逆鉾学園生徒会事件簿
「球体飛来事件」
シーン:体育館
桜咲くのどかな午後。ここは都内練馬区、私立逆鉾学園高等部体育館。犬神圭佑は、生徒会長として今から始まろうとしている入学式に参列していた。体育館の中は静寂に包まれていた。圭佑には、この静寂がすぐに破られることがわかっていた。
教頭先生がマイクの前に立った。その表情には、不安が見え隠れしている。
「・・・無理もない・・・。」圭佑は口の中でつぶやいた。
「ただ今より、第45回、逆鉾学園高等部入学式を、開式します。礼。」教頭が言った瞬間、体育館内の照明が消えた。それと共に、幾条ものスポットライトの光がともされ、それらが体育館を走り抜けて、ステージ上の一点に集束した。そこには、一人の中年男性が、タキシードに身を包んで立っていた。
「ぅうぅえるかぁむ、えびばでぇー!ようこそ、逆鉾学園へ!私がぁ、校長のぉ、ジャッキー大倉でぇす!!」エコーのかかった声と共に彼の背後で爆発が起こり、紙ふぶきと紙テープが盛大に舞った。
「始まったよ・・・」見れば、教頭の表情は嘆きで満ちている。圭佑は、この派手好きで何でもショーアップしなければ気の済まない校長のせいで、入学式がすでに校長のワンマンショーになってしまったことに、もはや入学式をまともに進行することよりも、そのフォローをすべきだ、と諦めていた。
校長がこんな性格なのは、彼の正体が実は人間などではなく、「伝説の住人」と呼ばれる類の妖であるからなのだが、そのことを知っているのは学園内でも限られたものだけだった。そして圭佑も、その限られたものの一人だった。
シーン:生徒会室
「それで、結局2時間もかかったのか?」ぐったりした様子で生徒会室に戻ってきた圭佑から話を聞いた男子生徒は、あきれた、という表情で言った。
「・・・あぁ・・・」圭佑は力ない返事を返した。圭佑は机に突っ伏している。
「全く・・・お前の体力でも校長のショーはきついってか。それとも、お前がだらしないのか・・・どっちかな?」
「黙れ、御剣。黙らんと尖ったもん見せるぞ。」剣呑な視線が御剣と呼ばれた少年を射貫いた。
「悪かった悪かった。冗談だってば。」御剣武蔵、生徒会書記の彼は先端恐怖症だった。 「とにかく、俺は今日はもう動きたくない。トラブルなんか御免だから・・・」圭佑がそう言った瞬間、生徒会室の扉が勢いよく開けられた。
「大変よ!金子さんと依家君が、またケンカを始めたわ!」生徒会会計の浅利鈴音のその声に、圭佑は渋々と立ち上がった。
シーン:中庭
体育館と校舎の間にある中庭で、二人の生徒が対峙していた。
「なんで運動部の勧誘の邪魔をするのよ!」片方の少女が大声を張り上げた。
「そちらこそ、我ら筋肉部の普及活動の妨害行為は慎むのである。」もう一方の、上半身裸の筋骨隆々とした男が胸を張った。
「何言ってんのよ!あんた達のやってることは公害よ、公害!筋肉公害!はっきり言ってメーワクなのよ、メーワク!もうちょっと自覚しなさいよね!」男に負けじと、少女は指を突き出してさらに声を張り上げた。
「むう、何を言うか。貴様等にはこの筋肉の美しさが理解できんと言うのか!」
「できるわけないでしょ!」少女の発言に
少女の取り巻きがうなずく。
「何だと!」
「何よ!」双方の間の緊張が高まってきたそのとき、校舎のほうから大声がした。
「また貴様等か!!」声の主は圭佑だった。 「事情は聞いたぞ!入学式当日の部活動の勧誘行為は禁止されているだろうが!どういうつもりだ!」怒髪天を衝く形相で歩み寄ってきた。
「どういうって、あたしはこの筋肉バカに常識って奴を・・・」
「我々はこいつらに真の美というものを教えてやろうと・・・」
「いい加減にしろ!!」圭佑の声が一段と大きくなった。
「金子、お前は常識をどうこう言う前にまずちゃんと授業に出席しろ!授業には出席するのが常識だろ!依家、貴様自分の価値観を他人に押しつけるなと言うのがわからんのか!だいたい貴様のそれの一体どこが美学だ!ともかく、いい加減に騒ぐのをやめろ!!」
圭佑の鶴の一声でとりあえずその場の騒ぎはおさまった。しかし、圭佑が立ち去った後でも、争いは燻っていた。
「・・・依家、あんたとはこの際白黒はっきりしたほうがいいと思うのよ。」
「・・・同感である。貴様にいつかちゃんと真理を教えなくてはならないと思っていたところだ。」二人の声は静かではあったが、明らかな意志がこもっていた。
「・・・決闘ね。」少女−金子美琴−がそう言い出した。男−依家雪之丞−は同意した。 「よかろう。それでは今夜の十二時に、校舎の屋上で決着をつけよう。」
「いいわよ。」二人の声は低く、ほかの人間には聞こえなかった。
シーン:校舎屋上
誰もいない学校。周囲は闇に覆われている。校舎の屋上に、二つの人影が見える。いや、それを人影と呼んでいいのだろうか。
「悪いけど、本気で行くわよ。」その声は明らかに美琴のものである。しかし、その声の主は、人間ではない姿をしていた。毛に覆われた手、揺れる尻尾、そして、頭からはえる、二つの猫耳。
「当然である、猫娘。」そういう声の主も、明らかに人間ではない。雪之丞であるのは間違いないのだが、ならばその背後でうごめく無数の触手は何なのだろうか。
バステトの子、そして寄生体。彼らはそれぞれ、そう呼ばれる魔物の類であった。
「最初にあったときからあんたにはいい感じがしなかったのよ。」美琴のその言葉に、嘘偽りはない。彼らは人間として知り合ったが、ある事件で互いにその正体を知ることになったのである。もっとも、そのとき正体が知れたのは、彼らだけではなかったが。
「今夜こそ貴様に真の筋肉を教えてやろうではないか。」
そもそも、こんな奴に初対面で好感情を持てというほうが無理であろう。
「それじゃあ・・・」美琴が身構えた。
「よかろう・・・」雪之丞の触手の動きが一段と激しくなった。
美琴が大きく跳躍し、雪之丞が触手を四方に大きく広げた。彼らが今まさに激突しようとした、その瞬間だった。
「やめんか馬鹿者!!」
屋上に大声が響き渡った。その大声で二人の動きは止まり、美琴は着地に失敗し、雪之丞は触手が絡まってしまった。
「いたた・・・ちょっと圭佑、なんであんたがここにいるのよ!」大声の主、圭佑は、なぜか毛深かった。いや、毛深いというレベルではない。その姿はまるで・・・
「人狼が邪魔するな!」そう、狼であった。彼もまた、ある事件で正体を知られた魔物の一人であった。その、人狼の姿をとった圭佑は、二人に歩み寄ると腰に手をあてて言った。 「貴様ら、よけいな騒ぎは起こすなというのがわからんのか!そのしわ寄せが一体どこに来るとおもってんだ!この学校がなくなったら、ここを隠れ蓑にしている連中が困るんだぞ!いい加減そのことをわきまえろ!!」 圭佑はそう言うと、雪之丞を縛り上げ、続いて美琴を捕えようとした。しかし、美琴はすでに動けるようになっており、猫らしく、軽快な動きで飛び退った。
「ちっ、御剣!依家を頼む!」圭佑が影に控えていた武蔵に指示すると、自分は美琴を捕えにかかった。しかし、美琴はバステトの子だけあって、人狼の運動神経を持ってしても簡単には捕まえられない。
「へっへーんだ!犬なんかにゃ捕まんないよーだ!」
「犬ってゆーな!!」圭佑はこのままでは埒があかないと考え、用意してきたそれを、美琴が自分のほうを向いたときを見計らって投げた。
「あれは!!」美琴は自分に向かって飛んでくるものが何か、はっきりと見えた。そして、大きく跳躍して−
「おさかなー!!」空中でそれをキャッチした。それは、鯵の開きだった。
「おいしそー!」着地してそれを食べようとして、注意が散漫になった美琴に近づいて縛り上げることは、圭佑には造作もないことだった。
「おーい、捕まえたぞ。」
圭佑は武蔵と合流した。雪之丞はすでに、人間の姿に戻っていた。
「おう、お疲れ。」武蔵は圭佑のほうを向いて微笑んだ。
「全く、こいつらと来たらいつもこんなんだからな。」やれやれといった表情で圭佑は人間の姿に戻った。
「ほれ、金子、お前も人間に戻れ。」圭佑がそう言うと、美琴は不承不承、人間の姿に戻った。
「とにかく浅利、ありがとう。」見れば、武蔵から少し離れたところに鈴音がいるではないか。実は、屋上にいる二人を発見し、圭佑と武蔵に連絡したのは彼女であった。
圭佑は二人の前に立つとやおら話しだした。 「いいかお前等、こういう目立つようなことをされると、迷惑が・・・」
「おい、犬神。」
「かかるんだ。だからこんな・・・」
「犬神ってば」
「目立つようなことは・・・」
「犬神ぃ!」
「なんだ御剣、うるさい・・・」
圭佑の言葉はそこで途切れた。彼も気づいたのだ。空を飛ぶ物体に。
すでに全員が気づいていた。空を飛ぶ発行物体が、彼らの頭上をはるかに越えて、そして学校から離れたところにある林の中に降りていったのを。その一部始終は、せいぜい一分程だったが、目撃している彼らには、とても長い時間に感じられた。
「おい・・・あれ・・・」最初に口を開いたのは武蔵だった。
「あれって、どう見ても・・・」鈴音がそれに続いて言いかけた。
「うむ、我が故郷の船だ。」雪之丞が腕組みをして言った。
「そう、故郷の船よね・・・って、ええっ!故郷のふねぇ!?」鈴音が素っ頓狂な声をあげた。その表情は、まさにその場にいる雪之丞以外の全員の気持ちを代弁していた。
「そうだ。あれは我が故郷の宇宙船だ。こんなところで見かけるとは、奇遇な事もあったものだ。」雪之丞は頷きながら言った。
「へぇ、奇遇ねぇ・・・」美琴のその言葉は、明らかな疑いを含んでいた。
「とかなんとか言って、本当はあんたが呼んだんじゃないの?!あたしとの決闘に仲間を呼ぶなんて、あーやだやだ。これだから寄生体って奴は信用ならないのよ!」縛られたままの状態で雪之丞に食ってかかる美琴。
「それはありえない。この星の近くに私の仲間はいないのである。何故なら・・・」縛り上げられたまま雪之丞は胸を張った。
「私が地球に来たのは、私がうっかり居眠り操縦して墜落したからなのだ!!」
「威張って言うことかぁぁあ!!」圭佑は雪之丞の頭をおもいっきり叩いた。
「それにしても、何でこんなところに来たんだろう?」武蔵は疑問を口にした。
「全くである。あそこには、私の壊れた宇宙船しかないはずだが。」雪之丞のその発言に、圭佑は再度頭を叩く。
「それが原因じゃあぁ、この筋肉バカ!」 「宇宙船に、発信器とかが付いてたんじゃないでしょうか?」鈴音が言う。
「おお、そう言えば!」縛られていなかったら、雪之丞は手をぽんと打っていただろう。 『忘れてたんかいっ!貴様はっ!!』今度は全員がツッこんだ。
「とにかく様子を見てきたほうがいいんじゃないか?」武蔵が提案した。
シーン:市民公園
5人は市民公園の中にある雑木林へ入っていった。さすがに縛られた状態で引き摺りまわすのは目立つので、雪之丞と美琴は縄から解放されていた。しかし、彼らも圭佑たちについていったのである。美琴は、猫特有の好奇心から。雪之丞は、仲間を探すためである。もっとも、こんな筋肉に溺れた雪之丞を見たら、故郷の仲間が悲嘆にくれるのは明白だが。寄生体は本来知識を追求する種族である。それが何故、雪之丞はこんな筋肉バカになったかといえば、宿主の資質によるものであろう。肉体は寄生できたが、精神は逆に取り込まれてしまったのである。
「何か見つかった?」鈴音が誰にともなく言う。
「いや、何も。」
「こっちも見つからん。」
「ちょっと、こっち来て!」美琴が声をあげた。全員がそこへ行くと、直径2メートルほどの金属球がそこにあった。
「これは・・・」圭佑は気圧された様子でつぶやいた。
「これは・・・我らの大型船!」雪之丞がそう言うと、全員が怪訝な表情をした。
『大型船〜?』無理もない。どう見ても
ヒト一人がやっとの大きさである。
「そうだ。我々の本体は小さいし、我々は宇宙航行中は基本的に冷凍睡眠している。この船でもクリプトビオシス形態の同胞が、約千五百人も乗り込めるのである。」雪之丞が朗々と説明する。説明された側は、理屈はなんとかわかるのだが、彼らの目の前にいる寄生体の実例が実例だけに、どうも納得できないものがあった。
「ちょっと失礼。」雪之丞はそう言うと、触手を一本伸ばし、それを球体の一部分に触れさせた。しばらくそうしていたが、やがて触手をしまうと、向き直ってこう言った。
「うむ、中は藻抜けのからである!」
「威張るなあぁぁぁぁあ!」圭佑の後ろ回し蹴りは雪之丞の顔面にヒットした。
シーン:2−A教室
翌日。圭佑は授業に身が入らなかった。昨夜の宇宙船の中にいた寄生体は、いまだに見つからなかった。雪之丞の話では、彼らの種族が大気圏内で生きていられる時間は約48時間。その間に、宿主を探すかクリプトビオシスという休眠形態に入らないと死んでしまうというのだ。しかも、
「せんごひゃく・・・」千五百体もの寄生体が地球に来たというのだ。
「どないせえっちゅうんや・・・」圭佑は窓の外を見ながらつぶやいた。
シーン:校長室
「それで私に相談しに来たというわけなのだね。」圭佑は校長室にいた。考えた結果、校長と理事長の力を借りるしかないという結論になったのである。
「よかろう、このジャッキー大倉、千五百もの寄生体を救うために一肌脱ごうではないか!ああ、かっこいいぞ私!」すっかり自分に酔っている校長。
「校長先生の名前は寂邨でしょ。」圭佑は冷ややかに言う。
「お願いですから、目立たせないでくださいよ。間違っても、そんな格好で歩き回ったりしないように。」
「駄目かな?」ちなみ今日の校長の衣装は、エルビス・プレスリーのコスプレである。
「このリーゼントなんか、苦労したんだけどなあ。」
「駄目です!!」
シーン:理事長執務室
薄暗い、日のささない部屋で、一人の若い男がモニターに見入っている。そのモニターには、近くの小学校に設置されている防犯カメラの映像が、なぜかフルカラー、高解像度で映し出されていた。それを眺める男の表情は、あきらかにあやしい。
「ふう・・・ええなあ・・・」男がそうつぶやいたとき、急に画面が反転した。そして、画面に大倉校長の姿が映った。
「はぁろぉーお、理事長!」男はずっこけた。男は狼狽した。
「ななななな、何だ!」
「どうも理事長、ちょっとお邪魔します。」そう言うと、画面の中の大倉校長が画面から飛び出してきた。それと同時に、モニターには先程と同じ映像が映し出される。
「ちょっとお話がありまして。」
「非常識な登場をするなぁ、大倉!」この男こそ、私立坂鉾学園の若き理事長、苑田重春であった。ちなみに正体はバンパイア。
「またこんな映像見てるんですか、理事長は。警察に捕まっても知りませんよ。」ついでにロリコン。いつのまにか、圭佑まで部屋の中にいた。
「なんだ、犬神までいるとは、つまりそういう話か?」大倉校長と圭佑が同時に現われる場合、魔物がらみの話であることが多い。 「ええ、つまりそういう事です。」大倉校長が返事した。
「いったいどういう騒動が起きたんだ?早く言え。」理事長に促されて、圭佑は昨夜の出来事を説明した。
説明を聞いた理事長は、モニターのスイッチを消すと、立ち上がってこう言った。
「わかった。私のほうでも手を打っておこう。しかし、おそらく人手が足りない。犬神、お前も生徒会長としてやれるだけのことをしろ。私はこれからあの御方に報告に行く。」そして、執務室から出ていってしまった。
シーン:生徒会室
「とまあそういうわけだ。御剣、浅利、お前等も手伝ってくれ。」放課後、生徒会室。生徒会役員の三人が集まっていた。
「こんなときに限って、副会長は風邪だもんな。」武蔵が椅子にもたれながら言う。
「でもそのほうが好都合よ。副会長は、ただの人間よ。こういうことに巻き込んで、寄生されちゃったらどうするの?」鈴音はそう言ったが、圭佑と武蔵には、彼女がそう簡単に寄生されるとは思えなかった。彼らは、彼女の戦闘能力を知っていたから。
「ともかく、俺達だけじゃ手が足りないぜ。どうするつもりなんだよ?」武蔵がそう言ったが、圭佑には一応考えがあった。
シーン:筋肉部部室
中高あわせて七千人もの生徒がいる坂鉾学園には、その生徒数に比例した数の部活動がある。その中でもキワモノとして有名なのが雪之丞が設立した「筋肉部」であった。その活動目的は「美しい筋肉を養い、筋肉を鍛えることで真理を追究する」というものであった。普通ならこんな部活動承認されるわけがないのだが、大倉校長が「面白そうだから」の一言で承認してしまったのである。
「つまり、我々筋肉部に協力してほしいと、そういう事か。」雪之丞が聞き返した。彼の前には、圭佑が立っている。
「筋肉部員のなかで魔物であるものを何人か貸してほしい。お前の仲間の問題だ。いいだろう?」圭佑は訊いた。
「望むところである。我々の筋肉の美しさで、我らが同胞を救出するのである!」
「いいから一言ごとにポーズをとるのはやめろ。」圭佑はこのむさくるしい空間から早く脱出したかったが、仕方がなかった。
シーン:カフェテリア
逆鉾学園にはカフェテリアもある。そこで、鈴音と美琴が向かい合って座っていた。美琴は、鰯のパイを食べている。
「それでね、犬神君が、手伝ってほしいんだって。」鈴音が説明していた。
「ふぅん。猫の手も借りたいってワケ。」
美琴は食べる手を休めずに言う。
「ね、お願い。美琴しかこういうの頼めるのいないんだよ。」鈴音が手を合わせて言う。 「・・・いいよ。鈴音には、いつも早紀が世話になってるし。」美琴はそっけなく言う。
「いいの?!ありがとう美琴!」
「ただし、条件があるわ。」美琴は皿をほとんど空にして言った。
「まず、運動部にもっと予算をちょうだい。それが条件の一つ。」
「え・・・それは・・・」自分の一存では決められない、鈴音がそう言おうとしたとき、美琴はフォークをゆらしながら言った。
「それと、アンチョビのピザ、おかわり。」 鈴音は自分のお財布が軽くなっていくのに対しては無力であった。
シーン:学内倉庫
逆鉾学園の敷地内にある倉庫の一画。そこに昨夜発見された球体がひっそりと保管されていた。
「んで、」圭佑は後ろにいる武蔵に訊いた。「これのどこが怪しいって?こんな怪しさの大集合みたいなもん今更調べてどうしようってんだ?」
「妙なんだよ。」武蔵は真剣な面持ちで言った。「明らかに変だ。」
「変って言っても・・・」こんなモン全てが変だろ、と圭佑は言いかけた。
「これが林の中に着地してから、俺達が見つけるまでおよそ10分。その間に、千五百もの寄生体が全て目覚めて、船から出るなんて事がそう簡単にできると思うか?」
圭佑は武蔵の言わんとすることを理解した。 「でも、誰がそれを調べるんだ?この宇宙船について知ってそうな奴はあれだけだし、調べられる奴がいないぜ。」圭佑のその指摘は、武蔵自身にもよくわかっていた。
シーン:生徒会室
「新入生の中から探すぅ!?」鈴音の素っ頓狂な声が響いた。
「そ、探すってさ。」武蔵が半分あきれたように言う。球体の調査ができそうな人物は、少なくとも圭佑の知り合いの中にはいなかった。武蔵はどうやって調査するかを圭佑に相談したのだが、彼の考えは調査可能な人物を新入生の中から探し出す、というものだった。 「でも、そんなことやってて間に合うの?」鈴音が疑問を口にした。
「どっちにしろ、将来のために調べておく必要はあるからって、圭佑は言ってたけど。」武蔵はそう言うと、座ってる椅子に深くもたれこんだ。
「でも、私、機械に強い人知ってるけど、その人じゃ駄目かなぁ・・・」鈴音がぼそりとそう言った。
「ふうん・・・・・・今なんて言った?」武蔵は椅子から飛び起きた。
「だから、機械に強くて、私たちの正体を知っても大丈夫な人がいるって。」
「誰だよ、それは!?!」
シーン:2−E教室
「川波のおじさんに?!」美琴の素っ頓狂な声が響いた。
「早紀ちゃんのおじいさんなら、機械のことにも詳しいし、問題ないでしょ。ね、美琴からおじいさんにお願いしてほしいの。」
川波孝作は、美琴の下宿先の主人である。彼の孫娘の早紀は、逆鉾学園中等部の2年生であり、鈴音と早紀は部活の都合で知り合って以来、仲が良かった。鈴音が美琴と知り合ったのも、彼女を通じてであった。
「ね、お願い。この前アンチョビのピザおごってあげたでしょ。ねぇ、美琴お願い!」鈴音の懇願に、美琴はあまり気乗りしなかったが、承諾するしかなかった。
シーン:学内倉庫
放課後、学内倉庫には7人の人物が集合していた。
「これです。」圭佑が初老の男に球体を指し示した。圭佑の後ろには武蔵、鈴音、そして美琴がいた。
「ほう、どれどれ。」初老の男が球体の開かれた部分から中をのぞき込む。その脇から、少年と少女がのぞき込もうとしていた。
「・・・なんであんた達までいるのよ。」そう言う美琴の声には剣呑さが含まれていた。 「いや、だって、美琴姉ちゃんが困ってるっていうから、俺に手伝えることはないかなー、って。」少年のほうが言った。
「ごめんなさい。私が教えたの。」少女のほうは申し訳なさそうにしている。
「あー、いいのよ別に早紀ちゃんは。功太のバカはよくないけど。」
「なんでだよぉ。俺と美琴姉ちゃんとの仲じゃないかあ。」少年は媚びるように言った。 「どういう仲よ!」美琴はこの少年が苦手だった。
「もうその辺にしておけ、金子。樋口もだ。川波さんのじゃまになる。」圭佑が二人の争いがヒートアップするのを止めた。
少年の名は樋口功太という。先程から球体を調べている初老の男川波孝作の孫娘である川波早紀のボーイフレンドであり、生徒会の面々や美琴とは浅からぬ因縁のある少年である。そして美琴と同じく、「バステトの子」と呼ばれる魔物でもある。
シーン:筋肉部部室
圭佑と武蔵は雪之丞の前にいた。
「一人しか乗ってなかったというのか?」雪之丞は意外そうな表情をした。
「そうだ。あの宇宙船には、寄生体だけなら千五百体乗れるが、あれにはそれだけの数が乗っていたという痕跡が無かったそうだ。しかもだ。」圭佑は説明を続ける。
「あの球体には人一人が通れるだけの出入り口が付けられていたそうだ。そして、中にあった機械は人間サイズの物体を収容するようにできていた、ということだ。」
それだけ聞いて、雪之丞は少し考えると、思いついたように口を開いた。
「と、いうことは、あれに乗っていたのは我らが同胞ではない、ということか?」
「否定はしない。」圭佑は短く答えた。
「しかしなんでこんな所に・・・まさか!」雪之丞が目を見開く。
「我の筋肉を見るためにここに・・・」
圭佑のチョップが炸裂した。
シーン:川波家ガレージ
筋肉部の協力で川波家のガレージに運ばれた球体は、孝作によって詳細な調査が行なわれていた。
「早紀、そのライトをこっちへ。功太君、電源を入れてみてくれ。」
球体の内部の数カ所が発光しはじめた。
「これだよ。どう思うかね?」孝作は、自分と一緒に球体の中をのぞき込んでいる雪之丞に問いかけた。
「確かに、これは本体だけが乗るものではないようである。しかし、他の星の技術が使われている形跡はない。」雪之丞はあいかわらず偉そうに言った。
「何が言いたいんだ?」武蔵が腕組みしながら訊いた。
「つまりだ、我々の同胞が、人間に寄生した状態で乗っていたかもしれない、といっているのだ。」
圭佑たちがそうしていると、美琴と鈴音がガレージに入ってきた。彼女達の手には茶菓子の乗った盆があった。
「どう?何かわかった?」
「どうやら最悪の事態にだけはなってないようだ。助かるよ。」美琴の問いに圭佑はそう答えた。
「みんな、ちょっと休憩しない?」
シーン:川波家屋上
夜。美琴と功太が、川波家の屋上にいた。しかし、彼らだけではなかった。彼らの周囲には、50匹近い数の猫が群れをなしていた。 「そう、ありがとう。わかったわ。」
「じゃあまたね、バイバイ。」
猫達は、三々五々に散って、やがて周囲から見えなくなった。
「あのう・・・何かわかりましたか?」猫達がいなくなったのを見計らって、早紀が屋上に上がってきた。
「少しだけね。下におりて説明するわ。」
シーン:川波家応接室
川波家は、練馬でも滅多に見られないほど広い邸宅であった。それでも、応接室に男女8人が中に入るとかなり狭苦しかった。
「つまりわかったのは、『髭を生やした変な男が丸い物の近くにいた』ということだけなのか?」渋面になりながら圭佑が言った。 「仕方ないだろう、猫の記憶力に何を期待してるんだよ?」功太が口を尖らせた。
「まあ、アテになりそうな情報はそれだけだったわ。」お手上げのポーズで美琴は言った。彼らは、猫を集合させて、猫達で何か球体について目撃したものはいないかを調べていたのだ。
「何もないよりはマシですよ。とにかく、このままにしておくのも何ですから、捜しに行きましょうよ。」鈴音がそう言ったが、その意見に賛同するものはいない。雪之丞も何も言わない。
「え、あれ、どうして・・・・?」うろたえる鈴音に、武蔵が説明を始めた。
「俺たちがこの球体の中身を探していたのは、それが千五百もの寄生体で、急がないと死んでしまうと思ったからだ。それが、たった一体、それも寄生している状態だというのなら、放っておいても問題ない。むしろ、手を出さないほうが賢明かも知れないんだ。」 「依家君は?自分の仲間なんでしょう?」鈴音がそう言うと、雪之丞は口を開いた。
「実はな・・・」
「実は?」
「今回の騒動で、我々筋肉部は新入生に真の美を流布するという崇高な目的を果たせないでいるのだよ。」
『果たさんでええわっ!!』圭佑と美琴、武蔵と功太の声がハモった。
シーン:生徒会室
「結局、球体は校長がなんとかするって話になったけど、いいのかなぁ。」武蔵が椅子にもたれながら言った。
「でも、私たちだけじゃ持て余しますよ、あんなのは。」鈴音がそれに答えた。
「でもまあ、あれに乗ってた奴が所有権でも要求しない限り、問題はないだろう。だいたい、あんな目立つモンを置きっ放しにするような奴、神経を疑うよな。」圭佑が皮肉っぽく言った、その時。
「大変です!倉庫に泥棒が侵入しました!『船を返せ』って言って騒いでます!」クラス委員の一人がそう言いながら生徒会室に入ってきた。
まさかな、と圭佑は思った。
シーン:学内倉庫
そのまさかだった。圭佑たち三人が倉庫に着くと、一人の男が暴れていた。すでに周囲には、組み伏せようとして返り討ちにあった生徒たちが何人か、呻き声をあげていた。
「・・・なんだあれは。」圭佑は思わずつぶやいた。その男は、18世紀のヨーロッパ貴族が着るような服を着て、顔にはインペリアル髭を生やしていたのだ。
「確かに・・・変な奴だ。」
「ワシの船を返せぇ!!」その男はそう叫んでいた。
「俺があの男を引きつける!その間に倒れている者を収容して、ここから逃げろ!」圭佑はそう言うと、武蔵と鈴音だけに聞こえるように、
「誰も近づかせるな。いいか。」とだけ言った。ちょうどそこへ、美琴と雪之丞が駆けつけてきた。
「ちょっと、倉庫に泥棒って・・・」
「ちょうどいい、お前ら手伝え!」
「ワシの船を返せぇぇえ!」そう叫び続ける男の前に、圭佑と美琴、雪之丞の三人が現れた。
「だったらあんな所に置きっ放しにしないことだな。あれでは盗まれても文句も言えんぞ。」圭佑がそう言うと、男は圭佑のほうを向いて近づいてきた。
「お前かぁぁぁぁぁあ!!」
「何よ、あんたが悪いんでしょ!だいたいあんたの船に名前でも書いてあるっての?」美琴が腰に手をあてて挑発するように言う。
「発信器の反応があるんじゃ。ここにワシの船があるのは間違いないんじゃ!わかったら早く船を返さんかい!!」男は声を震わせながらそう言った。すると雪之丞が一歩前に出た。
「無駄だ。我々を犬猫風情が説得できるわけがない。」
「犬じゃない、狼だ!!」
「我々を説得しうるのは我々のみ。見るがいい、我が力を!」そう言うと雪之丞は上半身の服を脱いだ。
「ふんっ!!」そしてポーズをとる。
「さあっ、我らが同胞よ!我が肉体の言葉を聞けいっ!!」
男の動きが一瞬止まった。そしてしばらくそのままでいると、やがて震える手で雪之丞を指さして、そしてこう言った。
「その言葉づかい・・・お、お前は・・・ウキュレナスか?ウキュレナスなのか?あの、我々の中でも最も誇り高く、多くの知識を記憶していた、あの、ウキュレナスなのか?」
雪之丞はそれを聞いて、ポーズを変えながら答えた。
「その名はもう捨てたのだ。今の我はウキュレナスではない。今の我は真の美を追求する使徒、依家雪之丞である!!」
鍛え上げられた筋肉が男の視界を覆った。男は放心状態になった。
「なんということだ・・・あのウキュレナスが、こんな事になるなんて・・・」
その時、後ろからこっそり近づいた美琴が、男の後頭部を殴った。男はそのまま気絶した。
シーン:校長室
「それではあなたは、寄生体なのですね?」大倉校長が確認した。
「はい、そうです。マシュポスといいます。この肉体の名はフリードリヒ・フォン・ミュンヒハウゼンといいます。」 ミュンヒハウゼンは落胆していた。
「懐かしいな、マシュポス。かれこれ三百年ぶりであるな。」
「・・・ワシは昔のお前が懐かしいわい。」 雪之丞(の本体)とは旧知の仲であったそうだが、今の彼を見て悲嘆にくれていた。
「できれば、地球に来たいきさつを話してもらえないですか?」大倉校長に尋ねられ、ミュンヒハウゼンは話し始めた。
「ワシは、無実の罪で故郷を追われ、この星系までやってきたのだ。そこで、我々のものと同じ発信信号があったのであそこに降りたのだ。そして、発信信号の主を捜していた、というわけじゃよ。」
その発信信号の主は、彼の旧知の人物であったというわけである。もっとも、かなり変貌してしまっていたが。
「それじゃあ、なんで宇宙船をあんな所に置きっ放しにしてたんだ?」圭佑が問いつめる。
「いや、発信信号は地下から出ておったから、穴を掘る道具を捜してたんじゃが、なかなかなか見つからんでのう。戻ってきたときには宇宙船がなくなってたのじゃよ。」ミュンヒハウゼンはそう説明した。
「しかし、どうしてそんな姿でいるのですか?前から寄生しているようですが。」大倉校長が疑問を口にした。
「これは、ワシが前にここへ来たときに寄生した男の体じゃよ。もっとも、この体はまだ60歳くらいじゃがな。」光速に近い速度で移動する物体は、時間が非常にゆっくりと進む。そのため、彼自身には、彼がこの肉体に寄生してから50年ほどしか経過していないのである。
「もう二百年以上も前じゃ。ここに来たワシは、この星のすばらしさを伝えようと、乗ってきた宇宙船を改造して、なんとか故郷に帰った。しかし、誰もワシの話を信じようとはせず、ワシを嘘つき扱い。それでワシはこの星に逃げ込んだのじゃ。」
「そうだったのか。我が遭難している間にそのようなことがあったとは。」雪之丞が感慨深げに言う。
「ウキュレナスが遭難したとは聞いていたが・・・こんなことになっているとは。」
ちなみに彼らの故郷では虚報は重罪である。 「それにしても、どうして誰もこの人の話を信じなかったんでしょうか?そんなにこの地球って突拍子もない星なんですか?」鈴音がふとつぶやいた。
「いやいや、そうでもないぞ。ただ、ワシが故郷に帰るまでに、いろいろな危険に出会ったがな。あれは、たしかトルコのスルタンに会いに行った時のことじゃったかのう、あの時、ワシは大英帝国の男爵で、陛下の代理として行ったのじゃが、あの空を飛ぶクジラに襲われて、なかなか船が進めずに・・・」
シーン:生徒会室
ミュンヒハウゼンの話は、延々一時間に渡った。
「俺・・・あいつがなんで故郷を追い出されたかよく分かった。」
「俺も・・・」圭佑と武蔵はぐったりとしていた。
「どうしてですか?なかなかおもしろいお話だったじゃないですか。」鈴音は一人だけ平気でいる。
「あれが実話だと思うか・・・」ミュンヒハウゼンは、妄言癖だった。平たく言って、ほらふきである。
「あれじゃ誰も信じないよな・・・」
「無実の罪だぁ?まったく・・・」圭佑と武蔵は、それきり黙ってしまった。
ほらふき男爵。ミュンヒハウゼンの、故郷での蔑称だそうである。
シーン:理事長執務室
「とまあ、そういう次第です。」大倉校長は、理事長の前で報告していた。
「それでいかがいたします?」
理事長は少し考えると、
「御苦労だった。後は私がなんとかしよう。その寄生体は、手元においておこう。」
そう言って、校長を下がらせた。
校長が出ていくと、理事長はつぶやいた。 「我が野望のためには、手駒は多いほうがいいからな・・・」その野望が、逆鉾学園初等部の設立だとは、口が裂けてもいえない。
後日、理事長のはからいでミュンヒハウゼンは歴史教師としてこの逆鉾学園で働くこととなる。
また、逆鉾学園に異形の者が加わる。
ここは練馬区私立逆鉾学園。都内屈指のマンモス学校。そして、多くの魔物達が暮らす場所。今日もそこでは、何かトラブルが起きている。
fin.
※この作品はフィクションであり、実在の団 体・人物・練馬区とはいっさい無関係です。