第8回 『井の中の蛙』

 


 蛙。今回はこれを「かえる」と読んではいけません。「かわず」です。そう、
「井の中の蛙、大海を知らず」
の「蛙」です。

 このことわざの意味は、みなさんもご存じかと思います。
狭い範囲の社会でだけ生活していると、実はその外側にあるもっと大きな社会に気付かない、みたいな感じです。
もっと言うと、「朱に交われば赤くなる」という意味も入ってくると思います。
例えば先日(といってももう2ヶ月以上前ですが)、FINボウリング大会がありました。
おかげさまの盛況で、しかも私が優勝してしまいましたが、私の周りにはどうもボウリングの上手な人間が多いようです。
特に中学、高校時代に。
そのころにやや上手な仲間でボウリングをしていたので、知らない間に上達していたようです。
だから別に僕はボウリングを習っていたわけでもないですし、これといって運動が得意なわけではありません。
とにかく、周りの環境によって、知らず知らずのうちにそれに影響されてしまう、ということは往々にしてあると思います。
 他の例では、いわゆる私立の進学校といわれる学校。
中学でも高校でも良いのですが、実際ああいう中で、普段から本当に勉強している人間は半分もいないと思います。
ただ、先生をはじめ周りが勉強、勉強という雰囲気の中、さらに普通の学校よりはやや高度なことを授業でおこない、3年なり(中・高一貫なら)6年経つと、ほとんど勉強していない人でもかなり学力は付くようです。
まさに「門前の小僧習わぬ経を読み」です。
これも、環境が人をつくる一つの事例かと思います。
 さて、この話がどうTRPGに関連するのか。
なかなか難しい問題です。
環境という意味では、はじめに入ったサークルでよくやっていたルールを一番よく知っている、とかTRPGを紹介された人のスタイルになってしまった、とかそういうことでしょうか。
サークルとか、TRPGを紹介してくれた人とか、自分の知らない領域について詳しい人や、その大きな団体などに、人は影響を受けやすいようです。「寄らば大樹の陰」というやつでしょうか。
それだけに、TRPGをしている人は、もう一度、自分自身を振り返ってもらいたく思います。
自分の言動、態度が人を不快にしていないか。サークルや卓に迷惑を掛けていないか。
もしくは、社会的に問題視されるようなことをしていないか。
 最近少年犯罪が問題になっています。
その暴力的な行動の原因がコンピュータゲームにある、とされています。
これは大きな間違いであると僕は思うのですが、ゲーム業界が大きく反対行動をしないためか、マスコミなどの論評では大勢を占めています。
おそらく少年たちがコンピュータゲームをよくしていたのでしょう。
すっかり槍玉に挙げられる格好になってしまいました。もしもこれが、TRPGをする少年の犯罪だったらどうでしょうか。
今よりもより厳しい批判がTRPGに向けられることでしょう。
よりマイナーで、商業的な規模も小さいため、遠慮がないからです。
昔からの、少し暗めのイメージ(日本ではどうしてもTRPGは「暗い」イメージがあるようです)もあって、徹底的に潰されるでしょう。
それを防ぐためのは、普段からのみなさん一人一人の行動ではないでしょうか。
何も社会に媚びへつらえとは言いませんが、社会にもすんなり認めてもらえる楽しみ方をしていくのが、よいのではないでしょうか。
今回は全く具体的ではない話でした。ではまた次回です。
 



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