北天小説メモ


    氷原疾駆

    コンセプト
    基本的に男の物語にする
    老人(カウ=ライジャ)
    壮年(オルファス=クロイデン)
    少年(ガッサンディ)
    のそれぞれの北方との関わり、および戦い。そして生き方。

    カウ=ライジャ

    死に行くもの、守りつづけたもの、自分が闘えるとは思っていない者
    殺しつづけてきたものとしての諦念。それが自分ではなく子孫らに及ぶことへの怒り。そして無力感。やがて、老人はもう一度、おそらく最後の戦いを行う決心をする。
    (予定シーン)
    ・「食え、嗚咽が喉をふさいでも食え、そして眠れ。それが今、おまえたちにできる戦いなんだ。怒りを、誇りを胸に抱いて、今は食い、眠り、生きろ」
    ・「許しなど請わぬ。憐れもうとも思わぬ。わしらが生きるためにわしは龍を狩った。そして同じように多くの同朋がお前達の顎に食い殺された。しかし、わしはな部族が飢えておらぬ時にはおぬしらに手を出すことはなかった。ただ鱗や骨、肉を狙うためにおぬしの子供たちを狩った事はない。こい、グランマ。お前の憎しみを持って豊穣の谷間に帰ってやる。」

    ガッサンディ

    無謀なるもの、傲慢なもの、自分が何を欲するのかわからないもの
    ・「銀嶺のオルファス、俺を使ってください。俺とこの銀背ならこの季節でもその行程でダセイヌウにたどり着いて見せます」
    ・「誰もやろうとしないことじゃねぇか。うまくいかなくっても死にゃあしねぇ。うまくいったら大手柄だ。やつらは評判を落とすのが怖いんだろうが俺には落とす評判はまだないからな」
    ・「なんで、氷狼が俺を襲うんだよ!」
    ・「銀背、お前がここまで連れてきてくれたんだな。ありがとう……。けど、おれ、もうだめみたいだ」
    ・「しらねぇよ!俺は死にたくない。もう、こんな仕事はごめんだ」
    ・「ずっとまえ、まだガキだったころ……。ウサギの罠を確かめに丘に出たときに見たんだ。カウ=ライジャが犬たちを自分の遠吠えで勇気づけながらすべるように、月を追ってゆくのを。そのときに思ったんだ。俺もあんなふうになりたい、風のように氷原を犬たちとともに駆け抜けてゆきたいって」

    オルファス

    今なお戦うもの、道を開くもの、託す者
    ・「グランマ、あなたは自分の息子を1頭、孫を五頭、そしてその孫を10頭北天の人間たちによって失った。しかしわれらもひとつの町、三つの駐屯地、五つの村をあなた方氷龍の一族により壊滅させられた。どちらかがこの北天の地から消えうせぬ限り、より多くの同朋が死んだはずだ。それを厭うからこそわれらは、北王の顎、テステイオーの袖の奥に互いの住処を定め、すべての過去を流し、盟約を交わしたのではなかったか?なぜ、今になって盟約を破り、その身を傷つけつつも、北王・氷河の呪いをわれらに投げかけた?」
    ・「他の氷龍達、グランマの息子たちは動いてはいない。それは確認をとってある。彼らのうちの誰も、法神の盟約を破ることはできまい。そうだ、グランマのみがわれらに、今呪いを投げたのだ」
    ・「山祇様にとって、私もグランマも同じ北天の子供だ。風も、雪も今はどちらにも味方等しない。人は弱い。そんなことはわかっている。だが、わかるといって引き下がるわけにはいかない」
    ・「救わねばならない。そして知らせなければならない。グランマがわれわれを敵とした以上、われわれは北天の天と地の間にあるものをすべて敵にしなければならないかもしれないから」

    エルワー

    自分を添え物としたもの。荷を負わず、荷を負うものに肩を貸すことをもってよしとするもの。

    グランマ

    氷河の娘、歳経た龍。多くの子を産みその子らを失ってきたもの。
    今、少しずつ精霊となり記憶を失う前に自分の怒りを、恨みを晴らす事を望む。
    奪われた者達を奪い返す。
    ・急がねばならなかった。眠りの周期が短くなってきている。誓約の言霊が常に身を苛んでいなければ、怒りを忘れてしまうかもしれなかった。怒りを忘れるということは、子供たちを忘れてしまうことだった。彼女がいなくなってしまえば彼女の子供たちのことを覚えているものは何もいなくなってしまう。彼女は覚えていなくてはならない。息子たちのことを、子供たちを狩ったあの小さな人間たちのことを。
    ・彼女は長い首をめぐらせ天を仰いだ。冷たく黒曜石のように張り詰めた冬の夜空に、雪明りを身に集め白い尖塔がそびえたようだった。
     彼女は過去を想起していた。氷河の軍勢の一員として北天の空を翔けたことを。空を埋め尽くす吹雪の軍勢、その先鋒を務めた日々のことを。
     それはあまりに古い昔だった。まだ、ひ弱な鱗と華奢な牙しか持っていなかった雛鳥のような季節だった。
     また、彼女ははじめての営巣を思い起こした。
     テステイオーの中腹、氷河が残したモレーンに彼女自身の冷気で産褥を作った時のことを。卵を割って生まれてきた未だ目の開かぬ子供たちのことを。
     そして、その時に生まれた兄弟たちは一人を残してすべてが人間との戦いに敗れたことを。
     冷たく凍った彼女の体にもう一度命の火が灯った。失われた過去への郷愁、子供たちへの慈しみ、そして、子供たちを葬った人間たちへの静かな怒り。
     彼女が彼女でいられるうちにそれらの思いを解き放たねばならなかった。解き放たずにはいられなかった。
     胸の奥に灯った灯火が彼女の四肢に少しずつ力を与えていった。
     彼女は風を感じた。変わらぬ風だった。あのころ、北天の空に吹いていたのと変わらぬ、傲慢な王者の風格を持って吹き付ける冷たく強い風だった。
     足元で氷塊が苦しげな軋みをあげた。淡青色の爪、一本一本に百年ぶりの力が漲っていた。
     氷柱の尖塔が虚空に向かい大きく口を開いた。
     はじめは小さく、尾根をひとつ隔てて聞こえてくるような風の音だった。が、やがてごうごうと音を立てる颪となった。大きく胸が広がった。轟音をたてて霜の塊が雪崩のように彼女の体からこそげ落ちてゆく。 喉の奥で吹雪が渦巻いた。
     風が止んだ。
     彼女の四肢の下で氷塊が砕けた。
     彼女は渦巻く吹雪を雲一片とて浮かばぬ闇空に吹きつけた。幾千もの氷片が細波のような音を立てて舞い散った。 城砦のような背中に力がこもった、霜がこすれ合う甲高い音がすぐに崩壊の轟音に変わる。その懐に大きく風をはらみ、巨大な翼が広がった。雪明りの氷原の輝きがその皮に宿っていた。一度、二度捉える風の感触を確かめるように翼がゆっくりと、しかし確実に羽ばたく。そのたびに巻き起こる旋風が氷片を舞い上げ、細波の音を巻き起こす。
       彼女はもう一度翼を広げると、天高く首をもたげ咆哮した。
     北天の山々がその咆哮に峰を揺らして答えた。
     狼たちがその咆哮に唱和した。
     北天の空から氷河をこえて、颶風が吹き寄せた。
     老龍の叫びに天地が応えた。
     もう一度だけ、もう一度。まだ自分がこの体を自分のものとして扱えるその時まで。

    ダセイヌウ午前二時
    「風見はなんと言っている?」
    「送りの星祭まで、この吹雪が止むことは考えられぬと。アビ鳥の部族の巫は申しております」
    アビ鳥の部族。ダセイヌウに閉じ込められたカウ=ライジャの部族である。エシュンの民の中でも氷原での狩猟、それも雪豹や大白鼬などの猛獣を狩る部族として名高い。カウ=ライジャは手指を三本、左足の膝下、双方の耳の大部分、そのほか無数の傷と引き換えにそれらの獲物と、二頭の白竜をしとめた彼らの英雄であり彼らにとっても部族の


    「総兵閣下もそのように思われますか?」
    「ああ、先ほど山祇様に拝礼した折、空に伺いを立てた。『吹雪』が七頭の風狼を連れて来ている。送り星祭になって星があるべき位置に戻り、『老爺』の定めた歌を歌うまでは、この吹雪は止むまい。送り、そして迎えの星祭が過ぎればもともと、この季節は『吹雪』に与えられた季節だ。人を送るならこの送りと迎えの星祭の間を除いては無い」
    「アルベイからダセイヌウまでは平時、あのラクシャルツの犬橇の腕をしても一週間を要する行程です。この吹雪の中、彼が三日の遅れ、十日の行程でたどり着いたことすら奇跡的です。星見として申し上げますが、今年の星祭は迎えと送り含めても五日間。その間にダセイヌウまで行きつくことは不可能です

    「……方法はあります。アルベイからダセイヌウまで、確かにわれら北方開拓軍の駐屯する居留地はございません。しかし、
    大雪の月二十日。
    ダセイヌウ。昼過ぎ。

    風が氷河を渡っていた。
    北天からおろす風に捲き上がった氷片が氷原にしがみつくちっぽけな居留地に吹きつけられていた。
    五戸ばかりの家々が方を寄せるようにして集まっているその居留地は北方の多くの例に漏れず、積み重ねた石垣で囲まれていたが、その石垣ですら吹き付ける雪に埋もれてしまいそうだった。まるで、氷原そのものがその白い肌につけられた人為のシミを塗り潰そうとするかのようだった。

    氷河が深く吐息を漏らした。
    社の梁が軋み、壁を打ち付ける氷の細片が細波にも似た音を立てた。
    一際強く風が吹きつけた。
    イリアッドは一瞬驚いたように首を竦め、それから忌々しげに舌打ちすると拝殿への戸を押し開けた。むっとする熱気が彼を包んだ。
    「目張りを元に戻しておいてくれ」
    拝殿の中の男がいった。むらのある雪焼けをした男だった。年は四十を幾らか過ぎたように見える。
    拝殿の中は普段とは様相を変えていた。広い部屋一杯に寝台が並べられ、あちこちに火鉢が据えられている。あかあかとともる熾火が部屋の大気を熱していた。この厳寒の中と言えども十分すぎるくらいに。
    後ろ手に戸を締め切ると、外の吹雪の音は聞こえなくなった。
    そのかわり中の吹雪の音が明瞭になった。
    「風を入れ換えた方が良いと思う。カウ、火が空気を食いつくしそうだ」
    イリアッドはそう言うと傍らの寝台の子供に目を落とした。
    「子供たちにも良くない」
    部屋の中の吹雪は子供たちのか細い喉からたてられていた。
    部屋を埋め尽くすベッドに横たわっているのはその居留地の子供たちだった。
    子供たちは皆一様に外の雪を思わせる不吉なまでに白い肌をしていた。息をするたび喉が風の音を立てた。
    ゙らの呼吸はゆっくりだった。子供たちは細心の注意で息をしていた。いったん咳き込めば、細くなった喉が更に狭まり息が出来なくなるのだから。
    「カウ?」
    イリアッドはゆっくり、カウと呼んだ男に近づいた。
    カウは一つのベッドの傍らで少女の手を取っていた。痛々しいほどのコントラストだった。
    少女の手は細くしなやかで白かった。カウの手は節くれて、萎びて、そして赤く雪に焼け、薬指が欠けている。
    カウはゆっくりと少女の手を擦って、温めようとしているのだった。
    「カウ!」
    イリアッドはその時気づいた。目を閉じたままの少女はすでに息を止めているのだ。
    彼は大股に歩み寄りカウの肩を揺さぶった。
    「カウ、カウ・ライジャ!しっかりしてくれ。カウ!」
    カウ・ライジャは指の掛けた手をイリアッドのそれに重ねた。そして振り返り、ゆっくり、かぶりを振った。
    「大丈夫だ、イリアッド殿。少しばかり疲れただけだ」
    イリアッドは急に老いた眼差しに耐え切れず、少女の亡骸の方に目を反らした。
    白い屍はすでに熱を失っていた。そしてふっと瞼と眉に白いものが吹いていた。
    イリアッドは震える手で、閉じた瞳に触れ、睫毛に浮いた白を取った。
    彼の指先で結晶が一瞬だけ形を保ち、熱を奪うと一雫の露となった。
    「イリアッド殿、この子を外に運ぶ。手を貸してくれ」
    軋むような声でカウ・ライジャは告げた。かつて、男の声はこのようでは無かった。イリアッドはそのことを知っていた。ここ数日のことが強壮な探検家であったこの男をここまで老いさせたのだ。
    「やはり、『北王の呪い』だ」
    二人ともすでに見当は付いていた事実だった。
    「カウ。あなたは他の子供を見ていてくれ。私がマイシュを運ぶ」
    イリアッドは冷え切った少女の身体を抱き上げた。少女の頬は内からの冷気で白く霜が降りていた。
    戸を開けて、もう一度、イリアッドは耳をすました。相変わらず吹き荒ぶ風だけが聞こえた。
    唐烽、駐屯地に着いていてもおかしくない頃だ。それだけの腕は持っている。そう信じてイリアッドは二人の部下を南に送った。ドルナーとジャスパーの二人をだ。
    もしかしたら・・・。
    不吉な考えが脳裏を過った。イリアッドはその考えを振り払おうとした。もしそんなことになれば子供たちを救う術は無い。
    たどり着いていてくれ、ドルナー、ジャスパー。そして、一刻も早く


    同日夕刻
    ヴァルサガ。北方開拓軍駐屯地。

    知らせを持ってきたのは十二番隊の術法士官ドルナーだった。
    北方領の総兵オルファスは押し黙ったままその報告を受けた。
    取り次いだのはリィンだった。知らせを伝えるべきドルナーは駐屯地の城門まで来てそこにくずおれた。吹雪の中、半分埋まりかけているのを発見され、かつぎ込まれた寝台の上で、途切れ途切れにダセイヌウからの知らせを伝えた。

    執務室は静まり返っていた。しんと冷え切った空気が床近くによどんでいる。
    兵営の奥にあるこの部屋にも外の風の音が聞こえてきていた。
    部屋にいるのはリィンとオルファスの二人だけだ。
    時折、戸の隙間から細く風が吹き込む。その度に二人の男の口と鼻から微かに立ち上る白い吐気が掻き消される。
    そんな時にはこの兵営の建物自体が、北方の氷河より吹き付ける風に身震いした。
    とも正規の軍装ではない。リィンはよく晒した木絹を浅紫に染め、故郷の鹿苑風の長衣に仕立てた上から毛織の上着と外衣を重ねている。
    オルファスは略装の上から厚手の毛織の外套を羽織り、フードを被っている。
    北方用にあつらえられた詰襟の略装も、それだけではこの季節の冷気を遮る鎧とは成り得ないのだ。
    北方に住む男の例に漏れず、彼の顔もまた雪に焼けていた。しかし、他の北方の男との共通点はそれだけだった。雪原を渡る雪風にさらされたにも関わらず、その顔にはあばた一つ無く、背の半ばまである細くしなやかな銀髪は肩の当たりで緩く結ばれていた。彼が「銀嶺の息子」と呼ばれる所以の一つだった。
    もう一つが

    「風見と星見はこれからの天候をどのように予測している?」
    オルファスが口を開いた。
    「おそらく迎星祭までこの吹雪は続くと。また、迎星祭の間でもこの調子では止まない可能性がある。星見のアイジェストはそう申しております。ただ、風見のウェゲナー兄弟はこれから幾日か風の吹かない夜が続くとも申しております」
    「この開拓軍で冬場の行程に長けた物は誰がいる?」
    「犬橇でしたら十一番伝令隊のラクシャルツ、十二番偵察隊のグライス」
    リィンは開拓軍の猛者共を指折り数えて行く。
    「スキーでしたら同じく偵察隊のオムス、八番林間巡邏隊のカシュクール・・」
    「私はその中の勘定に入っているのか?」
    オルファスはリィンを途中で遮った。
    リィンは折りかけた指を途中で止め、視線を落とした。
    オルファスは机の上に広げられた地図に目をやった。

    ダセイヌウは北方領の中でもさらに北に位置し、開拓軍の駐屯地からも犬橇で十日はかかる距離にあった。
    大雪の月に入って間もなく、氷河からの吹雪は来る日も来る日も吹き続け止むことはない。
    この季節、ダセイヌウの人々はほとんどが南の駐屯地まで移住するのが常であった。今年も例外ではなくすでに住民の多くが疎開を済ませていた。しかし、『氷河』の息吹は星見、風見の予想より僅かに早くダセイヌウを襲った。
    そして、ダセイヌウに逗留し疎開民の指揮に当たっていた開拓軍偵察隊術法士官イリアッド・フルーラン、ダセイヌウの長と司祭を兼ねるカウ・ライジャの家族がダセイヌウに閉じ込められる結果となった。
    それが二週間前の事だった。
    幸いにして食料、薪の蓄えは村の民が残していったものを使えば優に迎星祭まで持つようだった。
    迎星祭。天の星々が地に秩序と恵を与え、地に住むもの全てが星に祈りを捧げるその聖なる祭祀の間なら『氷河』からの息吹も衰える。
    その間に南に向かえばよかった。
    南の駐屯地であれば、この地の民が言う『赤き塔のイルラ』の加護により、冬を越すことができる。
    何とかそれまで待つ事ができれば良かったのだ。
    カウ・ライジャの家族とイリアッドは

    冬屋
    黙っている
    リィンは返答を待っている。

    長い沈黙のあとオルファスが口を開いた。  
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