[KATARIBE 24970] [HA06N] 小説『窓に降る塵の雪 ( 仮題) 』

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Date: Sat, 28 Sep 2002 00:12:11 +0900 (JST)
From: 月影れあな  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24970] [HA06N] 小説『窓に降る塵の雪 ( 仮題) 』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200209271512.AAA83960@www.mahoroba.ne.jp>
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2002年09月28日:00時12分11秒
Sub:[HA06N]小説『窓に降る塵の雪(仮題)』:
From:月影れあな



 ちょっと長めのエピソードを勝手に流そうかと。

 さすがに玖々津好のよりは短いけど、まぁ覚醒よか長いのにしたいです。


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小説『窓に降る塵の雪(仮題)』
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本文
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 慌てて飛び込んだバルコニーには、幸いな事に人影は無かった。
 ほっと溜息を洩らし、身を潜める。見つかる訳にはいけない。なにせ、相手
はヴァンパイアハンターの群だ。吸血鬼とは名ばかりの、木っ端バンパネラで
ある今の私に太刀打ちできるとは思わない。
 まぁ、後五百年も生きればなんとかする力くらい身に付くだろうが。と言う
か、身に付けたいものである。
 目を閉じると、まざまざと、あの感覚が蘇る。数人のキリスト教徒系ヴァン
パイアハンターに囲まれ、十字架を持って責め立てられる。あの何とも言えな
い。
 あの十字架だ。あの十字架にに込められた、畏れ、憎しみ、義憤といった感
情が渦巻いて私の存在を真向否定する。私の精神に侵蝕する。私を徐々に崩壊
させていく……
 それは、認めたくないが紛れも無い恐怖だった。
 耳を澄ませて、追っ手の動向に神経を尖らせる。数個の足音とかすかな喧騒
は、未だすぐ近くにある。焦る事は無い、夜は長いのだから。文字通り息を殺
し、心臓の鼓動まで断って、気配を完全に消す。じっと待っていれば良い。
 虫の声がいやに大きく聞こえた。バンパネラ化してからというもの、昔なら
考えられないような物音まではっきりと聞こえるようになった。ほとんどの吸
血鬼が重厚な棺桶の中で眠るのは、きっと防音効果も考えてのことに違いない
のだ。

 ひっ……うっく……

 突然耳に入った、それは啜り泣きだった。思わず悲鳴をあげそうになるのを
堪える。か細い、押し殺した、まだ若い少女の声。窓の中から聞こえてきた。
どうやら、幽霊の類ではないようだ。
 不味い所に来てしまった。場合によっては、数人のヴァンパイアハンターに
囲まれるより、よっぽど不味い。
 バルコニーで息を潜めて、中の住人の啜り泣きに耳をそばだてる。これじゃ
まるで変態さんではないか。なんとか、聞かないように努力するが、一度意識
してしまったからには難しかった。こういう時、鋭敏なバンパネラの感覚が恨
めしく思える。
 ここは早々に退散してしまったほうが良い。
 幸いな事に、あたりを探っていたヴァンパイアハンターたちは、既にどこか
へ行ってしまったようだ。そう思って、少々焦りながら立ち上がる。思うに、
それがいけなかった。

 ガタンっ

 バルコニーに設置してあった空調の端に引っかかった袖なしの外套が、存外
なほどに大きな音を立てる。
「誰っ!?」
 誰何の声。足音がこっちに近づいてくる。不味い。非常に不味い。焦って引
っかかった部分をほどこうとすればするほど、手元が狂う。引きちぎる? と
んでもない。この外套は結構高価かったのだ。
「誰かいるの?」
 窓に手が掛かる。こうなったら躊躇してはいられない。素早く外套を脱ぎ捨
てると、思いっきり床を蹴って夜の空に舞い上がった。

 ダンっ

 あの外套高価かったのに……
 人の目では捕らえきぬ程の距離まで十分に跳躍した後、後ろを顧みる。思わ
ず、はっと息を呑んだ。
 窓辺に立った少女は、この世の物とは思えぬほど美しかった。精緻に掘り込
まれた彫刻のような唇、丹念に研磨された宝玉のような藍の瞳、そして、月に
照らされ、淡い光を放つ美しい銀色の髪。泣きはらしてか、紅く充血した目す
ら美しい。
 少女は私の残した外套に気付くと、それを手に取り、不思議そうに首をかし
げて窓の奥へと消えた。私はそのまましばらく、あたかも熱病に浮かされたよ
うにその場に立ち尽くす。
 いや、熱病に浮かされた事なんか無いからほんとの所はわからんけど。


「誰っ!?」
 バルコニーから聞こえた突然の物音に驚いて顔を上げる。恐怖より、泣いて
るところを見られたかもしれないという怒り方が勝った。
 最近流行りのストーカーだろうか。直接見たことは一度もないが、話に聞く
それらはいかにもおぞましく、出来れば一生会いたくない人種の一つだった。
 冗談じゃない。どうしてそんな輩に乙女のささやかなひと時を邪魔されなけ
ればいけないのだ。と、乙女らしからぬ憤りに身を震わせ、足音高く窓辺に近
づく。
「誰かいるの?」
 返事は無い。がたがたと音を立てて、焦っているようだ。少し間抜けな気も
するが、いよいよストーカーらしい。あたしは迷わず窓の取っ手を押した。

 ダンっ

 床を蹴る音。あたしが窓を開けると同時に、バルコニーの手すりを越え黒い
人影が跳び上がった。ここは二階だ!
 落ちる!? 瞬間、そう思ったのだが、信じられないことにそうはならなかっ
た。人影はそのまま空高く舞い上がり、闇に溶け、消える。
 月に向かって飛ぶ様は、あたしに幼かった頃母から良く言って聞かされた、
遠い母の故郷の、有名な童話の一場面を思い出させた。懐かしい、あの……
 ふと、横を見ると黒い影のような物がバルコニーの床にわだかまっているの
に気付いた。
 手に取ってよく見る。それはただの黒い袖なしの外套だったのだけれども、
あたしにはその外套がもっと別の物に見えたのだ。
「影……」
 月は中点の高くまで登りつめ、燦々と庭の芝生に光を投げかけている。
「私を迎えにきたのね……」
 あたしの呟きは肩を震わせる冷たい夜風に溶けて、そのまま誰の耳に流れる
ことなく消えていった。


「どうしたん、今日やけにぼーっとしとるやんか」
 掛けられた声に振り向くと、見知った顔。中等部のころ入部ってたパソコン
部以来の腐れ縁、十条健一郎だった。高等部に入ってパソコン部から文芸部に
転部してから疎遠になったりもせず、未だ腐れ縁のままである。私の数少ない
友達の一人だ。
「なんだ、たけぽんか」
「なんや、そのたけぽんって?」
「俺がたけぽんで、おまえがけんぴー」
 私の快心のギャグに、しかし健一郎は軽く首を捻り、数秒の思考の後もう一
度問い直してきた。
「……だから、なんやねんそれ」
「貴様にはいつか CLAMPというものがいかなる物かじっくりねじ込んでやらね
ばなるまいな」
「遠慮しとくわ……ところで、ほんまどうしてん?」
「私がぼーっとしてるのはいつもの事であろ」
「授業中はいつもぼーっとしてるけど、休み時間はいつも本読んどるやん」
「……それもそうやな」
 通学鞄から文庫本を取り出し、いつものように読み始める。今日は冴木忍の
「空見て歩こう2」。ちなみに、これを読むのはだいたい五回目である。何度
読んでも面白い本というのは、ありがたいことであるが……びんぼが恨めしい。
 ページを開き、パラパラとめくる……めくる…………
 いかん、考え事しながらだと本の内容が頭に入らない。
「まぁ、ええわ。結夜、昨日貸した数学のノート返してくれんか? あれ今日
提出やから」
 何気ない健一郎の言葉を、私は聞き流そうとして……いや、何か引っかかり
を感じた。
「ノート……返す……」
「結夜?」
「返す、返す……か。なるほど……」
「あんなぁ、トリップするのはええけど、人の話はちゃんと聞いてくれへんか」
 呆れたような健一郎の言葉に、私は頭を掻いて謝罪し、素直に数学のノート
を探る。
「おお、ごめんごめん。ほい、あんがと」
「おまえもたまには自分で宿題やれや」
「はっはっは。持ちつ持たれつだ」
「俺、今まで一度も持たれたような経験無いねんけど」
「はっはっはっはっは」
 とりあえず、笑って誤魔化しておいて。私は本に没頭する振りをした。

(続きます)
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