短所「霜の手」を取っており、彼の近くに行くとなにやらぞっとする冷気を感じてしまう。幸いゲーム内現在は11月だったのでよかったが、春は行く先で片っ端から花壇が枯れるので大変困ったことになるに違いない。しかし共産党員ヴァンパイアだったころは、不気味な気配を持つ党員ということで非常に有効だったはずなのだけれど。
     かくして一通り顔合わせが済み、一行は寄宿生主催の歓迎会に招かれた。ヨハン・シューラーという少年が、レダに花束を差し出した。ヨハンはこの寄宿舎の寮長らしかった。
     少年達に取り囲まれながら、レダはそれとなくヴァンパイア騒ぎのことを尋ねてみた。どうしてそんなこと気にするんですか、という問いには、満面の笑みでこう答えればいいのだから、何も気兼ねは要らなかった。――だってわたくしもヴァンパイアですもの。
     しかしヨハンに云わせれば、それは多分手の込んだいたずらだろうというのだった。
     「だって、今までもよく、貧血で倒れる奴はいたんです。でも、首筋に牙の跡なんてあの時だけでしたね」
     「あら、それは芝居ッ気の多いことね。他にもそんな話はないのかしら」
     「さあ、僕は知りません。クルト・ホフマンなら知ってるんじゃないかな。珍しくきかん気な1年生で、幽霊探しばっかりやってますよ。寄宿生じゃないので今日は会えませんが」
     「珍しく、って?わたくし、ここに泊まりたいと言ったとき、男子校の寄宿舎なんてジュリエットを訪なうロメオの予備軍ばかりで、窓と扉の区別のつけようもないのだから気をつけるように、などと云われてきたのだけれど」
     「ああ、それは安心してくださってかまいませんよ。みんなここではこうして騒いでいるけれど、そこまで失礼なことをする奴なんか僕には思いつかない」
     聞いた話と実際は大いに違うようだった。舎監の教官にもそれとなく夜の治安について尋ねてみたのだが、得意満面で「我が校の教育方針とその浸透度について」の演説を15分ばかり述べ立てられたに留まった。入ってくるときは明らかに小さな野蛮人である彼らは、入学後いくらもしないうちに校風に馴染み、若き紳士となっていくということなのだった。レダは居眠りもあくびもできない不死者の体を、このときばかりは呪わしく思った。
    レダとアルラは長所「食事可能」を取っており(二人とも人前に出るのが職業なので、あからさまにヴァンパイアらしいといろいろと困るのだ)、おかげで「自称ヴァンパイアという冗談」が通用する身になっているのです。あとはご老人と警備員なので、特に問題はなし、ということに
     夕食の後は礼拝だった。ヴァンパイアでも礼拝はするんですか?と、いかにも無邪気そうな1年生が尋ねてきたので、参りますよ、とレダは答えた。背後でボロシノヴィッチが小さくうめいた。『血の如く紅き』が礼拝にも参加するというので、いつもはサボる少年達までが礼拝堂にやってきた。彼らの興味はもっぱら『ヴァンパイアであるところのレダは讃美歌を歌えるか否か』であるようだった。
     「失礼ね、なんだか賭けまでしてる」
     そうアルラが云ったので、レダは微かに笑った。
     「それじゃ、答えを出してあげないとね」
     礼拝の最後に、レダは信者席から立ちあがり、アヴェ・マリアを歌った。ざわめいていた少年達は言葉をなくした。歌は全ての列席者の心を揺さぶり、無神論者のボロシノヴィッチや聖書よりは決算書のほうが気になる性質のマネージャーまでが、聖母マリアが本当にいたら大変だと思ってしまったほどだった。
     「いつも罰当たりなことばかりしていますもの、たまにはこんなことも」
     恥ずかしそうに微笑むレダは、ゴシックメタルバンドなどというものがギムナジウムにやってくるのを快く思っていなかった学校付きの司祭様の信用まで、しっかり勝ち得てしまったようだった。
    ここでレダは「とりあえず『訓え』がどの程度の効果があるか見たいから」なんぞという理由で「恋歌」を使用。長所「魅惑的な声」で難易度を下げ……5成功で完全成功となるところを6成功してしまう。というわけで聖母マリアへの信仰をその場にいた全員の心に吹き込むことに成功。ついでに司祭の深い感動まで惹起。ひでえ。


    そらそうと、普段の芸風どころか存在そのものが罰当たりなヴァンパイアがしおらしくしてても、なぁ。
     礼拝が済むと、一同はそれぞれの部屋に引き上げ、寄宿舎に部屋を借りなかったものはギムナジウムを後にした。――これからがヴァンパイアの時間なのだ。
     赤狼は小さな蝙蝠に姿を変え、校舎の上空を見張っていた。見張りながら、彼は耐えがたいほどの邪悪の気が学校中を包んでいるのをふと感じた。それは彼の知らぬもの、知り得ぬもの、恐ろしいほどの危険だった。ぞくり、と全身の毛を逆立て、そして彼は蝙蝠の顔のままにやりと笑っていた。危険は好ましいもの。己の力を示すためのもの。そう赤狼は信じていた。ろくでもない冒険が待っているに違いなかった。力が必要だった。そこで赤狼はいったん学校を離れて、街中を見まわった。人に飼われて野生を失った犬が2頭、家の外につながれていたのでそれを引き攫い、血を吸い尽くした。死骸は森に埋めた。人の血を吸い殺すと厄介ごとが起きるが、犬ならば大した騒ぎにもならない。それに野生を失った犬になどかけてやる情けは、赤狼は持ち合わさなかった。
    本当はこの「すさまじい危険」、感知に「大失敗」した結果なんですけど、ねえ。
       ボロシノヴィッチは夜回りに出かけていた。しんと静まり返った寄宿舎。創立の頃から建っているらしい石造りの大校舎と、その脇に建てられた新しくこぎれいな小校舎。レダが練習を続けているのか、小校舎の窓のひとつに明かりが灯り、ピアノの伴奏と歌声が流れ出してくる。
     ……と、ふいに彼は奇妙なことに気がついた。部屋の大きさに引き比べて、建物そのものの大きさがつりあわない。学校の校舎と言うには、壁が、厚すぎる。
     「……ふム、つまりあれか。だが、共産党本部の隠し部屋や隠し廊下のほうがずいぶんと洗練されていたな。こんな建て方では丸見えだ」
     呟きながらボロシノヴィッチは軽く壁を叩いてみた。さすがに外壁の響きから虚ろがわかるような建て方まではしていないようだった。
    今回、ボロシノヴィッチのほぼ必殺技だった「共産党知識」発動。……「WoDの共産党」はきっとすごく怖いところに違いない。ということで。実際の団体から文句が来たら困る。
     アルラは地下室に一通りねずみ取りを仕掛け終えて、音楽室に向かっていた。ねずみ取りは赤狼に頼まれたのだった。
     「あんた、地下室だの下水道だのに詳しいと言うのなら、すまんがねずみ取りをしかけておいてもらえないか。ねずみどもにこの学校のことを聞いてみたい」
     そう云うのだった。地下王国への道を探すのがアルラのもうひとつの生きる目標だったから、そこへつながるはずの道の歩き方はずいぶん詳しくなっていた。地下室と下水道は彼女の庭のようなものなのだ。
     けれど。
     ねずみ取りを仕掛けて回りながら、アルラは何か、別のものに見張られているような気分をぬぐえなかった。そういえば、さっき礼拝堂でも、何かが居たような……。しかし気配は気配のまま、つかもうとするとふいと消えてしまうのだった。
    アルラは学校に行ったことがなく、そのうえ教科書がジュール・ヴェルヌだったのでこんなことに。副次技能「下水道知識」取得済み。
       アルラが戸を叩いたので、レダは歌うのをやめた。
     ――何か妙なものを見なかったかって?いいえ何も。歌っているときのわたくしはひどくぼんやりしているもの。あらいやだ、窓のところに止まってる蝙蝠、ローテンヴォルフさんじゃないかしら。
     からりと窓をあけると、飛び込んできた蝙蝠は床の上で人間の姿になり、喚いた。
     「危険だ。お嬢さんがたはすぐ部屋に戻るんだ!」
     「危険……?あなたはどうするの」
     「俺はもうちょっと探ってみる。今度は地上から」
     いいざま赤狼はねずみの姿に変わる。しかたないわね、と呟きながらアルラがドアを開けたとき、ふいと何かの影が廊下を過った。
     「誰なの!?」
     レダの声が、廊下の反対側で叫んだ。こちらへ逃げてくるかと思った影は、慌てたように別の角を曲がる。足をもつれさせたレダを置いて、アルラと赤狼が走り出した。
    ローテンヴォルフ氏、行動はかっこいいんだけど姿がミニ蝙蝠やねずみなのでどうにも迫力に欠ける。きっとたきのはらの頭の中にあるねずみが愛らしくて無害すぎるせいなんでしょう。



    レダはこちらでも「訓え」を使用。視線の通る場所に声を飛ばせる「さまよう声」。勢子をやるにはけっこう便利かも。
     ギムナジウム近くに留めた車の中で、ヴァラーシュタインはレダの声を聞いた。耳元にはっきりと。声を飛ばす――不協和音の娘の声の訓えだ。
     「今、新校舎におりますの。怪しい影がいて。それに、わたくしたち、何度も妙な気配を感じましたわ」
     「分かった。私は歩けない。犬をやります。貴方を守らせましょう。何かあったらまた知らせてください」
     しなやかな影のように、ドーベルマンが後部座席から飛び出していく。
     同じ頃、ボロシノヴィッチもレダの声を聞いた。何かあったら携帯電話に連絡すると言っていたのに直接声を飛ばしてくるとは、よほどのことに違いなかった。全力で彼は走り出した。
    これも不協和音の娘の訓え、「幻影の話し手」。相手の時間が夜(時差を考慮して)であれば、距離を無視して術者が望む相手との間に会話が成立する。お互いが了解さえしていれば時間帯制限つき内蔵携帯電話としても使える。当然料金(?)として、血を消費します。
     ようやく立ち上がったレダは、手探りで教室の電灯をつけ……そして立ちすくんだ。前の扉にアルラ。後ろの扉に赤狼。そして、教室の隅に、どろりとした闇がわだかまっていた。
     「……霧に姿を……?」
     違う、というように足元で赤狼のねずみが鋭く鳴いた。幻でもない、とアルラが呟いた。
     レダは小さくため息をつき――古い子守唄を歌い始めた。少しでも影が落ち着いてくれれば、と思ったのだった。
     闇は、わだかまったまま、震えている。そっと手を出した。闇に触れる。その中に手を差し込む。闇は生暖かく、わずかに粘ついた。あわてて手を引き出した。それでも、闇は動かない。
     犬と、ボロシノヴィッチが飛び込んできた。
     「ドアを閉めろ!!」
     元共産党員が大声で叫ぶ。アルラが慌ててドアに手をかけた。その瞬間、闇が、消えた。
     「……え!?」
     「うろたえるな、この建物は穴だらけなんだ!」
     ボロシノヴィッチは手早く床を叩く。闇のわだかまっていたあたりの床が、ひと一人がやっと通れるくらいにぽかりと口を開けた。赤狼のねずみが鋭く叫び、飛び込んでゆく。
    ここでも「影」の逃げ込んだ穴を探すのに共産党知識が活躍。おそるべしロシア共産党。
    「影」のまとっていた「闇」は、ローテンヴォルフとアルラの証言・およびレダが無謀にも手を突っ込んでみたことにより、実体・温度・粘性をもつことが判明、消去法でいくとどうやらラソンブラ氏族の訓え「影術」のものであるらしい。が、このことはPCの知識外。
     穴の底は明らかに通路になっていた。先を行く影の足は速かった。赤狼は懸命に追う。ねずみの足では限界があった。心の中で舌打ちをした瞬間、影がふりむく気配がした。とっさに身を翻して駈け戻った。背後で叩きつけるような音がした。間一髪だった。後を振り返って確かめる前に、勢いあまって赤狼のねずみは穴から飛び出していた。もうひとつ、とんでもないものが降ってきて尻尾を叩きつけた。ヴァラーシュタインの犬の前足だった。
     つまりは厄日に違いないのだった。
    ローテンヴォルフの「危険好き」の面目躍如。本当は犬にも協力して欲しかったのだけれど、グールは主人の命令以外きかないし(なにしろ元々が「主人に忠実で他人の言うことをきかない犬」だもんなぁ)一度ヴァラーシュタインが適用した「支配」の内容はもう一度ヴァラーシュタイン自身が犬と目を合わせて命令しなおさない限り変更できないのだった。
     影は逃げ去り、手詰まりになってしまったので、一同は今度こそ部屋に引き上げた。赤狼は、アルラがかき集めたねずみから話を聞き出し、この建物が本当に穴だらけであること、それに新校舎よりも旧校舎により緻密に通路が張り巡らされていることを告げた。ボロシノヴィッチの見たところ、旧校舎の通路は大人がやっと立って通れる程度、新校舎の通路は子供でなければ通れないような代物だった。しかも、彼の見立てによれば、それは多分に建築技術の違いだろう……つまり、旧校舎の通路が大きいのは、それ以上細い隠し通路を作ることができなかったからだろう、というのだった。
     創立以来学校ぐるみで謎に包まれているのかもしれなかった。
     そういい始めれば、生徒達がやたらと礼儀正しいというのも薄気味悪いのだった。
     
     とりあえず、公子さまにお知らせしましょう。
     そう云ってレダは公子の元に声を飛ばした。礼儀正しくなってゆくという生徒、頻発する貧血事件、絶えず感じる気配、赤狼の感じた邪悪、隠し通路、そして粘つく闇を纏う影。
     公子はしばし沈黙すると、「危険か?」と尋ねた。
     「いいえ、今のところは。でも、わたくしたちだけでは手に余るかも知れません」
     「わかった。必要なら増援を送る。本当に危険なら、手を引いてもよい。
      ……我が版図にて勝手な真似はさせぬ。思い知れ」
     呟いた公子の声は、氷の刃といってもまだ云い足りぬ、とレダは思った。
    というわけで、ローテンヴォルフの「大失敗」の結果までが公式情報として公子のもとに行ってしまいました。これがどういう結果になることやら。
       それからレダはもう一度ヴァラーシュタインの元に声を飛ばし、顛末を告げた。ヴァラーシュタインは小さくため息をつき、ローテンフライト校のことについて調べておこう、はっきりしたことが分かるまで、あなた方は休んでおられるとよい、と答えた。それから従僕にあてて、昼のうちにローテンフライト校創立当時の事情について調べておくようにと書付を残し、眠りについた。
    そのほかに、ヴァラーシュタインはローテンフライト校の公式ホームページにアクセスし、いろいろと情報を引き出しています。ゴシックロマンといえども舞台が現代である以上、インターネットのひとつもつかえないではまずいということに(この程度の検索はコンピューターの技能をひとつも持っていなくても可能ということになりました。技能が必要なのはソフトをインストールすること、あと何かまずい事が起きたときに的確な相手に対して呪いの言葉を呟くことから、です。きっと)。
     休め、と云われても。
     レダは小さく呟いた。
     今夜はあちこちに声を飛ばして、ずいぶん疲れてしまった。まだ、大丈夫だとは思う。まだ、血に飢えてはいない。けれど。……不死者の身体は普通の食物をうけつけない。飲み込んだ食物はその夜のうちに吐き出さねばならない。一度飲み下したものを吐き出すごとに、自分が人ではないこと、人の食物では生きていけないこと、血をすすらなければ生きていけないことを、どうしようもなく思い出す。一晩に、一度。どうしようもなく。
    そして、周囲に眠る、甘い血の気配。……抑えきれなくなってしまうかもしれない。これ以上疲れたら。だから。一口だけでも、今のうちに。自分が抑えきれるうちに。
     「アルラ、お腹空かない?」
     「でも、誰も来ないわ」
     髪を梳かしながら、物憂げに少女が答える。ジプシーにしては色の淡い髪を気にして、木の実の汁で夜毎染め直すのだ。なぜだか不死者の身体は外からの差し色を撥ね付けてしまう。
     前に知り合ったブルハーの伊達男が嘆いてた、刺青を入れても入れても色素が抜けてしまうんだって。そう呟きながら、アルラは瞳の色と同じ緑色のリボンでお下げを結いなおしている。
     「だから、呼ぶのよ。身支度が済んだら……屋上に行きましょう」
     歌姫の声は眠りの底にも届く。やわらかな恋歌を聞きつけたのは二人。眠りながら少年達は屋上へ続くドアを開ける。
     月の下で見る夢は闇の娘のくちづけの夢。吸血の呪いの代わりに娘達に与えられているのは甘い唇と快楽の牙。うっとりと反らされた意識のない喉に牙が突き立てられて、吸われた血の分、ふわりと傾く、少年たちの体。
     「おやすみ、良い夢を」
     恋歌はいつのまにか子守唄に変わって、促されるままに少年達は夢の中を寝床に戻る。
     やわらかな唇が傷口を拭ったから、牙の痕は消えてしまった。だからこれは夢。ひと夜の美しい夢。
     「これだから、ご婦人達は、って。またあのご老体はのたまうのかしら」
     「いいの。あたしたちには命のひとしずくでも、あの子達にとってはただひとすすり分の血にすぎないもの。それに、代わりにいい夢を見せてあげたのよ、極上の」
     ひっそりと唇を舐め、二人の闇の娘も寝床に向かう。
     月が、もう落ちかかっている。
    非常に艶消しな解説。性懲りもなく「恋歌」使用。たぶん小夜曲などを歌い、声のもとへ行きたいという思いを喚起。1成功。寄宿生の2割が反応。うち、眠りながら屋上まで行こうという根性(……どういう?)の入ったのは2人だった、ということに。来たのは「二人とも華奢な1年生だった」ので、明朝に貧血を起こさせないために1点だけ吸血。吸血鬼騒ぎを解決しに来たのに自分で引き起こしていては話にもならない。ちなみにこれがフットボール部の筋骨隆々たる学生なら2点、相撲部(そんなもんがドイツのギムナジウムにいるのかこら)なら3点まで吸ってもOKだったらしいが、そんな高脂血症でまずそうなシロモノ願い下げである。その後、もう一度「恋歌」を使用。今回のネタは子守唄。5成功。二人とも無事帰ってくれる。一回目と二回目が逆だったら大変なことになっていた、とか。
     それにしても、今回わかったのだけれど、不協和音の娘を効果的に演じられるかどうかはプレイヤー知識にも依存する。「恋歌」は、「曲に歌われている感情を聴衆に吹き込む」ものなので、プレイヤーに音楽知識がなければ使いようがない。PCは潜伏期間を外しても100年以上現役歌手をやっているのでレパートリーに問題はないはずなのだけれど……
     木曜日の夕刻、一同はレダとアルラの部屋に顔を揃えた。
     「いろいろと、分かりましたぞ。あれこれと嫌な事が」
     ヴァラーシュタインは紙ばさみを開きながら口を切った。
     ローテンフライト校の設立は1820年代。遅れ馳せながらの産業革命に乗り遅れてはならないと、オットー・ケーベルなる人物が工業化ドイツを背負って立つべき子弟の教育の為に興した私塾が元であったという。その私塾は順調に成長して学校となり、それを見届けたケーベル氏は学校成立の3年後に世を去った。
    「私はこのケーベルなる人物に直接会ったことはないのですが……ところで、ここでひとつ奇妙な話があります。この旧校舎と寄宿舎は、学校成立時に建設されたものですが、寄宿舎のほうはケーベル氏の死の同年に、礼拝堂と共に改築されています。気にしなければそれまでですが」
     「気にしたほうがよろしいかと思います」
     レダが静かな声で言った。
     「わたくし、今朝方眠る前に早朝礼拝に参りましたの。そして……気付きました。この礼拝堂には反射光は入りますけれど、直射日光は一切入りません。お祈り用のヴェール一枚で、火傷ひとつ負いませんでしたわ」
     「なんとまあ」
     ヴァラーシュタインが呟いた。
     「それでは……この学校は創立当時から、ヴァンパイアの手が回っており、ひょっとしたら公子様は今までそれをご存知なかった、ということも考えられるのですな。とすると、ますます嫌な話になってきます。というのも、数日前にレダ嬢がこちらの寄宿舎に泊まりたいとわがままを仰られたとき、私はとても通るまいと思ったのですよ。何しろ200年の歴史を誇るギムナジウムというものは、そのような申し出にはまずは断ってよこすものですから。結果はどうか。何と云うこともなく通りました。公子様が裏から手を回しているのでなければ、何者かが張った罠にわざわざ飛び込んだのかもしれませんな、私たちは」
     「そう、申し上げますか?公子さまに」
     「……いや」
     ヴァラーシュタインは首を傾げた。
     「危険というのは、チャンスでもあるのですよ。ここを公子に頼らず、われわれの手でことを終えたなら、我々の株はずいぶんと上がるはず」
     「株なんてわたくし、どうでもよろしいの。無駄に危ない真似はごめんだわ」
     「あたしも。あたしがこんなことに関わるのは、ほんの序でだというのに」
     娘たちが口々に云うのを抑えて、ボロシノヴィッチが云った。株は、大事だ。頼りにならぬ手駒は、いつか切られる。
     「では、どうしますかな。状況は2対2。ローテンヴォルフさん次第だが」
     ヴァラーシュタインの口調は事務的だった。
     「ふむ、株。そりゃあ、何だ?」
     「ああ、それは、金のようなものです」
     「金。俺には用のないものだが、貰えるものは貰っておいたほうがよかろうな」
     「しかし、それを得るには危険が伴うのです。それで……」
     ヴァラーシュタインのせりふは、赤狼の唸り声で消された。
     「危険か。危険の前で怯む俺と思うか」
     
     ややあって、レダがため息をついた。
     「わかりましたわ。そういうことにいたします。でも……人にしろ、わたくしたちの誰かにしろ、命や存在に危険が及ぶようになったら公子さまに助けを求めることを許していただけるかしら?」
     「それなら、異存はない」
     「そうですか。……それなら」
     一息置いてレダは告げた。
     「ひょっとしたら、もうじき、お客があるはずですわ。この学校でただひとり、まともに子供らしいという坊やが」
    to be continued
    というわけで、最後の最後でローテンヴォルフの「危険好き」が炸裂。「本性に従った行動により物語の流れを決定した」ことで彼の意志力(まぁ、ヒーローポイントです)が回復。 次回、公子からの補給人員(D16氏のPC)を加えて一同はさらなる謎に挑むことに……
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