2001.12.09.
 未だかつて映画や小説といった虚構、音楽や文章といった表現によって、ぼくたちが時折抱く、この曰く言いがたい感覚や感情というものが完全に再現されたことはない。 もちろん、感情に訴えかけるものは今までにも数多く存在したし、たぶんこれからも存在し続けるだろうと思う。そして、そういった作品のほとんどが目指しているのは(目指せるのは)、その地点までであるということもわかっている。あるいは全く別のものですらあることも。

 しかしそれとは別の───例えば、古い記憶や長いこと会っていない友人などを夢に見て 夜中に目を覚まし、かつてと今との間に長々と横たわる時空の断絶(これは別に年数によらないと思うが)、 その圧倒的な寂寥感、孤独さを感じたときなどには、どうしても他人の作り上げた薄っぺらな(というよりも薄っぺらにしかなりようがない) 虚構・表現によってもたらされる感情の動きと、今現実に自分が感じている量感ある感情とを、ぼくはどうしても引き比べずにはいられないのだ。

 そして夜中に変な夢を見て背中にやな汗をかきながら目覚めてしまったぼくは、それをこうしてぐだぐだと文章にせずにはいられないのだが……。 これはいささか矛盾しているような気がしないでもない。


 おそらく、上のようなことを思いながらも、ぼくはまだ表現というものになんらかの期待を抱いているのだろう。






 それにしても眠い。




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