20030921


 天女が地から這い出てきたら誰だってビックリするに違いないが、それは彼女が天から下りてこなかった意外性のためか、地をもぞもぞと掘り返し出てきた不気味さのためか?と問われれば、これはどちらとも言い切れぬところがあるように思う。そもそもそれを天女と呼んでよいものか、という点はさておくにせよだ。

*

 病的なほどに青白く、泥にまみれ、虫の数匹をその身に這わせていたものの、土中より発臨した天女はぞっとするほどに美しかった。そして、その姿を見、一目でその容姿に惑ったオレは、よし、何とかしてこの女をここに止め置いて、必ずや妻にしてやるぞ、と鼻息も荒く誓ったのだ。

 気配を殺してガサゴソと草むらに身を潜める。オレの計画はこうだ──汚れた身を清めるべく水浴びを始めた天女の、あすこの木立に脱ぎ捨てられた着物を奪い取り、これを返してほしくば、故郷に戻りたければオレと夫婦になれと迫るのである。卑怯だぞ、とか、なんでそんなことになるものか、とあなたは思うかもしれない。だが、天女というものは着物がなければ故郷に帰れないものだし、それになんと言っても、これはかつて一度は成功した手なのだ。


 ところが、木立に脱ぎ捨てられていたのは、土と苔にまみれた一枚の襤褸。

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 なるほどね、とオレは思う。地と共に生きる我々は、空へ向かうに工夫なしとはいかないけれど、地を掘り起こすには、必ずしも何かが必要というわけじゃない。とは言え、スコップの一つもないとは、まさに人外恐るべし。

 さて、こうなっては最早あきらめるしかないよなーと、悄然として帰路につくオレであったが、家に着くなりある考えが脳裏に閃いて、頭から離れなくなった。
 そんな馬鹿な、と自分でも思うし、まるっきりの賭けではあるが、どの道このままでは万に一つの可能性もないのだ。試してみる価値はあるかもしれない。

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 我家には一枚の羽衣がある。七種の鳥毛から出来ており、受ける光によって様々に輝く。オレの叔父が織ったもので、驚くほど軽やかで薄い。着用すれば、自由に空中を飛行することができるという代物だ。

 木立に戻り、襤褸を拾い上げ、代わりに、持ってきた羽衣を木の枝に絡ませておく。こうしておけば羽衣を着るしかないだろうし、宙に浮いてしまえば地中には戻れまい。これがオレの思い付きなのだった。羽衣を脱がれてしまえばそれまでだが、はたして天女とはそこまで恥じらいがないものだろうか?

 すっかり準備が整って、草むらに身体を伏せると、あとは天女を待つばかりとなった。なったのはいいが、彼女のほうはちっとも水から上がる様子がない。それに、安心したせいか、ひどく眠くなってきた。なんと呆れたせっかち!オレは実際、退屈しはじめたのだ。


 クソ、それにしても長い水浴びだな…………!






*

 では、顛末と行こう。

 結局オレはあの後、だらしなくもグースカ眠ってしまって、目覚めたのは夜になってからだった。もちろん天女も羽衣も消えうせていて、彼女が出てきた穴だけが、月明かりに黒々ポッカリと口を開けていた。

 オレが落胆したのは言うまでもないことだが、それは天女を首尾よく妻にできなかったからばかりと言うわけではなく、彼女がどうやって立ち去ったかを見ることができなかったからだ。

 羽衣は──? 風に飛ばされたか?それとも天女が着ただろうか?

 天女は──? 穴に戻ったか?それとも、まだその辺で浮いているだろうか?


 けれどもオレは思う。あの天女は羽衣を着て、天まで昇って行ったのではないか。アホなオレに呆れつつ、けれどもそっと感謝しながら、空に消えて行ったのではないかと、そう信じたいのだ。


 そしておそらくは、実際その通りだったのではないだろうか?











*

 えーと。


 天女が川から流れてきたら誰だってビックリするに違いないが────


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