[KATARIBE 24634] [HA06P] 『黒眼車』

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Date: Wed, 12 Jun 2002 00:18:57 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24634] [HA06P] 『黒眼車』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200206111518.AAA58981@www.mahoroba.ne.jp>
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2002年06月12日:00時18分57秒
Sub:[HA06P]『黒眼車』:
From:久志


おいす、久志です。
久方ぶりにEPを書いてみたりしてます。
単独EPばっかでなく、複数EPもかきたいなあ

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『黒眼車』
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登場人物
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 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :小池葬儀社勤務。妙に霊感のある軟派にーちゃん。
 山本治彦(やまもと・はるひこ)
     :不動産屋のお兄さん。なにかと不幸が絵になる人。

オフのつぶし方
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 晴れやかな月曜の昼。
 普通のお勤め人ならば陰鬱にもなるかもしれねえが、今日はオフだ。
 といっても、土日連続で仕事尽くめで、かろうじてとれたってとこだが。

 しかしまあ、めでたくオフがとれてもダチはみな仕事やら大学、休みを喜ん
でくれる彼女もいねえとくると、せっかくの休みでも暇つぶしにぷらぷらする
ぐらいしかすることがなかったりもする。

「しかし、めずらしいですね」
「何が?」

 で、同じく休みが不定期同士、というより合コンで会って以来の飲み仲間の
山本が運転席でしきりに汗をぬぐった。生真面目故かオフだというにかっきり
背広を着こんでいる。

「幸久さんの喪服以外の格好なんて、めったに見れないですよ」
「ほっとけ」

 葬儀屋という職業上、不意に仕事が入ることも多いせいか、出歩くときは大
抵喪服で、ある意味俺のトレードマークでもあるみてえだが、今日はめったに
はかないジーンズにTシャツ、自分でもらしくねえなとは思う。運転席の奴も
不動産業者という職業上、スーツは欠かせねえし、逆に普段着の奴の姿は俺の
私服以上に想像できねえ。

「で、どーするん?」
「ええ、あの、幸久さん詳しいですから。もうおまかせしようと思って」
「通勤用なら社用車にするって手もあるんじゃねえのか?」
「いえ、せっかくだから自分の車を、と思いまして」
「ああ、まあな」

 中古車を買いたいので下見についてきて欲しい、とは前々から言われていた
のだが。お互い休みが不定期なせいかなかなか見に行く予定が合わなかった。

「そんな、小難しく考えねえでもいい気がするけどな」
「いや、えーと、僕小心者なんで。こう、気に入らないときとかも断れなさそ
うな気がしちゃいまして」
「なるほど」

 どうにも、腰の低い客商売をしてるからか元の性格からかこいつは必要以上
に気が小さい。うっかり強気な相手に話を持ちかけられたら、スクラップ寸前
のポンコツ車を売りつけられても断れないかもしれん程に。

「こいつは父から譲り受けたものなんでかなりガタがきてて」
「まあな、実際こんだけ使い込んでてよく動いてるな」
「ええ、まあ。かといって新車を買うほどのものでもなくて、仕事や私用で車
は多用するんで手ごろな中古がいいかなと」
「ふむ」

 かなり年季が入ってると思われるサニーは、それでも必死に車体を震わせな
がら交差点を通り過ぎた。

 小さな自動車工場にくっついた中古ショップは少し埃っぽさがあったが、立
ち並ぶ車はそう悪いもんではなさそうだ。太字で書かれた値段がフロントガラ
スに貼り付けられて風にはたはたと揺れてる。

「予算の希望は?」
「そう、ですねえ」

 ひのふのみと数えながら指を二本たて、少々考えてまたもう一本たてた。

「……あまり、余裕ないんですよね」
「やれやれ」

 走りにこだわる奴からすればいくらつぎ込んでも足りないだろうが、特に走
りにはこだわらず、日常的に車を転がすことに慣れきってる俺らからすれば車
は消耗品にも近い。

「ちっと、掛け合ってみるか」
「そうしましょか」

 ちらりちらりと置かれた車の値段表に目をやって、オフィスへと歩いた。

「そうですね……」

 焼けて少し剥げた額に皺を寄せ、店主が渋い顔で立ち並ぶ車を眺めて一息つ
いた。まあ別段品揃えが悪いわけでもなく、俺らが提示した金額と希望車種か
らして少々無理があるのだが。

「ご予算に合わせたものというと、ここいらですかね」

 分厚いファイルを手繰って一枚の書類を目の前に置いた。手書きで書かれた
スペックと車のスナップ写真、中古経路と車検証明の写しが貼り付けてある。
 ざっと書類に目を通す、中古という点を差し引いても車種設備金額ともに随
分と割のいい数値が並んでいる。

「いかがです? 奥に駐車されている奴なんですがね、ご覧になりますか?」
「安いですねえ」

 つ、と店主の目を見る。価格が手ごろなのはいいことだが、それが決してい
いことだらけですまないってのはよくあることだ。
 さすがに居心地が悪くなったのか、店主が額をなでながら写真をつまんだ。

「知人の車両工場から処分を依頼されたものんですよ、ですがそうはいっても
こいつはほら新品同様ですから。できるなら手頃な価格でお売りしようと思い
ましてね」

 こんこんと写真の車をこづいた。

「どうです、せめて実物を見てからでもよくはありませんか?」
「ふむ」
「処分といっても、ちゃんと車検は通ってますのでお乗りになる分にはまった
く問題はありませんし、整備に関しては私らが責任もっていたしますよ」
「まあ、とにかく実物みてみっか? なあ山?」
「え、あ、そうですね」

 相変わらず自分の意見の弱い山本を小突いて立ち上がらせる。
 少なくとも、問題ないという今の店主の言葉に嘘はなさそうだ。

 少し奥まったところに置かれた当の車は、本当に新車と見間違えそうな程磨
かれて、少しの欠陥もなさそうに見えた。

「いかがですか?」
「よさげですね」

 見た目は確かに新車そのものだった。

「本当に中古なんですか、これ?」
「ええ、なんでも前にご利用になっていた方が急に手放されたとのことで」

 そりゃあ、そうだろうな。

「エンジンごらんになりますか?」
「あ、いいんですか?」


「やめとけ」


「え?」
「どうしたんですか?幸久さん」

 怪訝そうな声もよく聞こえなかった。

「やめとけ、山」
「え、あのどうして?」

 白目のないのっぺりとした目。

「どうしてもだ」
「え、あの、なんで?」

 リアウインドウに張り付いた手。
 髪を振り乱して両手を張り付かせた、初老の女。

「どうかなさいましたか?」


 こいつは、人を轢いた車だ。


「すまねえが、他を見せてくれ」

 有無を言わせない態度にさすがに気おされたのか、店主も山本も呆気に取ら
れたまま、その場を離れた。

 程なく。
 続けて二三下見をして、どうにかそこそこ希望を妥協させて予算につりあう
車を見つけ手続きにこぎつけることはできた。

「一体、どうしたんですか? さっきは」
「あ?」
「いや急に怖い顔になって」
「ん、ああ、あれな」

 一瞬、止まる。

「あの車種、ご遺族の方がよく持ってた車種でな、あまりいいもんじゃねえら
しいぞ」
「そうなんですか? なにか、欠陥があるとか?」
「いや詳しいことは知らねえよ確証もねえし、なんとなくだ」
「知らなかったなあ」

 知らないほうがいいかもしれねえが。
 ちらりと振り返った先には、もうあの車は見えない。

「知ってても、どうにもなるもんじゃねえけど……な」

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いじょ




    

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