野望日記2002/5
実家に帰っている間にブックオフで新谷かおるの「砂の薔薇」の1〜6を何気なく買う。
D16は多分新谷かおるのファンである。つーかエリア88が無かったら、割と今みたいなシナリオ廻しはしなかったと思う。ここ読んでる人でエリパチ読んでいない人も居ないと思うが、居なければ読むのだ。いいから読んどけ。
で、「砂の薔薇」だけど、実はちゃんと読んでなかったのだ。面白いのは知ってたけれど、女性ばっかりなので求めてるのが違うかなと思って、アニマルの立ち読みで済ませていた。
ところが、読み返してみたらやっぱりえらく面白い。つーか、かっこいい。
そして何よりもD&Dを始めとするパーティアクション物のネタにぴったりだ。
まず何よりもそれぞれのキャラが立ってる。
くだくだここで書いても仕方ないのだけれど、個人的にはジェシカとコリーンの爆発処理コンビが大好きである。
結局、帰ってきてから、矢も盾もたまらなくなって本屋でマンガ文庫一気買いしてしまう。しあわせ。
それはそれとして、げんこーである。
ちょっと困ったことになった。
実家に帰っている間にふと、別のものを書き始めたらこれが進む進む。おまけに、なんか書いててえらく楽しいんである。
いや、A's vs T'sの話も考えているときは楽しいし、シーンは浮かんでいるんだけど、こっちを書き始めると止まらないんである。
こんな原稿だ。
ゲームをしてる方はご存知のとおり、アクィラキャンペーンのPC達をお借りして書き始めてみた。
ただし、リプレイって感じじゃなくってあくまでD16から見たPC達のかっこいいところ、間抜けなところetcを小説としても読める形でかけたらなとか思う。
我慢するのはよくないので、ひとまず連休中にこれを形になるまで書いてみよっかなと思っている。
そういえば、ここから先はゲームの話にもなるのだけれど。
D16はDMをするのが大好きだ。その楽しみはいろいろあるけれど、多分一番大きいのは観客としての喜びかもしれない。プレイヤー達が与えられた情況の中で最善を尽くそうとし、その中で個性が出てくる過程を目の当たりにできるのはDMだ。そして、その場を演出することができるのもDMだ。
僕は、今までのゲームでアカデミー賞映画よりも感動するシーンに出会えたし、本当に鳥肌が立つくらいカッコいい台詞も聞いた。はっきり言って、そういうときのDMは単純に観客としてキャーキャー言ってるんである。
バカを承知で書けば、D16の脳内では美化率150%で”サー”フレイと”腰巾着”クラーレが台詞のやり取りをしてるし、ダンジョン突入前にエンチャントの確認をしている様は、一流の登山パーティもしくは突入部隊のミーティングを聞いているような気がする。何気ない軽口や愚痴がやたらとかっこよく聞こえてしまうんである。脳内美化率はとどまることを知らない。たとえどんなに間抜けなシーンでも。
だから、いま書いてる原稿はそんなDMからみた「カッコいい」アクィラキャンペーンPC達を主人公の少年の視点から見つつ、砂埃と、血と、炎と、鋼の臭いのするアクション小説にしてみたいな、とか思っている。
連休中に割と更新すると思うので、お暇ならどうぞ。プレイヤーの方々で、
「オレはこんなこといわねーぞ」とか、「こうはうごかねーぞ」なんてのがあったらご指摘ください。
連休後半は部屋の片付けと知人の結婚式の二次会のための上京に費やした。
帰ってくるときに秋葉原のイエローサブマリンで「ヴァンパイア・ザ・マスカレード」のルールブックを購入。誇り高きオールドタイプとか勝手に思ってたD16にとっては、高校二年生の夏に女性ゲーマー対応ということでパワープレイを購入したときと同じプライドの揺らぎを覚えるが、中身は至って面白くやっぱり受ける理由がわかるなと。
一応説明すると、プレイヤーはカインの子孫たるヴァンパイアとなって人の理性と獣の本能に引き裂かれつつ、人知られず生き続けるという伝奇RPG。『夜明けのヴァンパイア』。『ヴァンパイア・レスタト』などのベストセラー小説の元にもなった。本国のアメリカでは好評を博してムーブメントにもなってたらしい(伝聞)。ちなみに、D&DをプレイするようなGeek(オタク)とVtMをプレイする連中の間には暗くて深い溝があるとか。
今回は日比野先輩による、ドイツを舞台にした話になる予定。
それはそれとしてドイツを舞台として行うとすると、東西ドイツ分裂期に何らかの思いを抱いたキャラクターとかやりたいと思う。月並みに東ドイツから政治亡命して途中で殺されて運び込まれた西ベルリンで『抱擁』されてってのも良いかなぁ。
そういえば、参加者のたきのはら様から第一回セッションのプレイ報告があったので許可を頂き次第乗せようと思う。
帰ってきてからは不安感が止まないので焦るが、気がついたら昨日今日と楽しいことが多かったので安定剤飲むの忘れてたのであった。さっき飲んだけどまだ効いてないらしく、歯がカチカチ言っている。全く、一ヶ月たつけれどまだそう簡単には抜けないらしい。
一年霞ヶ関にいてこれなのだから、ヴェトナムとかにいた人たちはいったいどうだったんだろうと思う。もう一度フルメタルジャケット観よう。
先ほどから一時間ほど休んでその間At-Xの「GEAR戦士電童」の再放送を観ていた。少し落ち着く。
続きを書くとする。
だから、郊外型大型書店は危険なのだ。
別に、ダンボールふた箱の文庫その他が270円にしかならなかったのが悲しいわけではないのだけれど、なんとなくさびしかったので業務服のまま栃木で一番大きいとか言う書店に行く。
目指すは並木橋通りアオバ自転車店五巻。
しかし見つからない。少年画報社のマンガは「荒くれKnight」と「グレアー」ぐらいしかない。ヤンキー物しか置かないつもりなのだろうか。
で、ぶらついているうちに買い逃していた、「低俗霊DAYDREAM」の3巻を見つけたので購入。
奥瀬サキの都市住人としての霊的現象に対する関わり方の視線はとても心地よい。坂東真砂子他のホラーが土着的な湿度の高い、土臭いホラーをかくのに対して奥瀬のそれはあくまで硝子とコンクリートと鉄筋で猥雑で、下品で少し哀しい。
心霊現象はあるという、大前提のもと「ならどうする」「ならどうなる」を書いていてくれていて、嬉しい。ifをifとして、昇華して話にする上品、洗練さを感じる。
で、その後うだうだと結局4時間ほどあちこちのマンガをつまんだり、雑誌読んだり。
業務服なので肉色のコーナーに立ち寄れず、ちょっと残念。
帰る最中に「そっか、俺はハルマゲドンの子供だったのだな」とかわからない人にはわからないことを不意に思いつく。そのうちまとめようと思う。
続きを書くとする。早く潜らせてぇなぁ。
2002/05/09
眠いのである。
仕事中に。
原因は良くわからないのだけれど、ここ最近えらく眠い。眠剤を半分にしているけれど、眠くて集中できない。
今日もそんなで、昼過ぎから相部屋の首席森林官が外回りから直帰なのをいいことに、30分寝るつもりが一気に終業時刻まで寝てしまう。仕方ないので残業したが、これは正確に言って残業ではない。寝てた分は残って片付けたのでいいことにしておこう。
帰ってきてからも眠いので飯食って眠る。十二時回ってから目が覚めてうだうだしてたが、原稿はとにかく書いておく。たとえ使い物にならなくても書かねば話は進まないのだ。
しかし、これは参ったね。運動不足とかもあるのかしゃん。
たきのはらさんから、Rhapsodyのアルバムがかなりよさげと連絡を受ける。むぅ、ネットで買うとするか、やはり。
金曜日、本来なら明日休みで万々歳なのだけれど、明日は仕事ででるのであんまり馬鹿は出来ない。
それにしても、眠いぞこんちきしょー。帰ってきて目がしょぼしょぼして話を書きたいのに進まない。
早めに寝ちゃおうかな。眠剤飲んで。
しかし、こんなんで去年までどうやって仕事してたのかなぁ。良く仕事できてたな。そういえば、ルールブックを読む時間が無くて困っている。というのも、家にいてコタツの中にいるなら読むよりも話を書いたほうがいいとびんぼー症が発症するからで、こうしてみると東京にいたときの通勤時間というのは割と物を読む時間として貴重だったのだな。
D20 Call Of Cthulhu、Deitys &Demigodsとかが読めないでいるのがもったいない。早めにキャンペーンの神様関係を詰めたいのである。設定段階で『神殺しの剣』なんて吹いてしまったものなので神様の殺し方をちゃんと学習しておかなければならない。
なに、いったい何を考えているのかって。まぁ気にせずに。
それにしても、前のEditionのDeitys &Demigodsはアステカ、日本、ネイティブアメリカン、インド、中国などの神様もデータ化されていていろいろと言いたい事があったけれど正月のおせち料理的に嬉しかった気がする。今回はグレイホークとギリシャ・ローマ神話、北欧神話、エジプト神話って事で少し少ないのが残念かな。
昨日のイベントは仕事とはいえ楽しかった。ああいう風に一般のお客さんが木材とか森とかに興味を持ってくれて、林野行政って奴に少しでも考えてみてくれるようになると嬉しいかな。
とはいえ、難しいことじゃないって思うのだよね。のこぎりで丸太を切るっていうのはもう原始的に気持ちよくって「やってく?」って誘うと子供は大抵おずおずと鋸を握る。で、丸太を切る楽しみを覚える。いや、切れる鋸で木を切るってのは官能的なまでに気持ち良いんだって、ホント。
で、手ごたえとか出来たてのおがくずの匂いとか、焼印押す時の焦げる匂いとか嗅いでもらうだけで多分「木」ってものを実感できると思う。そのレベルで良いんだよね。そこから始まると思うからさ。
あー、でもつくづく考えるに俺ってこういう事仕事にしたかったんじゃなかろうか。本庁になんか行かないで現場の署にずっといたいなぁ。
何とかしてみたいけど、どーなるか。
で、終わってからげんこーを書く。
三章はクラーレの独白というか講釈で終わる予定。三人称でやってゆくとうざそうなので経験者による講釈という形にすることにした。まずは書くべきことを書いてそれから口調とかを直してゆこうと思う。つーか、美化率150%振り切りそうです。このクラーレ。
この小説書くときに考えたのは夢枕獏が「餓狼伝」書いたときの手法。すなわち、主人公がひたすらに戦う話に対してこの話は主人公達がひたすらに「潜る」話にしようと思ったのです。
で、そのディティールにまずは凝ってみよう。たとえそれが書き手の自己満足に過ぎなくても、自分が読んでて面白いものをまず書いてみようと思ったわけ。このディテールに凝るってのがもー駄目。気持ちいい。はっきり行って書き手のマスターベーションなんじゃないかと思うけど、やっぱり10フィート棒は持たせたいとか思うし、「明かりはランタンと松明二つ用意しておく。魔法の明かりがあればそれもだ。裸の炎ってのは便利な道具だからな。俺たちは目が見えなくなるが相手は見える。穴ン中に潜る時点で不利なんだよ。俺たちは」とか言わせたいじゃない。
本当はムアコックの小説の中の描写のように全員のコスチュームだって全部書きたいくらい。まぁやりすぎると下品かなと思ったので。止めておく。
あと、当初とは少し予定を変えて一話目でフレイ卿も登場させようと思う。イリオス君ごめんな。かなり初期からのメンバーなのに登場は二話以降になりそうだ。何とか二話以降もかけるようにするつもりなのでしばらく待ってて欲しい。アルハンドラ師と美笛、それにシリウス、ピーウィーももう少し後になると思うっス。
気がついたら、一週間あいてるしっ!
自業自得とはいえ、のんびりしている雰囲気に惑わされて目標どおり仕事しないから家に持って帰って仕事する羽目になるんである。
それはそれとして、そろそろ遊びたい。というか潜りたい。
キャンペーン掲示板のほうなんて3/6で止まってるしこの調子だと三ヶ月ほど潜っていないことになる。って、一年の1/4です。その間にいろいろと3rdでは動きがあったし、何よりもクトゥルフが出た(これはD20か)。早速クトーニアンでも出してみようかと思うやめとけ自分。
それにしても、そろそろ話を自分自身が忘れかけている可能性もある。いかんな。
こちらにきて時間はあるはずなのに、ルールブックの読み込みが足りなくなっている。おそらく東京にいた時には心の底から逃避のために寸暇を惜しんで読み込みをしていたのだろう。
もうちょっと時間の使い方を上手くして、本気で遊ぼう。
CDを購入した。小田和正の『自己ベスト』に、Edguyの『Mandrake』、漢メタルのManowarの新譜『Warriors of the World』。小田和正はオフコース時代から好きな人なのだけどここ最近全然聞いてなかったのでベスト版でさっくり聞いてしまおうと思った。中学から高校の頃なぜかオフコースばかり聞いてたことがあって小田和正の声を聞くとその頃のことを思い出す。中島みゆきとかさだまさしとかに比べて気負いやひねりが無いのが心地よい。
EdguyにManowarはともにメタル。といってもEdguyは綺麗なメタルでD&DのBGMにはあまり使えそうに無い。一方でManowarはえらく歌詞が臭くって大仰でそして力強くていい感じ。
Rhapsodyとかに比べるとアメリカーンな感じがするので使う場所は考えなけりゃ。
明日で懸案の仕事は決着をつける。止まってる小説のほうを進めよう。そのためにDungenoeers Survibal Guideをちらちらと読むことにする。
もぐるぞー!
AMAZONから注文していた本とCDが届いて幸せ。
なんと言っても「並木橋通りアオバ自転車店・5巻」につきる。
個人的にはチヅルねーさんの再登場が嬉しかったが、やっぱりこの人の話のまわし方が心地よい。自転車を使いながら、あくまで中心はそれにまつわる人々を描く。
開口健のエッセイ集に『生物としての静物』というのがあるのだけれど、良く出来た道具、物というのはストーリーと不可分であり、それであるがゆえに良く出来たものとなりうるんじゃないかと思う。つまり、その物に関してストーリー、物語が付加されてはじめて物が血の通った道具になるのではないかと。付喪神になるくらいに物は使いたいし、そのように使われた物を見るのは楽しい。例えば、僕は着込まれた作業着、砂埃の染み付いた長靴、少しよれたベルトと落し差しにされた鉈と鋸が大好きだ。あと、その人がフィルター無しのショートホープを吸っているのが大好きだ。この時の道具はもちろんタバコである。
ええと少し話がずれたかな。
ほかにも届いたものがあって人に言ってもいいものを挙げると乙一の小説をいくつか。この人今24歳なんだよなぁ。すごいよなぁ。長編を読むのは初めてなので楽しみである。
D&D3eのシナリオ「BASTION OF BROKEN SOULS」18レベル対応だってうひゃうひゃ。そっか、ここまでやって良いんだな。さすがだぜ、オリジナル。これがこのレベルの冒険なんだな。なんか、Bruce R. Cordellから「お前たちのいる場所は我々が20年前に通過した場所だッ!」といわれてるような気がしたり。
CDではシンフォニックメタルのRhapsody、エメラルドソード・サガの最終章「Power of the Dragonflame」。しかし、前作「Rain of a Thousand Flames」の内容は灰枝先輩曰く処、「DMの出目が良かったものだから、PCがぶっちられたキャンペーン最終話一歩前、マジですかマスターって感じ」だったんですが、今回の話俺がPCだったらマスターを斬るかもしれない……。いや、カッコいいから良いんだ。別にこれはRPGのリプレイじゃないんだからな。歌詞読んでるととてもそうは思えないが。でも、俺は凡百のライトファンタジーを読むくらいならこっちを読むね。但し原語のほう。でんこうじ先輩に翻訳して欲しいかも。
さて、ここまで書いてげんこーに取り掛かる。急がないとZガンダムが始まってしまう。
本気でスカパーを実家に送り返したほうが人生のためかもしれないなぁ。
けれど、あずまんが大王があるしなぁ。
久しぶりに痛飲する。朝の四時まで飲んでから一応仕事。一応なんて言っちゃいけないやな。生コン会社の品質試験に立会い、その後昼休みにばたりと寝てる。それから新しいパンフを作るために過去の災害事例や工事の現場の写真を選別する。
災害写真を見ているうちに泣けてきてしまった。
あんまり仕事の話をこういうところで書くのもなんだとは思うけど、書く。
災害の写真を見て泣いたと言っても、別にそのもたらした被害のむごさに泣いたとかではない。僕は今まで仕事の関係等から日本の災害地をいくつか訪れたことがある。長野県西部地震による木曾御嶽山の崩壊地、雲仙普賢岳、富士山の大沢崩れ、そして日光男体山。いずれの場所も被害は凄まじい。けれどその場に立った時、自分の胸を横切ったのは興奮の胸の高鳴りだった。
剥き出しの荒ぶるカミの爪痕、人のちっぽけな想像を越えるスペクタクルとしかいいようの無い破壊。感動せずにはいられなかった。それは「破壊」ではない。明らかに地球の営為の様であり、例えばそれを原爆等のような兵器がもたらす「破壊」とは全く違うもの、「破壊」などという言葉が使われるべきではないものと感じた。
もっと簡単に言おうか?
「ああ、だめだ、こりゃ」
で、ある。
僕にとっては、であるが、感じたのはそのことだ。
勝てない、というかそんなことを考えること自体が不遜だ。そう思った。こんなものに人の倫理や感情なんてあてはめようが無いのである。被害に会われた方々の不幸は確かにあるが、少なくとも現象そのものはきっと人の幸不幸等とは関係の無い次元で起こっている。
けれど、僕たちはこの場に住んでいる。
僕らの生涯で災害に逢わずに生きてゆくことなど出来ないと考えたほうがいい。日本という土地は太平洋モンスーン地域+環太平洋造山帯と言う自然状況なのだ。
「動かざること山の如し」とは孫子の中にある比喩だが、日本においてはむしろ、常に山は崩れ続けているという認識を持つべきだ。
僕は先ほどもう白旗を揚げてしまっている。けれど、やらなきゃいけない。
そして僕が見ていた写真とはその、「やらなけりゃならない、果てしない戦い」の記録だった。
2500m級の山、その山腹に頂上から山裾まで広がる「薙」と呼ばれる侵食谷。これを渓間工、山腹工、モルタル吹付工、植生導入工などの手段を駆使して林地に再生してゆく。軟弱な地盤、周期的に訪れる豪雨はしばしば数年がかりの工事を一晩で土砂に埋め尽くし、押し流す。それに対抗するために様々に尽くす手段。
昭和35年以降の仕事はこうして現在は三つの薙を緑化し、流出土砂を減らしている。
男体山の全景写真にはこの治山ダムがまるで手術の跡のように白く目立つ。人によってはこれを自然環境の破壊と呼ぶのかもしれない。確かにそのとおりだ。聖書にあるバベルの塔、僕には男体山の治山ダム群は天へ至ろうとする不遜な階段にも見える。そう見ることもできる。
その不遜さを畏れ、疑問を抱く人もいるだろう。「本当にこの工事は必要なのか」と。
けれど、僕は工事の完成した薙で植林樹種が林地を形成し、そして現地の樹種が侵入しているのを見ている。
僕が白旗を揚げた場所で、先人は少しずつそれでも着実に成果を上げてきた。
涙を流したのはそんな事実を目にしたから。そして、さらにもう一つ。
仮に工事が完成し、全て山が緑に戻ったとしても、やはり山は崩れるだろう。崩れない山は無い。
その時、人はやはりこの山に工事を行い植生を導入してゆこうとするだろう。
その人の営為はきっと変わらない。様々な工法が導入されるだろう、もしかしたら今の僕らには考えられない技術が根本的に何かを解決してしまうのかもしれないけれど、その日まで人は山に入り崩れた山を止めようとすると思う。
これまでに為されてきた作業、これから為される作業、そしてその流れの中で自分が関わる作業。
人の営為の流れの中、自分の積み重ねることのできるピースがあること、それを行うことのできる喜び。そして、それでもやっぱり果てないであろう人の営為。
そんなことを考えた。
いつか、自然災害と人とのかかわりについて何かを書いてみたい。
いつか、必ず。
2002/05/27 沈鬱
絶不調。
頭がどうにも重いので、一日有給をとるも、ちゃんと布団で寝なかったので意味無し。
時間をもったいないことに使った。後悔後を断たずって奴である。
小説の方は再構成したら木に竹を接いだようなありさまで、大きく書き直しをする必要がある。変更しようと思ったのはAquillaキャンペーンのキーキャラクター、フレイ“サー”ガーランドをこの話で登場させるということ。
メインキャラクターは早めというのと、中盤以降の話の動きから考えてこのままだと、「潜る→死体を確認→帰ってくる→後日談」と、えらくあっさりしてしまうので、地下の最終キャンプにすでにフレイがいて救援を待っていることにし「急いで潜る→合流→生き残りをつれて生還突破」の方に持ってゆこうという腹積もり。
あとはドンとフレイという両極端の戦士系を出して対比してみたいというのもあって。
実際のプレイはどうかとして、小説書く上では矛のドンと盾のフレイと言う対比がカッコいいと思うので。
どっちにしろ今日は上手くいかないので眠ります。おやすみなさい。
頭痛いんですよ。なぜか。
睡眠不足でしょうか。昨日はなぜか五時間くらいしか寝てないし。これというのもZガンダムを今ごろやり始めたのが悪い。……だったら、その後のイッパツマンまで付き合わないでタッタカ寝ろよ→自分。
少し戻って小説を進める。まっとうな悪餓鬼って身の回りにいなかったのでちょっと書きにくい。口調が乱暴だったり大人を信じないとかだけじゃないと思うんだけど。
頭痛解消のために軽く走ることにしました。まずは3kmくらいから。汗を流せれば良いので距離は特に長くしないでもいいかなと。
途中コンビニでマガジンZとヤングチャンピオン、ガンダムエースを読む。
仮面ライダースピリッツがグハアァツ!ってなことになっていて、未読の人はとっとと読むのだ。これはもう村枝賢一の話になっているのだけれど、彼の手による仮面ライダー話は『初恋のひと』に『その頃のままに』会わせてくれるのが嬉しい。初恋の人と言うのは大抵自分の中で理想化が進んでいて、いざ今になって見ると落差を感じることもある。けれど、村枝の手による仮面ライダースピリッツは最初に見た頃のカッコいい仮面ライダーをずっと見せてくれる。
2chのスレッドのほうでも比較されていたけれど、今やってるスパイダーマンなどのアメコミの映画化に近い作業なのだ。ああ、来月が待ち遠しい!
ヤングチャンピオンの方は「バキ!」を読む為に。少年誌ではかけない部分を青年誌で二重に連載するというのは初めてなんじゃないだろうか。それにしても、多分あらゆる意味で歴史に残るラブシーンになると思う。
しかし、あれみてふつー勃たないだろ。
ガンダムエースは安彦良和のガンダムとデヴェロッパーズとかいうメカニック話。地上波&映画ではガルマ・ザビってキザ一号でしかなかったんだけど、こうしてみるとそれなりに位置があって苦労してたんだなと思ったり。
トップページへ
D16'HomePage
Master Diary
|