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Date: Wed, 3 Jul 2002 02:07:41 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24700] [IC04N] :「衣替え前日」
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200207021707.CAA96513@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 24700
2002年07月03日:02時07分41秒
Sub:[IC04N]:「衣替え前日」:
From:E.R
ども、E.R@唐突に です。
えっと、無限都市な風景。
衣替えの前の日の話です。
……あちこちで、ネタを下さった方々に、感謝(^^)
*****************
衣替え前日
==========
永遠に誰も出てゆくことの出来ない、コルチキンタワー。
ある意味、非常に人工的である筈の環境に……しかし何故だか、衣替えとい
うものがあったりする。
6月1日から、夏服、と。
……そして確かに、6月に入ると、夏服向けの気温になるあたりが妙である。
「……なんでだろーねー」
でろ、と、机の上で半分溶けた物体が、呟く。
「って何が」
「ころもがえのまえになると、なんであつくなるんだろーね」
「口調まで溶けてるね」
つんつん突つきながら、百合野が指摘する。
「だって、あっついじゃないー」
「暑いっていうより、じめじめはしてるけど」
「そこまでは……」
ねえ、と、百合野が初音に振る。
「明日になれば、一応衣替えだし、我慢しなよ」
「あんたらにんげんちがうー」
「……沙奈子に言われると、悲しい」
ぼそ、と言った初音の頭に、沙奈子の拳固が飛んできた。
まだ一応冬服の筈の、ぎりぎり6月の手前。
一応皆、長袖のブラウスなのだが、大概が上着を椅子の背に引っ掛けて、ブ
ラウスの袖をまくりあげている。
確かに、今日は暑い。
「あ、ねー」
「はい?」
「放課後、図書室行こう?」
「あ、うん」
よいせ、と、沙奈子が上半身を起こして言う。それに素直に頷いてから、初
音は首を傾げた。
「図書室の位置、わかるの?」
途端に沙奈子が仏頂面になる。
「……いちおー」
「?」
「広瀬先輩ね、この前教わったん。見つけ方」
百合野が補足する。
「広瀬先輩って」
「ほら、クリスマスの先輩の知り合い」
「ああ」
去年のクリスマスに、偶然出会った人。
その人が『知り合い』と言ったのが、確か広瀬先輩という人であった筈だ。
「で、その広瀬先輩が?」
「何かね、図書室見つけるの凄く上手いんだよね」
「へえ……」
コルチキンタワーの中では、全てが移動し、変化する。
教室もまた同様。一応、初音達も自分のクラスを見つける勘のようなものは
この一年でかなり身にはついているが、そこら辺はクラス自体かなり流動的で、
同じ学年の授業なら、案外どれでも受けて良いらしい。
実のところ、授業をサボったところで罰則を受けるわけでもなく、退学にな
るわけでもない(そもそも、退学に出来るわけがない)。とはいえ、やはりど
こかで自分が自分を律することを学ばなければ、この世界でまともに生きるこ
とは困難なのも確かである。
閑話休題。
そんなこんなで、自分のクラス、もしくは同学年のクラスを見つけることは、
現在のところ大した困難ではないが、図書室、等になると、これは、多少技術
が必要になる。初音や百合野で、大体一週間に一度の発見率。これでも同学年
ではかなり高いほうである。
その百合野が、凄く上手いと称するからには、かなりの確率で発見するのだ
ろう。
「って、沙奈子よりも上手いの?」
「うん」
「……そー」
返事と一緒に、また沙奈子が机の上に溶けた。
ほら貝のような音が響いた。
授業は、妙に長い一時間と、妙に短い一時間とで、相殺して丁度良い時間帯
に終了した。
帰りがけの連絡で、くたびれた顔の教師が、明日から衣替えであることを告
げた。
皆、無表情でそれを聞いた。
暑くはなるけれども。
窓の外に、雨は降るけれども。
扉を開いた向こうが、土砂降りの運動場になっていることだってあるけれど
も。
コルチキンタワーの季節感というのが、やはり皮膚の上に包帯を巻いたよう
な、あやふやなものであることは否めない。
「以上、終わり」
無表情な声の余韻が、がらがらと椅子のたてる音に重なった。
「えっと、さっきのところが3年34組。第11理科準備室……で」
百合野が書き付けを見ながら、ぶつぶつと呟く。
「ここから一気に、三教室先」
「……って、それっていつも決まってるの?」
「ううん、でも、今日は多分そうだって」
「……凄いね」
「変人だよ」
沙奈子がぶすっとして言った。
ぜってー変な人っ……と、沙奈子は言う。
ぜってー変。この世界でも変。どこでもぶつかるし、マイク握ると人変わる
らしいし、と、妙に強固に主張するのが、かえって妙なのだが。
「あれつまりね、沙奈子悔しいんだよね」
「悔しい?」
「自分じゃ見つけられない図書室を、先輩がすいすい見つけるから」
「……あ、成程」
「うるさいよ二人ともっ」
ぽん、と手を打った初音を、ごく不機嫌そうな顔で沙奈子が睨んだ。
この三人のうちで、一番本を読むのが、実は沙奈子である。
故に、図書室への執着も、一番深い。
よって、この三人のうちで、一番熱心に図書室を探すのも沙奈子であり、も
ののどおりとして、一番図書室を見つけるのも彼女なのだが。
「そんで、三教室先の、前の引き戸を開けるっと」
がらがら、と、扉を開ける。
と、ふわっと一瞬、静かな空気が隙間からあふれ出る。
「図書室到着」
少しだけ声を落として、沙奈子が呟いた。
図書室(この、と付けるべきかもしれない)の司書は、女性である。
扉を開いて、すぐのところが新聞や雑誌の閲覧コーナー。その横手に司書の
コーナーがある。彼女の横を通る格好で本のコーナーに入ると、相当の数の本
棚と、閲覧用の机が、交互に並んでいる。
手間の壁のところには、新刊コーナーがある。
自分たちがここに来てから後の本も、着々と入っている。
それを言うならば、新聞だって、毎日ちゃんと新しくなるのだが。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
沙奈子の挨拶に、司書の女性は軽く笑って返事をした。
と同時に、新聞の前の背もたれ抜きのソファーに座っていた男子生徒が顔を
あげた。
「あ、こんにちは」
一瞬、沙奈子の声が詰まる。
「あー……こんにちは」
初音は目をぱちくりさせた。
沙奈子の反応から、相手が誰なのかは見当が付く。それは大して不思議でも
ない。
不思議なのは、相手の顔に見覚えがあることである。
「……あれ?」
「あれって何」
不思議そうな沙奈子の問いには返事せず、初音は百合野の方を見た。
「あの時の先輩?」
一瞬きょとんとした百合野は、すぐに合点がいったらしく、にっと笑った。
「そうそう、あの時の先輩」
「何よそれ、二人とも広瀬先輩のこと知ってんの?」
「一応」
「何時よ。百合野はともかく」
「……扉に顔をぶつけてた先輩」
生真面目に初音が言った途端、百合野は本式に吹き出し、広瀬先輩のほうは
何とも形容し難い表情になった。
「あー……」
「一緒に見てたんですよ先輩。初音と。先輩が放送室のドアに顔ぶつけるの」
確か、去年の文化祭の頃だろうか。
「……ああ、あれか」
妙に納得した顔で、先輩は頷く。
「痛くなかったですか?」
「まあ痛いけど、慣れてるし」
ごく当たり前のように、応えが返る。
「……慣れてるんですか?」
「うん」
……うん、は、無かろう。
「あ、ごめん沙奈子、あたしこっちの雑誌ちょっと見たいことあるんだけど、
先行ってて?」
「わかった。初音は?」
「あ、あたしも雑誌読んでから行く」
おっけ、と、小さく頷いて、沙奈子は先に本のコーナーに入る。それを見極
めてから、百合野はぺこっと頭を下げた。
「図書室の位置、教えて下さって有難うございます」
「あー、いや」
あ、そういえば、と、慌てて一緒に頭を下げた初音と百合野に、先輩のほう
も少々わたわたとした返事をする。
「大したことじゃないから」
「いえ、助かりました」
もう一度、律儀にぴしっと頭を下げる。そこら辺が芋蔓人脈の秘訣かな、と、
初音がぼんやり考えているのを尻目に、百合野はさっさとお目当ての雑誌を手
に取る。
「あ、その荷物、ここに置いたら?」
「え?」
「重くない?」
「大丈夫です」
慌てて、雑誌のラックに手を伸ばす。
詩の雑誌。
掴んで座ろうとして、はた、と気が付く。
椅子の上に、先輩のものらしい上着が延びている。
「っと、ごめん」
先輩が手を伸ばす前に、百合野が上着を持ち上げ……
……ようとして。
「あら?」
かく、と、手首のあたりが、妙な具合に折れ曲がる。
「あー、ごめん」
「……広瀬先輩」
呆れたように、百合野が言う。
「この制服、何が入ってるんですか?」
確かに。
百合野の手から椅子へと垂れ下がる制服の上着は、えらく真っ直ぐな直線を
描いている。
重しでも入っているような具合であるのがわかる。
「や、何ってわけでもないんだけど……」
先輩は、どちらかというと細い。その手がひょいっと延びて、百合野の手か
らごく何でもなげに上着を受け取った。
「でも、それって絶対本一冊とかの重さじゃないですよっ」
「それはそう」
くる、と、上着をひっくり返して。
「本は……ええと3冊、かな」
「は?」
上着をひっくり返して、先輩はその言葉を証明するように、文庫本を取り出
してみせる。
「……そこで『虎よ!虎よ!』が出てきますか?」
いや、突込みどころはそこじゃないと思うのだが……。
「あ、四冊だった」
「……広瀬先輩、なんで四冊目が辞書なんです?」
「え、ポケット辞書だし」
や、そういう問題でもないかと……
何時の間にか、席の上には四冊の本が積み上げられている。
「……先輩」
「はい」
妙に礼儀正しい返事を、百合野は綺麗に無視してのけた。
「それだけ出して頂いても、どうしてこの上着ってば、こう重いんでしょうか」
「ほんとにそんなに重いの?」
「あんたの手風琴ほどじゃないけどね」
「そんなにあったら、米袋だよ」
10Kgは軽く越す。そんな重さと比較にはなるまい。
「あ、そんなにあるんだ。じゃ、余計重くない?」
「えっと……慣れてますから」
「……そっか」
環境に人は順応する。手を離せばどこにゆくかも判らない。それくらい危なっ
かしい世界にいると、一番大切なものから手を離さないくらいの癖は身につく。
「てか、先輩、他にこれ、何入ってるんです?」
百合野がしつこく訊く。半端では済ませる気は無いらしい。
……半端で見過ごせる重さでもないらしいのだが。
「ああ、あっとは……はんだごてと、ニッパ、銅線、マイクコード」
「…………は?」
「ほら、放送部だから」
そういえば、顔面を扉にぶつけていた、あの扉は放送室に通じる部屋だった
な、と、初音が納得しているのを横目に。
「で、何で、先輩の上着にそんなもんが入っているんです?」
「そら……放送部だから」
「……理由になってません」
「機械って壊れるし」
「全然理由になってませんっ」
「こんな事もあろうかと思って、って取り出すのは基本だし」
「マッドサイエンティストを目指してるんですかっ!?」
「ううん、医者」
「……モロー博士の島?」
ひょっと思い出した単語を口に出して見ただけなのだが、百合野と広瀬先輩
は、ぎょっとした顔になった。
「……初音、あんた、ブラックユーモア突っ走ってるわそれ」
「そう?」
なんせ本人、題名と何となくな中身を知ってはいるものの、本体を読んでは
いない強みがある。
「とりあえず……でも普通、はんだごては入れませんよ、上着なんかに」
ずれまくった会話の方向を、百合野が強引に正す。
「そうかなあ」
「そーなんですっ」
「でも、はさみは入ってるよね?」
「あれは、文房具屋さんにある機材だから問題無し!……てっか、初音は唐突
に茶々入れない!」
あう、と初音が首を竦めるのを尻目に、先輩は内ポケット(それも複数)か
ら次々と妙な道具を出してみせる。はんだごて、ペン、ニッパ、銅線、消しゴ
ム、等々……
「……先輩」
「はい」
「着てて、ごろごろしないですか?」
「いや、上着と体の間に、隙間が空いてるから」
「……先輩それ、すっげー厭味」
「は?」
確かに厭味だよなあ、と、初音はぼんやり思っている。
要するに(というか、見て確かに)、広瀬先輩は細い。一般の女子高生が恨
む(羨むではない)くらいには細い。
「しかし先輩、このはんだごて、何に使うんです?」
「え?……ああ、機械が壊れた時に使うよ」
「……や、だから、ポケットに入れておく意味合いってのがっ!」
「放送用の機械って、突然壊れるから」
「放送室で直せば良いんじゃないですか?」
「結構あちこち持ちまわるからね。そうもいかない」
ぼそぼそと話しながら、広瀬先輩はポケットに手を突っ込んでは取り出す作
業を繰り返している。
次から次へと、奇術師の種を明かすように出てくる様々な道具が、ソファー
の上に積みあがってゆく。
ある程度引っ張り出してから、百合野が上着を揺すり……ついでに妙な顔に
なった。
「……?」
「あれ、なんかまだ入ってたっけ」
「軽いんですけど……なんだろ、これ」
「あー」
横から見ていた初音でも判る。妙に長細い、しかし直線状のものが、まだ入っ
ている。
「これだ。30cmものさし」
「…………は?」
すっと、先輩の手が上着から何かを掴み、引きずり出す。
30cmの、それも竹の物差しが、どこやらからずるずると出てくる。
ああ、こうやって手品のネタは仕込むのだ、と、初音あたりはとても納得し
たのだが。
「……広瀬先輩」
「はい?」
「なんでこんなもん入れてるんです」
「……入るから」
「そういう問題ですかっ?!」
「……そうじゃないのかな」
当然、でもなく。
いい加減では、もっと無く。
妙に生真面目に、広瀬先輩は言う。
「……先輩って、絶対変」
「そうかなあ」
「それも相当に変ですからね」
「そうでも無いと思うけどなあ」
これくらい、放送部の連中は常備しているけどなあ、と、何だか未練がまし
げに先輩ははんだごてを持ち上げる。
「それは、放送部の皆が変なんです」
えらいきっぱりと、百合野が言い切る。
「……人のこと言えるのかなあ」
「言えますっ」
…………や、それはどうだか。
内心突っ込んでから、と、初音は首を傾げた。
「……でも、広瀬先輩」
「はい?」
今まで黙り込んでいた初音が口を開いたの自体が珍しかったのかもしれない。
広瀬先輩は目を丸くして彼女を見た。
「なんだろう?」
「あの……でも、明日から、夏服ですよね?」
「そうだね」
百合野もきょとんとして初音を見ている。
「この、荷物、どうするんですか?」
あ、と、百合野が目を丸くする。
その方向には、考えが及ばなかったらしい。
「それがね、今困ってるところなんだ」
生真面目な顔で、先輩が言う。
「ポケットを幾ら強化しても、これだけのものは入らないよね」
「入らないですね」
「困ったなあ」
「困りますね」
ちょっと待て、と、百合野が初音の額を弾く。
「……あいた」
「あんたまでまともに困ってどーすんのよ」
「……何となく」
何となくじゃないでしょうに、と、百合野が呆れた顔になる。
「しかしほんとに、そうだよね。困ったな」
規定の位置(?)に、またもや物を仕舞い込みつつ、やはり先輩は考え込ん
だ顔になる。
「鞄か何かに、入れて持ち歩くしかないのかなあ」
「はあ」
「でもあれ、手がどうしてもふさがるからなあ」
「初音みたいのだったら、手は塞がらないですよ」
「ああ……でも、取り出しにくそうだしなあ」
大した手間とは思えないのだが。
「あーあ」
全部を放り込んでから、しみじみと先輩は溜息をついた。
「早く冬服にならないかな」
「……まだ夏服にもなってませんけど」
「ほんとだ……ああ」
冬が待ち遠しい、と、先輩は遠くを見る。
大きく溜息をついて、百合野は雑誌を膝の上に広げる。
空けてもらった場所に座って、初音も詩誌をそっと広げる。
表紙には、青紫の紫陽花の絵。
なんとは無しに視線を窓のほうに移す。
灰色の空だけが、硝子の中に切り取られている。
明日から衣替え。
夏はまだまだ、これからである。
******************
ええっと。
上記の、上着に入っていた物品。
……実話だそうです(汗)
ま、そゆわけで。
チェック等、お願いします。
ではでは。