アリス・ザ・フェアリーワールド
心の本1

「だからさー、そんなんじゃないって」

 男は、石造りの壁に手をついて、もう片方の手で無造作に髪をかきながらうつむいた。長い栗色の髪が揺れる。
 目の前の小柄な女性は、そんな男をまっすぐに見つめて、彼の全ての挙動を見逃すまいと大きな藍色の瞳を見開いていた。
 年齢は、お互い15、6だろうか。

「そんなんじゃないってどういう事?だって、二人で歩いてたじゃない。私には、買物に行くだけだ、ってソルキは言ったくせに」
「たまたまだって。途中でバッタリ会ったんだよ。で、懐かしいから、そのまま話ながら買物してたんだよ」

 女性は、目に半分涙を浮かべながら目の前のソルキを睨み付けている。ソルキの話は全く信じていない様子だ。

「ラーナ。信じてくれよ。何だったら、テスティアと話すかい?」
「あんな人と話したくない」

 ラーナは首を振った。
 男は、頑固なラーナにどう言おうかと、目を宙に泳がせていたが、次第に考えるのが面倒になってきたらしく口を開いた。

「勝手に勘違いして、わがままばかり言うなよ!じゃあ、好きにすればいいだろ」

 そう言った時、教会の鐘が鳴った。
 それは、二人が在籍している大学の授業の始まりを示していた。
 ソルキは、大学の校舎の方に向かおうとして、その場を動かないラーナに気づいた。

「遅れるから、先に行くぞ。ラーナも早く来いよ」

 そう言うと、ソルキはさっさと先に行ってしまった。
 しばらく、その場に立っていたラーナだったが、不意に瞳から涙が零れてきた。腕で目をこすると晴れるから、と思いながらラーナは、ポケットに入っているハンカチを探す。鼻が熱くなってきて、鼻を鳴らしながら口を開けると、口から熱い息が漏れた。
 言い訳じゃなくて、自分が好きだと、そう言ってもらえれば安心できるのに。
 それを言わない彼に腹が立ったし、言われない自分に腹が立った。そう言えない自分に腹が立ったし、彼と楽しそうに話していたラスティアの事を思い出すと悲しかった。
 ひとしきり泣いた後、目はやっぱり熱ぼったかった。多分、はれているのだろう。

(こんなんじゃ、授業に出れない・・・)

 すると、ラーナは、校舎ではなく、大学の門に向かって歩いていった。大学に在籍している生徒の数は、知識の都として名高いホーロッグといっても数百人である。敷地は広いといっても、授業も始まっているし、途中で人に会う事もないだろう。そう思いながら、ラーナは、とぼとぼと歩いていた。

次に進む

アリス・ザ・フェアリーワールドの物語に戻る