ソードワールドリブレイ
遥かなる足跡を追って…
黒き家 〜Everything(It's you)〜
生きてゆく中で、人は多くの選択を強いられる。
その分岐がどこへつながるのかも知らされぬまま、なんの保証もないまま、人はそれでも人生の分かれ道の一つを選ぶ。
でなければ先には進めない。
だが、選べないものも多くある。
それは生まれ。
子に親を選ぶ権利はない。
その天分――才能、容姿、環境…選ぶ権利があるとすれば、まさにそれは神のみに許された所業である。
人はそれを偶然と呼ぶ。
だが、そんな言葉では片づけられない、重い何かが、そこにはある。
それは天の意志なのか。
偶然か天命か…
だが、そんなことは彼にとってどうでも良かった。
ダークエルフに生まれたことを恨んだことはない。
だが、そうであることに対する周りの反応は憎悪の対象だった。
弱肉強食――世の真実であるその言葉を教えられる前に、ファラードの生まれたダークエルフの集落は人間たちの手によって壊滅した。
悲しみや寂しさは感じない。
だが、消えかけた命の灯火を必死に守ってその場から逃げ出したファラードの心の中には、消えることのない火が宿った。
人間によって消されかけた命に再び灯をともしたのは、憤怨の炎。
そして誰にも教えられなかった、自然の掟。
力への渇望。
それが今のファラードのすべてだった。
「力無き者は死に、力ある者は生きる」
そんな哲学は無用。
生きるために、生の証明たる己が欲望を満たすために、力が必要だった。
それが、彼の選んだ…人生。
「"改宗の錫杖"って、ご存じ?」
そう持ちかけてきた女は、長い赤毛をかきあげた。その表情は目の部分を覆っている仮面のため伺い知ることはできなかったが、ただ口元には紅とともに薄い笑いが浮かんでいた。
「誰よ、あんた?」
ティルマースはあからさまに警戒の表情を見せる。
「ご挨拶ね。名乗りたくないのはお互い様でしょ。それより…」
「知らんな」
見えない視線でティルマースを牽制しながら自分に顔を向けた女の声を、ファラードは遮った。マントの裏では、いつでも投げられるようにナイフが握られている。
「悪い話じゃないわ。これがあればあなたのほしがってる軍隊が作れてよ」
女は笑った。
「…いいだろう。話せ」
自分の投げナイフが女の喉笛に突き刺さる映像を脳裏に描きながら、ファラードは言った。
女の話は、確かに旨いものだった。
女の言った"改宗の錫杖"――それは言うなれば洗脳の魔法のアイテム。
それがあれば確かに自分が欲してやまない、完璧に忠実な部隊が作れる。
ファラードは窓越しに外を見やった。
そこではティルマースが十数人のダークエルフの子供相手に訓練をつけている。その子供たちは、すべてが拾ったものだ。
ファラードと同じく村を滅ぼされた者、捨てられた者、親に殺されそうになって逃げてきた者――その出自は様々だが、彼らにはすべて共通の目的があった。生きる、という。
計算高い子供らは、食事と寝床、そして戦士としての訓練を提供してくれるファラードの下に、とりあえずはいる。だが、そのいずれもがもらう物と身に付ける技能だけを頂くためにファラードたちを利用しようと考えている。
もちろんファラードとて、そんなことは承知の上だ。
彼も、そんな子供たちを率いて人間の集落を襲い、略奪と虐殺を繰り広げたりしている。お互い様だ。
だが、ファラードは夢があった。
己が力だけですべてを解決したいなどと考えるほど、ファラードは夢想家ではないし、自信家でもなかった。
自分の力の程は承知している。
そして集団というものの持つ時として爆発的な力も。
だから、彼は欲した。
より強い力。
自らの手足となる完璧な部隊を。
自らの意のままに動く、最強の部隊を…
「ねぇ、あの女の話に乗るの?」
調練をおえたティルマースが、水浴びで濡れた髪を拭いながら、椅子にかけたファラードに話しかけてくる。
「そのつもりだ」
首に腕をかめてくるティルマースに眉一つ動かさず、ファラードは静かに言った。
「どうして? そんなものなくたって、あの子たちはあなたに忠実よ」
ファラードはティルマースの腕を振り払った。
「相変わらずだな…」
「なにが?」
「なにもかもさ。空も、森も、地面も、空気も…そして、オレも、お前も」
言ってファラードはティルマースを抱き寄せた。
「…ん」顎をしゃくると唇を重ねる。
ティルマースは瞳を閉じた。
こいつは思い違いをしている。
オレがあのバラガキどもを養っているのは、実はオレの心のどこかに慈悲の感情がある、と…。
とんだ思い違いだ。
オレは奴らを利用することしか考えていない。奴らも同じだ。
今はまだ奴らもオレたちを利用する価値ありと踏んでいるから逆らわないだけのこと。力を付ければ、いずれかならず寝首をかきにくるに違いない。
それをこいつは…オレがあいつらを愛し、あいつらもオレを慕っているとでも思っているのか?
そこまで言わないにしても、このダークエルフと人間のハーフは、その血の半分が黒に染まっているにも関わらず、人間のようなことを言う。
まぁいい。
誤解させておいた方が好都合だ。
この塔に住む女司祭のライヴェルにしても、オレがあのガキどもを本気で世話しているように信じ切っている。
だが、その方が利用しやすい。
変に気取って悪ぶって見せるよりも、利用できる誤解は利用する、それがファラードの信条だった。
ティルマースを抱きながらも、ファラードの心は冷めていた。
冷めている、つもりだった…。
そのことがこれから起こる悲劇の引き金になることなど、知る由もなく。
それから一週間後。
ティルマースはこの世を去った。
"改宗の錫杖"を手に入れるために赴いたファリス寺院でかち合った冒険者たちの手によって命を落としたのだ。
ファラードは愕然とした。
手に入れた"改宗の錫杖"は、確かにその威力を発揮した。敵側のファリス神官を操ることには成功したのだ。
ファラードはそいつに冒険者たちを襲わせた。
当然仲間同士、躊躇するであろうかと思われた。
だが、その読みは誤っていた。
敵の戦士は表情も変えずにその神官を斬り捨てたのだ。
さすがに殺すつもりまではなかったようだが、その冷徹とも言える行動は、ファラードを心胆寒からしめた。
その驚きはファラードよりティルマースの方が大きかった。
唖然とする彼女を、その戦士は返す刀で切り伏せた。
瞬間、ファラードの中で何かが弾けた。
気がつけば魔法の玉を使い、その封じられた魔力によって彼は逃げ出していた。
結局、"改宗の錫杖"は手に入らなかった。
だがそれ以上に、失ったものは大きかった。
視界が染まる。
風景が鮮血に滲む。
回る天地に自らの敗北を知るには、しばしの時間が必要だった。
だが、その時間はなかった。
倒れた自分に突き立てられた追い打ちの一撃は、ファラードを冥府に誘うには十分すぎるほどの威力を持っていた。
「あ…」
目の前に落ちた小剣に手を伸ばす…届かない。
自分の中から何かが抜けてゆく感覚さえも、何か遠くのもののように感じられるほどに鈍い。
だが、消える。
幼い日から自分の中で激しく燃えさかっていた炎が。
内から湧き出る憤り。
それが何に対してのものか、結局自分には分からなかったが。
だが、それではない。
燃えていたのは、復讐の炎。
ドス黒い憤りの炎とは違い、それはまさに燃えるように赤かった。
どう違うのか。その色の差異から答えは出なかったが、ファラードは恨みに心を焼く自分を、不思議と爽やかに見つめるもう一人の自分を感じていた。
ティルマースの死で自分の中の何かが変わった。
いや、顔を出した。
不思議と自分を殺した目の前の人間にたいして感慨はわかなかった。
怒りも、恨みも、そして喜びも…
ただ、なぜか納得できた。
分かったような気がした。
言葉にはならない。思いにもならない。
だが、死を受け入れるには、気持ちはおおらかだった…
求めてやまなかった力。
その力の正体を知ることもなく、圧倒的な力を目にすることもなく、ただ剣の力の前に、ファラードはこの世を去った。
その唇には笑みが浮かんでいた。
それは苦笑なのか、微笑なのか…あるいは、失笑だったのかもしれないが。
ファラードの死の報は、ジェシカによってデルヴァの砦にもたらされた。
それを聞きつけた目端の利くダークエルフの子供たちは、いつの間にか姿を消していた。
「みんな…二人の死がショックだったんでしょうね」
そう呟き、その瞳に浮かぶ涙を拭うライヴェルに、ジェシカはあえて異論を差し挟まなかった。
『復讐…か。無駄なことだ…そもそもそれほどエネルギーの無駄栂異な事もあるまい。何も生み出さない。そんな馬鹿げたことをオレがすると思うか?』
そう言ったファラードの真意が何だったのか、知る術はない。
そして、どうでもいいことだ。
自分も彼らとは利害関係だけでつながっていたに過ぎないのだから。
だが、なぜか分かるような気がした。
それがなぜか、わからなかった。いや、わかりたくもなかったが…。
そう思い視線を巡らせたジェシカの目に、一つの人影がとまった。
それはダークエルフ。
一人、残っていた。
幼い彼は、ティルマースの墓の前に立ちすくんでいた。
それは彼がつくったものだ。遺骨も入ってはいない簡素なものだ。
ファラードもそのことを知らない。
知っていても、一笑に付したかもしれないが。
彼の選んだ人生に、墓を立てるという選択肢はなかったはずだから…。
【了】
もどる