さて、いくつかのデータの不足はあるもののとにかく根源的な敵役であるところの『四方王』についての記述は何とか済ませた。そこで今度はそれに抵抗する勢力の話をするとしよう。
以前書いた通り、D16がユニークワールドを欲した理由は物語の原動力となる『悪役』と道徳的な『悪』が一致する必要はないということがあるのだけど、前ちょっと書いたことで重要なことがもう一つある。
D&Dのこのモラル的な対決が最も大きく表れるのはどこだろうか。
それは、クレリックと彼らが体現する教会組織のドグマ(教条)にある。そして、のーてんきなことにD&Dにおいては善vs悪の構図は神様のAlignment(属性) とDomain(領域)に即物的に現れる。あまりにも短慮なのかも知れないけれど、この世界の『善』の神様は善の領域にアクセスして善の力を持っている。
以前に引用したように少なくともPHBのD&Dの世界は『善と悪はD&Dにおいては哲学的な概念ではない。これらは宇宙を構成する(実際的な)力なのだ』なのでぶっちゃけた話、
「師よ、善とは一体なんなのですか」
「答えよう、弟子よ。1レベルの領域呪文にプロテクション・フロム・イーブルを与える存在が善である」
なんてことになる、のかもしれない。
#実際にこんな師匠がいたら異端審問だろうなぁ。
もちろんこれはD16が極端な例を引いているので、これをもってD&Dの設定がどーたらというのは間違っているが少なくともD16は自分がマスターするセッションで善と悪がこんなに簡単なものになるのは抵抗がある。
#秩序−混沌の軸は宇宙を構成する(実際的な)力だとは思う。エルリックとかね。