2002.2.24.


 友人が、怒り狂った。 非は間違いなくおれの方にある。一体、なんであんなことを言ってしまったんだろう。おれはヤツの心の傷を───無惨に破れ、今もなおどくどくと血を流しているその傷跡を冷酷にもえぐり出し、塩とマスタードを塗りこみ、タバスコとペッパーを振りかけたのだ。奴が怒るのはだから当然で、正直おれは殴られる、と思った。そして、殴られても仕方がないと半ば覚悟を決めていた。まったく、おれはあんなことを言うつもりは微塵もなかったのだけれども、だからといっておれの言ったことが取り消せるはずもない。

 さあ、殴れ。 おれは黙って殴られるだろう。それがせめてもの償いだ。そしてその後、おれは友人に謝罪する。それまでは、ただ黙っているのだ。中途半端な弁解はしない。人を不用意に傷つけておいて、うだうだと言い訳するなど、まっぴらごめんだ。殴れ。 おれは奴を言葉で殴った。殴ったなどというような生やさしいものではないけれども、とにかく傷つけた。それだけのことをしておいて、すまん今のは言いすぎた、で終わらせることはできない。おれは本当に後悔している。だからこそ、謝ったりはしないのだ。

 奴がおれの胸ぐらを掴んだ。おれは歯をぎゅっと食いしばり、次に来るであろう一撃に備えた。けれども奴は、怒りに満ちた瞳でおれのことを睨み付けてはいるものの、一向に拳を振り上げようとはしない。躊躇しているのだ。怒りのあまり顔が紅潮し、全身おこりがかかったようにブルブル震えながらも、おれを殴ることをためらっているのだ。

 何故だ。何故殴らない。おまえの気性はおれが一番よく知っている。あんな侮辱をされて、黙っているおまえではないはずだ。おれを殴れ。おまえにはその権利がある。それほど怒りをあらわにしながら、我慢するなんておまえらしくもない。相手がおれだからって遠慮することはない。友達だからこそ、言っちゃいけないことってのがあるんだ。おれはそれを犯した。いい気になって、人の最も繊細な部分を、荒らしてはいけない聖域を、土足で踏みにじり、その靴の踵でガリガリと線を引き、クラス全員でドッジボールまでしちまったのだ。


 負い目があるんだ。おれたちがこれからも対等でいるために、どうしても殴ってほしい。謝れば、きっと許してもらえるだろう。しかしそれはイヤなのだ。それで奴がおれを許したとしても、おれは決して自分自身を許せない。だからこそ、おれの不注意に対して、一発ガツンとやってもらう必要があるのだ。それがお互いにとって一番いいのだ。歯の一本や二本、折ってくれて構わない。実際、それだけのことはしたからだ。だから、殴られても構わない、というよりは、殴ってもらわなければ困るのだ。殴られたい。それで何もかもがもとに戻るなら。そうだ、おれは殴られたいのだ。



 くそ、まだ吹っ切れないのか。何をぐずぐずしていやがる。おまえにはおれを殴る正当な理由があるし、おれにはおまえに殴られる覚悟がある。なんの問題もないじゃないか。この腰抜けめ。変なこだわりは捨てて、感情のままに行動すればいいのに。かっこつけやがって。おまえのそれはただの自己満足じゃねえか。本当はおれの顔の形が変わるほど殴りたいに決まってるんだ。なにを考えてるのかしらねえが、どうせろくでもないことだろう。えーい、まどろっこしい。




 そっちが殴らないから、こっちからいくぜ!(バキッ!)


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