読書案内:ピンカートン探偵社の謎

大資本への経済力の集中と労働者の腐敗。公警察の能力はつねに不足しており、広域警察力は皆無。そんな中、一般市民は銃器以外にみずからとその財産を守る手だてを持てず、資本家たちは収奪をより強めるために私警察を利用して利権の保護に邁進するが……とか書いてあると、サイバーパンクみたいですよね。でも、違います。これは19世紀後半のアメリカ合衆国の実相なのです。

ミステリアファンならピンカートン探偵社の名前くらいは聞いたことがあると思います。実名ででてくる小説もありますし、ピンカートン出身の人間の小説家(ダシール・ハメットとか)も居ますから。

この本では、その有名なわりに内実についてあまり知られていないピンカートン探偵社の歴史と捜査活動の実態について、年代を追って記述してあります。著者がどうもマルクス的史観にそまっているらしく、資本家と労働者の対立構造にすべて還元しがちなところが鼻につきますが、そのあたりは自分なりに解釈しなおすといいかと思います。

私立探偵が必要になった世相から説き起こし、おとり捜査による偽金づくりの逮捕活動より始まった活動が、郵便配達人による郵便物の盗難や鉄道の車掌による運賃の横領などを暴く労働スパイ(雇い主の依頼で労働者をスパイする)として躍進、南北戦争での戦争スパイとリンカーンの暗殺を阻止するなどの栄光と、スト破りなどの活動の中での世論から抑圧者の象徴とかしていったか過程、銀行強盗や列車強盗の予防活動、そして巨大化して網羅的に情報を集積・整理することにより地域警察とは比較にならない犯罪捜査力を得た探偵社が、FBIのシステムの模範となって、最終的に私警察が消滅するまでの過程。

これらの、まさに『シャドウラン(影の仕事)』を遂行していった、システム化されたスパイ産業の実態は、シナリオ作成のヒントと汚れ仕事の感覚をつかむ役にたつでしょう。またサイバーパンクのみならず、依頼料によって捜査活動をするという冒険者のありかたについて考えるうえでも、非常に興味深いものがあります。

しかし……国家権力の無力化や企業警察という概念は、実はアメリカ人にとっては過去の事実……もしくは過去の悪夢であり、我々日本人の考えるよりもずっと自然にでてくる考え方なのかも知れませんね。

書誌情報
中公文庫『ピンカートン探偵社の謎』久田俊夫 ISBN4-12-203142-7 本体648円
語り部日報掲載日
1998/06/25
文責
sfこと古谷俊一
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