魔法の剣



「おばちゃん、この果物いくら?」
 良い香りのする果物を、俺は手にとった。
「20ってとこだね」
 露店で果物を売っている中年の女性は、大きな声で答えた。
「10にまけてよ。おれ、今サイフが寂しくてさぁ」
 俺は愛想の良い笑顔で交渉を始める。
「だぁめ、だめ。まけにまけても15ってところだね」
「そうかぁ、じゃあ12ってとこで手を打とうか」
 そう言って俺は、相手の返事を待たずに代金を15だけ手渡す。
「あんた、買い物慣れしてるね。あんまり売り手を泣かすもんじゃないよ、まったく。…観光かい?」
「ま、そんな所かな。この町に古い遺跡があるって聞いたんだけど、場所知ってる?」
「英雄の御堂なら、この道まっすぐ行くだけだよ。目立つからすぐ分かるんじゃないかな」
 そう言って店のおばちゃんは、大通りの奥の方を指差した。
「ありがとう、おばちゃん!」
 そう言って店を離れようとすると、背後からおばちゃの大声が飛んできた。
「忘れてたけど、その果物は皮むいて食べた方が美味しいよ」


 日はまだ高く、小さなこの町は大通りでさえあまり人影が見られない。俺は腰に吊ったサバイバル・ナイ フを抜いて、その刃で果物の皮をむき始めた。
 俺は冒険家。冒険を求めて世界各地を歩き回り、様々な文化や遺跡を見て回る。だが、俺はリュックなん かは背負わない。ナイフが一本あれば護身から日常生活まで全て事足りる、というのが俺のポリシーだ。
 やがて遺跡が見えてくると、遺跡の入口の前に人だかりが出来ていることに気づいた。
「オレたちゃ、反対だ。こいつは大事な英雄の御堂だぞ。壊すなんてとんでもない」
 普段着を着た男達が背広姿の男と口論している。
「こんなガラクタに何の価値があるというんだね。くずれかけではないか」
 背広姿の方は落ちつき払っている。再び普段着の男達がわめきだした。
「この遺跡には、英雄の剣が眠っているんだ! 工事で遺品まで壊すわけにはいかねぇ!」
 そうだそうだ、と同意の声が上がる。
「どこにそんな剣があるというのかね。誰もありかを知らないのだろう? いいかげんな話を信じるわけに はいかんね。だいたい、公衆浴場の設置は町民全員の願いだ。君ら一部の人間のために中止するわけにはい かん」
 背広姿の男の言葉は反論を許さない。
「せめて剣が見つかるまでの間、工事は延期してくれないか」
「だめだ。工事は明日の朝9時に開始する」
 冷たく言い放つと、背広姿の男は早足でその場を去っていった。
「この遺跡、壊されるのかい?」
 その場に残ったがっくりした表情の男達に俺は声をかけた。さっきまで大声で反論していた男が口を開い た。
「ああ。町長は遺跡の貴重さなんて分かってねえんだ。せめて伝説の剣だけでもと思っても、オレ達は剣の ありかを知らねえし……」
「その剣は確かにここにあるの?」
 俺は疑問を口にする。
「絶対ここにある! 古い文献には、この剣の魔力のおかげで森の奥に取り残された英雄が無事町に帰還で きた、と書かれている。墓はいらないと言った英雄の死後、墓の代わりに剣を残すための英雄の御堂を建て たそうだ」
「魔法の剣って所がとても怪しいと思うんだけど……」
「……おそらく、それほどに素晴らしい剣だったのだろう」
 あまり頼りになる情報ではなさそうだ。
「何にせよ、オレ達は剣を手に入れる。みんな、今日は徹夜で作業するぞ!」
 おー、という声とともに男達は遺跡内になだれ込んでいった。
「俺も見物がてら、手伝ってみるかな……」
 俺は男達の後について遺跡に入っていった。


 廃墟と言うにふさわしい。わりと広いのだが、どれもしっかりした造りではなく、くずれかけている。 危険なので子どもの遊び場にも適さない。町長が取り壊しを決めたのも無理はない。


「絶対本堂に隠し扉があると思ったんだがなあ」
 夜食を頬張りながら、男は言う。もっともやる気のあった――町長と口論していたこの男だけが残り、 他の者は皆家に帰ってしまっていた。マントにくるまりながら俺は言う。
「これだけの遺跡だと大勢の人が本堂につめかけるから、ちょっと隠しただけじゃすぐ見つかるだろうな あ」
「じゃあ、ちょっとやそっとじゃ見つからない所にあると……」
「とは言っても、こんなくずれやすい構造の建物に隠すってのもなあ」
 俺がそう言うと、男は少し肩を落とした。
「そうだよなあ……。くずれてないってのって言えば入口の門くらいだし……」
「! そうだ。門はまだ調べてなかった!」
 俺は突然大声を上げた。
「おいおい、いくらなんでもそこには隠せないだろう?」
「と皆が思うだろう? だからこそだよ」
「……なるほど!」
 入口の門まで来た俺は、ナイフを取り出すと、その柄の硬い部分で門の各部を叩いていった。すると、 門にはめ込まれている石の一つが、他と違う音を出すことに気付いた。
「これだ! この石を抜き出そう」
「おいおい、そんな道具ないぞ」
「これを使うんだよ」
 俺はナイフで石の周囲を削り始めた。
「おいおい、ナイフが痛むぞ」
「そこらの果物ナイフといっしょにされたらこまるね」
 数分の格闘の後、石はごろりと抜け落ちた。奥には金属の取っ手がついている。
「これを引くわけだな」
 男が取っ手を引っぱると、少しずつ門のそばの床が開いていった。
「下を見てくる。お前はここにいて何かあったら人に連絡してくれ」
 俺はそう言い残し、男からランプを借りて下に降りて行った。


 暗い。遺跡の中心へと道が続いているようだ。通路の壁は痛んでひび割れている。俺は静かに通路を奥へ 進んで行った。
 俺の靴音と衣擦れの音……。それ以外の物音が聞こえた気がした。体に少し緊張感が流れる。右側で何か が飛び上がる気配がして瞬間、俺はナイフを抜きその方向に切りつけていた。鈍い感触、しかし確かな手応 え。一呼吸の後、俺は二つに切り裂かれた蛇の死骸を見た。
「武器が軽いナイフでなけりゃ、やられてたな」
 俺はナイフについた血をきれいに拭きとってやった。


 やがて通路の先に部屋が見えてきた。はやる心を抑えられず少し早足で俺は部屋に入った。中は5×5 メートルくらいの空間。俺はランプをかかげて室内を見渡す。しかし、神々しく輝く剣を期待していた俺の 目に映ったのは、部屋の隅にころがる小箱一つきりだった。俺は無性に腹が立ってきた。
「畜生! やっぱり魔法の剣なんてガセネタだったんだ。だいたい森の中で剣が振り回せるわけないじゃね えか! どうやって野性動物と戦ったりできるんだよ。俺だったら長剣なんかよりこの……」
 そう言いかけた時、俺の頭に一つの予想が浮かんだ。俺は急いで部屋の隅の小箱に駆け寄り、蓋と箱との 隙間にサバイバル・ナイフを差し込んだ。力まかせに小箱の鍵をぶち壊し蓋を開けると、そこには確かに刀 剣が入っていた。刃渡り20センチのサバイバル・ナイフ!
「……やっぱり! 英雄っていうから戦士をイメージしていたのに」
 森の中のサバイバルでは、戦士の装備など邪魔にしかならない。護身にも、木で武器を作るにも、食物を 切るにも、ナイフ一本の方がはるかに優れているのだ。
「ナイフを軽視していたから、森から帰れたのがよほど奇跡に思えたんだろうな」
 皮肉な笑みを浮かべ、俺は英雄のナイフを手に部屋を出ようとした。その時、部屋の壁が鋭い音を立てて 亀裂を走らせた。
「やばい!!」
 俺が叫ぶのと部屋が崩れ出すのとは、ほぼ同時だった。


 男はそわそわしていた。一人で入っていった彼は無事だろうか。剣は見つかったのだろうか。遺跡の本堂 が突然音を立てて崩れ出した時、男は思わず本堂へと駆け出していた。
 瓦礫の山の中に床はキラリと光るものを目にした。瓦礫から手だけを出して、冒険家がナイフを振ってい たのだ。それはようやく山から顔を出した朝日をキラキラと反射していた。


 空は藍から水色へと変わっていった。まだ少し眠い目をこすり、大きく伸びをする。
 冒険はいい。愛想の良い笑顔とちょっとばかりの知恵、そして一本のサバイバル・ナイフがあれば、最高 の冒険が楽しめる。
 俺は愛用のサバイバル・ナイフと謝礼で少しだけ膨らんだサイフを手に、次の冒険へとまた足を踏み出し た。


戻る