[KATARIBE 24726] [HA06N] 小説『覚醒』

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Date: Mon, 15 Jul 2002 21:15:52 +0900 (JST)
From: 月影れあな  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24726] [HA06N] 小説『覚醒』 
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2002年07月15日:21時15分51秒
Sub:[HA06N]小説『覚醒』:
From:月影れあな


 月影れあなです。

 ちょいと眺めでシリアス気味。結夜の話です。

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小説『覚醒』
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 六兎結夜(りくと・ゆうや)
    :隔世遺伝の吸血鬼。

鮮血
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 冬のある日。
 私は初めて人の死ぬところを目撃した。
 駅前を自転車で通り過ぎるちょうどその時だった。カンカンと音の鳴る踏切
の中にふらりと迷い込んだ五歳くらいの子供がいた。母親の悲鳴が聞こえて、
「間に合わない」とそれを押しとどめる人がいた。車掌が気付いた時にはおそ
らく、既に列車は取り返しのつかない距離まで来てしまっていて……
 かき氷のような粉雪がコートに降っては溶けていく。寒い冬の日。
 何でも無い事故だった。列車が来て、人が撥ねられて死んで。ただそれだけ
の事だった。死んだ人は私の全く知らない人だったし、始めに驚き、次に哀れ
んだが、それ以上の感情は湧いてこない。それだけはずだった。何が起ころう
とも、所詮は他人事だったから。
 だが、路線上の虚空に艶やかな血の華が咲いた瞬間。頭の上のほうから何か
が引いていく感触があった。私は何やら分からぬままに口元を抑えて、その場
にうずくまってしまう。
 最初、吐き気かと思った。
 よく、ドラマなんかで死んでいる人を見て吐き気を催すシーンがある。見て
いる時は「軟弱な」などと思い、「自分ならもっと冷静に対処できる」と信じ
たものだが、それが実はただの幻想に過ぎなかったと知るだけのことだと思っ
た。それだけなら、自分は、自分で思っているよりずっと脆い人間であると言
う事を再確認するだけで終わったはずだった。だから、その感覚の正体に思い
当たった時、はっきり言って戦慄に近い物を覚えた。
 それは飢えだった。渇きだった。私はあの赤い血の華を渇望している。
 その時はまだ、自分のそこに湧き上がってきたわけのわからぬ感覚に畏れ、
そのような感覚を抱いた自分を嫌悪の情にも近い目で見つめるだけですんだ。
その感覚の意味するところを知らなかった、無知だった。その時は、まだ。


体温
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 異変は既に始まっていた。
 朝起きたら、頭が痛かった。
 偏頭痛持ちの私は、その程度の事気にも留めなかったが、一応大事をとって
学校を休もうと決めた。と、言うかまぁ、私は学校があまり好きではないので、
ちょっと頭が痛いくらいでもすぐに学校へ行く気力を無くすのだ。
「また? 先週も休んだで」
 母親は言った。そうか、先週も休んだのか。道理で最近頭が痛いと思った。
「いい加減にしとかんと、留年せんとあかんようなんで」
 そこまで休んでいる覚えはないのだが。まぁ、脅しである。
 とり合えず、体温計で体温を測ってみてからということにしよう。こういえ
ば変に聞こえるが、今日は何となく、絶対に熱があるような奇妙な自信があっ
た。それほど頭痛が激しかったのだ。
 ピピ、ピピ、ピピ
 体温計は電子音を立てて熱を測り終えた事を告げる。軽く目をやってその異
常性に気付いた。三十五度三分。明らかに低すぎた。測り間違えかと思い、も
う一度測り直す。今度は三十五度四分を示していた。
「どうしたん?」
「なぁ、この体温計壊れてない?」
「さっきは買ったら普通やったけど、何度やったん?」
「いや、熱は無いみたいやったわ」
 体温計の表示は母ら見えないようにしてケースにしまう。相談して、病院に
いったほうが良いだろうか? そう考えて、考え直す。何故だか分からないが、
それは絶対に駄目だと確信している自分がいた。


時間
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 冬休みに入って、幾日かが過ぎた。
 大掃除をして、本を整理して、年賀状を書いて、気がつけば、クリスマスも
過ぎて、日付は十二月二十七日になっていた。
 ふと、今日が自分の誕生日だった事を思い出す。
 いつからだろうか? 誕生日にパーティーを開かなくなったのは。今年も儀
式的にケーキを食べて、それだけだった。誕生日プレゼントには図書券を貰っ
た。嬉しいとは思ったが本当にそれだけだ。
 いつからだろうか? 誕生日をそれほど楽しいと思わなくなったのは。昔は
自分の誕生日が来るたびに、歳を一つとるたびに、自分がどんどん新しい物に
成って行くのが楽しかった。今では、一つ歳をとるたびに、自分があの懐かし
い過去と離れていくことが実感できる。私の目は未来ではなく、過去を見つめ
ている。
「これが大人になったって事か」
 溜息が出る。温かくしたココアを飲み干すと、ほてった顔を冷やすために外
へ出た。夜風が妙に気持ち良かった。
「気取っちゃってさ」
 自嘲する。大人になんかなりたくなかった。そう言い切れてしまえるのは私
がまだ大人になりきれていないからだろうか。 思春期。春を思う期間。私の
春は既に過去へと通り過ぎてしまったのだろうか。
「ほんと、私は悩むのが好きだね」
 「無駄な事をうじうじと悩んでいるんじゃない!」そう叱咤する事も、「悩
む事の何が悪い」そう開き直る事も、私には出来ない。結局、宙ぶらりんのま
ま答えは出ない。決まっている。答えなど無いからだ。
「私って言うのはややっこしい生き物だねぇ」
 答えは出ない。そう決め付けてしまって安心している自分がいる一方で、ど
こかに絶対と言う物が存在すると信じる自分もいる。そんなものは無いと決め
付けてしまった方が楽だから、とり合えず決め付けているポーズをとっている
だけなのではないだろうか? 疑いだすときりが無い。
「でも、大人になりたく無かったってのは本当だろ? これ以上歳だってとり
たくない。このまま……」
 ずっとこのままでいればいい。だって、面倒くさいやん?


吸血
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 その少女と出会ったのは闇の中でだった。
 その少女の髪は赤かった。その少女の目は金色に光っていた。何がおかしい?
気付く前に、その少女は私のすぐ側までにじり寄り、屈託無く笑った。妙に大
きな犬歯が目に付いた。
 そして、そのまま首筋に噛み付いた。
 鈍い痛みがあった。いや、性格にはそれは痛みですらない。いつか麻酔を受
けたときのように、あるいは痺れの切れた足のように、何かあるという感覚だ
けは分かったが、その感覚を痛みと認識する事は無かった。
 喉を動かすごくり、ごくりという音だけが聞こえた。私は何故か動けなかっ
た。
 つぅと喉を一筋の血がつたうのが分かった。
 なにか、懐かしい。私はこれを知っている。
 口が開いて、何か言おうとする。しかし、言葉は出てこない。
「あ……う……」
 ふと、その少女が驚いたように顔を上げた。
 潤んだ金の瞳に、長い前髪が少しだけかかっている。唇は血に染まって赤く、
肌は紙のように白い。状況も忘れて魅入ってしまった。美しいと思った。
 そして、至高の芸術品は、一瞬後塵となって崩れ去った。
 カランと、やけに大きな音を立てて杭が落ちる。あれが背中から突き立てら
れたのだろう。だから少女は塵になった。ひどく簡単な式だった。
 あの少女は吸血鬼だったのだろう。
 現実離れした答えが何故か自然に浮かび上がってくる。
「大丈夫か?」
 おそらく杭を指した張本人である青年が近寄ってきて声をかけてきた。首筋
の傷を見ると軽く眉をしかる。
「噛まれたのか? いや、大丈夫だろう。おそらく感染はしていない」
 当たり前だ。と思う。
 当たり前だ。感染などするはずが無い。感染などする余地は無い。
 そして、私は突然意識を失った。


記憶
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 ――ケンサ……カデスガ……ヤハ……カレハカクセ……トチュウ……ヨウデ
……
 ――バカナ……ノドウホウ……カンセン……ハCダゾ……アノテイ……ホウ
ヨウデ……ハズガ……
 ――デス……ジツカレハ……セイジョウタイニ……ドウホウニ……ツアルコ
トハ……シカ……
 何を言っているのか分からなかったが、闇の中で声だけが聞こえていた。
 ――モト……ノカノウ……
 ――……リマセ……ンゴノ……デス…………
 その声すらも聞こえなくなると、後は闇だけが残った。
 そのまま、ひどく長い時間が流れた気がする。
 突然、安息の闇が揺れ始めた。激しく左右にゆすぶられている。うるさい。
何事だろうか、私は蓋を開けて闇から這い出した。
「うるさいぞ、ウィル。何事だ」
 棺桶を揺らしていたのは家令のウィリアムだった。血相を変えて状況を報告
する。
「一大事にございますマスター! 村の物が十字架を掲げて押し寄せてきます。
既に館は囲まれました!」
「何だと? 彼奴等とはここ数十年の間、御互い不可侵を約束して共存してき
たはずではないか! 何故だ!?」
「それが、マスター。どうやら新しくやってきた領主の家族がキリスト教徒だ
そうで、彼らが村民達を煽動したようです」
「そうか……ところでウィル」
「はい」
「もう良い。安らかなれ」
「仰せのままに」
 ウィリアムは塵となって崩れ落ちた。背中に突き刺さっていた杭がカランと
落ちる。
 おそらく、ここに来るまでに刺されたのだろう。本当ならそこで塵になるは
ずのところを、知らせるためだけにここまでやってきたのだ。
 私は、すぐそこにおいてある椅子に腰掛けると、棚から高級なワインを取り
出してグラスに注いだ。一口飲む。ひどく不味かった。
 今まで数百年間生き続けてきた。これからも数千年でも生き続けていくつも
りだった。しかし、どうやらここで終わるらしい。
 地下の部屋まで煙が立ち込めてきた。屋敷に火を放ったのだろう。地下室へ
の階段が見つけられなくて、燻り出すつもりなのだ。私は立ち上がって歩き始
めた。
 足取りはひどく重い。地下から地上までの階段は全部で十三段。造らせた時
は冗談のつもりだったのだが、こうなると、ひどく悪趣味だった事が再確認さ
せられる。
 玄関まで続く廊下は火に落ちていた。構う事は無い。この程度の火では私の
服を傷つける事もかなわない。堂々と玄関から姿を見せると、村人たちの間に
ざわめきが走った。
「悪魔だ」
「魔人だ」
 一歩踏み出すごとに、村人達も一歩後ずさる。もしかするとこのまま生きて
逃げ延びる事が出来るかもしれない。そんな淡い期待は一瞬後掻き消された。
私の前に一人の男が立ちはだかったのだ。
 鎧を着け、槍を持ち十字架を掲げ、おそらくこの男がその領主なのだろう。
堂々として、声を張り上げ問いかけてくる。
「悪霊よ! 何故そなたはそこにある!? 神の御名において答えよ!!」
 一拍の間をおいて、私は失笑をこらえる事が出来なくなった。
「何故笑う!?」
「では問う。神の使徒よ。汝らは何故存在する?」
 わざとおどろおどろしい声色を作って問い返す。意図したとおり、村人達は
畏れにすくみ上がる。領主も気圧されて後ずさり、額に玉の汗を浮かべた。
「それは、神が我らを創りたもうたからだ」
「では問う。何故に神は汝らを創った?」
「神の御意志は我らの預かり知らぬところだ」
「つまりは、知らないのだな」
 鼻で笑う。結局のところ、こいつは自分より大きなもの、即ち神の存在に頼っ
ているだけだ。頼ってしか生きていけないのだろう。
「違う、神が……」
「同じ事だ。我も何故創られたかは知らぬ」
「貴様らは神の創りたもうた者ではない!」
「それがどうした? 神の奴隷ども」
「おのれ……かかれっ!」
 その言葉を合図に、無数の農民達が波となって押し寄せてきた。手にはそれ
ぞれ杭が持たれている。その全てをかわす事は出来なかったが、見切る事は出
来た。私の躰に突き刺さった杭の一本として心の蔵には到達しえていない。
 そのままの状態であたりをぐるりと見渡す。一人の少女が目に留まった。高
貴な身なり。年頃からして領主の娘だろう。見定めると、躰を霧と化し、その
娘の前に踊り出た。
 肩に手を置くと、娘の顔は恐怖に歪む。理想的な位置だ。直後、私の躰は領
主の持つ槍に貫かれた。躰から吹き出た大量の血飛沫は娘の身体にかかると、
そのまま中に染み込んでいく。
 私はそれを見て満足し、笑った。そして塵となる。それでも満足だった。
 娘の身体に染み渡った私の血は、長いときを経ていつか蘇る事だろう。吸血
鬼の血は絶えない。私の存在はなくならない。それだけで満足だった。
 安らかな気持ちのまま、私は消滅していった。


覚醒
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 それが夢であったと理解されるとともに、その遥かなる記憶は私の中から永
遠に失われた。何か素晴らしい夢を見ていた気がするが、それがなんなのか分
からない。心地良いもどかしさを感じる。
 辺りを見回すと、そこは見知らぬ場所だった。一見すると病院のようにも見
えた清潔なその部屋には、しかし、窓が一つも置かれていなかった。
 コンコン
 ただ一つあるドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
 ドアが開き、外から人が入ってくる。グラスを持った銀色の瞳を持った青年
だった。無論、その顔に御覚えはない。
「気がつきましたか?」
 彼の言葉から推測するに、私は今の今まで昏倒していたのだろう。
「ここは何処ですか?」
「ここはSRAの研究施設です」
「SRA?」
 初めて聞く単語だった。新手の新興宗教化何かだろうか? 少し身構える。
「SRA、Silver Rose Associationの略称です。いいですか? 取り乱さず落ち
着いて聞いてください」
「何を?」
「 SRAとは吸血鬼の相互扶助組織です。貴方は一度死んで吸血鬼に感染しまし
た」
 いきなり言われて納得できる類の説明ではなかったが、私は何故か納得でき
た。
「ああ、分かりました」
「私は冗談で言っているのではないんですよ?」
「ええ、分かっています」
 その青年はまだ納得しかねる表情をしていたが、ふいに持っていたグラスに
赤い液体を注ぐと、それをこちらに差し出してきた。
「飲んでください。気持ちが落ち着きます」
 それが何なのか、当然私は知っていた。臭いで分かる。何の躊躇も無く、私
はそれを受け取ると、一口煽った。
 始めて飲む、生臭くて塩っ辛いはずの血の味は、何故だか甘美な味がした。


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