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Date: Wed, 10 Jun 1998 18:12:08 +0900 From: 河嶋陶一朗 <cpsbox@trpg.net> Subject: [creator-ml:00038] TRPG は作品か、否か? デザイナーは監督か、否か? To: 投稿 <creator-ml@trpg.net> Message-Id: <199806100912.SAA03607@trpg.net> Posted: Wed, 10 Jun 1998 18:12:05 +0900 X-Mail-Count: 00038 TRPGは作品と謳うゲームデザイナー 河嶋陶一朗です。 >あと、RPG システムそれ自体は「作品」としてみてはいけないと >私は思っています。RPG システムはプレイされて作品を作り出す >ための「材料」以上のものであってはいけないのではないかと。 >少なくとも「秘伝の声」は「材料」であって「作品」ではなく、 >もちろん「芸術」ではありません。 以上はおがさわらなるひこさんの発言からの引用です。 ……すいません。いいたいことは分かるのですが、その根拠は? きっと精神的な部分で「芸術」とか「作品」とかって言い方が、 おごっているととらえられたんだと思うのですが。 なぜ、作品じゃだめなんでしょう? 河嶋の好きなTRPGは、D&D、T&T、ストームブリンガー、クトゥルフの呼び声、 モンスターホラーショー、パールシード、ウィッチクエスト、東京NOVA……など などなんですが、どれも「作品」と思って楽しんでますよ。 たぶん、「ゲームをデザインすること」というのが河嶋の骨身にしみているか らだと思うからなんですが、素晴らしいルールや世界観を観ると、そこに「作家 性」、「作品性」みたいなモノを読みとってしまうんですよ。私は。 だから、なんといわれようと、河嶋にとってTRPGは部品ではありません。コン シューマーゲームに比べると、マスターやプレイヤーに頼らないと遊べない、不 完全なモノかもしれませんが、そこに制作者のこだわりが感じられれば、河嶋に とって大切な「作品」になるはずです。むろん、そうした思想をゲームデザイン に興味のない、ふつうの消費者に強制するつもりはありませんけど。 >一人でなんでもできることを要求しているように読めるの >ですが、分業ではなぜダメなのでしょう? いや、分業でも全然おっけーですよ。最初にも断っている通り、あくまで「理 想的」なゲームデザイナーの話しですから。まぁ、才能が個人に集中してた方が いい理由として、 ・TRPGという儲からないメディアでは大量の人件費が使えない。 ・ゲームデザイナーが直接イラストや世界観を書(描)かなくても、それに精 通していた方が、総合的に魅力的なゲームを創れると思うから。 ・実際の制作において、プロデューサー(編集サイド)やそれ以外のスタッフ との打ち合わせにおいて、彼らが持つ共通言語を最低修得しておく必要があ るから。 ・河嶋個人がゲームデザイナーとして「開発のトップ」にいたいから。言い方 を変えれば、TRPGにおいては、やっぱりゲームデザイナーが現場の最高責任 者だと思うので。実際はプロデューサーが最高責任者だと思うのですが、 「プロデューサーは現場の人ではない」という認識が河嶋の中にはあるので。 の4点が挙げられます。4番目はたぶんに河嶋のエゴですが。 今度は小林聡さんの発言から引用したいと思います。 >デザイナーって、監督とかじゃないような気がします。 >むしろ舞台を提供する大道具屋さんとかプロデューサー的なほうなのではないかと。 >あるいは原案者とか。故手塚さんの言葉は、どちらかと言うとデザイナーよりも >GMに当てはまるのではないかと思います。 もちろんGMにも「監督」的能力は必要だと思いますよ。ただ、多くのTRPGはGM に「監督」的能力を要求し過ぎて、GMにかかる負荷を強くしたと思います。 今河嶋は、一度原点に立ち返って、GMに「監督」的能力をあまり要求しないも ゲームを創っている途中です。 繰り返しますが、河嶋は、TRPGにおいて、現場の最高責任者はゲームデザイナー だと思っています。ですから、映画における現場の最高責任者である「監督」や 演劇における現場の最高責任者である「演出」に例えたわけです。 やはりこれも個人的感想ですが、プロデューサーが全面に出てくると、「売れ るもの」は創れても「面白いもの」は創れないと思います。そんな過剰ともいえ る商業主義を抑えるためにも、現場には現場の最高責任者が必要だと思います。 そして、TRPGの場合、その位置にいるのは、やはりゲームデザイナーではない でしょうか? もしも、ゲームデザイナーでなければ、一体だれがたつのが相応しいと思いま す?