トップ>イベント情報>第4回コンベンション・特設ページ>「モンスターメーカー戦記」とわたし・その1
「わたしは君たちの想像もつかないものを見てきた」
「ブレードランナー」とかいう映画の1シーンである。前後の事情は忘れた。
このセリフを言った男はそのあと摩訶不思議な体験談を主人公に話すのだが、体験談を話すにしてはあまりにも場違いな場所、場違いなタイミングなので映画の内容をきれいさっぱり忘れた今となっても以上のシーンは奇妙な印象を伴って記憶の隅にこびり付いている。
ただ、その体験談を語る時の男の昂揚とした表情はありありと覚えている。晴れ晴れとして尊厳に満ちたその顔――いつの時代でも、めくるめくような体験は個人の人生観を変える力を持っているらしい。
残念ながら、現代日本は神秘的な現象が頻繁に巻き起こるような環境ではない。ましてや自分がそれに直面することなどまずありそうもない。想像もつかないものにばったり出くわすことがないということは、安心する反面すこし寂しいはなしではないか。
めくるめく体験を人に語ったり、共有したりすることができればどれだけ楽しい時を過ごせるか分からない。晴れ晴れとした表情や尊厳などとはまるっきり無縁なわたしでも、胸踊るような素敵な体験をしたいという気持ちに変りはない。オプションで明朗快活ないい女性を付けてくれたらいうことはない……それに伴うもろもろのリアルな危険や厄介ごとはなるだけ御免被りたいが。
「苦労せずに冒険したい! それもウイークデイにっ!」
堕落した現代人であるわたしは、のび太のようなわがままを口走る。幸いなことに――
「――しょうがないなあ」
とかいってポッケに手を入れるネコ型ロボットは押し入れのどこを探しても見当たらないので堕落の度合いがこの程度で済んでいるのだが。
しかし、あきらめるのはまだ早い。あわてて押し入れを探そうとした方々も、「つまんねえ。じゃあ外で遊ぶ」とお出かけモードに移行しかけている方々も手を止めてこの先を読んで欲しい。
テーブルトークRPGがあるではないか!
われわれのホビー、テーブルトークRPGは、冒険心を無駄にたぎらした現代人のわがままにある程度応えてくれる存在である。
これがあれば、陽炎の揺らめく大砂漠を、身を守る寸鉄を帯びることも無しに、休むことなく後を付け狙う悪食の大蠍に追われながら決死の旅をすることも、コントロールを失い次第にG型恒星に引き込まれる旧式宇宙船の中で、致死量の放射線にさらされる恐怖と戦いながら起死回生の脱出のチャンスを窺うことも、街中の人間が生ける死体と化したコンクリートのジャングルで、乏しい食料と武器を手に最後の人類の意地を見せ付けるべく怪物ども相手に絶望的な戦いを挑むことも可能なのだ!
むう? こんな激死決定の破滅的状況は嫌だって?! じゃあ、可愛い娘がい〜っぱいの温泉混浴シーンでもいいよ、別に。
このようにテーブルトークRPGは大砂漠であろうが、G型恒星であろうが、コンクリートジャングルであろうが、混浴温泉であろうが、簡単に危機的状況を取り出して演出できる。しかもそれを参加者全員のリアルな体験として共有することが可能なのだ。「想像もつかない」とまではいかないが、「想像の及ぶ限り」のあらゆる出来事が再現可能といってもよい。世の中は次第にデジタルなものが幅を利かせるようになってきたが、そういう時代だからこそ、面と面を突き合わせてもっぱら紙と鉛筆だけを用いるアナログ丸出しのテーブルトークRPGの存在が際立つに違いない――そんな風に思うのは決して身びいきでも、わたしが根っからのアナログ人間だからでもあるまい。
まあ、こうした体験を経たからといってかならずしも人生観が磨かれるわけでもないというのはこの際置いておこう。オプションでいい女(ひとによってはいい男)をはべらすことができるかどうかは結局その人の努力と運と天性にかかっているということも。この点に関してはRPGも人生と同じくフェアじゃないのだ(ちぇっ)――本題に戻ろう。