まず、諸人類学の専門領域である、多様な無文字社会の口承神話、伝説、儀礼、習俗の採集、比較、機能分析、構造分析などがTRPGにとって有益でしょう。直接、シナリオ用のネタ、イメージソースとして利用できる、有益な知見が豊富と思われます。
また、文化人類学的な神話分析の体系的な考えかたは、既によく知られている神話・伝承類を新たな視点から読み直す助けにもなるでしょう。間接的にも、シナリオ用ネタ、イメージソースを豊富にする役に立つと思われます。
無文字社会、文字を有する社会を問わず、異文化の体系を分析する諸人類学や関連学問は、シナリオ用に自作される架空社会の構築に有益な知見を豊富に含んでいることと思われます。これらの知見は、TRPGシステムや世界設定の構築にも有益でしょう。
個別の民俗ジャンルについては、TRPGに使える民俗設定考察分科会も用意されています。しかし、例えば、「『ある社会での性差〔ジェンダー〕に基づく職業分担の慣習』と『タブー』の関連」、と言った、習俗を文化の体系として捉える類の話題、または、文化の体系と慣習、及び社会制度を包括的に考察する類の話題が、「諸人類学設定」の中心的な話題として考えられています。
文化人類学とは、大まかに「様々な異文化社会を観察し、分析し、記述し、また異文化間相互の比較検討をおこなうことで、各文化に固有の体系を総体的に理解しようとする学問」といえます。
発生時は無文字文化の研究に偏っていた学問ですが、研究の進展により、そこで発見された知見は、主に社会学を経由して文字を有する社会、先進諸国の社会や民族集団の研究にも活用され、現在では、都市人類学、応用人類学などの分野に分化してもいます。
ただ、今一般に「文化人類学」として知られる学問に関する日本語の用語法には、やや混乱があります。
第二次大戦前には主にドイツの、戦後はアメリカの影響力を強く受けた日本の学問制度のため、専門的文化人類学研究者たちは現在のところ「日本民族学会」に所属しています。専門的研究者が言う「民族学」は「文化人類学」とほぼ同一の対象領域と方法論を持った学問です。
一方、専門家の間で、単に「人類学」と言われる日本語は、アメリカで「自然人類学」と呼ばれる分野か、より限定的に「形質人類学」と呼ばれる分野を指します。
アメリカ的な用語法では、分野としての「人類学」の下位に「文化人類学」と「自然人類学(形質人類学)」が関連諸学と共に含まれる、とされますが、ドイツ的な用語法では、伝統的には「人類学」(自然人類学、形質人類学)と、広義の文化史を含んだ「民族学」は別系統の学問、とされます。
ところが、従来日本では、一部の「(自然)人類学者」は、「文化人類学(民族学)を(自然)人類学の補助分野と見なす」などなかなか混迷した状況が続いていました。第二次大戦前にドイツ的な学問分類にもとづいて大学制度が編まれたため、「(自然)人類学」は理科系の学部に、「文化人類学(民族学)」は文科系の学部に編纂されたことの弊害でもあるでしょう。
最近では学際的な交流も進展している様子ですが、それでも1997年の「日本民族学会」では「日本文化人類学会」への名称変更動議が否決されるなど、なお用語の混乱は続く気配です。
ちなみに、英・仏では、文化人類学は「社会人類学」と呼ばれて伝統的には「自然人類学」とは別分野とされる、と言われています。
フランス社会人類学は、社会学(総合社会学)と密接に関連し、英国社会人類学にも強い影響を与えた歴史を有しています。ただし、フランスで世界初のパリ民族学会が開設された(1839年)歴史もあって、『ラルース社会学辞典』(邦訳,1997年,弘文堂)の、「人類学と社会学」の項によれば、「人類学は,〔中略〕フランスでは民族学という言葉と同義であり〔後略〕」、と記されています。
また、グローバルには、英国的社会人類学を文化人類学とも自然人類学とも異なった方法論と体系を持つ学問ジャンルとする立場もあります(アメリカ的人類学の用語法の内では主流の立場とはみなせないと思われます)。
TRPGのための諸人類学的設定の部屋では、文化人類学、自然人類学、社会人類学、民族学及び民俗学の複合を、諸人類学の中核領域と見なします。アメリカ人類学は考古学や言語学を下位に含みます。またフランス社会人類学は社会学と密接な関係を持ちます。ドイツ民族学は広義の文化史研究の強い伝統を持ちます(ドイツでは、歴史学の分野では伝統的に政治史が中核になっていたことと関連すると思われます)。
なお、諸人類学の中核的複合には、専門分化した各種の人類学が含まれてます。以下に代表的な分野を挙げてみます。
研究者が直接現地に赴き、長期滞在し現地語を習得したうえで、異文化を参与観察するフィールド・ワークの記録。その記録に基づく異文化分析、研究。植民地などからの間接的情報を検討し、異文化に関する理論を構築する19世紀的な人類学を大きく前進させた現代人類学の基礎分野です。
1920年代にフィールド・ワークと民族誌の手法を導入して、文化人類学を現代的に一新した研究者たちは、異文化の構成要素が、当該文化の体系内で担う「機能」に着目しました(研究者によって多少のニュアンスの相違もあったようですが)。
俗流の機能主義は、例えば、「イスラム教徒が豚肉を食さない戒律を持っているのは、衛生的な理由である」と言った類の、「ある習俗の当該文化の内での位置づけ」を考慮外においたこじ付けに流れる傾向があります。ですので学問的な機能主義は、構造・機能主義、と呼ばれることもあります。構造・機能主義は、あくまで、ある異文化を自律性を持った体系として捉え、その体系の内での諸習俗の関連を解明しようとするわけです。
ただし、異文化の要素を過度に合目的的に解釈したり、功利的観点からのみ説明したりする態度が「機能主義的」と否定的に論評されることもあります。
1960年代前後、フランスの思想・哲学・諸学問ジャンルで横断的に展開された「構造主義」ムーブメントの一環として、レヴィ=ストロースの提唱した文化人類学が、構造主義人類学と呼ばれます。レヴィ=ストロースは、「ある文化の体系は、当該文化の構成員には直接認識されない(その意味で無意識的な)深層の構造の写像であり、文化人類学はその深層の構造を解析すべき」と提唱しました。レヴィ=ストロース以来、思想・哲学的な「構造主義」の一環である構造主義言語学や現代記号学は、諸人類学と相互に影響を与え合う関係にあります。
現状では、文化人類学の専門研究者の間では、レヴィ=ストロースの提唱した構造主義人類学には批判も多く、懐疑的に論評されることも少なくありません。
専門学的な比較文化。
俗流の比較文化は、異文化間の目立った相違点、または類似点のみに注意を引かれ、恣意的な判断に流れる傾向があります。通文化研究では、文化の体系的な総体のレベルでの比較検討が目指されます。そのため、任意の二異文化を比較する際に、どちともかけ離れた第三の文化を比較に導入する「文化の三角測量」などの方法が採られます。また、現在では、世界中の社会や民族集団についての文献を網羅的に集め、文献中のデータを細分化してデータベース化する HRAF(Human Relations Area File) が、国際的な規格として共有され、各国の研究機関で蓄積されています(HRAFの手法には根本的疑問も提起されていて、その議論には決着がついていません)。
通文化的公分母(あらゆる異文化間に共通する要素)としての言語と言語が持つ認識作用に着目します。個別文化の固有特性を、その言語の持つ認識作用、例えば、時制とか男性名詞/女性名詞の分類法などから論じます。
もともと文化人類学は、無文字社会の文化を研究するところからはじまったので、図像、彫刻、儀礼などが暗示する象徴的意味に対する研究も充実しています。象徴人類学は、これらの象徴が異文化システムの内で持つ意味を分析します。文字を持つ社会に伝わる伝統的な象徴体系の分析も為され、歴史学などにも応用されるようになっています(歴史学研究者の性向によっては批判的な向きもあります)。
通文化的公分母(あらゆる異文化間に共通する要素)としての経済行為に着目し異文化を研究します。
経済人類学の特色は西欧近代的な市場経済システムを相対化して文化を研究することにあります。経済人類学の定式では、一般に人類社会の経済行為には、「互酬」「再分配」「市場交換」の三種のシステムがあり、どれかが中心的になることはあっても基本的に三システムが並存するとされます。しかし、西欧近代型の社会システムは、「市場交換」のみが肥大化し、「互酬」と「再分配」をほぼ完全に駆逐した点が特異である、ともされています。
経済人類学が近代西欧的問題構成を相対化するのと同様、近代西欧的政治学の諸前提を相対化し、無文字社会の権力システムや、戦争(武力闘争)などのメカニズムを研究します。経済人類学とともに、人類学的社会学、人類学的歴史学に研究成果がフィード・バックされ、歴史学の一学派である社会史と深い関連を持っています。
生態学の成果を取り込んだ自然人類学の一分野で、特定文化の自然環境との関係を生態学的観点から研究します。低開発諸国の産業形態の研究など、社会学にも応用されています。
諸人類学の一部に、イギリス的な社会人類学の伝統を重視し、「社会人類学」が「文化人類学」、「自然人類学」と同等に自律的な学問ジャンルである、と見なす立場もあります。
「社会人類学」派の立場からは、「文化人類学は文化を重視するが、社会人類学は社会構造の研究を重視する」と言われます。しかし、一般に文化人類学では、「文化の体系こそが社会制度を根本で成り立たせる社会構造の基層」と見なされています。
また、「社会人類学は先進諸国の村落など『高文明内部の部分社会』の分析に適している」との主張もされますが、それを言うなら「『高文明内部の部分社会』の研究には社会学(総合社会学)の方が適している」とも主張し得ますし、また、「文化人類学は無文字社会など『社会制度が未分化で習俗/文化の体系に埋没している社会』の分析に強い」とも言えます。
現代文化人類学は、主に特定社会の総体的把握を強く志向するフランス社会学や、学際的でジェネラルな研究を貴ぶアメリカ的学風との関連で発展してきました。その為、諸人類学の中核的複合はその隣接学問領域と強く相互影響しあいながら現在も進展中です。その主な分野には以下のようなものがあります。
フランスのレヴィー=ストロースによる「親族の基本構造」の発見は、いくつかの批判的意見もあるものの、通文化的な社会制度の基層として広く社会学にも受け入れられました。家族社会学は、文字を持つ諸文化にも「親族の基本構造」の知見を応用することで大きく進展した分野です。
今西錦司を中心とした京大研究者のグループが野生のニホンザルの群団に固有の社会性を発見して以来、社会学的な生物行動学と自然人類学の一部とは急速に接近しました。もともと、考古学的手法で人類の起源を探究することもしていた自然人類学は遺物の解釈に生物行動学の知見を導入することで、発生期の人類のライフスタイル(文化)の復元を試みるようになっています。
社会史は、「19世紀的な実証主義歴史学が、なお政治的イデオロギーの束縛を相対化していない」、との問題意識から、1920年代にフランスで創刊された学術誌「アナール」によって大きく進展された学派です。ドイツ的な「社会経済史」とフランス社会学をバック・ボーンに、英雄や国家に視点を限定されず、幅広い社会階層を視野に入れた歴史分析、記述の方法を構築してきました。発生期からフランス社会学と密接な関係のあったフランスの社会人類学は、社会学を介して社会史に影響を与えたと思われます。
社会史のアナール学派は、フランス的伝統である、「人類学(自然人類学)」と「社会人類学(文化人類学)」の区分を越えて、歴史社会を総合的に分析し、記述する方法を探究してきています。その過程で提唱された、「人類学的歴史学」は期せずして「人類学」のアメリカ的用語法に近似のニュアンスをおびたと言えるでしょうか。「アナール」がが開発した人類学的歴史学の研究分野には、過去の歴史社会の疾病や死生率と社会システムの関連、過去の歴史社会の儀礼(戴冠式、凱旋式、etc)の象徴人類学的研究、家族制度(親族制度)の歴史的変動、王権論など多岐に渡ります。
準備中。
民俗(Folk-lore)とは、もともとは「民間的な知恵」を総称的に指す言葉で、「民間療法」「民間信仰(民俗信仰)」「民間農法(民俗農法)」「民俗語彙」など、もろもろの習俗的な知恵を包括的に指し示します。
民俗学(Sciense of Folklore)は、イギリスでは民族学(この場合イギリス的な社会人類学の部門ないしは補助学とみなされる民族誌学)と密接な関連を持つとされ、自国民族志学が“Sciense of Folklore”であり、異文化の民族志学が“Ethnography”とされ、 19世紀の時点では、両者は比較文化研究に際して相補い合うものと見なされる傾向がありました。
一方、フランス、ドイツなどヨーロッパの大陸諸国には、民俗学と社会人類学、または民族学がそれぞれの判断基準で明確に区別された伝統があります。
アメリカでは、当初から「民俗学」は北米先住民の民俗研究であり、アメリカ的文化人類学の一部に包括されていました。
日本では、当初Folkloreの訳語としては「俚博學」「俗説學」「土俗學」などが併用されていましたが、大正末年から昭和初期(1920年代後半〜30年代初頭)にかけて「民俗學」の語が生き残ったと言われまています。
「民間伝承を通じて生活変遷の経緯を探り、民族文化を研究する」とも言われる日本民俗学は、今流に言うなら一国社会史と言った傾向を当初から有していました。しかし、同時に柳田国男が提唱した「常民」研究を、非歴史的な研究と見なした研究者も少なくはなく、独自の展開を通して現在に至っています。
1970年代末〜80年代頃から都市民俗学などに新しいアプローチが試みられたり、日本史学の内の社会史研究との学際的協力が活発化するなど新しい展開が見られます。
準備中です。
「現存する無文字社会の異文化研究」からはじまった文化人類学ですが、その進展により研究対象が広がり、空間的には文字を有する諸文化、先進社会の民族集団、都市文化なども扱うようになりました。同時に、時間的にも、発生期の人類から、有史時代の諸文化も扱うようになっています。特に、学際的でジェネラルな研究を貴ぶアメリカ的人類学や、総合社会学として、社会の総体的な理解を志向するフランス社会学と密に関連したフランス社会人類学の貢献により、諸人類学の扱う領域は拡大したといえるでしょう。
勢い、TRPGのための諸人類学的設定の部屋ボードのカバー範囲にはグレーゾーンも増えるかと思われます。基本的には、既存の掲示板では扱いづらい、または、馴染みにくいアプローチと思われる書込みで、諸人類学に関わりのあるものは、とりあえず受け入れて、その後疑問が提起されたら随時、検討整理していく方法を採りたいと思います。既存の掲示板との間に空白の対象領域ができるよりは、どちらで扱ってもよい形で少しずつオーバーラップしていくほうが好ましいのではないでしょうか。基本的には、話題の対象自体ではなく、アプローチが(文化)人類学的か否かが目安にされるとよいかと思われます。特に、前近代的、または非西欧型の社会モデルが必要とされるアプローチにはTRPGのための諸人類学的設定の部屋のほうが適合性が高いと思われます。
既存の掲示板とで「TRPG諸人類学設定の部屋」との間で話題がクロスしそうなもの、及びリンクしそうなものを以下に挙げてみます。
「民俗設定考察分科会」で扱われる話題は、全面的に「諸人類学設定の部屋」とのボーダー領域にならざるを得ません。一応、「民俗設定考察分科会」では、方言・伝説・民俗譚・習俗など個別民俗ジャンルの設定をTRPGに活かすための話題が扱われます。妖怪譚や妖精譚、まじないや俗謡などの話題ですね。「諸人類学設定の部屋」では、民俗や文化を体系的に観たり、社会制度との関連で考察する包括的な話題が扱われます。
「歴史設定の部屋」には、伝統的な歴史譚や実証主義的な歴史学の話題が相応しいのではないでしょうか。歴史社会の儀礼や習俗に関する話題、考古学的な自然人類学の話題は、「諸人類学設定の部屋」に相応しいと思われます。また社会史的な話題はボーダー領域かと思われますが、アプローチの目新しさもあって、どちらかと言うと「諸人類学設定の部屋」の方が適合性があるかもしれません。歴史社会の社会生態学的話題や、文明論的な話題もボーダー領域でしょうか。
「TRPGのためのオカルト設定の部屋」で扱われる話題は、ほぼ全面的に「TRPGのための諸人類学設定の部屋」とボーダーにならざるを得ません。シャーマンや呪術師など無文字社会の習俗に関わる話題は「諸人類学設定の部屋」に相応しいでしょう。歴史時代のオカルト的な結社が持つ儀礼体系の構造的分析の話題は、どちらかと言うと「諸人類学設定の部屋」に相応しいでしょうか。
明文化された法体系の話題は「TRPGのための法学設定の部屋」に適し、習俗に埋没した段階の法(掟)、神話的な形式で表現された法(掟)の話題は「TRPGのたけの諸人類学設定の部屋」が適していると思われます。
近代西欧型の政治モデルを使った話題が「TRPGのための政治学設定の部屋」に適し、前近代的な政治(統治)モデルを使った話題は「TRPGのための諸人類学設定の部屋」に適していると思われます。また、政治に関わる儀礼、祝祭的な側面(凱旋式、戴冠式、パレード、etc)、王権論などは「諸人類学設定の部屋」に適していると思われます。比較政治学の話題がボーダー領域でしょうか。
習俗の体系に埋没した段階の土俗信仰に関する話題が「TRPGの諸人類学設定の部屋」に相応しいと思われます。教義体系や教派が確立した段階の宗教に関する話題が「宗教学設定の部屋」に相応しいのではないでしょうか。また、宗教社会学的なアプローチの新興宗教や、シンクレティズム(宗教混交現象)の話題はどちらかと言うと「諸人類学設定の部屋」に相応しいかと思われます。ある種の結社組織(聖堂騎士団、ケルト的な段階のフリーメースン、神秘主義結社、異端教団、魔術結社などとか)の話題はボーダー領域かと思われます。儀礼や組織に関する構造分析的アプローチは、どちらかと言うと「諸人類学設定の部屋」に相応しいでしょうか。
現在では、一般に「社会科学」という言葉は、近代経済学や人口学といった数理処理手法を基礎とする諸学を連想させると思われます。フランス的な社会学は、専門的には諸社会科学の一分野とされており、社会学的な話題はほぼ全面的に「TRPGのための社会科学設定の部屋」と「TRPGのための諸人類学の部屋」の間でのボーダー領域にならざるを得ないと恩われます。目安としては、無文字社会に関する話題と、有文字社会でも、習俗、慣習に関わる話題は比較的「諸人類学設定の部屋」に適した話題、と言えるのではないでしょうか。
軍事技術とリンクして、前近代的軍隊(軍団、兵団)の儀礼的側面、結社性などは「TRPGのための諸人類学設定の部屋」に相応しいと思われます。
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