[KATARIBE 24469] [MMN] 「標準時」

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage


Index: [Article Count Order] [Thread]

Date: Sat, 11 May 2002 02:58:03 +0900 (JST)
From: ER <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24469] [MMN] 「標準時」 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200205101758.CAA16860@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 24469

2002年05月11日:02時58分03秒
Sub:[MMN]「標準時」:
From:ER


ども、E.R、ところにより猫です。
なーぜー、と、言われそうですが。
しかし唐突に、今日、妙なところに行ったので。
浮かびました、この話。

……はい、霙の街です。
1995年1月6日の、東京のある街の風景です。

******************************
標準時
======

 男は、轟々と泣いた。


 建物のかなりは崩壊し、あちこちから火の手が上がっている。
 うめき声と誰何の声。早く逃げろ、と、叫ぶ声。そして慌しく響く足音。
 男はそれに加わろうとは思わなかった。
 ただ、何かに憑かれたように、この部屋へと向かった。


『皆さんの目の前、あの硝子の奥で、日本の標準時が今生まれているんです』
 セシウム時計、10台。
 それによって計られる時間をそれぞれ重みをつけて比較し、加算し、そして
日本の標準時間が生まれる。
 つい先日、自分は、誇らかにそう、見学者に説明をしなかったか。


 窓に嵌められた強化ガラスは、もう、殆ど残ってもいなかった。
 ただ、どんな奇跡か……また、どんな皮肉か、正面から見える標準時を示す
大きなデジタル時計は、以前と少しも変らず時を刻んでいる。

 セシウム時計の並ぶ部屋に行こう、として、彼は手を止めた。
 掌が大きく裂け、ざっくりと皮膚が落ちていることを、妙に冷静に認める。
 頬が、痛む。
 眼鏡をかけていたことを、思い出す。

 彼は、自分の顔のことを、考えないように努めた。
 崩れてしまった硝子の窓が、返って有難かった。

『10台時計がある意味ですか?一つはスペアですね。1台や2台だと、いざと
いう時に止まるかもしれないでしょう?』
 気温、気圧、そして湿気、電磁気、その他諸々。とことん気難しいこの時計
は、それだけ条件を揃えても、三年程度しか動かない。
『あと、10台で時間を調整することで、精度を上げるって効果もあります。そ
れぞれの時計の動き方で、重み付けをするんですよ』
 目の前の、デジタルの赤い光が、一瞬ぼやけた。

『世界標準時があって、それが日本に来ているわけじゃないんですか?』
『いえ、逆ですよ。日本の標準時があって、他の国にも標準時がある。それを
全部集めて、その精度を比較して、そして世界標準時が生まれるんです』

 ほお、と、感心したような、見学者の声。
 それをぼんやりと、男は思い出す。

『そりゃね、他の国から時間を教えてもらうことは、出来ます。アメリカとか
ね。でも、彼らは自分の時間が……万が一間違えていても、そこに保証をしな
いんですよ』
 それはそうだろう。相手に保証の義務は無い。
『日本は独立国ですからね。自分の時間を、自分で決める権利があるんです』

 ぱたぱた、と、音が不思議と部屋の中に響いた。


 その衝撃は突然だった。
 何と言えばいいのか……建物を、建物と同じ大きさのまな板か何かで横から 
殴りつけたような衝撃、そして一瞬の意識の途切れ。
 否、あれはどれほどの長さだったのか。
 そして気が付くと…………

 倒れた機材と、ステンレスの本棚。
 PC。ついたて、硝子窓。
 
 そして自分はただ一心に、この部屋に走ってきたのだ。


 一体何が起こったのか。
 一体どういうことなのか。
 一体…………

 その全てが湧き上がり、そして途中で潰えた。
 そしてこの部屋に入った途端、たった一つのことが、判った。


『日本は独立国ですからね。自分の時間を、自分で決める権利があるんです』


 何時までこの時計は動くことだろう。
 何時まで、この時刻は動くことだろう。
 セシウム時計の部屋は、確かに多少のことでは環境が変らないよう、厳重に
調整されている。けれどもそれは、この部屋に絶え間なく流れる電気があって
のことであって。
 調整する、その動力の源が、届いている場合だけであって。

『本当は、ここがテロか何かにあっても大丈夫なように、どこかにもう一つ、
時間を定める場所が必要なんですけどね』

 言いながら……自分はその言葉を、どれほど信用していたろうか。


 ごう、と壁の外から音がする。
 まだ、音は遠い。


 一体何が起こったのか。
 答えこそ、無い。けれども。

 けれども。


『日本は独立国ですからね。自分の時間を、自分で決める権利があるんです』

 ……日本が、独立国で無くなるようなことが、起こったのだ。
 この部屋を見た時に、彼はそう知った。
 どのような説明よりも雄弁に、この部屋がそう語っていた。

 遠く響く悲鳴。そしてしっかりしろ、と、叫ぶ声。
 けれどもどこからも、助けの音が来ない。神経をどこか逆立てる、あのサイ
レンの音も聞こえない。

 そう、それどころではないことが起きたのだ。
 それどころではない、ことが。

 がっくりと膝が崩れた。
 ぱたぱたと、音の出所を求めて下を向いて初めて、彼は自分が泣いているこ
とに気が付いた。


『日本は独立国ですからね。自分の時間を、自分で決める権利があるんです』


 轟々と、彼は泣いた。
 未だ時を刻み続ける、大きなデジタルの時計を目の前にしつつ。
 ただ、轟々と、彼は泣いた。

 あとどれほど時間が残されているのだろう。
 あとどれほど、この時計は時を刻めるのだろう。
 あとどれほどしたら。

 あとどれほどしたら、この時間は、また元に戻るのだろう。


 デジタルの時計は、それでも時を刻んでいる。
 割れてしまった、硝子。
 全ての象徴のように、彼はそれを見た。


 床にくず折れて、彼は泣いた。
 赤いデジタルの時計は、それでも刻々と数字を変えていた。
 ごうごうと、扉の外に音が迫っていた。



 1995年1月6日、国分寺。
 爆発から数日の後、この街は灰燼に帰したという。
 
******************************

 解説つけるのもなんですが。
 ええと、これ、通信総合研究所の風景です<種明かし
 国分寺にあります。
 23区には入ってないですけど、まあ、数日の後にはぼうぼうに燃えてそうな街ですし。
 
 男の台詞、かなりが今日、見学廻っているときに聞いた台詞です。
 やー……
 あの部屋に、セシウム時計が時間を刻んでいるかと思ったら。
 燃えましたね、ええ(笑)。

 こういうところって、技術は日進月歩なんで、ちょっと怖い面もあるんですが。
 まあ……時間が地球基準から、原子基準になって、37年経っているそうなので。
 ま、大丈夫かな、と。

 問題等ありましたら、宜しくお願いします>不観樹さん

 ではでは。


    

Goto (kataribe-ml ML) HTML Log homepage