2001.12.02.16:48
「……それは、平凡な、実にありがちな話だった。かつてわしは勇者で───もしくはその端くれで、当たり前のように魔王を倒す旅に出たのだ。
 これがそもそものはじまりだ。

「わしを旅に送り出す前、王は言われた。
『魔王を倒すには、この国のどこかにあるといわれる聖剣が必要だ』
そこでわしは聖剣を求め、国中を旅した。
幾度も季節が巡り、旅に出るときは少年だったわしも、いつしか立派な青年となった。
そしてとうとう、わしは聖剣の眠る地へとたどり着いた。
しかし聖剣の守り手は、わしにこう言った。
『聖剣を手にしたければ、汝の力の証を見せねばならぬ』
わしは訊ねた。『して、その証とは?』
『ここから遙か北に、竜の棲む山がある。その竜を倒してこそ、聖剣の持ち主たるにふさわしい』

「そこでわしは竜の退治に、北へ北へと向かった。
いくつも洞穴を潜り、その数倍の荒野を越え、さらにその数倍の丘を越えた。
そしてようやくわしは竜の棲むという山の麓にたどり着いた。
しかし竜の棲む洞穴へ入ろうとした瞬間、精霊があらわれ、わしを止めた。
『旅のお方、竜を倒すには世界樹の実が必要なのですよ』
わしは訊ねた。『して、世界樹はどこに?』
『昔はそこかしこに生えていたものですが……今は西方に数本あるのみと聞きます』

「その言葉に従い、わしは西方へと足を向けた。
やがてあたりの景色は見慣れぬものになり、人々の話す言葉は聞いたことがないようなものになった。
そしてやっと、わしは世界樹の生える森にたどり着いた。
しかしわしが森に足を踏み入れた途端、一角獣がわしを呼び止めた。
『おまえの目的はわかっている。しかし年老いた世界樹にはもう実がならないのだ』
わしはガッカリした。『なんと』
『されど、ここより南にある密林の奥には、若返りの泉があると聞く』

「それを聞いたわしは、そのまま南へと歩を進めた。
湖を渡り、川を下り、海を越え、さらにもう一つ川を下った。
そしてついに、わしは若返りの泉の一歩手前の村までやってきた。
しかし村の娘はわしにこう告げた。

『そのような泉のことは聞いたこともありません』



「ところがわしはその娘の美しさにすっかり参ってしまっていたので、泉のことなどどうでもよくなっていた。娘の方も、わしが一目で気に入ったようで、お互いにすぐに仲良くなった。

 やがてわしらは結婚した。

「ところが、幸せな生活は長くは続かなかった。結婚してすぐに、妻が流行病で死んでしまったのだ。悲嘆にくれるわしに、妻の兄はこう告げた。
『東方の呪術師は、人間を生きたまま死者の国に送ることができるというぞ』
わしは、もはや使うまいと思っていた旅の道具を引っぱり出し、東へと旅立った。
 死者の国へ行き、妻を取り戻すのだ。

「それはかつて経験したことがないほど、長く、苦しい旅となった。
季節は幾度も巡り、洞穴や荒野を越え、いくつもの国を過ぎ、何度も海を渡った。 村を出たときはまだまだ若かったわしも、長い旅のうちに、すっかり年老いてしまった。
しかしわしはとうとう、こうしてお主のところまでやって来ることができた。

 ……呪術師よ、わしを死者の国へ送ってくれないだろうか 」




その呪術師は、老人の、険しい、しわだらけの、疲れきった顔をしばらくじっと見つめていた。 そして言った。

「生身の人間を死者の国へ送り込むには、この世のどこかにあるといわれる月の涙という薬がどうしても必要なのだ 」







それを聞くと老人は黙って頷き、そのまま何処ともなく旅立っていったという。

出典「年老いた英雄の物語」




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