魔剣ラフスヴィアス


 その青年は無抵抗に殴られ続けていた。
 一振りの長剣が、青年の腰にはさしてある。複雑な模様の彫刻に飾られ、大きな白い石のはめ込まれた柄。 その材質は神秘の力を秘めていると言われる貴重な銀である。頼りなげな風貌の青年には不釣り合いな立派 な剣。
 殴られ続けているのに、青年はその剣を抜こうとはしない。
「どうした、その腰の立派な剣を抜いたらどうだ。それとも恐くて抜けないのか?ええっ?」
 青年を取り囲む男達の嘲笑。
 それでも青年は黙って殴られ続けていた。


「…大丈夫、ですか?」
 道端に寝転んだ青年がうっすらと目を開けると、そこには傷だらけの自分を心配そうに見守る、一人の少 女がいた。
 それで青年は、自分が通りがかりに柄の悪い男たちにからまれていたこの少女を助けに入ったことを思い 出した。
 そしてその男たちに袋叩きにされた事も。
「ははは、かっこ悪い所、見せちゃったな」
「そんな…私のためにひどい目にあわせてしまって…」
 すまなそうにうつむいている少女に青年は笑ってみせた。
「いいんだよ。僕が好きで助けに入ったんだから」
「その剣…」
 その時になって初めて気づいたのか、少女は青年の腰の剣を指差した。
「ああ、これかい?」
「どうしてさっき使わなかったんですか?」
 少女の問いに青年が何か言い掛けた、その時。
「騎馬盗賊だーっ!」
 叫び声が悲鳴と馬の足音に混じり聞こえてきた。
 最近、馬を駆る野盗の集団が次々と近隣の町を襲っている事は青年も少女も耳にしていた。
 そして彼らの残虐な行為も。
 楽しむかのように盗賊達は逃げる人々を射殺しながら通りを駆けてゆく。
 青年が少女に助けられようやく起き上がったのとほぼ同時に、何故か盗賊達が二人の前で馬を止めた。
「いい剣だな」
 先頭の、リーダーらしき男が馬上より青年の腰の剣をなめまわすように品定めする。
 複雑な模様の彫刻で飾られ、大きな白い石のはめ込まれた銀製の柄。
 確かに、柄は立派で高価そうである。
「死にたくなければ俺によこせ」
「剣は」
 少女をかばい、青年は座り込んだまま答えた。
「剣は力の象徴です。そして力は破壊と死しかもたらさない。あなたにその剣を手にする資格があるでしょ うか?」
「もう一度言う。死にたくなければその剣を俺によこせ」
 男は表情を変えずに言った。青年は寂しげに微笑んで、
「あなた達には、人の命の重みが分からないあなた達には、この剣はおろかそこらのなまくらな剣でも握る 資格はないでしょう」
 と答えた。
 言った本人の意志は別にして、明らかに男に対する侮辱である。
「こいつを殺せっ!」
 怒りで体を震わせ男が命じた。
 後に控えていた盗賊たちが一斉に弓を引き、矢を放つ。
「…仕方ありませんね」
 背中でおびえている少女をちらっと見て、青年は呟いた。そして、ややためらいながら腰の剣を抜きはな つ。
 片面に失われた言葉の刻まれた、柄と同じく銀製の刀身がぼんやりと青白い光を放つ。
「今ならまだ間に合います。死にたくなければこのまま大人しく帰り二度とこんな事はしないでください」
 青年は剣を抜いただけであったが、一瞬で矢は全て真っ二つに斬られ地面に落ちていた。
 青年は剣を構えゆっくり立ち上がる。
「…何だ、その剣は。魔剣か?」
「『ラフスヴィアス』という名の剣について聞いた事は?」
「ほう、それがかの有名な魔剣ラフスヴィアスか。ならばなおさら俺がいただかねばならんな」
 男はにっと笑うと青年と少女を部下達に取り囲ませた。
 盗賊たちは弓を構える。しかし、狙うのは青年ではなく少女の方である。
「たとえ魔剣ラフスヴィアスが優れていようとも四方から飛んでくる矢を同時には落とせまい?」
 男はにたにたと下品な笑みを浮かべる。
「そのお嬢ちゃんを死なせたくなければその剣を渡すんだな」
 少女がぎゅっと青年の服の裾を握る。
 青年の目付きが険しくなった。それはこの男への怒りのせいか。
 それとも。
「言ったはずです。あなた達のような人にはそこらのなまくらな剣ですら握る資格がないと」
 青年は男を睨み着けると剣を上段に構えなおした。
「やってみなさい。きっと後悔しますよ。あなた達も、ね」
 男は矢を射るように怒鳴った。
 矢が四方より飛ぶ。
 剣は輝きを増した。
 まばゆいばかりの閃光。
 光は四方に伸び叩き落としそのまま盗賊たちに襲いかかる。
 悲鳴。いななき。そして絶叫。
 血が飛び散り、盗賊達は原型をとどめないほど斬り刻まれ、地面に転がった。
 まさに殺戮という形容がふさわしい、そんな光景である。
 一部始終を物陰より見ていた人々の間に歓声が上がる。それは、騎馬盗賊たちを倒し、街を守った青年を 讃える声。
「ここにも、命の重みのわからない人達がいる…」
 青年の呟きはそんな歓声にかき消される。
「こんな殺戮がそんなに喜ばしいか…」
 青年は悔しげに唇を噛んだ。


「あの…一つ聞いてもいいですか?」
 あまりの出来事に呆然としていた少女が、不意に青年に尋ねた。
「何?」
「どうして私を助けてくれた時、その剣を使わなかったんですか?その剣を使えばあんなちんぴら達なん か、簡単にやっつけられたでしょう?どうしてただ殴られ続けていたんですか?」
 少女の問いに青年は再び寂しげに微笑んだ。
「剣は、いや力は、どんなに凄くても、人を傷つけたり、殺したりする事しかできないから…ね」
 青年はそれだけしか言わなかった。
 無惨な盗賊たちの死体を見た時、少女は青年の言いたかったことが分かるような気がしたのだった。


 魔剣ラフスヴィアス。
 かつて数多くの名のある英雄たちの手を渡った聖剣。神々の鍛えた剣とも伝えられ、その力は一振りで大 地を割き、千人の軍を倒したという。
 ラフスヴィアスとは失われた言葉で「命の重さ」。
 使い手たちにより強大すぎる力と共にその名の意味を問うてきたこの剣も、今では歴史よりその姿を消し ている。

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