修論日記


    試験日記から修論日記へ、果たしてD16は修士で大学を卒業できるのか?

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    過去の受験日記はここ  

    五省

    一、至誠に悖るなかりしか
    一、言行に恥づるなかりしか
    一、氣力に缺くるなかりしか
    一、努力に憾みなかりしか
    一、不精に亘るなかりしか

    2000/02/05

     帰ってきたら書くとかいっておきながら、書き込む暇が無くて結局実家で書いています。
     発表の後は同期の仲間達と昼飯を食って軽く飲んで、住民票を取りに行って、イエローサブマリンでDragon#279を買って、それから大学に戻りました。夕方から行われる同じく同期の所属は一応別の研究室の発表を聞くつもりだったのですが、いったん家に帰って着替えようと思ったのが致命的でそのまま、蔵王へ出発の10時くらいまで爆睡でした。
     なんでも、その間研究室では審議を終えた教授達と学生で和やかに飲み会が行われたとのこと。心残りは、一晩かけて作り直したプレゼンが好評だったらしいのですが(伝聞ですが教授曰く。「昨日が40点なら、今日は90点」ですって、聞きました奥さんって感じッス)それは直接聞きたかった……。どーせ気分屋の先生の事だから二度目はないだろうし。ああ残念。
     実際のプレゼンでは時間をオーバーして教授(発表会の司会をなさってたのです)に「結論をいって下さい」とか遮られたんで、かなり、厭になってたんですが、思い直してみれば一応肝となる部分は言ってしまっていたので、あの後、だらだら続けて印象悪くなるよりはすっぱり切ってもらった方が良かった気もしてきた。(単純なヤツです>自分)
     その後は、東京を出発して我が故郷蔵王温泉に。
     研究室から総勢12人の参加で賑やかです。
     しかし、みんなパワフルだ。
     修論発表終えたその晩に出発して夜通し移動、そして朝から滑りまくる。
     いや、僕もそのうちの一人だったんですけどね。ただし、知ってのとおり東北は寒波というか大雪で吹雪かれてました。結構な吹雪だったんでひさしぶりに辛い思いをしました。
     そういや、悔しかったのが太股の筋肉が落ちていて大森コース6本で足ががたがたになったこと。
     結局疲れて、レストハウスで一時間ばかり休んでました。

     その後温泉に行きましたが、温泉に行く前にはさすがにみんな死んでましたね。
     温泉は新左衛門の湯という所。ムードは共同浴場の方があるのですが、蔵王温泉は酸性が強くて石鹸が効かないので共同浴場には洗い場がないのですよ。そこで、こちらの方へ。きれいな建物ですけど、僕的にはいわゆる健康ランド銭湯っぽい気がしてどうかとも思わないでもなかった。
     ここは内湯が普通のお湯で温泉は露天なんですけど、先程言ったように蔵王は記録的な寒波でして、露天に行くまでが凍ってるし入ったらでたくなくなるしで大変でした。
     実は、ここでツアコンとして失策が一つ。晩飯は蔵王養鱒所のニジマスと決めてたのですけど、予約が取れず、風呂をでたときには飯を食えるところはことごとく閉まっている始末。
     慌てて、店の方に連絡して食事を用意してもらいました。父上、感謝。
     その後は店で飲んでました。
     みんな楽しそうだったんでこちらとしても満足だったんですが、ちょっと参ったのがうちの親父殿で。一段落した時点でギターを取り出す。手ぐすね引いて待ってやがります。
     まぁ、みんなを蔵王に連れてきた時点で覚悟はしてたのですが、身内の歌うラブソングを傍らで聴いている息子の気持ちをわかって下さい。しかも自作だったりします。もう、助けてって感じ。
     自分も好きな曲だったら歌うのだけど、オリジナルまではつきあえないよう。
     
     翌日つまり2/4は割といい天気で雪質も良かったらしいです。伝聞調になっているのは店の手伝いをしてたからで、埋もれた薪を掘り返してました。
     午後みんなが帰った後には昼寝してゲームして思いっきり羽を伸ばしました。
     明日からは免許合宿です。
     この日記も合宿日記となる、予定。

     おっといけない書き忘れるところだった。
     この修論日記を締めるにあたって、修士論文に書いた謝辞を書きます。
     これまで、この日記ではプライバシーの面もあって所属その他がわかるようなことは書かないようにしてきたつもりですが(の割にはいろいろ書いてるな。俺)やっぱり、名前を出して御礼をしたいので。

     いいよね、研究室からもリンク張ってあるんだし。

    「謝辞
     本研究は本研究室での一年の研究生の間に私が研究室の先輩である大野亮一氏の紹介により(株)国土防災にて木製構造物の資料整理をさせていただいたのが始まりである.林産学科木質材料研究室という,研究分野が重なるようで重ならない研究室から移り,とまどっていた自分に丁度,研究フィールドが重なる分野への糸口を与えてくださった大野氏および,国土防災にて一緒に仕事をさせて頂いた井浦氏には機会を与えて下さったことに深く感謝する.
     また,京都府立大学の石川芳治助教授には本研究の中枢ともいうべき水平載荷試験の貴重なデータのみならず美しい写真を快く提供していただいた.このデータ無しには本研究は成立せず,こちらの厚かましいお願いに答えて下さった石川教授には心から御礼を申し上げる.また,同大学の朝田瑞樹氏には砂防学会の席上で活発な意見交換のみならず事後のメイルでの相談にも快く応じていただいた.実際に施工に関わった氏の意見は終始机上での作業が主だった自分にとって非常に意味深いものであった.
     森林総研の川浪亜紀子女史には長野県での現地調査にお誘いいただき,重要な知見をいくつも得ることが出来た.この研究にて唯一の実地見聞の成果は大きく,特に堤体の破壊についての知ることが出来たのは大きかった.厚かましく押し掛けた自分の相手をしてくださった川浪様には心から御礼を申し上げる.
     また、東大農学部林産学科木材物理学研究室の有馬孝禮教授には有限要素法ソフトMARCの使用を快諾していただいた。そして、自分がかつて所属していた木質材料学研究室の西村誕生氏にはその操作にあたって幾度と無く助言を頂いた。

     本研究の遂行にあたっては終始当研究室の鈴木雅一教授に熱い指導を頂いた.飲み込みの悪い自分に正面から向き合い研究の姿を指し示して下さったこと、研究者としての姿勢を正して下さったことは一生を通じての財産である.
     執印康裕講師には構造の考察に関して的確な助言を頂いた.そして何よりも堀田紀文助手には生活面にまでわたるご面倒をかけ,文字通り終始一貫お世話になり通しだった氏の助力無くして研究の遂行は出来なかったと言える.心底感謝する次第である.
     現在三重大学で活躍中の沼本晋也氏、林野庁にて活躍中の永井壮茂氏には在学中に様々に交流し、助言、啓発等々を頂いた。お二人のこれからのさらなる活躍をお祈りする。

     更には、研究にあたっての不安の相談に応じてくれた木質材料学教室の同期生、今田純氏。カウンセラーの工藤潤一郎先生には失意の中にあった時期の自分を助けていただいた。この論文を完成したことで恩義に報いることが出来たと信じたい。
     研究生の一年を含め三年にわたる成果としては未熟なものであり,自分の不勉強と力不足に絶望する日々もあったがこれにより,研究のなんたるかを知り人生において重要な経験が出来たと実感している.
     最後にこの修士論文を何とか書き上げられたのは研究室の皆さんとなにより,私の家族,友人たちの暖かい励ましがあってのことである.そのことにもう一度心からの感謝を記したい.」

    『ありがとう!!』

    2000/02/02

     ついに来ました修士論文発表の当日です。後二時間後にはまな板の上の鯉です。
     プレゼンのリハーサルは自分でも準備不足だと思ったけど、酷評を喰らって十時間前くらいまでは大学の前の通りの車の列が何となく、うらぶれた心を慰めちゃったりなんかしてました。
     いや、全然慰められなかったんですけどね。
     一応、本文の提出はすみました。ただしねぇ……ここ関係者も覗いているらしいのであんまり書きたくないけどはっきり言ってやっつけ仕事です。見る人見なくてもわかるんだろうナァ。
     書いているうちに自己嫌悪に陥る状況ってやっぱり心にいいもんじゃないと思うのですよ。自分の至らなさとか何をしてたんだとか内罰的になってみたり。内罰的になるのは割と前、3年くらい前のはやりだった気がするんで、時代はもうバイオレンス・ア・ゴー・ゴーって感じで。
     徹夜明けです。
     発表終わったら、区役所いって住民票とって、二週間超分の暇つぶし道具と着替えと生活用具を詰めて免許合宿ですよ。それが終わったらOFF会で長野でスキー、返す刀で海外旅行。そういや、研究室での引継仕事もあったな。
     なんかゆっくり休みたいよ、俺。
     そーいやショックだったこと。
     研究室へのメイル割とオフィシャルなヤツに間違って遊びのシグネチャつけちゃったい。みんな俺の趣味ページ覗く可能性がある。
     今すぐこの研究室でていきたいっす。

     帰ってきたらまた書くね。

    2000/01/25

     さて,きっちり一週間が経ちました.その間に論文本文はどのくらい進んだでしょうか.
     むっちゃ寒い状況です.
     わかってんのか後輩高橋.俺はこんな状況からあの飲み会に出ていったのだ.いっちゃなんだが恨んでるからな,おい.
     ええと,全七章のうち,自分のやった数値シミュレーションに関する章である第三章及び第四章は何とか終わった.後は図表を差し込んで図版のナンバリングぐらいだ.
     ところが,レビュー及び数値計算を導く一章二章が全然書けない.今気が付いたんだけど自分が書こうとしてた内容は,はっきり言って木製構造物の教科書レベルのことを書こうとしてたのである.ええと,誤解を受けないようにいうと,木製構造物の教科書なんて無いから,つまり自分で1から全部書かなきゃ行けないって思ってたわけ.
     もっとも,これも間違いじゃなくて自分がやってきたレビューに関する内容を何とか持ってかないと数値計算がただの教科書のシミュレーションをといただけのものになってしまう.
     なぜ,この構造物でこの構造計算をしなければならなかったのか.それをわかってもらうには丁寧に現状の説明が必要なのだけれど,その気力が,無い.
     いや,書かないと行けないってのはわかってるんだし,明日にはドラフトを先生に見せなきゃ話になんないんだけどさ.
     こんな時にGEAR戦士電童の録画はミスでみられなかったし,昼夜逆転生活はするし.もー誰か何とかしてくれ!
     BGMはハーメルンのバイオリン弾き魔曲全集と,レモンエンジェルのアルバム.特にレモンエンジェルは聞くと山大附中の頃を思い出して涙無しには聞けない.結局帰る先はここなのか…….
     

    2000/01/18

     修論本文に取りかかって二日目。
     ちっと焦っている。
     まずは朝に起きられない。これは自宅のカートゥーンTVで深夜3時からパトレイバー、宇宙戦艦ヤマト、超獣機神ダンクーガがやっているせいでは決してなく、単に寝るのが遅いためだと思う。
     ……論理的には矛盾してないよな。倫理的にも多分。
     しかし、ヤマトがあんなにかっこいいとは……。映画版しか見ていないこっちとしてはついつい押さえたくなるに決まっているじゃないか。
     カートゥーンTVでは更に朝の九時から10時までスーパーマンとバットマンをやっており、これまた面白い。
     ええと、なんの話だっけ。
     そうそう、本文です。
     実際に修論で問題になるのは発表だろうからそれのことも考えて、けどやっぱり後に残るものだからいろいろと見た物読んだ物やったものは書き込みたいしとかやってると全然収拾がつきません。
     教授にはその辺見透かされているのか、論文書きのコツを教わった。
     1.悩んでいるところは明け方、疲れた頭でやると悩まない
     2.乗っているときに結論などの頭を使うところをやり、疲れているときには考えずに済む実験方法とかをやる。
     自分的には1.がウケた。が、真実なんだろうなと思った。
     まずは骨格となるところから書いて太らして行けばいいのだと納得したり。
     あと、今日から机の前に海軍五省(トップにおいてるヤツね)の他にもう一つ言葉をおいた。

     この道を行けばどうなるものか
     危ぶむなかれ
     危ぶめば道はなし
     踏み出せば
     その一足が道となり
     その一足が道となる
     迷わず行けよ
     行けば分かるさ

     誰の言葉か考えると素直に信じちゃまずいんだが、まぁ、いいだろう。
     迷うな、俺の論文じゃないか。やりたい用にやろうぜ!
     

    2000/01/13

     せめて一週間に一度は更新しようと思っているのだけれどなかなかうまくいかない。けれど今週は実り多い週だった。裏を返せば、今週の結果がなかったら今頃僕は汽車の中だったと思う。
     シミュレーションモデルに関して最終的なモデルがようやく完成し、出てきた数値も割と現実味のある数値で行けるとゴーサインが出たのが先週から今週にかけて。それにしても駆け込みでわかるようになったことの多いこと、多いこと。結局の所何をしなければならないのかが時間によって一気に(自分がわかるかどうかとは別に)決まってきたのが大きいのだと思う。
     それと、教授との話し合い(ディスカッションなんてかっこいいものじゃないですよ、こっちの方から言えることが少なくて悲しい)によって、自分のやってきたことに新たな視野を開かれるのが気持ちいいような気持ち悪いような。
     自分のわかってないことを人から言われるのって悔しいじゃないですか。
     モデルを作ってそれを試してみたらうまくいった。このことだけでも成果なんだよな。うんうん。
     けれど、モデルって作ってなんぼその上で何をやるかが問題だと思うじゃないですか。違いますか、そうですか。
     それにしても、あんないい加減な(いや、苦労はしたんだけどさ。本当に材料力学やってる人たちから見たら噴飯物だろうなと思う)モデルでいいんだろうか。なやむな、俺。
     話し合っているうちにハイになった教授は投稿しないかと言ってきてくれた。ハイになっているときの教授の台詞はあまり信用できないけれど、それでも嬉しい。
     実際どうするかはともかくそれくらいには面白い内容なんだと言ってくれた気がした。

    2000/01/04

     年が明けた。その間に修論の進行はといえば途中に千葉での忘年会というか観測納めというか、日頃お世話になっている演習林の方の誕生日を祝ったりする宴会にいってたので二日ばかしつぶれて少しナーバスに。
     さらには、動かしてるプログラムの機能で節点の接合にバネ要素をかませる機能がうまく使えず、そろそろ、見切りをつけた方が良いのだと言うことはわかっているのにもうちょっとの気がして関わり合ってしまう。見切りをつけるのが大事だぞ、自分。必要なのは何を見つけ、何を語るかなんだから。それを補完するのがデータの精度とかだろ。語る物がなければ話にならない。話だ、話をみちびく絵だ。と言い聞かせておく。
     もっとも、いいこともあった。千葉観測のあとバスにのって速攻で帰ってきたら時間に余裕があったので目次その他について教授とディスカッションが出来たのは大きい。
     ディスカッションは割と良好。ただその場に絵を見せられないのが不安だし、悔しい。幸い、ストーリーの方を気に入ってくれたのか絵が出来てないことについてはそれほどつっこまれなかった。出来て当然と思ってるからだろうなぁ。そうだといいんだがなぁ。
     大体、テンションが高いときのうちの教授はやたら上機嫌だったりするから、それに影響されて楽観的になっていると足下をすくわれることになる。そう思っておこう。
     そのご、直接の指導をしてくださっている助手の先輩に教授とのディスカッションを報告する。割と良好と言うことに良かったと言う感想を頂いたが、手持ちの不備に付いて指摘された。イタタタタ。早いとこ何とかします。
     と、これが29あたりまでの状況だったはず。
     その後、30から帰省。帰省前にPCゲームのアイスウィンド・デイルを購入。年末年始はこれを遊ぶつもりだったのだ。
     帰省中は寝正月もいいところ。
     うちの連中はめんどくさがって餅や注連飾りを飾るくらいしか正月らしいことをしない。もっとも店番が大変だったのもあるけれど。
     ついでにここで書いておこう。
     実家は蔵王温泉でレストランをやってます。夜にはパブタイムになる。つっても有る物はパスタとピッツァぐらいものです。ただし、蔵王はおろか、山形市内でもこれだけのうまい物は無いと思います。身びいき差し引いても蔵王ではトップでしょう。ただし、飲み物が弱いのと、中心街から思いっきり外れたところにあるのが難点。
     場所は、山形市内から蔵王温泉に上る道で、樹氷大橋を渡るルートから行くと、栗の木がライトアップされていてわかるはず。道路から若干下がったところにあるので入り口が見つかりにくいかも。
     温泉街から歩くと20分くらいかな。地元のスキー学校の先生とかがやってきて疲れを癒す、「蔵王の隠れ家」みたいなところです。店の名前は「マイルストーン」。電話は023-694-2127。よろしければどうぞ。

     帰ってきたのは1/2。そのあと、1/3には母方の実家に顔を出してから人と会う。
     仕事始めは1/4からで今日はたまってたメイルへの返事と、解析の計画を改めて立て直した。
     今まで解析プログラムに向かう時間が無駄が多すぎたので、それを早く解決するためにきっちりと準備をしてから解析プログラム(別研究室にある)に向かう。
     松の内に解析の概容を助手の先輩に見せられるようにしたい。

    2000/12/21

     今日はカウンセラーに会った後、胃カメラ。午前中は医者回りで終わってしまう。しめて13000円近い出費。うちクスリの分が8000円ってんだから。今月は飲みに行くのはやめ。まぁ酒でハイになるかわりにクスリ飲んで楽になっていると思えば腹も立たない。そう思うことにする。
     のどの奥の麻酔が解けるまで物が食えなくって、昨日の九時から絶食状態のおなかは切なくきゅうきゅうないている。
     今読み直して思ったけど、多分今の自分はハイになっている。らしい。
     その後研究室で台湾からの留学生さんが旧正月のお菓子を作ってくれる。ゴマあん入りの団子をゆでて蜜に浮かべたもの。おいしい。同時に冬至カボチャとクリスマスケーキが広げられる。秘書の方の采配だ、ありがたい。
     三種類あるケーキを一応全部制覇。しかし、以前ほど甘い物に対する飢えが無くなったなぁ。
     その後、先方の大掃除が終わるのを見計らって昔居た研究室に有限要素法のソフトを使わせて貰いに行く。
     修論の方は昨日までわからなかった問題を元の研究室の方に聞いて少し解決。というか、変位を入力して応力出せるのね。知らなかっただけ?むぅ。もしかしたら論文が楽になるのかも知れない……。
     待ち時間の間、以前に算出した数値をにらむ。昔に出した数値で特に疑いもなく使ってたけど、よく見るとオーダーが一つ違う、気がする。
     冗談だろと思いプロセスを追って再計算。バカみたいな計算違いをしていたことに気が付き、冷汗三斗。
     絶不調の時の作業結果は全然信用できないのかも知れない。幸いに、すぐに直せるデータだったし、それを使った解析がまだ進んでない(これがたいがいにおいて問題だよなぁ)ので被害は少なくて済んだ。
     気が付いて良かったことにしておけ>俺。
     やっぱ、今はハイかも。前ならこの間違い見つけた時点で自己嫌悪に陥ってたと思う。
     今日は近くの銭湯が柚湯をする。入りたいので少し早めに帰ろう。

    2000/12/12

     誕生日だったので何かしようと思ったけれど、溜めてた学費払ったら一ヶ月の食費その他が2万円ないんでやンの。
     考えるだけで鬱っぽくなったんで、クスリのつもりで上野のHMVで自分にプレゼントを買う。
     イタリアのメタルバンドでRhapsodyという連中の。webでの知り合いに聴いてからお気に入りである。
     で、戻ってきて細々とした用事をこなす。

     前回の日記から今日までにはゼミがあったりして、結局へこんでまだ復活してない。
     日曜に村岡斬技先輩の新婚宅に遊びに行ってれば気分転換になるかと思ったけどだめ。
     研究室にいて、教授と他の人がディスカッションをしていると不意に不安に襲われる。
     ここ最近はそのこと自体でうろたえはしなくなったけど、それでも辛くて研究室に居にくいので、用事を作って(実際に材料力学でのvon misesの相当応力はどんな物とかは調べなくちゃいけなかったから)研究室を出て……。そんなことが続いてしまっている。
     指導をしてくれてる助手の先輩も常に手が空いてるわけではないから、早めにこちらから成果を見せて前倒しにしなければと思うのだけれど。手に着かないときには何も手に着かない。
     言い訳かな。
     カウンセラーにかかるようになってから、「頑張らないで、出来る範囲で修士論文を書く」と言うのを目標にしてるつもりだが。結局自分が何か積み上げたのだろうかとか考え始めるときりがない。
     いや、大丈夫です。ただの気鬱なんで。
     手を動かせ、手を動かせ。
     意志は頭蓋の中になんて無い、意志は手の中にある。作業無しに判断は出来ない。頭蓋の奥の脳細胞は判断の為の物で作業のための物じゃない。
     手を動かせ。手を動かせ。

    2000/11/29

     ここ最近なにがあったかってーと、学祭に行って後輩つかまえてD&D3rd。駄目駄目じゃん。
     もっとも、これまでボケッと無駄飯ぐらいの穀潰しをしてたわけではない。その証拠を示さないと今度から誰もD16のことを思って遊んでくれなくなる。
     それはまずい、12月には山形魔人ラストと、セルゼヴィアラストが入る予定なのだから!
     つーわけでここ二三日の成果をわかりやすい形で示します。

     まず、D16の行っている木製治山ダムというヤツはどんな物かというとこんな物だ。
     どーです、コンクリートダムのマッシブで男性的なフォルムに比べて女性的で風情があるでしょう。もっとも治山施設として考えたときには、風情ってのは考慮に入れるけれど、今までは重要視されてこなかった要素。
     けれど、ふと気がつくと故郷の川がみんなコンクリ張りになってしまうのも寂しい。それに環境への負担も大きい。
     使ってもいいところには木製を使ってもいいんじゃないのというのがこちらの主張。
     ところが、木製ダムには腐って壊れると言う欠点がある。(これ)
     そこで強度に関する議論が必要なわけだ。
     でD16が目を付けたのはこうしたダムの壊れ方。先程の絵でもそうだが、ダムはまず木製枠の上端部が腐朽して壊れ、堤体の崩壊につながる。
     ところが下端部は腐っていてもはっきりと破壊はしない。
     次の絵はもっと明らかだ。
     つまり、木製枠で荷重がかかるいわば堤体のツボとでも言うべき所は堤体上端部なんじゃないだろうか。

     で、長野から帰ってきてから綱製枠ダムの論文から中詰め石材と外からかかる力(堆砂圧、静水圧)のかかり方とかを調べて、それを構造解析プログラムにぶち込む。
     こう書くと簡単そうだけど、この三日間はこのプログラム、MARCとの格闘でした……。
     全然、モデルくめないし、走ってくれないし……。
     けれどようやく絵が描けたので載せてみる。
     これはまず木枠を作ってその中に石を詰め(かかる圧力は別途算出)た作った直後のダムの木製枠に掛かる力を等高線表記した物。
     色が白くなってる場所がストレスのかかってる場所。
     これ。  ……どぅよ。
     完璧ッスよ。
     今後は外からの荷重がかかった時の様子と、単純枠じゃなくて実際の構造に近い井桁構造にまでもって行くつもり。
     みてろよ。
     

    2000/11/21

     久しぶりの更新だというのにあまりイケてない。
     とりあえず、一応の進行はしているのだけど。
     ええと、周辺資料はかなり集まってきた。京都府立大学の石山先生の論文やそれも元となった報告書、およびデータを入手完了。綱製枠ダムの周辺資料も大体自分が揃えた物で大丈夫と判明。
     目下の急務は有限要素法解析ソフトMARCへの習熟とモデルの構成。まずは単純枠モデルを作成しようと作業中なのだけど……。
     先週あたりからケチが付いている。先週の月曜日ちょっとした用を果たすために月曜例会に出ると、とある後輩の愚痴を聞くために結局夜を徹して飲み明かしてしまう(この後輩がチキンでチキンでってーのはどっかで書いておかなければなるまい。恨んでるからな)
     おかげで朝には風邪を引き、それで火、水と潰した。観測にでられなかったのは痛いね。
     で、土曜日に山形魔人のために下北沢の実家から通おうと、土曜日出発したのはいいが、つい、月曜例会に顔を出し、そこで自宅に忘れ物をしたことに気が付く。しかもこんな日に限ってIK先輩とかSUM先輩とか来るもんだから飲みに行かずばなるまい。あげく、終電ぎりぎりで自宅に帰ってみたら忘れ物と思ったのは別に準備してあるし。
     結局、シナリオを詰めて午前4時。12時頃集合に併せて仮眠を取って、でんこうじ先輩卓へ。
     山形魔人は今回は割と成功。結構テンション高かった。
     終わった後しばらくだべって、下北沢の実家に。何のかんので四時くらいに寝る。
     バランス悪い生活だね、どうも。
     それが祟ってか、月曜日は頭痛。昼まで寝てから大学へゆき、資料の整理と読み込み。
     で、今日は朝九時には大学に来てたんだけど、どうも頭が重い上に胃が痛む。こりゃおかしいと思って11時頃いったん帰って仮眠したら5時まで爆睡でした。疲れてたんだなぁ。
     で、電話で起きたら蔵王の実家からで猫が死んだとの知らせ。
     ……もういいや。今日は帰ろう。
     

    2000/11/09

     現在は長野県王滝村。森林総研の方々の調査行に同行させていただいているのである。
     しかし、昨日は呑んだ。
     ビールは最初の乾杯だけでそれからは御銚子がころころと転がってゆく。晩御飯がはねて部屋に戻ったらそこではサントリー・レッドと湯飲み茶碗で話が走る。
     ……断っておくと、調査に同行したのです。
     11/08は始発で筑波の森林総研に向かうはずだったのが、思わず寝過ごして予定より30分遅い電車に乗る。集合の前に合流するはずだったのだけど間に合わず、駅で拾っていただくことに。申し訳ない。
     で、筑波から中央道に乗ろうと言う間、渋滞につかまり結局目的地に着いたのは14:40くらいだったと思う。それから調査地を視察して調査計画の確認。この時点で日が落ちたので(寒い!!)宿舎に戻って飯となる。
     今朝は八時半くらいから本格的に調査を開始する。
     さて。
     今回の調査は、木曾御嶽山の治山工に使用された木製堰堤の調査だ。
     調査地の木製堰堤は、長野県西部地震のときに御嶽山でおきた巨大崩壊地の復旧工事として施工されたものだ。川が流れるとその水が河床を削り、土砂を生産する。そして、下流が荒廃する。これを止めるために川が掘れるのを防ぐのが床固工(とこがためこう)。通常はコンクリートで作るが、こん時にはとにかく流出する土砂を止めるために急いで施工する必要があったので、簡単に施工できる木製床固め工を行ったわけ。
     長野県西部地震が1985だから、現時点で15年が経っている。
     腐朽はかなり進んでいるだろうし、破壊したものも見ることが出来るかもしれない。と、期待に胸を膨らませて来たのだったよ。
     で、結果。
     ダムという形ではなくて、いわゆる帯工であったが立派な構造物である。一基の長さは100m以上になり、堤高は最高2mくらいか。常時水没しているところではほとんど腐朽は進行しておらず、ピロディン(試験装置)による腐朽調査でも、ほぼ健全材と同様の状態であった。
     一方で水没していない地上部はグスグスに腐朽している。ピロディンもすかすか入っていく。手でむしれるくらいだ。
     堰堤の前壁と後壁をつなぐ梁材が接合部で壊れ、中詰の石材が崩れているのを見ることが出来たのは収穫である。
     自分は特に調査をすることはなく、とにかく実物を見て写真を撮る。そして、森林総研の方の手伝いをした。
     気が付いたら日暮れ。
     部屋に戻ってこの日記を書いている。
     総研の方々からお話を伺うことも出来、非常に助かった。

    2000/11/02

     さて、ゲーム日記のアップ頻度を見て眉をひそめた方もいると思うので、修論日記もアップしておく。
     今日は有限要素法に使用するアプリケーションの練習……のつもりだったが、言ってみると昔の研究室はゼミ旅行だった。しかも雨降ってるし。
     ここで以前の自分ならくじけて、HPに記事のひとつもアップしてたところだけど今の自分には理性がある。
     慌てず騒がず、この間助手の先生と作戦を練ったときに話題に上った、砂防ダムの設計基準に間する資料を探しにいく。この手の資料は農学部じゃなく、工学部の土木、もとい社会基盤システム工学(漢らしさのない名前……)にあるのだ。ドーバー海峡渡っていくつかの資料を借り出す。ついでに、この修論の一番元になった論文を改めて読み直す。
     二本しかないのだけれど、日本で学会誌に乗った論文はこれだけなのでしょうがない。
     ところが恐ろしいことに読み直しているうちに昔、自分がよく理解しないままに済ませてた個所のクリティカルさに気がつく。ちょっと具体的に書く。
     僕が扱ってる木製ダムは正確には「枠構造木製堰堤」別名を「二重壁式木製堰堤」という。
     谷間を整地して、そこにすっぽり収まる形の丸太の井桁状枠を作り、そこに現地の石材を詰め込む。大雑把に言うとそうやってダムを作る方法だ。規模は高さ5メートル以下のもの。これは木製構造ゆえの限界でもあるし、用途としてそれ以上大きなダムを必要とするような個所に、コンクリートよりも弱い木製のダムを建造するわけには行かない。

      #つまり、ダムそのものの話とは別に、どこに建造するかという運用面の議論もしなければいけないわけだ。 もっともこちらは一応レビューは終わって、もっともらしいことが言える気配。詳しくはまた別の機会に。 

     このとき、このダムは外からの力(堆砂圧、静水圧etc)に対抗するわけだが、その対抗する力は主に、中に詰めた石材の重量によるものだ。つまり、木製ダムと言ってはいるものの。木製なのは石材を固定する枠なのだ。
     この枠が破壊されたら、抑えられてた石材が崩れてしまい、ダムの崩壊が起こる。そうならないように前掲の論文では部材の強度について同様の構造をもつ、鋼製砂防ダムの設計基準に基づき、木がその基準を満たすための太さなどを求めている。
     ここまではいい。この論文ではもっとも曲げストレスがかかる場所をダムの下流側(前面)壁の下辺部材として、考えている。ここまでもいい。
     けれど、枠材である以上、一箇所に力がかかれば当然枠自体はゆがむ。そして、ダムの枠構造では枠の上辺部に(おそらく)引っ張りのストレスがかかる。
     本来、鋼製枠ダムでもここの吟味は必要なのかもしれないが、鋼は引っ張りに強いこともあって、基準では無駄になるのを覚悟で一定以上の太さをその部材に求め、それでよしとしてる。
     ところが、木材はそうはいかない。
     cm^2あたりの引張り強さで比べれば木材は鋼材の14分の1の強さしかない。
     これは太さによってカバーできるかもしれない。けれど、現在木製ダムを適用しようとしている動機のかなりの部分を、「間伐材の有効利用」によっている時に、どれだけの太さの材が供給できるのだろう?
     まして、木材は腐るというのに!
     今日のところはこの辺で。

    2000/10/31

     ページのヒット数を見てると、ウチのページで一番ヒットされてるのがこの試験日記(今は修士論文日記)らしい。
     別に、今年26になる借金だらけの独身男の生態を呼んで妄想を膨らませるような人間がいるわけでもないだろうから、皆様D16の行状を心から気にかけてくれているらしい。
     大丈夫、
    「落ち込んだりもしたけれど、あたしは元気です(by「魔女の宅急便」)ってな感じで。
     いろいろと修論も進んでいるのだけれど、ここに書くのが二度でまかなとか考えてたのだ。けど、一番読まれてる記事なんだから「答えてやるのが世の情け」というものであろう。
     つーわけで、修論についていくつか書いてみる。

     修論のテーマは、「木製治山構造物の構造耐久性について」である。こう聞くともっともらしいでしょ。
     現在の進行状況はレビューその他は終わって、一章二章は書ける感じ。ところがこの修論のはったりとも言える解析が一切済んでいない。
     外堀を埋める格好で、解析の条件を設定するのはできたのだけどシミュレーションのモデルが立ってない。
     そこの理系研究室の方々、涙をぬぐうのは早いです。確かにこの状況は絶望的なのだけど決して何の勝算もなく手をこまねいたいたわけではないので。
     では説明します。

     使用としている解析は有限要素法。構造物を有限個の要素に分解し、節点でのみ接合する集合体で近似する。有限個の要素をばねでつないだ形だ。つまり、構造物に与えられた外力による変形、歪はばねの伸び縮み、要素の移動などであらわす。各要素、接点について伸び強さや、変形の自由度などを設定してその構造物の外力に対する挙動を記述する。
     有限要素法そのものには熱の移動とかさまざまに応用があるのだけれど、少なくとも自分が目的としているのは構造解析の分野。
     で、現在いる研究室では有限要素法っていうと自分でプログラム組んでやってて、そのプログラム組むだけでえらい時間がかかっていた。ところが、構造体を解析するなんてことは、建築分野ではとても需要が大きいので、このモデルを作るアプリケーションが存在する。
     で、自分の昔いた木質材料研究室ってとこでは、構造解析もやってたからこのアプリケーションがある。
     したがって、一から自分でプログラムを作る必要はない。そのアプリケーションに習熟する必要があるだけなのだ。
     これなら、モデルを簡略化して条件も極端なものにして、定量的な解析ではなく定性的な解析を目標とするなら今からでも間に合う。
     木製構造物に関する論文は学会誌では報文が二本、論文が一本。しかもその論文も施工実施と外力を与えた試験のみなのでシミュレーションを用いた解析は行っていない。それに、今からはじめたとしても木材の腐朽や保存に関する知識、中詰の石材と外枠木材のインタラクションに間する既往研究の整理などが必要になるはず。
     なにより、この分野は森林総研でも先年度から予算がついたばかりで現在は現状の把握を行っている段階。
     はっきり言ってやったもん勝ちの研究なんである。

     つーわけでとっととモデルを作って、絵を書いて教授に見せてゴー。
     11/8〜10には森林総研の人たちと現地調査だ、わーい。

     皆さん少しは安心したかな?

    2000/10/25

     ゆるゆると復活。
     

    2000/09/01

     俺はこの日を忘れない。
     これほど無様な目にあったのは初めてだ。
     用意したレジュメの内容は三分で片がつき、レビューになっていない。話している最中にそのことに気がついてしまうため、五分ばかり口を開けずにお地蔵様になってしまう。
     俺はこの場に何をしにやってきたのだ?
     準備をしたといえるのか?
     発表することが無いならないなりのまとめ方はあったはずではないのか?
     それよりも、無いものを有るように見せかけることなど出来ようも無いことになぜ今ごろ気がつく。
     修士論文は今日から初めて取り掛かるようなものだ。俺は何も積み重ねていない。

     情けなかった。

    2000/8/30

     すっげー久しぶりの更新です。
     6/26以降、二次試験とか面接とかあって、夏休みっぽいことが何も出来ずに腐ってたんですが、8/25に林野庁から内々定の電話がありました。何とか四月からの飯の種が確保できた様子。
     ここで日記を公開したことで、何よりもありがたかったのは、自分が思うよりも多くの人が気にかけてくれてるんだなと言う実感でしょうか。
     節々に頂いたメイルでかなりやる気復活した模様。
     今後はこのページで修士論文を上げて行こうと思います。
     声援感謝。これからもよろしく。
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