野望日記2002/09
9/2は神無月さん宅でセッション。Aquillaもいい感じに進みつつあり、こっちも楽しい。もう少したくさんやりたい気もするけど、現状ではこのペースが限界かなぁ。
気がつくとこの日記ほぼ一週間ごとにつけている感じ。もっとも、先週はセッションの準備で忙しかったのだけど。
セッションの後は大学時代の部活の先輩のお通夜へ。
あんまり書くようなことはないけど、その場に行っても実感湧かなかった「人の死」が、引退してからほとんど会わなかった先輩や後輩に会うことで突然抗いようのない事実になることに単純におびえ、戸惑い、そして黙ったままになってしまった。何人か同期の面子とも話したのだけど、久しぶりだってのに話らしい話もせずに分かれてしまった。
本日は朝からずっと仕事で現場回り。ようやく「らしく」なってきました。男体山の現場が一つに住んでる官舎の周りが一つ。
どちらも取り掛かってみれば設計図どおりになど行くはずもなく、有るべきはずのものがなく、無くていいものが有ったりしてそれらに対して迅速に対応しないと業者が動けない。社会人になって責任を感じる仕事をようやくしはじめた気がする。これまでだって責任はあったけど、より実感するようになったことだろうか。
とりあえず、いろんな事を見ておく。
小説の方が進まなかったが、昨日少しみんなから元気を貰ったので忘れないうちに書いてみようと思う。
先輩の小説も今月発売。後に続けるように、一行でも。
社会人になったことでつくづく変わったなと思うのは、いろんな人と出会うこと。
そして、それが友達とか単なる部活の先輩後輩じゃなくって、労使関係とか、監督者と被監督者とか、ご近所とか。しがらみが関わってくるちょっと苦手だった付き合い。
けど、実際にその場に来るとしがらみよりとかは意識する側の問題で、とにかく気持ちよく接することで何とかなる気がする。もっとも、今後工期が迫ったりすると、せっついたりすることになるんだろうなぁ。
日光は上りのいろは坂が崩れて、下りいろはを交互通行している。おかげで生コン車が時間内に現場につけなくなる可能性が出来て対応が必要になる。このあたりを含めて設計変更etcと仕事は毎日きちんとあって仕事をしていると言えるようになった気がする。
人との出会いは増えたけど、減っているのが本との出会いかな。
ここ最近フィクションをほとんど読まなくなっている。
特にヤングアダルトとか、伝奇とか前はばかすか読んでたジャンルに手を出さない。何回か手にとるけどやっぱり読まない。理由を考えてみると思い当たることが一つ有ったのだけど、情けないから書かない。
相変わらず文章の方は進んでいない。まぁ、今週はとある理由で延々と3rdのキャラクターを作っていたのだ。FRベースでShaundakulのClrと何かのモンク。ともに10レベル。ふつーに作るのならともかく、今度プレイする方々が歴戦の方々なので足手まといにならないようにとちょっと気張ってる。
スタンダードなClrを作ってたつもりだったが、気がついたらえらくACの薄いClrになってしまった。メイン武器はSpikeかけたClubってのはこのレベルならおかしくないけど、気がついたらCureのワンドも買ってなかったのにはびっくり。
考えてみたら、プレイヤーなんて例の『宇宙からのメッセージ・銀河大戦』ぐらいな気がするぞ。突然不安になったな、おい。
まぁいいや。勉強させてもらってきます。
本日、Aquillaキャンペーンの続きを行いました。
まぁ、細かい話などはゲーム日記の方に載せると思うので、ゲームそのものとはちょっとはなれた事を書く。
RPGってのはキャンペーンのことなのです。
キャンペーンを遊ばないRPGはとても困難なものです。
もっとも、キャンペーンをしなくてもキャラクターが他のキャラクター(PC,NPC)とインタラクションを持つ事をルールでサポートしたゲームもあります。
しかし、偏見と非難されることを覚悟しても、それらのシステムはキャンペーンゲームの代替品でしかないのではないかと思います。
セッションを重ねることで歴史を積み重ねることこそがもっともキャラクター立ちを引き立たせるものであり、そうして重ねられたNPCとの因縁、キャンペーンワールドに対するPCとプレイヤーのインサイドがシンクロすることがタクティカルシミュレーションゲームではなくRPGをやっていて良かったと思う瞬間なのです。
重ねて言います。
RPGで感動を得ること、そうしたセッションを行うことは簡単なことです。
長く、共通の背景で同じキャラクターでプレイしつづけること。そうすればマスターがあざとく『感動させようとする』よりも、自然発生的に『感動』は生じます。
HJからD&Dが和訳されます。
全く新しいゲームとしてTCGなどで育った世代にこのゲームが紹介されること、これはきっと幸せな出会いです。
彼らはきっと猿のようにプレイしてくれるのではないか、ただ単に楽しんでくれるのでないか?
ロールプレイングゲームが新たなコンセプトを持ち、そしてそれに興奮した僕らが、RPGを『他のゲームとは異なるゲーム』として、必要以上に高級な(失笑)ものとみなし、遊ばずにロールプレイ論を論ずるような、本末転倒なことに陥らずに遊んでくれるのではないか?
そして、キャンペーンの楽しみを知ったときに、RPGの楽しさを知ってくれはしないか。
そんな事を考えます。
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