[KATARIBE 24484] [HA06N] 小説『猫、澱んだ空気、ピアノ』

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Date: Mon, 13 May 2002 14:01:42 +0900 (JST)
From: 月影れあな  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24484] [HA06N] 小説『猫、澱んだ空気、ピアノ』 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2002年05月13日:14時01分42秒
Sub:[HA06N]小説『猫、澱んだ空気、ピアノ』:
From:月影れあな


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小説『猫、澱んだ空気、ピアノ』
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本文
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 学校から家に帰る途中、畔のところに一匹の白い猫が横たわっていた。
 その猫は、昨日も一昨日も横たわっていた。ただそれだけだった。誰にも気
にされず、誰にも見咎められず。
 今日は蛆が湧いて死んでいた。
 下校中の女子中学生の団体が「きもちわるーい」とか言ってその猫を遠目に
見ている。
 次の次の日そこに来ると、猫はもう無かった。
 私はその、静かに死んでいった猫になんだか親近感を覚えた。
 ただそれだけ……

 家の中では空気が澱んでいる。私はこの空気が嫌いだった。
 もうほとんど思い出せないくらい昔には、私も帰って来た時に「ただいま」
と言っていた。伯母さんは何も答えなかった。ただ冷たく睨み返すだけ。だか
ら、私は全てに無視される事に決めた。
 部屋に戻って鞄を置くと、まず窓を全開にする。こうすると、澱んだ空気が
出て行ってくれる気がするからだ。ただし、それはいつも気がするだけでしか
ありえなかった。
 こうやって窓から身を乗り出していると、そのまま落ちていきたくなる。
 ほんの数メートルしか離れていないコンクリートの地面は、何故かとても遠
くに感じられる。
 ここから落ちれば、その遠い場所へいけるだろうか?
 そういう想像を楽しんだ後、とても陰鬱な気分で窓を閉じる。今日も澱んだ
空気は澱んだままだった。
 《明日》になれば、澱んだ空気は無くなる。
 《明日》はいつ来るんだろうか? 《明日》というのは今日と違う日。今日
と違う日はいつ来るのだろうか?
 遠い日、まだここに来る前は、明日が全て《明日》だった時もあった気がす
る。
 よく、覚えていない。

 机の上のお母さんの写真を立てて見てみる。
 私の顔とそっくりな、私と同じ赤毛を持った人がそこで無愛想に立っていた。
 私は、その人の顔をもう写真でしか思い出せない。華煉姉さんが言うには、
とても強い人だったそうだけど。
 私はほとんど覚えていない。
 唯一覚えているのは、お母さんが弾いてくれてピアノの音だけだった。私を
膝の上に乗せて弾いてくれた。
 魔法のように動くしなやかな指がおかしくて、鍵盤をバンバン叩き、演奏を
台無しにしてしまった事だけを、何故かくっきりと覚えている。
 だから、私はお母さんの写真を膝に乗せてピアノを弾く。
 お母さんと一緒にピアノを弾くときだけ、私は安らかな気持ちでいる事が出
来るのだ。


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