野望日記2004/02

    04/02/18:旅立ちの思い出
    04/02/22:もう一度会えたこと

    2004/02/18

    旅立ちの思い出

     十八年前のこと。
     僕はカントパーニの門の前で持ち物を確かめていた。
     剣、背負い袋、食料。そしてさいころとエンピツと消しゴム。必要なものは旅の中で手に入れて行かなければならない。
     サイトマスターの軍曹にうなずいてみせた。かんぬきが引き抜かれ、押し開けられた門の向こうには初めてみるシャムタンティの丘が広がっていた。

    「旅の無事を祈ってもしかたあるまい。これから先は無事とは無縁の旅だ」

     歩き出す僕の手をしっかりと握って、あのサイトマスターはいった。そしてその言葉は正しかった。
     旅は長く、いつしかマンパンは遠く、その場所も王冠の行方もわからなかった。
     カーカバード、アランシア、セル=アーネイ、ジェナーテラ、新王国、ユルセルーム、東京そしてGreatWheel。いくつもの大地を駆け抜けるように、舐めるように歩いた。
     リーブラはまだ僕のことを見守っていてくれるだろうか、僕はまだ呪文を覚えているだろうか、背負い袋のがらくたはこの先役に立ってくれるのだろうか。
     400のパラグラフを過ぎても旅は終わりじゃなかった。6面体以外にもさいころはあった。冒険は一人でするものではなく、そして物語は紙に記されたものばかりではなかった。
     ヴィックやミニマイトのジャンは元気だろうか、ヤズトロモはまだ砂糖菓子に目がないのだろうか。
     いつか目的を果たしたとき終わるはずった旅。けれどいつも目的は終わりではなく、新たな始まりだった。
     ホワイトウォールは陥落したのだろうか、新王国の鎧は今も当てにならないのだろうか、クステを見ることができるものはまだいるのだろうか。
     行く手を指し示す星は見失って久しく、道しるべも当てにならない。道をすれ違う旅人から話を聞き、もう数えるのをやめてしまった峠を今日も越える。
     東京タワーは燃えているか、オルクスはまだ死んだままか、そしてアリーナはやはりあのとき助けられなかったままなのか。
     幾多もの土地、幾多もの神、幾多もの竜そして魔法。
     冒険を通り過ぎて行き、伝説を横目に見て、
     滅びかかる世界を後にして、産声を上げる時に足を踏み込んで、
     そしてそのいずれにもとどまらず、僕は歩いて行く。
     これからも、ずっと。きっと。

     ひっそりと、ゆっくりと再開することにしました。
     よろしく。

    2004/02/22

    もう一度会えたこと

     恋の話をしようと思う。
     多くの人が語り、多くの歌が紡がれているけれど、恋はあくまで個人的で唯一の経験だから、どんなアフォリズムも諦観も全てよそ事でしかない。
     だから、今からここに書くことも個人的な、僕だけの、けれどwebのどこにでもある話だ。

     何かと出会い、ゆえに心騒ぎ、そしてその出会いが何らかの形で安定化するまでの期間。僕は恋とはそういうものだと思っている。安定化の形は愛の成就であるかもしれないし、レア物を獲得するという形でもありうる。そして、もちろん手に入らないという事実を受け入れることによる安定もある。
     でも、結果はどうあれ過程の『心騒ぐこと』は甘美で、充足しないがゆえに餓えざるを得ない心の働きだ。D16の初恋は多分、小1の頃に夢の中に出てきた美しい人だった。崇高な、けれど憧れを掻き立てられずにはいられない人だった。ほかの事は覚えていない。ただその人を見たという記憶だけが残っている。
     当時、それが恋という心の働きとはわかっていなかったけれど、夢の中の存在だということはわかっていて、それゆえに決して逢えないのだということもわかっていた。だから、文字通り胸をかきむしられるような感情の渦に耽った。
     次の恋も、やはりフィクションだった。『トムとジェリー』にゲストとして出てくるひよこがいて、その動きの愛くるしさに同じ思いを抱いた。その動きをするものを手に入れたい、僕の前で思うときに動いて欲しい、そしてその存在を僕の手の中に収めてしまいたい。ブラウン管に手を伸ばして、指紋を着けて怒られて終わった。
     僕は高校になるまで女子が怖かったので、実在の女性に対する恋はうまく抱けなかった。想い人は憧れであったかもしれないけれど、同時に自分の存在が全否定される可能性もある恐ろしい存在だった。女子生徒の間に情報の機密はなく、僕が1人の女子に軽蔑されたなら学年の半分を占める女子全員から軽蔑されることになる。本当にそんな風に考えていた。けれど、性欲は人並み以上にあったのでマァいろいろと想像上お世話になった。
     従って、その頃も先ほどの意味での恋はフィクション相手になる。

    #なお、それなりに性を意識せずに話せる女友達はいた。女友達と想い人の間の線はどこで引かれていたのか。地と考えなくもない。もしかしたら、かなり失礼な話かもしれないが。
     当時の僕はそれを恋とは思っていなかった。『恋』とはあくまで人間同士、異性同士の間で行なわれるものであって、フィクションのキャラクターに関しては単に『思い入れがある』で済ませていた。当然といえば当然だし、間違いなく健全な姿だったのだけど。しかし、今から思い返せばやはり間違いなく恋だった。そしてその恋は対象がフィクションであるがゆえに決して充足することのない、安全な恋だった。この恋の終わりは安定化というよりも、風化であった。
     別のキャラクター、別の興味対象、または作品の終わりによって過去に追いやられることにより風化していく。一番痛みの少ない恋だった。
     けれど、この時、世に『同人誌』なるものがあることを知る。
     そのときの衝撃やいかに。
     それまで恋の対象であるキャラクターの物語はあくまで公式に物語として視聴者、読者の前に示されたものばかりだった。しかし、この『同人誌』というやつではキャラクターを使って公式の物語の後日談や前日談、もしくは他愛のないやり取りやありえたかもしれない深い確執まで『勝手に』描いたものだった。僕の前に示されたのは二次創作という、物語への参加の仕方であった。

    #僕がRPGのマスターをやったなかったなら、間違いなく何らかの同人作家になっていたはずだ。僕はRPGという、もう1つの物語への参加の仕方を知っていたのでそちらを選ばなかった、のだと思う。既存のいわば準公器のキャラクターを使って妄想を補完するのよりも、目の前の一応オリジナルのキャラクターを操る仲間達と妄想を紡ぎあってゆくほうが楽しかったし、踊らされていない気がしたから。

     一時期、自分の望む、自分が欲する状況、設定、キャラクターによる二次創作を求めたことがある。それは、恋の対象をより深く知りたいという欲求に他ならなかった。公式の間をのみを埋めていた妄想に、妄想による自己複製、増殖が許されたことに他ならなかった。
     そして、「荒淫」は矢のごとく過ぎ去った。
     さまざまな二次創作家たちのさまざまな形での妄想。それに付き合ううち、自分がもう恋をしているのではないことに気がついた。他人の恋の記録を読み漁り、そこに自分の共感できる物を探しているだけだった。僕自身の心の動きはなかった。僕はときめいていなかった、多くの人が思いをかけた「彼女」はその想いに忠実に応え、精液とよだれと、荒廃と倦怠にまみれて薄汚れていた。

     僕は他人と恋を共有しようなどしてはならなかったのだ。
     僕は「彼女」を自分の望む範囲で知り、そしてその恋を続けるべきだったのだ。

     やがて、めぐり合わせあって実在の存在との恋を知り、そしてさまざまな形での成就を経験する。
     SF研に入って、Space1889の冊子を読んだとき。
     黒本までのルールを総合かつ網羅的に使用したD&Dのセッション。
     自分のパソコンを持っていなかったがゆえにできなかったエロゲー(村岡斬技先輩、代価倒産、神無月さん、松谷先輩本当にありがとうございます)
     上段蹴りを決める瞬間の真っ白な体の動きと、目の前でふらつく相手の映像。
     あと、一応実在女性との恋愛。
     
     それぞれにさまざまに心惑い、動かされそして静かに収束して行った。

     ……。
     …………。
     ………………。
     おかしい、「ばんがいち」に上里竹春というすごいD16好みの作家さんが戻ってきたってことや、キャラを見てるだけで楽しいMRRやプリキュアの話を書こうとしていたのに、何でこんなえらいことになってしまったんだろう。
     かなり壮大に電筆が滑った。
     まとめ切れないな、これ。
     まぁ、そういうことで本当に書きたかったことは、
    「『ばんがいち』にせつなさ系可愛エロの上里竹春さん戻ってきたぜヤッホウ!! 某編集部でついこの間自分が振られたことをネタにしていた後輩、上里さんのサインか何かもらえない?とりあえず、今月号は萌えたぜ!!」
     なので、この辺でやめとく。

     P.S.というわけで、後輩は連絡するか近いうちに飲み会で話が聞きたいと先輩風を送るテスト。
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