TRPGのための諸人類学的設定の部屋 LOG 002

TRPGのための諸人類学的設定の部屋の1999年05月24日から2001年03月11日までのログです。


2001年03月11日:01時31分31秒
ロマ関係サイトをちょっと見てきました / SOW
 おお、重ねてレスありがとうございます

>麦藁帽子さん
 見に行きました。英語が不得手なのでまだ細かく内容を把握していませんが・・・(苦笑)
 日本語のサイトは厳しいですね。検索にかかったトコは占いやら幻想譚みたいなトコばっかで、まともなトコは麦藁帽子さんがご紹介くださったERRCへのリンクを張ってあって
詳しくはこのサイトを見てください
って書いてある(T_T)
 とりあえず、クセジュの「ジプシー」は取り寄せてみようと思います。

>カンナさん
 恐縮です。この件は隆慶一郎の著作を読んだ時にではなく、以前にTRPG.NETの歴史学設定の部屋法学設定の部屋で定住しない者の税の話だかなんかをROMってた時に
「ジプシーとかって定住してないんだよな→定住しないといえば、“隆慶”の苦界往来人もそうだな→あれ? 結構、似てないか?」
って考えたのが初めで、まあ、その時はそれだけだったんですが、その後、なんかの度に思い出していて、調べよう調べようと先送りしていたんですね。
 レスのおかげで取っ掛かりにたどり着きました。チト調べてみようと思います。

 あ〜っと、麦藁帽子さんのご紹介でまわって見たトコで把握した範囲では、

 ・宗教的部分はかなりキリスト教の影響を受けてるようです。ブードゥーみたいな感じかもしれません(←あくまでななめ読みでの把握)。
 ・旅芸人というのが過去、どの程度の氏族的職業であったかは分かりませんが、現代のロマにとって芸能は強く意識されているようですから、フィクションの記述とそれほどの差はないのではないかと思います(←これまた、あくまでななめ読みでの把握)。

という感想を持ちました。
 あと、麦藁帽子さんへのご質問の、やっぱり、ななめ読みでの把握ですが(しつこい?)、a、bですが、ロマの方の認識はどちらかというとaのようです。
 スペインで定住化したロマについて
「言葉がスペイン語化した」
みたいに書いているので、あるいはロマ語を母国語(?)にしている事をロマである根拠にしているのかな?


 えっと、先程の書き込み(@SOW Wrote:「レスありがとうございます」2001年03月10日:12時43分41秒)で
>つまり隆慶一郎が「道々の輩」の虚構的性格のテキストになったのではないかな〜っということですが。
 つまり隆慶一郎が「道々の輩」の虚構的性格のテキストにしたのではないかな〜っということですが。
の誤りでした。申し訳ありません。
2001年03月10日:21時03分06秒
隆慶一郎の「道々の輩」とロマ / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
@SOWさんWrote(「レスありがとうございます」,当掲示板,2001年03月10日:12時43分41秒)
>実は「ロマ」に対するロマンシズムに近いものがあるのではないかなという邪推から併記したわけで・・・
>つまり隆慶一郎が「道々の輩」の虚構的性格のテキストになったのではないかな〜っということですが。
 
 ははぁ。な・る・ほ・どぉ。
 考えたことなかったんで、ビックリしました☆
 アタシの方は、隆慶一郎より先に網野善彦読んでたんで、考えたことなかったんです。
 
 あるかもしれないですね。
 
 え〜っと、何の本で読んだか忘れたんですけど、確か、隆慶一郎さんのエッセイか何かで「『影武者徳川家康』書き始める前に、中世史の小和田哲男さん(故人)を静岡の大学まで訪ねて構想を話した」、って読んだ記憶があります。
 確か「『〔小和田さんが〕そんなことはあり得ない』って言ったら、書くのを止めようと思っていた」けど、小和田さんが「『無いとは言い切れない』って言ったんで『影武者』書きはじめた」って、主旨で。
 
 アタシこの話、好きなんですよね(笑)。
 
 隆慶一郎の脳裏で「道々の輩」に「ロマのイメージがあったかもしれない」。それこそ「無いとは言い切れない」と思います。
 
 ただ、『影武者徳川家康』とか、『花と火の帝』なんかにもみれますけど、戦国末期の天皇の在り方に相当の拘りを持って小説書かれてて。隆慶一郎の「道々の輩」は、戦国ものだと、どこかしら天皇存在の陰が指してる描写と思われます。
 
 ですので、小説から判断してくと、やっぱり「道々の輩」イメージ、「日本中世の往来人」に対する伝奇的イメージがベースだろうな、って気はします。
 でも、ロマのイメージって観点は、ほんとにおもしろいと思います。
 アタシ、考えたことなかったので虚を衝かれた感じです☆
 
 先の投稿でご紹介した本ちょっとみてみたら、ロマの伝統的生業ってのがいくつか挙げられてたんですけど「行商・鋳掛け・馬の売買」ってあたりがおもしろそうです。

 中世馬喰は水運民(川筋者)と供に中世悪党の代表で、楠木正成とも関連する、道々の輩の類縁ですし。
 それから、「ロマについては周辺の偏見」って話らしいんですけど、売春の関係(白拍子・歩き巫女など)。
 後、「ジプシー占い」の関係(中世遍歴阿弥など宗教関連)、「音楽・舞踏」の関係、などなど、似てるところは多いです。
#「似てる」と言っても、あくまで当該社会での同時代イメージ同士を比較してみてるつもりですが。
 
 一応、違うところも考えてみると、とりあえず、、、
a「『川筋者』のように水運をする人々が、どうもロマのイメージの方にはでてこない気がする」、
b「西欧と中世日本とでは、周囲との関わり方、弾圧のされ方が違う気もする(これは実態)」、
c「日本史の場合、近世にかけて、運輸業から金融業、商業に転じた形跡がある(異論多数あり)、けれど、ロマの方にはそうした形跡があるかどうか不明(これは実態の形跡について)」
 、、、ってあたりでしょうか。(細かく調べてけば、似てるとこ違うとこ、それぞれもっといろいろ出て来るんでしょうけど)
 
 でも、うえに挙げた「違うところ」は歴史人類学的なアレですので。隆慶一郎的イメージとは少し違う間接的関係にすぎないと思いますし。
#隆慶一郎、御醍醐とかあの辺は、あまり書いてなかったように思うし、どうも商人とかは好きでない気配もするし(笑)。
 
 やっぱ、おもしろい観点と思います☆
2001年03月10日:20時58分58秒
民族もんだいの概説書(Re:レスありがとうございます) / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SOWさん
 どうもです。
 
>>〔ロマについて:カンナ補記〕独自の慣習を保ち
>ってトコロが気になります。
>どうゆう特異性があるのかは挙げられたテキストにも記述されてます? あれば買いですね。他の民族関連も簡単な理解が得られるかなー。
 
 そうですね。残念ですけど、ロマ(ジプシー)については、先に挙げました『民族世界地図』(浅井信雄、著)、『民族の世界地図』(文春新書)、「独自の慣習」あまり具体的なこと書かれてないです。

 「〔かつては〕定住しなかった」、が「最近は生活が多様化して定住者もいる」「独自の言語を保っている」、といったところが主で。ほかにも「音楽、舞踏に適性がある」などなどの記述もあるのですが。やはり概観であって、あまり具体的でもないと思います(もしアレでしたら、別途投稿もしますが、いかがでしょうか?)。

 これは、ご紹介したどちらの本も「種種の少数民族の概要を例示しながら、世界各地の民族もんだいの現状を概説する」って主旨の本だからで、やむを得ないかと思います。
 
 きっと、麦藁帽子さんご案内の文庫クセジュの『ジプシー』の方が詳しいと思います。アタシはそのものはみたことないのですが、クセジュにはいろいろお世話になってます。 
 逆に「他の民族関連も簡単な理解を得る」には、網羅的とは言えないものの、簡便でよい、とは思います。
 
 実は、最近、少数民族の関係、現代ものTRPGのシナリオソースとして、ちょっとサーベイしてまして。「種種の少数民族の概要を例示しながら世界各地の民族もんだいの状況を概説する」類書としては次の本もお勧めできると思います。

山内昌之、編『ベーシック世界の民族・宗教地図』(日経文庫654),日本経済新聞社,Tokyo,1996.
ISBN 4-532-1064-0 C1231
 
石川純一、著『宗教世界地図』,新潮社,Tokyo,1993.
ISBN4-10-392001-7 C0014

 先の投稿で挙げた2冊と併せての都合4冊は、どれも現代モノのTRPGのシナリオネタのソースブックとして、使えると思います。
 パラパラ観て、使えそうなネタを拾って、より詳しい関連資料を探ってゆく、って使い方がよいだろうと思ってます。
#この辺、丁度ついでなので、4冊の本の紹介は、できたら別途まとめてみたい気もしてます。
 
●「ロマ」について
 麦藁帽子さんご案内のサイトや、文庫クセジュの『ジプシー』は、アタシもまだみてないんですけど。
 アタシはやっぱ「ジプシー占い」とかの実態とイメージ、とか。それとか、インド起源だって話なら、どんな信仰を持ってたのだろうか、とか「エジプト起源説って古代ペルシアの宗教に似てる感じあるんだろうか? とか、まさかグノーシスとかと関係あります?? (あったらどーしよー:困笑)とか。そーゆー古めのとこに興味をひかれます。
#先に挙げた本ですと「精神文化についてはよくわからないことが相変わらず多い」くらいですまされちゃってるんですけど(困笑)
#21世紀問題研究会、編『民族の世界地図』(文春新書102),文藝春秋社,Tokyo,2000.p.125

 後、フィクション類だとサーカスみたいな感じの旅芸人一座をロマが形成してるイメージが、ときどきあるんですけど。あーゆーのってどのくらい実態に根ざしてるのかしらん、とかもアタシ興味あります。
#我ながら、纏まりない興味ですねー(困笑)。

 あ、そうだ、アタシ麦藁帽子さんにお聞きしたい(古めではない)話題としては次のようなものがあります。SOWさんに相乗りしてよいですかー?

 と言うことで、、、>麦藁帽子さん(よければお願いします)
 えーっと、『民族の世界地図』読んでみたら、「定住・非定住や生業だけでなく、集団によってさまざまな面で違いがあり、ひとくくりにロマとはこんな人々、とは語れない」(前掲書、P.125)ってあるんですけど。
 
 これって、、、
 a「もともと同質性があったロマたちが、あちこち長い間放浪してる内にそれぞれに変質して、どんどん分化してった」のか。
 それとも、b「北米先住民(インディアン)のなんとか族みたいに、もともとロマの内にいくつもの部族系統があって、原郷から、複数部族が放浪してきた」のか。
 どっちの方が真相に近いと思われるでしょうか?

 「インド原郷説」も推測だ、ってお話なんで、歴史学的に確実なことはわからないんだと思うんですけど。言語とか習俗をみてると多分こーだろー、くらいのお話でもあったら知りたいです。
2001年03月10日:17時21分50秒
ジプシー関係のサイト / 麦藁帽子
どうもこんにちは。
ジプシー関係の参考サイトとしてこことかどうですか?
http://errc.org/index.shtml
欧州ロマ権利センターのサイトです。
リンク先がいろいろ充実していて興味深いです。


「ジプシー」で検索すれば日本語サイトでもいろいろありますので確認なさるのもよいかも。

文庫クセジュの「ジプシー」を始めとしてジプシー関係の文献はそれなりに出回っていますが、SOWさんの関心はどのあたりでしょうか。
スペインのジプシーの結婚の儀式とか興味深いですけどね。


2001年03月10日:12時43分41秒
レスありがとうございます / SOW
 さっそく、レスをいただきまして、ありがとうございます。

>ロマについて
 思ったほど少数民族というわけじゃないんですね。
 やっぱり、ナチの影があるのは欧州少数民族の悲劇ですね。
 ところで、
独自の慣習を保ち
ってトコロが気になります。
 どうゆう特異性があるのかは挙げられたテキストにも記述されてます? あれば買いですね。他の民族関連も簡単な理解が得られるかなー。

>道々の輩について
 これについてはわたしも、かなりロマンチックな話だなあ、と思っています。
 実は「ロマ」に対するロマンシズムに近いものがあるのではないかなという邪推から併記したわけで・・・
 つまり隆慶一郎が「道々の輩」の虚構的性格のテキストになったのではないかな〜っということですが。
 憶測というのも憚るくらい「ロマ」に対する知見がありませんでしたから、まず、「ロマ」ってどんな人達なのかというのが知りたかった訳です。
2001年03月10日:10時40分26秒
道々の輩について / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 隆慶一郎「道々の輩」は、中世日本の職能的な往来人で、非定住または遊動性の高い生活形式の集団、ってことだと思いますが。
 
 こうした人たちの実在集団に注目するのは、近年の日本中世史研究の一トピックで。特に網野善彦さんなどが、一般向けの歴史書著作も含めていろいろやってます。
#どちらかと言うと隆慶一郎もそうした、ムーブメントをキャッチしてその一翼を担ったようなところがあるのでは(私見憶測)とも思いますが、それはさておき。
 
 しかし、隆慶一郎の作品にあるような、「道々の輩」の族的結合の実態とか、系統の異なる族間の連絡・交流・連携、といった側面になると、これは諸説あって、いま解明が進んでるって段階、ではないかと思います。
 どちらかと言うと隆慶一郎の小説のアレは、やはりロマンチックなイメージが強く。歴史研究で解明されているのは、どちらかと言うと、例えば中世に川筋者と呼ばれたような職能集団の実態の方が中心になってると思います。

 隆慶一郎の作品にあるような、いわゆる(狭義の)芸能者集団とかの歴史的実態解明はまだちょっと、少なくとも一般向けの本では、それ中心のものは少ないと思います。もちろん、アタシの知ってる範囲ではって話ですし、民俗学的な伝説中心の研究だとそーゆー本もみますけど。
2001年03月10日:10時29分27秒
ロマについて / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>SOWさん
 こんにちは。
 ロマについて手元の資料で調べてみました。新書本程度のサーベイですが。
 
 英語でジプシー、フランス語でジタン、ボェミアン(ボヘミアン)。スペイン語でヒターノ。ドイツ語でツィゴイナー。
 本人達の自称で、ロム、ロマ、ロマニーなど。ロムは彼ら自身の言葉で「人間」を意味する。
 
 11世紀のペルシア語詩集にもうたわれている。西欧では15世紀にパリに登場した記録がある。
 西欧では、かつてカインの末裔説、バビロン起源説、エジプト起源説、が唱えられていた。現代の人類学では、インド起源説が主流。これはロマの言葉がサンスクリット語に似ていることからの言語学的推測。インド北西部のパンジャブ地方が原郷と考えられている。 学問的推測としては、彼らが原郷を去ったのは十世紀頃ではないかとされている。
 
 独自の慣習を保ち、定住を好まないため、ヨーロッパでは、カインの末裔、零落した古代エジプトの司祭一族など、神秘的なイメージで警戒視、または敵視された。
 西欧で近代的な国家制度が成立するに連れ、彼らに対する圧迫も強まった。
 16世紀イギリスでは「ジプシーであれば死刑」とする法律があったという。
 西欧による弾圧の最たるものが、二次大戦中のナチドイツによる組織的殺戮。ナチの理論では「ジプシーはアーリア系でありながら、非アーリア系の血も混ざった純潔ならざる存在」とされ、これが弾圧の理由にされたと言う。ナチ・ドイツによって殺害されたロマの人数は4〇万人とも5〇万人とも。
 
 ヨーロッパから追放され南北アメリカやオーストラリアに移ったロマもいる。
 
 20世紀末ロマの推定人口は以下の通り(後述資料aによる)。
 西欧〜東欧:3〇〇万程度
 西アジア〜北アフリカ:2〇〇万程度
 南北アメリカ:2〇〇万程度
 世界全体で8〇〇万〜1〇〇〇万程度と言われる。

 現在でも、キャンピング・カーやトレラーを使っても非定住生活をするものは多い。同時に生活スタイルは多様化している。
 西欧〜東欧でみると分布は均一ではなく、バルカン半島、イベリア半島、スペインなどに多く。都市部にジプシー街が形成されている。
 
 現在では「世界ロマニー連盟」が結成されている(初代名誉会長はロマ出身の俳優、故・ユル・ブリンナー)
 ドイツにジプシー殺害の責任者の処罰、補償の要求をしていた運動は、ドイツ統一後活発化したという。東欧民主化後、ハンガリー、チェコスロバキアでは、ロマの政党も結成された。
 ユーゴのコソボ問題に際しては定住していたロマの難民化も話題になった。
 
資料a:浅井信雄、著『民族世界地図』,新潮社,Tokyo,1993.
ISBN4-10-31901-9 C0030
 
資料b:21世紀問題研究会、編『民族の世界地図』(文春新書102),文藝春秋社,Tokyo,2000.
ISBN4-16-660102-4 C0295
2001年03月09日:23時26分30秒
“ROMA(いわゆるジプシー)”について質問 / SOW
 お久しぶりです(一年以上経ってますね)
 今回は“ROMA”いわゆるジプシーについて概略としてどういう人々なのかという質問です
 本屋か図書館に行って調べるのが本筋ですが、最近、諸事多忙なので行って探してる暇が・・・(苦笑)
 という訳でお手数ながら、ご存知の方が居られましたらレスいただけないでしょうか?

 もう一つ、隆慶一郎の著作で頻繁に登場する「道々のもの」「苦界(公界)往来人」と描かれる人達は実際、存在していたのかという質問です
 こちらもレスがいただけると嬉しいです

 ちょっと、掲示板の主旨からズレてるかな? 歴史学設定の部屋が正しかったか?
2000年03月16日:21時55分23秒
[ニホン語としての「文化」]幕末〜明治の「文化」 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#[ニホン語としての「文化」]一語の辞典『文化』概観 (当掲示板,カンナ記,2000年02月26日:13時39分18秒)、に続いて、柳父章、著,一語の辞典『文化』,三省堂,Tokyo.  ISBN4-385-42205-2 C0380、の内容を踏まえる形で、「日本語としての『文化』」を観てみようと思います。
 
 で、幕末〜明治の「文化」それも翻訳語としての意味です。

 日本最初の英語辞書は『暗厄利亜語林大成〔アンゲリア・ごりんたいせい〕』(一八一四:文化十一)とゆうそうですが、これにはCultureの項目は無いそうです。
 
 一八六七年(慶応三年)幕府の開成所から刊行された『英和対訳袖珍辞書』では、Cultureの項目に、「耕作、育殖、教育、教化」と記載されているそうです。
 
 西周の講義録『百学連環』(一八七〇:明治三)に、「文化」の語が多数観られるそうですが、これは今の用法とまったく違うそうです。
 例えば、印刷技術などの事を「文事の学術に資け〔たす〕あること極めて大なるものなり」といった個所で、「文事」の「事」の横に「化」と並べて記されているそうです。
 
 この「文化」は、漢語文脈の「文化」、つまり「刑罰威力を用ひないで人民を教化すること。文治教化」と解した方がよいようです。
 
 一八八六年(明治十九年)の『英和辞彙』では、Cultureは「耕種、修行、教育、教化」。
 一八八六年(明治十九年)の『和英語林集成』、これはヘボンの編纂だそうですが、Cultureは「学問、教育、風雅」とあるそうです。
 
 一八九一年(明治二十四年)の『言海』では「文化」は「文学教化ノ盛二開クル事」とあるそうです。これも漢語文脈の「文化」に近いと思われます。
 
 ところで、辞書を離れ一般向けの、−−と言っても、当時の出版文化事情からゆうと、知的エリート向けの、とゆう事になると思われますが、−−出版物では、「文化」はもっと曖昧に使われていたようです。
 柳父章は、「一語の辞典」の中で、吉岡徳明、著,『開化本論』(一八七七:明治十)と、夏目漱石の文章の用例を挙げています。
 このどちらも「文明(文明開化)」と同じ意味で「文化」が用いられている、とゆうのが柳父章の指摘です。
 
 福沢諭吉が『文明論之概略』を公刊したのは、一八四七年(明治七年)です。が、一八六八年(慶応三年)に公刊された『西洋事情外編』からすでに「文明」「文明開化」の語が使用されているそうです。
 
 で、一九〇三年(明治三十六年)の『双解英和大辞典』では、Cultureが「耕す事、耕作、稼穡、栽培、培養、攻修、琢磨、練習、教化、開化、博雅、文雅」。同じ辞書で、Civilizationが「教化すること、開化、文明」。
 確かに「文明」と「文化」双方に「開化」と「教化」の意味が記されています。
 「攻修、琢磨、練習、教化」も「教化すること」と関連した意味でしょう。
 
 先に挙げた、『英和辞彙』(一八八六年:明治十九)でも、Civilizationの項に「開化、教化」とあり、同じ辞書のCultureの項と「教化」の意味が重なってうようです。
 
 幕末〜明治期では、「文化」と「文明」は類語として用いられていた、とは言えそうです。
 
 知的エリートがこーだったのですから、多分、かわら版だの絵入り新聞だのばかりを読んでいた、下々は、「文明開化」を略して「文化」って言ってた・かもしれません。
 ってゆーか、偉い人が「欧米の文化は」とか言ってるのを聞いて、「なるほど、文明開化を略して『文化』か、こrたうめぇやッ」とか言ってたかどうかはわかりませんけど(笑)。
 
 柳父章さんはちゃんとした学者なので、そーゆーあてずっぽは書かないんですけど。
 アタシは学者ではないので(笑)、それくらいの事はありそーだよなー、うん、とかくらいは言っちゃいます(笑)。
 
 実はですね、アタシ、この「TRPGのための諸人類学的設定の部屋」の関連ページで、「TRPGのための諸人類学」ってゆーのと、「TRPGのための諸人類学FAQ(よくある質問)」ってゆーのをやってるんですけど。
 
 この「TRPGのための諸人類学FAQ(よくある質問)」の内にある、「諸人類学と隣接領域」で、「比較文明論」ってゆーのをズーッとほおってあるんですね(汗)。
 
 じ・つ・は、CultureとCivilizationの関係って欧米語でもすごくややこしーんです。
 例えば、フランスの歴史研究家で、アナール学派の基礎を築いた、リュシアン・フェーブルなんかも、「文明」って言葉の歴史と「文化」って言葉の歴史と、もちろん二つの言葉の関連の歴史について論じた論文を書いてるんだそうです。
 アタシは読んでないですけど、だって多分ニホン語に訳されてないんだもん。
 
 アタシの意見では、欧米人自身が、「文明」と「文化」の位置付けでゴタゴタしてたわけなので、幕末〜明治のニホン語翻訳がゴッチャになっても、これはしょうがない、面があると思います。
 
#とゆーわけで、次は、欧米語での「文化」と、「文明」について観てみたいと思います。
#大正時代以降のニホン語の「文化」を観るには、押さえといたほーがよいと思うんですよね。

2000年02月26日:13時39分18秒
[ニホン語としての「文化」]一語の辞典『文化』概観 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#先日、「人類学的『文化』の概念」 (当掲示板,カンナ記,2000年02月20日:21時29分31秒)、とゆー投稿をしました。
#先日の投稿を書いてるときに必要性を感じまして、ちょっとニホン語としての「文化」とゆー言葉について整理してみようと思います。

 
◆一語の辞典『文化』
 一語の辞典『文化』(柳父章、著)とゆー本の内容を整理する形で、ニホン語としての「文化」についてまとめてみようと思います。
 
 「一語の辞典」とゆーのは、三省堂から出ているシリーズです。
 四六判、ハードカバー、各冊本文およそ100ページ。価格は概ね1,000円とちょい高め感もありますが。
 良書が多いシリーズでアタシは、1,000円、妥当な価格と感じています。
 
 シリーズの一冊を担当した執筆者によると、原稿分量は四万八千字。四万八千字を使って、一語の用法、意味、言葉の歴史を書くとゆーコンセプトのシリーズが「一語の辞典」です。
 
 一語の辞典『文化』の著者、柳父章さんは、『翻訳語成立事情』(岩波新書)などの著作で知られています。守備範囲は、翻訳論、比較文化論でしょうか。
 
◆翻訳語以前の「文化」
#まずは、一語の辞典『文化』 の最終パートから引用します。
 〔前略〕私が本書でとくに言いたかったのは、私たちの使う「文化」という言葉は、近代以後の西洋語からの翻訳語だということである。
 〔中略〕
 「文化」という言葉は、にんげんの仕事の成果を総体として問題とするような、ある視点を提供してくれた。現代という時代が、そのような言葉を要請したのだ、とも言えよう。

一語の辞典『文化』,P.96−97,より

 
 翻訳語以前にも、漢語の「文化」とゆう言葉はあったそうです。残念ながら、この言葉がどのような社会層によって、どの程度の頻度で使われた言葉であるか、までは一語の辞典『文化』にも書かれてはいません。
 
 漢語としての「文化」は、まず「刑罰威力を用ひないで人民を教化すること。文治教化」であるそうです。(一語の辞典内『大漢和辞典』よりの引用を孫引き)
 漢語としての「文化」は、「礼学制度」や教典の一環なわけで、つまりは、前近代的な政治の言葉であったわけです。
 
 柳父章さんが、「『文化』という言葉は、近代以後の西洋語からの翻訳語だ」と断じているのは、今言われるような意味での「文化」を一語で現す言葉は明治以前のニホン語にはなかった、とゆー判断を含んでいます。
 また、現在では漢語文脈の意味で、「文化」が用いられることはない、って判断を選定として含んでいると思われます。
 
 しかし、政治家などが「文化国家」とか「日本文化」などというときに、文脈によく注意しないと、「私たちの文化」の内に、前近代的な価値観が混入されているのではないか、とゆう疑念も浮かび上がってきます。
 
◆「文化」の混乱
 一語の辞典にれば、「文化」とゆう言葉の内容的混乱は、ただの翻訳語以前/以後の違いによるだけのものではない、そうです。もっといろいろややこしい事情があるらしー(苦笑)。
 
#再び、一語の辞典から引用します。
文化:世の中のひらけすすむこと。

『辞林』一九〇七年(明治四〇年)


文化:(1)[culture]社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体。
 言語・習俗・道徳・宗教・種々の制度などはその具体例。
 文化相対主義においては、それぞれの人間集団は個別の文化をもち、個別文化はそぞれ独自の価値観をもっており、その間に高低・優劣の差はないとされる。カルチャー。
(2)学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの。
(3)世の中が開け進み、生活が快適で便利になること。文明開化。
(4)他の語の上に付いて、ハイカラ・便利・新式などの意味を表す。「−鍋」

『大辞林』(第二版)一九五五年(平成七年)


 まず、明治維新以降、「世の中のひらけすすむこと」から、「ハイカラ・便利・新式」の間に、言葉の意味が変化してきた流れがあったようです。それも、ちょっとした紆余曲折があって、一直線に意味が変化したわけではないようです。
 引用は避けますが、大正年間から昭和初期(戦前)の国語辞書類(複数)には、「文化:西洋かぶれ」とゆう意味が記載されていたとか。
 
 それから、『大辞林』(第二版)記載の、意味(1)「社会を構成する人々によって習得・共有・伝達される行動様式ないし生活様式の総体」、と、意味(2)「学問・芸術・宗教・道徳など、主として精神的活動から生み出されたもの」ですが。
 これは、それぞれに別のルーツをもつ、違う意味だそうです。
 
 たんじゅんに説明すると、意味(1)は、アメリカ的な文化人類学(それとイギリスの社会人類学も忘れてはいけませんが)が整理してきた、“culture”(カルチュア)の翻訳語。
 で、意味(2)はドイツ語の“kultur”(クルトゥール)の翻訳語として、明治以来用いられた意味、だそうです。
 
 “kultur”(クルトゥール)には、「洗練すること」とか、「教養」とか言ったこれまた独自の意味が含まれているそうです。
 
 例えば、「カルチャー・講座」の「カルチャー」はどちらかとゆうとドイツ語よりの用法なのでしょう。
 「教養〔の〕講座」と聞けば、意味はわかりますもの。
 
 これらは、誰が悪いわけでもなく、明治以降の歴史と翻訳文化との結果にすぎないのですが。ニホン語としての「文化」は、想像以上に混乱した内容を含んだ言葉であるようです。
 
◆ブックガイド
 柳父章、著,一語の辞典『文化』,三省堂,Tokyo.
 ISBN4-385-42205-2 C0380

2000年02月20日:22時10分05秒
[性に関するタブー]プリミティヴ社会での同性愛行為(長文) / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕

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 プリミティヴ社会での同性愛行為を事例にして、「リーメン理論(敷居の理論)」をご紹介してみます。
 「リーメン理論(敷居の理論)」は、TRPGのオリジナルなワールド設定を創る際に、かなり役に立つ理論である気がします。

 
 「TRPGのための社会科学設定の部屋」での、「異種族が混在する世界・社会」のやりとりから、話題を持ってきました。
#もしかすると、「[性に関するタブー]近親相姦タブー(長文)」(TRPGのための社会科学設定の部屋 LOG 001,カンナ記,2000年02月16日:10時26分03秒)、を併せてお読みいただくと、わかりがよいかもしれません(この投稿単体でも意味は通じるように書いてみましたが)。
 
#この投稿は次のような内容を含んでいます。
性的タブーと同性愛行為
イニシエーション(通過儀礼)の一環としての同性愛行為
リーメン理論(敷居の理論)
ブック・ガイド

性的タブーと同性愛行為
 同性愛行為が忌避されない文化はありふれています。
 
 ですので、同性愛が忌避される社会で、それがなぜ忌避されるかは、人類学的な話題とも言い難い面があります。
 どちらかとゆうと、文化史的・社会史的話題、といった趣はあります。まったく人類学と無関係とも言えませんけれど。
#ここでゆう、文化史の文化は、文化人類学のゆう文化ではないです。旧来の歴史学の分野であるような文化史です。
 
 大まかに言えば、西欧のキリスト教はセックスを罪悪視する習慣を、西欧史の過程で強めてきました。それで、西欧文化では、セックス自体が罪悪視され、同時に、同性愛への忌避も強まった、とそーゆー感じです。
 
 例えば、古代ギリシアや古代ローマでは、西欧のようにはセックスが罪悪視されていなかった、と言われます。
 
 ただ、ユダヤ教社会でも、同性愛、自慰行為、オーラル・セックス、アナル・セックス、異性装、獣姦行為、などへの、罪悪視はありましたけど。
 西欧キリスト教社会は、異性間の性行為も罪悪視するような文化を自己形成しました。これは異例な文化的特徴であると思われます。
 
 一方、「同性愛がタブー視されない文化はありふれている」と書きましたけれど。実は、プリミティヴ文化の事例をみると、年長者と若者の同性愛行為の方が普通です。
 大人同士の同性愛行為は、これは複雑化した文化でないとみられない事例であるようです。
 
 例外はあって、イヌイットの女装シャーマンに、神殿聖娼みたいな感じで同性愛行為をする例があるってゆーんですけど。これ当事者に同性愛って意識されてるかどうか、あやしいところです。
 想像妊娠で陣痛を訴えるような人たちですから、これは社会的・文化的には女性−−少なくとも「男性ではない」とみなされてるだろうとおもいます。
 本人やお相手する男性も、そーゆー意識で交接するのではないかと思います。
 
イニシエーション(通過儀礼)の一環としての同性愛行為
 年長者と、若者の同性愛は、複雑化した文化でも、稚児趣味のようなものに痕跡を遺していますけど。
 プリミティヴ社会での同性愛行為は、男子同性愛には限られていません。
 
 例えば初潮前後の女子が、産褥を経た年長女性とカップルになる事例があります。この事例だと、女子が年長者の世話を手伝う代償である・かのように、母乳授与を含む同性愛行為をおこなうそうです。
 
 男子同性愛でも同様です。若者がカップルの大人の従者のようにふるまいながら、同性愛行為が交わされます。この辺が変形して稚児趣味みたいな形になってゆくのだと思われます。
 
 これを社会・文化機能的に観ると、コドモであった集団構成員が、オトナの仲間入りをするための通過儀礼(イニシエーション)の一環と解釈されます。
 
 背景に想定される文化システムを説明するのに、「リーメン理論(敷居の理論)」って呼ばれてる説でみるとわかりがよいように思われます。
 
 「リーメン理論(敷居の理論)」には、まず、にんげんは世界を二分法で分けて考えたがる、って前提をたてます。専門的に突っ込んだ議論をするのでなければ、この前提を仮定と捉えても構わないでしょう。
 男/女、とか、天/地、とか、海/陸、とか。
 で、例えば、陸を、海岸/内奥。内奥を、川下/川上、とか。どんどん二つにわけていって、世界観を整理してゆく、って説です。実際、プリミティヴ集団の神話的世界説明には、こーゆー例が多いです。
 
 んで、二つに分けられた世界の「境」(=敷居、リーメン)が危険視され、忌避される、ってゆーのが「リーメン理論」です
 例えば、異性装とか、男女両性具有とかがタブー視される。
 女装シャーマンも、シャーマンであるからには、オトコであってオトコデはない存在でなけれならない。だから女装する、って文化的要請と解釈されます。
 
 ニホンでも敷居自体、踏んではいけないものって言われますよね。これって世界各地の文化にある考え方なんです。
 それとか、昼でもない夜でもない、黄昏時は「逢魔が時」と呼ばれますね。
 
 んで、イニシエーション過程で同性愛行為をする文化では、コドモでも無い・オトナでも無いにんげんが、同性愛の対象なんだ、と、当事者達に観念されている。
 
 若者は、非オトナ・非コドモのリーメン状態にありそれは危険な状態と観念される。だから、同性愛行為で、母乳や精液を与えて護る、と意識されています。この場合、母乳や精液は、当事者達に生命力を与えるもの、と意識されているのです。
 
 ですのでイニシエーションの一環としての同性愛行為では、タブー視されるべきなのは、実は性愛行為の対象である若者、なのですね。
 ただ、集団を維持するためには、若者を不可触にしておくわけにはいかないでしょう。
 それで、同性愛行為も、カップルの秘密めいた行為になってゆきます。ただ、それ自体はタブーとは意識されない。
 これが「リーメン理論(敷居の理論)」で解釈されるイニシエーションの一環としての同性愛行為の文化システムです。
 
 実際、若者は、同性愛行為を通じて、コドモには知らされない、オトナだけが知る神話や神話の解釈、儀礼の秘儀などを口伝で伝えられたりするそうです。
 
 複雑化した文化での同性愛(含むオトナ同士の同性愛)は、プリミティヴな文化がイニシエーション(通過儀礼)との関連が薄くなって遺ったもの、と推測されます。

リーメン理論(敷居の理論)
 リーメン理論は、実験で追認されるような自然科学的な知見ではありません(私見)。でも、理論的な異文化説明方法のひとつとは思われます。
 それに、割と応用力のある説明理論なんで。
 有力な仮説、として使うと有効と思います。
 
 TRPGのワールド設定でも、プリミティヴ集団に使ったり、神話を創作するときの補助に使うと有効なのではないでしょうか。
 
 例えば、ユダヤ教の食物タブーって、一見するとわけわかんないんですよね。
 ウシ・ヒツジ・ヤギは食べてよいんです。これは神様との契約で食べてよいとされてました。
 ところで、ブタを食べてはいけない、とかウサギを食べていけないとか、ウナギを食べていけないとかってタブーがあって、これがわけわからん(笑)。
 
 で、昔は、「砂漠は暑いから、ブタ肉を食べると非衛生だからだろー」とか言われてたんですけど。
 ブタ肉は傷み易くて、牛肉は傷まないのか?(爆)
 それに、ウサギってなんだよ(笑)、とか。わけわからん。
 
 で、ウシ・ヒツジ・ヤギって、反芻類+偶蹄目なんです。
 ブタは、非・反芻類+偶蹄目。
 ウサギは、反芻類+非・偶蹄目なんです。
 だから、タブー視される、とリーメン理論では説明されます。
 
 ユダヤ教ではウナギも食べてはいけないのですけど。ウナギは、魚に似てるけど、魚で無いもの、なんです。だって、鱗が無いから。
 
 要するに文化的に規定されてる世界観(←世界像ではない)からはみ出すもの・おさまらないものが、タブー視される・のだろう。厳密なタブーとまでゆかなくとも、忌避される、ってゆーのが「リーメン理論(敷居の理論)」なわけです
 
 「リーメン理論(敷居の理論)」のポイントは、ほとんどの文化で、にんげんが世界を整理してゆくときは、二分法を重ねて世界を整理してゆくってところです。
 何と何を二分してゆくかは文化ごとに恣意的で、共通の法則はほとんど見出せない。

 強いていえば、にんげんとしての身体感覚に根差した二分法、例えば「男/女」とか「右/左」とかは比較的多くの文化に共通項として見出される。
 あるいは「昼/夜」とか、「海/陸」とか。
 
 しかし、より多数の事物の二分割は、文化ごとに恣意的にされます。
 そのため、神話的世界観の体系、その総体は、文化ごとに恣意的になってしまう。
 
 そして、文化ごとに異なる「二分法による分割のどちらともつかないもの」は、「世界観にあてはまらないもの」・「リクツにあわないもの」・「説明し難いもの」、としてタブー視される。もしくは、タブーとまでゆかなくとも忌避される。
 これが「リーメン理論(敷居の理論)」の概要です。
 
ブック・ガイド
 リーメン理論については、簡単に概説した新書本があるのでご紹介しておきます。
 この本は、事例が多いのがよい点です。ただ、リーメン理論の基礎論の説明が簡単すぎて、前提や適応範囲などの説明がおおまかになってる気がします。
 ところどころに、強引な印象がする個所や、大ザッパな感じがする個所もみられる気がします(私見)。
山内昶、著,『タブーの謎を解く食と性の文化学』(ちくま新書091),築摩書房,Tokyo.
ISBN4-480-05691-2 C0239

#この投稿は以上です。

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2000年02月20日:21時29分31秒
人類学的「文化」の概念 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
 「TRPGのための社会科学設定の部屋」の方にアップした投稿、「[性に関するタブー]近親相姦タブー」(長文) (TRPGのための社会科学設定の部屋 LOG 001,カンナ記,2000年02月16日:10時26分03秒)、でアタシは「平時時の禁忌と、それを侵犯する際の儀礼のシステムが、文化」と書いてます。
 
 えーと、これは、プリミティヴ社会で近親相姦タブーなどの三大タブーを中核にして文化システムをみた場合の説明なのです。焦点を別の部分にあわせると、また違った説明方法が必要になってくると思われます。
 
 人類学(文化人類学)的な文化の概念規定は研究者によってバラツキが見られます。各研究者の主要関心のありどころに応じたポイントの差違が出ちゃうんですね。これは、文化系の学問のめんどくさいところです。
 もちろん、共通する要素も多くあります。
 
 この件は、以前「「文化」のカテゴリーと関連性について」 (TRPGのための諸人類学的設定の部屋 LOG 001,カンナ記,99年05月01日:21時18分04秒)、でちょっと触れた事があります。
 
>アタシが先に当掲示板に投稿しました「央華封神」にみる異世界の文化設定(長文)」 〔TRPGのための諸人類学的設定の部屋 LOG 001,カンナ記,99年04月30日:20時56分44秒:カンナ補記〕では、次のように書きました。
>>「言語、宗教(土俗信仰)、親族形態、生業形態、習俗、など共同態の成員が後天的に習得する事柄の複合態で、共同態の個性、共同態成員の帰属意識、ライフスタイルを規定するもの」
>、、としてみました。
>文化のいちばんシンプルな概念規定は「ひとつの民族固有の生活様式」でしょーか。
>人類学草創期のイギリスの研究家エドワード・タイラー(『原始文化』、など.1832-1917)による古典的と言われる「文化」の定義は、「知識、信仰、技術、道徳、監修、その他、人間が社会の一員として獲得した、一切の能力や習慣を含む複合的全体」だそーです。
 
◆システムとしての文化
 この投稿では、人類学的「文化」の概念について、もうちょっとだけ詳しく紹介してみます。
 先に引用したタイラーの古典的定義は、現在の人類学で文化の概念規定に使っても、それほど無理なく通用すると思われます。
 特に「複合的全体」って断りが効いてます。
 
 第一次世界大戦の頃からはっきりしだした、機能主義(機能・構造主義)の人類学では、「複合的全体」の中味が整理されました。「ある文化を構成する要素は、その文化の全体の内だけで意味を持ち、機能する」って考え方が明瞭にされました。
 ただ、人類学でゆう「機能・構造主義」は、一般にいわれる「構造主義」とは違う内容を持っていることに注意してください。

 ことにレヴィ・ストロースが提唱して有名になった、「構造主義人類学」と、「機能・構造主義」の人類学のあいだには、いささか断絶があります。
#この辺の事情を、より詳しく知りたい方は、とりあえず、「TRPGのための諸人類学」よりたどれます「TRPGのための諸人類学FAQ(よくある質問)」を参照してください。
 
 タイラー→機能・構造主義→構造主義って流れで、「複合的全体」をシステムとしてとらえるって方向性が明瞭になってきている、とはいえるでしょう。
#人類学者の中には「構造主義人類学」に批判的な意見もあるのですが。その是非・妥当性はさておき、学説の流れとしては、「断片の収集(タイラー以前)」→「複合的全体」→システムって流れを見てとれます。
 
 で、手もとの本から、いろいろな研究者による「文化」の概念規定を引用してみます。
 
・人間の外身体的適応手段。
・法、信仰その他の非物的側面を含む、環境の人造部分。
・知識、信仰、芸術、道徳、法、慣習、および人間が社会の一員として獲得した一切の能力や習慣。
・慣例化された理解の組織。
・生来のものではなく、学習された行動とその産物。
・共有される観念と社会的に相伝される行為と信念の集合体。

#M.S.ガバリーノ、著,『文化人類学の歴史』,新泉社.P.120より。

 研究者の主要関心に応じて、概念規定にバラつきがあるのですけれど。
 前提として、「文化ごとに構成要素のまとまり方にある個性を認める」、って観点は共通しています。例えば、「社会の一員として獲得した一切の〜」とか、「理解の組織」とか、「行為と信念の集合体」、といった表現に前提の反映が認められます。
 その「文化ごとに個性がみられるまとまり方」が、システムと呼ばれるわけです。
 
◆ブック・ガイド
 この投稿の内容は、主に次の本を参考にしてまとめました。
 
M.S.ガバリーノ、著,木山英明・大平裕司、共訳,『文化人類学の歴史』,新泉社,Tokyo.
ISBN4-7877-8716-0 C1039

 ガバリーノは、日本語版が刊行された1987年当時イリノイ大学の人類学教授でした。
 『文化人類学の歴史』は、アメリカの一般過程の大学生を読者に想定した本です。内容は、専門課程の人類学の概要と学説史を紹介したもの。
 大学生以上の読者の方に向いた優れた概説書だと思います。
 
 原題は、“Sociocultural Theory in Anthropology”。
 “Sociocultural”は、日本語版の内で「社会・文化的」と訳されています。
 アタシには断定はできませんが、原著者ガバリーノが独自に提出した視座のような気がします。
 
 『文化人類学の歴史』では、「社会・文化的人類学」の視座が構想されることで、英国の社会人類学とアメリカの人類学(文化人類学と自然人類学)の相互影響が、わかり易く整理されてます。
 フランスの社会学などへの記述も適確と思いますし。

 アタシが読んだことのある本のなかでは、まとまり、内容ともに一番優れた概説書です。
1999年11月07日:07時19分15秒
Re:死後の霊は消失するのか異世界に行くのか? / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>紙魚砂さん
 紙魚砂さんご紹介の、「沖縄での、人々から忘れ去られた霊が飲み込まれる『渦』」のお話はアタシは知りませんでした。
 沖縄、祖霊とゆーと海の向こうのニライカナイくらいしか知らないです(笑)。
 
 なるほどー、えーっと、朱鷺田先生なんですけど『ラウラ・マァの守護者』を創るときに、随分環太平洋圏の人類学的ジャーナルを読まれたよーに聞いてます。
 もしかしたら、「沖縄の『渦』」の話、「深淵」のイメージ・ソースかもしれませんね☆
 
>ところがキリスト教だと死後の世界に死者が吹き溜まるんですね。
>審判の時にまとめて帰ってくることになってるみたいですけど。
 
 そーですね。ダンテの『神曲』とか、そーゆーの読んでると、そーゆーイメージありますね。
 えーっと、アタシが書いた、「死者は終末の日まで、墓所で最後の審判を待っているものと、観念」(「[死生観]来世他界と現世との関係」,当掲示板,99年10月21日:22時27分06秒)は、大学とかで神学とかやって、「針のアタマに天使は何人座れるか」とかそーゆーコトやってる連中(笑)がどー応えるか、って感じなんです。
 
 こーゆー、死生観みたいな話題は、当該社会のどの部分で語られてどの部分で信じられる言説を取り出すかによって中味が違ってきちゃうとこが、めんどーなとこですよね。
1999年10月23日:11時39分45秒
死後の霊は消失するのか異世界に行くのか? / 紙魚砂

まあ、私が読んでる本でこの手の話にちょっと触れてるのは
「バガージマヌパナス」(池上永一/新潮社)
で、これは沖縄の「ユタ」と呼ばれる
そういう霊みたいなものが見える人(職業)の話が書かれてます。
宗教的色合いは薄く、ごく日常生活の中でそういう存在がいて、
でも見える人と見えない人がいるから、
何かトラブルがあったときには「見ることのできる」ユタが何とかする。
…という感じらしいです。

そこで現れるのが、人々から忘れ去られた霊が飲み込まれる「渦」の存在です。
そこに行ってしまうと、
霊は、すべての記憶がなくなって消失してしまうと、恐れられてるんですが、
(そのような場所に関する記述はどこか他にもあったような気がするが…忘れた)
そここそ死後の世界かもしれないと、言えるかもしれません。
生まれ変わりを信じる体系では、
まず死後の世界に行き、そこで前世の記憶を失ってという流れがあるので…
(というのは先走り過ぎか?)

ところがキリスト教だと死後の世界に死者が吹き溜まるんですね。
審判の時にまとめて帰ってくることになってるみたいですけど。
1999年10月22日:09時43分45秒
[死生観]Re:原始的観念における死霊に対する認識 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>紙魚砂さん
#こんにちは
>比較的、原始的な世界観においては、死んだ人はみんな死霊(祖霊など)になって人々に忘れ去られるまでそこに存在する。
>で、ずっと語り継がれるようなことをするとたとえば神様となって永遠に残る。
>人の記憶に残るか否かが重要で、完全に忘れ去られてしまうと死者のアイデンティティそのものが消失してしまうので、 忘れ去らないように、例えば祭りをする。
>…てな考え方があるようですね。
 
 うん、そーですよね。
 えーっと、関連して、ずっと語り継がれるようなことをすると、英雄神とゆータイプの神になって名も残る事例がありますね。

■英雄神 
 例えば、ある村落、または一延の農民がみんなで一揆をして、うまく行った後で、首謀者が責任をとって刑罰に処されたりすると、処刑された人の名をとって、太郎作明神(仮)とか、呼んで祀るとかですね。
 こうした、英雄神は何も武戦派の人格・神格や、いわゆる英雄物語の主人公みたいな人格・神格(ヤマト・タケル、とかヘラクレス)とか、みたいのだけではなくって。難所に橋をかけた、みたいなタイプ、ある種の文化英雄を入れてもよいと思います。
 ある種の人柱なんかも含まれてきますね。
#人柱の場合は、先に挙げた一揆の太郎作明神(仮)とかとは違って、犠牲者の真の名は秘められることの方が多いようです。物語的に仮構のキャラクターをたて、その名で祭ったりすることもあるみたいですし。
 
■集合的祖霊(祖霊神)と男女双系文化 
 祖霊に関していうと、個々の祖先の人格イメージが薄れて、「祖霊神」という集合として観念されるってケースもあります。
 語り継がれる英雄神を例外として、民俗社会では、個々の祖先の人格イメージが曖昧化することもあるので、そうした事例の反映とみるとよいと思います。
 特に、男女双系という親族システムの場合、三代より前の祖霊が集合した霊格として、祖霊神が観念されることが多いと思います。
 
 男女双系というのは、「財産分与権など、社会的に親族としての結びつきが認められる血脈(←「リーネッジ」と言います)」を男系(父方)、女系(母方)双方にたどってもよい、とする親族システムのことです。太平洋地域の文化でよく見られる文化システムですし、日本列島の民俗文化もその古層は男女双系だと言われます。
#武家社会は男系だと思われるかもしれませんけど、具体的な事例を見てゆくと、戦国時代の頃まで男系はある種の建前であって、実際の領地相続などは男女双系でやられてたケースがすごく多い。
#王朝時代の公家社会も、偉い方から準時男系原理が導入されてゆきました(藤原家とか)けど、生活レベルでは、女系かと思える習俗がずっと残ってたりしますよね(夫が妻のもとに通う婚姻携帯とかですね)。
#民族学者の折口信夫が、天皇家の即位儀礼を民族学的に研究した際に、天皇霊という霊格を想定して、「天皇の権威は即位儀礼の過程で、新天皇が、天皇霊に接触することで付与されると古代は観念された」的な説を唱えていますけれど、この「天皇霊」なども、個々の祖先の人格が集合して全体としては個性が混ざり合った性格の存在として構想されているようです。
#折口の天皇霊に関しては、いろいろな異論も出ているようですので、一応ここでは仮説としての位置付けで論じました。「神話的真実だ古代には実際に折口が言うように観念されていた)」と主張する意見もあることはお断りしておきます。
 
#総じて、日本列島の文化史を観ると、「石器時代〜古代は男女双系であった文化圏に大陸から男系の原理が伝播してきた」のか、「石器時代〜古代は、男系・女系・双系の文化が併存していた、多文化地域であったところで、男系文化が優勢になって、結果的に男女双系に似た文化状況になった」のか、その辺まだ定説は定まっていないようです。
#最近、ミトコンドリアDNA解析の手法で、現在の日本人の血脈には、以前に想定されていたよりも南方系の血脈の比率が少ないというデータが整いつつあるようです。ですので、日本列島の男女双系制に関して、これからは、「石器時代〜古代は、男系・女系・双系の文化が併存していた、多文化地域であったところで、男系文化が優勢になって、結果的に男女双系に似た文化状況になった」説が優勢になってゆくような気がします(私見)。
#文化の生業や物財の様式の側面ですと、実際に人的移動はなくとも、技術だけが伝播した、という可能性も考慮されるべきですけれど、親族システムのような中核的な文化は、特に前近代では人的移動がともなわないとなかなか伝播しないと思われますので。
 
 男系や、女系の文化ですと、祖先というのは、ある限定を持った系譜としてたどれるんですけど、男女双系ですと、三代前の祖先が通例8人、4代前だと16人になってしまいます(一夫多妻制だったりすると、公式なご先祖様、もっと増えてしまいます:笑)。
 この調子で祖先をたどっていくとある民俗社会の過半が親族になっていってしまうわけで、それはそれで、社会機能に不都合が生じます。
 財産相続とか、婚姻とかをスムースにやりづらくなっちゃったりもするわけですね。だから(と言うのは少し“機能主義”的な説明ですけど)、男女双系の文化では、祖先は集合した祖霊として、旧い先祖個々の個性はイメージしないような文化的な仕掛け(システム)になってるんだ、とこのように解して構わないと思います。
 
 諸星大二郎さんのマンガ、「マッド・メンシリーズ」に南方の祖霊が、同じような祖霊の仮面を被った群集のイメージで登場します。もちろん、「マッド・メンシリーズ」はフィクションですけど、これは個々の祖先の個性が忘れられた集合的祖霊の概念をうまく含意した描き方だと思います。
1999年10月22日:01時00分12秒
原始的観念における死霊に対する認識 / 紙魚砂

比較的、原始的な世界観においては、

死んだ人はみんな死霊(祖霊など)になって
人々に忘れ去られるまでそこに存在する。
で、ずっと語り継がれるようなことをすると
たとえば神様となって永遠に残る。

人の記憶に残るか否かが重要で、
完全に忘れ去られてしまうと
死者のアイデンティティそのものが消失してしまうので、
忘れ去らないように、例えば祭りをする。

…てな考え方があるようですね。

ところが、キリスト教・仏教など、死後の世界が明確に規定されていると、
死後の世界に行かずそこにとどまっている霊は悪しき存在と見なされる。

この辺は、「死者と生者の関係」にまつわる話で、
私自身あんまり詳しくないんで、あれなんですけど、
この考え方の違いとか、なかなか面白い。
1999年10月21日:22時27分06秒
[死生観]来世他界と現世との関係(ちょっと長いです) / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
#この掲示板、お久しぶりです。
@PALM-12さんWrote(「『死』の種類」,当掲示板,99年07月06日:14時32分44秒)
>大きく分けて死には、2種類あると考えられます。
>(1)転生する死
>(2)転生しない死
 
>次に(2)「転生しない死」です。これには主に3種類が考えられます。
>(a)永久的な生を得るための死
>(b)神の供物・同化のための死
>(c)消滅する死
 
 PALMさんご自身、うえの整理を「かなり模式化した死の類例」と言ってられます。
 アタシが思うには、ある文化の死生観をみるとき、または、死生観の設定を構想するとき、PALMさんが挙げられたキー概念に、「死者がおもむく(と観念される)他界と現世との関係」、「死者の人格と死後の存在との関係」の二つを絡ませて観ると(都合三つのキー概念での整理になります)、死生観のより細かい個性をみてゆくことができるのではないかと思います。
 とりあえず、今回の投稿では、PALMさんが提示した、「転生する/しない」死に、まず、「死者がおもむく他界と現世との関係」を絡めてみてみようと思います。
 
■死者がおもむく他界と現世との関係
 死者がおもむく(と観念される)他界と現世との関係」では、
 イ)死者がおもむく他界と現世との空間的関係
 ロ)死者がおもむく他界と現世との時間的関係
 、、がポイントになるでしょう。

■死者がおもむく他界と現世との空間的関係 
 素朴な他界観、死生観では、死者がおもむく他界は山の奥にある、海の向こうにある、など現世の生活空間に空間的延長がされた関係でイメージされます。
 これら、「イ)死者がおもむく他界と現世との空間的関係」には、さらに、、
 i)基本的には、死者の方からは自由に現世を訪ねることができ、生者は普通他界を訪れることはできない。
 ii)基本的には、死者の方からは特定の機会に現世を訪ねることができ、生者は普通他界を訪ねることはできない。
 iii)死者と生者は夢などの特別なチャンネルを通して随時交流することができる(生者が他界を訪れることも不可能ではない)。
 、、などの類型がみられます。
#さらに、来世観が複雑化すると、現世の生活空間とは隔絶した空間に来世が観念されてゆゆのだと思います(←ここ、発展段階は考えない方がリアルなのかもしれませんが、その辺はちょっと保留)。
#このタイプの来世はグッと、「他界」らしい空間になります。例えば、日本神話の黄泉のクニのように、洞窟など特別な場所を通過しなくてはならない空間、北欧神話のヴァルハラのように、特別な存在に導かれなければ交通できない空間などです。
 
■死者がおもむく他界と現世との時間的関係:ユダヤ教、キリスト教正統の事例 
 「ロ)死者がおもむく他界と現世との時間的関係」に関して、ユニークなものに、ユダヤ教、キリスト教のそれがあります(イスラム教の死生観もユダヤ教、キリスト教との比較で興味深いものがあるかと推測されますが、残念ながら筆者はイスラム教の内容にあまり詳しくありません)。
 ユダヤ教、キリスト教の終末思想によれば、現世の歴史の将来、ある時点で現世の終末がおき、その段階で、絶対神の審判がおこなわれる、と観念されます。
 
 キリスト教で観念される「天国」は、少なくともその正統教学においては、この「最後の審判の後の世界」と観念されます。
 PALMさんが提示された整理をちょっと曖昧化してしまうかもしれませんけれど、このユダヤ教、キリスト教的な来世観を、「現世と時間的に隔絶された来世」として理解することもできるでしょう。
 この投稿の後の方で、「キリスト教社会での幽霊のイメージ」「ハロゥインの習俗」など、例外事例について簡単にみてみますが、ユダヤ教、キリスト教的な来世観を「時間的に隔絶した他界」とみなしてみるならば、その来世と現世の関係は、iv)生者と死者との交流自体基本的はあり得ないこと(もしそれがあったとしたら、奇跡など秩序からの逸脱である)、との関係にあることになります。
 
 キリスト教教学では(少なくともその正統では)、死者は終末の日まで、墓所で最後の審判を待っているものと、観念されます。
 ちょっと非キリスト教徒にとってはグロテスクなイメージだと思うのですが、最後の審判の日には、あらゆる死者が墓所から置きあがり、生前の姿に立ち戻って、審判を受けるのだそうです。
 
 欧米のキリスト教社会で、伝統的には土葬が好まれ、火葬が忌避されてきたことの背景には、こうした来世観があると思われます。また、犯罪者への判決に「懲役五百年」とか、日本人の感覚からするとナンセンスとも思える判決をまじめにくだしたりする法習慣の背後にも、こうした来世観が(すくなくとも過去には)あったと思われます。

■キリスト教、非正統の事例  
 ところで、同じ欧米のキリスト教社会でも、正統的来世観と別に、死者は死後直ちに、天国・煉獄・地獄・の他界に赴くとの来世観も併存しているようです。キリスト以前の人間は、すでに審判がおこなわれ天国・地獄への配属が終了し、キリスト以後の人間だけが、最後の審判を待っているであるとか。死後の天国・地獄・煉獄への配属は、いわば仮配属のようなものであって、やはりそれぞれの境遇で最後の審判を待っているのだ、とかいろいろなバリエーションがあるようです。
 
 また、キリスト教社会でも、いわゆる幽霊(Ghost)に関する俗信はあります。「非業の死をとげた者の霊がさ迷い歩く」、「常軌を逸した悪意をもつ者の霊が現世にとどまる」などの幽霊のイメージは、日本を含め他の文化でも珍しくはありません。しかし、たとえ「非業の死をとげたものが何かを生者に訴えるため」に姿を現した幽霊であっても、それは正当なキリスト者のあり方からの逸脱である、との微妙な畏れの感覚はキリスト者でない者にはわかりづらい感覚であると思います。
#たとえば、シェークスピアの『ハムレット』で主人公が父親の霊に対して抱く感情に、こうした畏れの感覚をみることができるでしょう。
 
 さらに、キリスト教社会でのハロウィンの習俗に関していえば、キリスト教以前的な民間習俗が、布教過程でキリスト教習俗に取り込まれ内容がやや変化しつつ温存されたものだ、との推測はよく知られています。
 ハロウィンは「死者の霊が地上を訪れる日」として観念されているようですが、キリスト教社会が正当教学の死生観(来世観)とハロゥインの習俗とを調整しているのかは、想像してみると面白い主題かもしれません。
#社会学的には、「そうした観念の調整なんかはあまりかまわれていないのであって、だからこそハロゥインは年に一度のお祭りとしてある、例外的な日なんだ」、ってみなすあたりが妥当な理解なんだとは思いますけど。
1999年07月06日:14時32分44秒
「死」の種類 / PALM-12
#「自然死」とは既に関係のない話ですが、かなり模式化した死の類例についてです。

 早速ですが大きく分けて死には、2種類あると考えられます。

 (1)転生する死
 (2)転生しない死

 まず、(1)の「転生する死」についてですが、
 例えば、仏教用語の「往生」という言葉ですが、これは別の世界に生まれ変わることを示す言葉です。 実際の仏教思想からいえば、「別の世界」とは「別の境涯」に生まれ変わる事を意味しています。 別の言葉で言えば「転生」。 同じ世界で別の生を受けるわけです。
#別の生というよりも前世以前の善業、悪業が反映された状況に生まれ変わると言った方が正しいかもしれません
#この辺は、ダークな転生の話に片寄っていますが、筒井康隆「驚愕の荒野」を読むと面白いです。

 この他にもネイティブ・アメリカンやアフリカ、中国などで「死」は「転生」を意味します。 ほとんどの文化圏で死は転生と結びついているといっても過言ではないでしょう。 この事は、死を体験する成人への通過儀礼などでも見られます。

 次に(2)「転生しない死」です。
 これには主に3種類が考えられます。

 (a)永久的な生を得るための死
 (b)神の供物・同化のための死
 (c)消滅する死

 (a)は、浄土真宗やキリスト教などで、いわゆる極楽浄土、天国を持ち、死ぬのではなく「往生」「復活」し、その後、死というものから開放されます。 極論的に言うならば、信者は死なないのです(長い目で見れば(笑))。 一般度から考えても「転生する死」と対を成す概念は、この「永久的な生を得るための死」でしょう。

 (b)はマイナーですが多くの例を持ちます。 このタイプの死には、アステカの生贄や御柱祭の死者などが挙げられます。 これらの死および死者は、神に対する供物というポジションを取ります。 これには神と同化を唱えるものや一切子細の語られぬもの等様々ですが、「死ぬ」とは表現されない事がほとんどです。

 (c)は非常に特殊で例外的です。 「転生する死」であれ、「転生しない死」であれ、自分が消滅するという事を唱える死の概念というのは、現代科学を除いて非常に珍しい例と言えると思います。 死者は、なんらかの形で生きているのが一般的なわけです。


 最後にこれらの例をTRPGで考えてみると、、
 「ローズ・トゥ・ロード」シリーズでは普通に死ねば転生しますが、信仰に準じて死んだ場合は一輪の花になり、輪廻の輪を解いてゲームから離脱することになります。
 「ブルー・フォレスト物語」の悟りポイントも特有の死生観をもたらすルールでしょう。
 これらに対して西洋ファンタジーTRPGとでもいうような分野では、キリスト教の影響が強く、転生等の概念は隅に追いやられているといえるでしょう。

ではでは
1999年06月26日:13時11分16秒
Re:「自然死」という概念 / 鍼原神無〔はりはら・かんな〕
>昔の人たちにとって『外傷以外の要因』(老衰・病気)による死亡って、「自然死」として考えられていたのでしょうか。
 うーん、「天寿をまっとうする」なんて捉え方が割と「自然死」に近い感じだったのでしょーか?
 まー、日本的な言い回しかもしれませんけれど。
 前近代では、そーゆー、天寿をまっとうする死に方自体、現代よりレアだった気はします。
 
 らむださんも指摘されてますけど、病気は、超自然的な存在によってもたらされるって観念される事例は多いですよね。
#疫病は、ってゆーべきなのかな?
 
 戦争における死は、、たいてーの実在共同態では、戦争状態は非常事態とみなされますので、戦争における死は異常な死の範疇にカテゴライズされることが少なくない気がします。
 敵対勢力の英雄的戦士が祟らないように、戦死した者を祀るとか、って事例は割とあちこちの文化で見る気がします。
 
 バイキングのヴァルハラ伝説みたいに、戦死が常態とゆーか、前提になってる実在の神話体系の方がレアな気もします。
 ある文化共同態の内部で戦士階層だけが独特の死生観を持ってるってことはあるかもしれませんけれど。
1999年06月25日:10時09分16秒
Re:「自然死」という概念 / らむだ
  
  >アキトさん
  
  こんにちは。
  たいていの神話には、人間に「死」がもたらされてしまった経緯が示されていますので、
  「<自然>死」という考え方はやはり希だったのではないかと思います。
  
  古代ギリシアでも、病気は、アポロンやアルテミスが放った矢によるものとされたらしいですし、
  他地域でもとくに病気は、悪魔や悪霊によるものというのが一般的であっただろう、と。
  
  ただ、神話とは、過去の歴史的事実を示すものではなく、現実の「意味づけ」にほかなりませんから、
  病気や老衰で死ぬのは、その神話的事件を現実世界でなぞっているということになるのかな、と思います。
  #このあたり、ルーンクエストの「死」の説明やヒーロークエストなどの位置づけが典型的でしょう。
  
  #戦争も一つの儀礼的行為だったとすると、戦争による外傷死も、自然死ではなくなりますね・・・このあたりどうなのでしょう?
1999年06月25日:02時45分53秒
「自然死」という概念 / アキト
ふと思い付いた疑問です。

 昔の人たちにとって『外傷以外の要因』(老衰・病気)による死亡って、「自然死」として考えられていたのでしょうか。 ボクは、あらゆる「死」は「何者かによってもたらされたもの」と捉えるのが割と一般的だったと思うのですが。

 いや、別にだからどうしたというわけではないんですが。もしかしたら何かの役に立つかなと思いまして(お気楽ですいませんです)。


1999年05月24日:20時05分17秒
TRPGのための諸人類学的設定の部屋 LOG 001 / sf
 TRPGのための諸人類学的設定の部屋 LOG 001として1999年02月28日から1999年05月24日までのログを切り出しました。

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