カーリマンの剣



 私がその老人と出会ったのは、私がまだ駆け出しの考古学者だった頃、とある砂漠の遺跡を発掘に行った 先の小さな酒場だった。そこで老人はこう問いかけてきたのだった。
「あんた、『カーリマンの剣』の伝説を御存知かね?」
 初対面の人間に対して、余りにも唐突な問いかけだった。びっくりして横を向くと、隣の椅子に八十路に かかろうかという日焼けした男が座っている。どうやら現地の人らしい。そう判断して私はにこやかな顔を 作ろうと務めた。しかし、名前すら聞いたこともない伝説である。どうせつまらない土地の昔話なのだろ う。私は興味を覚えなかった。
「いえ、存じておりませんが」
「ふん、どうせあんた、発掘隊の一員じゃろ?よくもまあ、そんな事も知らずにここに来たな。まったく、 これだからよそ者は困るんじゃ」
 どうやら、私の返答は老人の気に入らなかったらしい。少し鼻白んだ顔で、早口にまくし立ててくる。 腹が立ったので出ようかとも思ったが、「そんな事も知らずに」という部分が引っかかり、我慢することに する。
「一体、どんな伝説なんです?もしよければ話して頂けませんか?」
「いいじゃろう。何しろあんたの命にもかかわってくることじゃからな、心して聞けよ?」
「命、ですか?」
「そうじゃよ」

   ◇

 遠い昔、この地にカーリマンという名の英雄がおったんじゃ。彼は武芸に秀でた男での、当時周辺の民族 に虐げられておった儂等の先祖を解放せんと立ち上がり、激しい戦いの末に偉大な勝利を収めたのじゃよ。
 何年前の事か、じゃと? さてのう……とにかく遠い昔のことじゃよ。確か儂の祖父さんは千年ほど前の 事と云ってったかの。なに? 考古学的に矛盾するじゃと? ああ、これだから学者という人種は好きにな れんのじゃ……ま、好きにするがいいわ。
 で、カーリマンかせ使っていた剣と言うのが、件のカーリマンの剣というわけじゃ。カーリマンの剣は神 がカーリマンを助けるために与えた宝剣とかで実に素晴らしい力を持っておっての、幾度となく彼を助けた そうじゃ。
 さて、どんな英雄であっても寿命にだけは勝てなんだ。彼もまた、やがて老い、病の床に臥し、そしてつ いに最後の時がやってきたんじゃ。
 彼は死の間際に、砂漠に私の霊廟を立ててほしい、そうすれば私は永遠に同胞を見守り続けることが出来 る、こう遺言を残しての。儂等の先祖は、遺言通り霊廟を建てたんじゃ。今ではすっかり砂漠に埋もれてし まったがの、ちょうど……ほれ、あんた等が発掘しようとしてる古い墓の少し北に小さな丘があるじゃろ、 あそこにあったそうじゃよ。当時の技術の粋を集めた、それはそれは立派な建物だったそうじゃ。そしてカ ーリマンの剣もまた持ち主と共に霊廟に収められたんじゃ。
 以来八百年間、彼は守護者として我らを守り続けてくれたんじゃ。その証拠に、その間我々はこの地を追 われることも、虐げられることもなかったんじゃからのう。
 ん? さっき千年前って言っていたのに、八百年はおかしい、じゃと?
 ところがどっこい、おかしくないのじゃよ。何しろ、この二百年間は、偉大なるカーリマンは我らを守っ てくれてないんじゃからの。
 何故かじゃと? そう、その理由こそがこの話の要なんじゃ。大事なところじゃからよく聞けよ。
 二百年前、外からこの地に一人の男がやってきたのじゃ。名は……ええい、出てこん。忘れてしもうた。
 さて、砂漠で行き倒れているところを土地の人間に救われたその男は自分を考古学者だと名乗り、この 地にはカーリマンの霊廟を調べに来た、そう言ったそうじゃ。
 男の言葉に、土地の人間は驚きと戸惑いを隠せなんだ。何しろ霊廟は長い年月のうちに半ば以上砂漠に埋 もれておったし、そもそも霊廟に近付くことは禁忌になっておったからの。何故禁忌か、じゃと? ええい、 せっかちな男じゃな。順に話すから黙って聞いとれい。ま、そういうわけで、人々は男に霊廟に近付かんよ う忠告したんじゃ。
 じゃが、彼は非常に強情な男での、禁忌じゃろうとなんじゃろうと霊廟に行く、そう言って聞かなんだ。 そしてとうとう人々の忠告を振り切り、霊廟へと向かったんじゃ。そして数ヶ月間砂漠を掘り続けた末、 ついに霊廟の内部へと至る入口を見付けたんじゃよ。  その間も人々は男を止めようとしたが、最後まで成功しなんだ。そして男が入口を見付けた頃には、もう 諦めていたのじゃよ。それが呪いを呼ぼうとは知らずに、の。
 そう、呪いじゃよ。カーリマンの霊廟には呪いがかかっておったのじゃ。
 それにしても、諦めずに説得し続けてさえおれば、呪いなど降りかかることもなかったんじゃろうにのう ……。人生というものは、諦めたらそこで負けなんじゃよな……。
 おっと、話がそれたかの。元に戻すぞ。ええと、確か入口を見付けたところからじゃったの。
 さて、男の見付けた入口にはの、こう書かれておったんじゃ。「我らが英雄、カーリマンの宝剣に触れし 者、砂漠の怒りに触れて死すべし」とな。
 男は禁忌の意味を悟り、大いに驚いたが、だからと言って止めるわけにはいかない。数ヵ月の苦労が水の 泡になるんじゃからの。宝剣にさえ触れなければ良いと考え、中に足を踏み入れたんじゃ。
 ところがどっこい、それが甘かったんじゃよ。
 死体を安置しておった部屋……玄室というのか? に足を踏み入れた男は、カーリマンの棺の上に、一本 の剣を見付けたのじゃ。男は呪いを警戒しておったから、触れるつもりはなかった……じゃが、カーリマン の剣は無視するにはあまりに美しかったんじゃ。なにしろ、神より授かった剣じゃからの。そしてその美し さは、分相応な者でなければ身を滅ぼす魔性の美しさ……男はつい誘惑に負け、剣を手に取ってしまった。 そして呪われたんじゃ……。
 彼は狂ったように笑いながら、剣を手に霊廟の外に出た。するとそれまで風一つ吹いていなかった砂漠に 突如として突風が吹き、やがて猛烈な砂嵐になったんじゃ。男は嵐の中にけたたましく笑いながら消えて行 き……そのまま二度と戻ってこなんだ。
 そして、よそ者を禁忌の霊廟に入れてしまった土地の人間にもまた、呪いは降りかかったんじゃ。三日三 晩に渡って続いた砂嵐に畑は全滅したり、奇妙な疫病が流行って家畜は全滅したり、人々の間にも病に倒れ る者が出たり……そして、同時にカーリマンの守護も消え、東方の民に征服された……。
 これがカーリマンの剣にまつわる伝説蛇よ。
 何、その剣はどうなったかじゃと? さてのう、おそらく砂漠に埋まっとるんじゃろうが……まさか、あ んた、そいつを掘り出そうなんて考えとるんじゃあるまいな? 止めてくれよ、儂は呪われたくないから の。それと、あんたも発掘の時には呪いに気をつけてな。
 さて、長い話になってしもうたな。そろそろ帰らんと息子が心配するで、かえろうかの。え? 代金はあ んたが持つ? そうか、すまないの。あんたは良い人じゃな。成功を祈っとるよ。

   ◇

 あの日以来、様々な書物を調べてみたが、ついに老人の言う伝説を見付けることは出来なかった。
 そもそも、カーリマンとかいう人物自体、その存在は疑わしいのである。どんな歴史書にも彼の名はなか ったし、老人の言う彼の霊廟のあった場所は、六百年ほど前の墳墓が発見された場所である。その墳墓も、 カーリマンの実在を裏づけるものではなかった。
 結論として、カーリマンはおそらく(それこそ、どこに行っても聞けるような)でたらめこの上ない英雄 伝説の一つの中にのみ存在しているのであろう。つまり、カーリマンの剣の呪いも存在しないということに なる。
 しかしながら、老人の話があながち嘘とも思えぬ今日この頃ではある。何しろ、あの発掘に携わった者の うち、今も生きているのは私だけなのだから。もしかしたら我々の発掘した墳墓こそ、彼の霊廟だったかも しれない……それとも、首謀者である私が生きている以上、迷信は所詮、迷信に過ぎないのだろうか……?
 答は、未だ、見えていない。


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