『タペストリ』と『三女神』そして、『刺繍針』北天の『刺繍針』ローランド・エルダードに問う
この世界はどのようにしてできたのですか
もう一つの答えは理解は困難かも知れないが、より直感的な答えだ。 虚無があった。無があったのではない。虚無があったのだ。 そこから、定命のものには知り得ぬ理由により、時と物が生まれた。後先はない。物のない所に時は意味を持たないし、時のないところに物は存在し得ない。 そして世界はあらゆる方向に無目的に広がった。我らが『混沌』とよぶ諸相の一つがそこにあった。 彼方へ行く神、アーケルインシェが世界を通り過ぎ、多くの世界でそうしたように意志をもたらした。一滴の油が池全体に満ちるように世界に意志が満ちた。物はもはや無目的に在ることをやめ、何らかの意志に従って在るようになった。 水は潤し流れ落ちるように、炎は燃え上がるように、これが物が何かの意志によるということだ。 そして、混沌は様々な物へと分化した、絡み合った羊毛から糸が紡ぎだされるように、世界の要素が整えられた。 この働きを『紡女』と呼ぶ。 要素はその身に有した意志にしたがい、他の要素と絡み合い、交わりあい、今ある世界を形作った。一本一本の糸が織り機にかけられ一枚の布となるように。 この働きを『織女』と呼び、織りなされた世界を『綾羅』と呼ぶ。 この生きる大地は、命がなければただの布、『綾羅』だ。我らは歴史を成すためにこの場にある。これがこの世界の成り立ちだ。より細かいことは魔法使いに聞くがいい。 私はどこから来たのですか、そしてなぜ死ぬのですか
しかし、『紡女』は世界を紡ぎだした混沌の中から、短く、紡ぎ出すには困難な繊維を見つけ、それを注意深く紡いだ。 その糸は、『綾羅』を織りなした糸に比べれば余りにか細く、短い物でしかなかった。しかし、様々な光芒を発していた。 それが命だ。 やがて三番目の働きがその命を針につけ、姉たちの作り出した世界に様々な物語を記し始めた。 この働きを『繍女』と呼び、描かれた物語を歴史、タペストリと呼ぶ。 我らのみならず、命は混沌から紡ぎ出されて、物語を作り出す。 我らの命を形作る物は多少の差はあれど、山や海に比べれば短い命しか持たない。しかし、それ故に命は光芒を放つ。 忘れるな、死は無ではない。なにも成さないことが無なのだ。 死んで後にはなにが起こるのでしょうか
お前という意志はその乗り物の身体が無くなれば行き場を失いやがて消える。しかし、お前の意志が誰かに伝わっているならそれは死んでいないことにとても近いことだ。たとえ、その意志が肉体と同じように果てしない歴史の荒野に伏しても、その意志の要素は何者かを形作ったのだ。 死後のことを恐れる必要はない、死後のことを知っている者は誰もおらず、知っているという者の言葉を確かめる術もない。神秘の業によって、死んだ後生き返ってきた者は、死の世界に行ったのではない。死ななかっただけなのだ、業の使い手が死にそうな魂を再び繋ぎ、『繍羅』に呼び戻したのだ。そして、その魂が甦ることができるかどうかは誰にも知ることはできない。我らに知ることができるのは死んだ者と、生き返ってきた者がいるということだ。目の前にいる死人が生き返ることができるかは誰にもわからない。 私は何のために存在しているのでしょうか
タペストリの表で歴史を彩ることのできる糸は僅かだが、その糸を導くために多くの糸が『繍女』の手に導かれていることを思え。 歴史を残すため、歴史を生きるため、歴史を開くため、我らは今ここにいる。 そのための霊(ヒ)を身に止(ト)める者を人(ヒト)と我らは呼び慣わしてきた。 神秘の業、不思議の業はいかにして行われるのですか
不思議の業の使い手は様々な術により、その意志に働きかけ望むように変容させる。 物に宿る意志はほぼ変わることはないが、人の意志は折々に触れて大きく変わる。 変わる意志が何かを依り代としたとき、束ねられた意志はより大きな存在となる。それはお前達が言うところの神であって、我々は敢えてかの存在を神性とのみ呼ぶ。時には生きている人がその依り代となる、生きながらにして神に近づいた者を 英雄と呼ぶ。『四方王の戦』において多く誕生した「神」はそのほとんどが英雄だ。 神秘の業はその神聖の意志にそった行動を行い、嘆願を行うことで神聖の力を招くわざだ。 あなたは何者なのですか?
それ故に私は『繍女』の針、『刺繍針』と呼ばれている。 もっと俗なことで言うなら、北天、ジーヴェンビュルゲン帝国の北方開拓領の元・術法士官であり、現在は孤児院で孤児を育てている。仲間には北天鬼神のミューズ、グリムバットといった連中がいる。 質問は終わりか?友よ。 ならば、改めて杯を干そう。 今宵この宴から始まる歴史のために!! D16'HomePage Read out Tapestry |