[KATARIBE 24450] Re: [IC04N] 『不条理な楽園へ』

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Date: Wed, 08 May 2002 04:31:01 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 24450] Re: [IC04N] 『不条理な楽園へ』
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gallowsです。続き行きます。
コルチキンタワーまで行くのにはもう少し時間がかかりそうです。

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2.
 卒業式はあいにくの雨だった。もっとも「あいにく」というのは慣用的で社
交辞令的な感想に過ぎない。荻は卒業式だろうがなんだろうが雨の日は鬱陶し
いと思うし、卒業式になにか特別な思い入れを持っているわけでもなかった。
 卒業式が始まり、校長やらPTA役員やら三年たってもいまだに顔も名前も覚
えられない人々の長い話が続いた。案の定十五分足らずで荻は眠ってしまい、
耳慣れた声に反応して目を覚ますと姉が壇上に立っていた。
 どんなに離れていてもすぐにわかる長い黒髪がスポットライトに照らされて
なめらかにうねっている。口喧嘩において絶対的な強さを誇るそのよく通る声
は今は対外的に適切な言葉を紡いでいる。
「今日という日、私たちはこの学校を旅立ちますが、それは一つの区切りに過
ぎません。これから、高く無限にそびえる塔を登らなければならないのです。
その塔の頂点になにがあるのかはわかりませんが、その過程にあるのは登り続
けるか諦めるかの二択だけです。あるいは頂上など……」
 塔、陳腐な比喩だ。千草にしてはつまらない話をしているなと荻は思い、意
識は再びまどろみの中に落ちていった。
 夢の中で荻は千草とともに階段を駆け上がっていた。全力で走ればドーナツ
の特売に間に合う。ドーナツは天使の輪だからそれを食べれば自分達は何かが
どうにかなると信じていた。夢の中で荻はなんてメルヘンチックなアイデアだ
と悪態をつき、千草は現実なんて案外メルヘンチックなものかもしれないと分
析してくれていた。
 次に気がつくと卒業式はその工程をほとんど終了しており、あとは卒業証書
授与式を残すばかりだった。卒業証書授与式と言っても一人一人が壇に上って
校長に手渡してもらうのでは手間がかかりすぎるので、各クラスの代表が受け
取ることになっていた。そのほかの生徒は名前を呼ばれたら返事をするだけで
いい。そして荻は今日そのためだけにこの場にいると言っても過言ではなかっ
たので丁度いいタイミングで起きられたと幸運な気分だった。
 荻は一組で出席番号も真ん中より少し前なくらいだったので割とすぐに名前
を呼ばれた。他の生徒より大きすぎず小さすぎないように無難な返事を返して
おく。あとはもう一眠りすればこの式も終わり、もう二度とこの学校に来るこ
ともないだろう。そう思ったらもうしばらくこの古びた体育館を眺めているの
も悪くないかと思い、背筋を伸ばして眠気を追いやることにした。
 一組の全員の名前が呼ばれ、二組の分もそつなく終了すると、三組のクラス
代表であるところの千草が再び壇上に現れた。卒業生代表とクラス代表を兼ね、
あともう一つなにかやれば三冠王だ。
 千草は三組全員分の卒業証書をうやうやしく校長から受け取るとお辞儀をし、
こちらに振り返ってもう一度頭を下げる。そしてそのまま直立不動の姿勢をとっ
た。じっとこちらをみている。荻には千草が笑っているかのように見えた。壇
上の彼女から自分まで20mは離れているはずなのに、その視線から目をそら
すことができなかった。
 長い時間が過ぎたように感じられた。ようやく周囲がざわめきはじめると、
千草は何事もなかったかのように壇上から降りていた。

 卒業式が終了し、荻はつき合いのあった友人達と中学最後という趣旨を全く
無視した馬鹿話をしていた。そうしているとふいにクラスメイトの女子に声を
かけられる。
 アーモンド型の目をした小柄で少しかわいい感じの娘だった。出席をとって
いるときなどの記憶を検索する。確か横山という名字だったはずだ。たまたま
元大阪都知事のお笑いタレントを連想させたために覚えていただけで、話した
ことはほとんどなかった。
 家庭科室に連れて行かれる。横山はどういうわけかそこの鍵を保持しており、
当然のように中に入っていった。
「いいでしょ、料理部時代に鍵コピーしちゃったんだ」
 椅子を引きずるようにして引き出して座る。その仕草は千草に比べて子供っ
ぽいなと思った。
「で、オレになんの用?」
 なんとなく予想がついてはいたが他になんと言えばいいのかわからないので
とりあえず聞いてみる。荻はそういった方面に限らず話す事に関するスキルが
壊滅的であり、ウィットに富んだ台詞など思いつきもしなかった。
「……えーと、あたし長月君とおなじ高校いくんだ。で、せっかくだし付き合っ
たりしないかなとか思って」
 荻の予感は当たっていた。当たってはいたが、だからといって余裕が出ると
いうものでもなかった。だいたい普通の友達づきあいすらうまくできないのは
一つにはシャイであるという部分が大きいのだ。もはや「せっかくだし」など
と言われているのをつっこむ余裕すら荻にはなかった。
「ああ」
 声が震えたり挙動不審になったりしないように細心の注意を払って返答する。
荻は内心舞い上がっていたが、その反面うしろめたい気持ちもあった。先ほど
壇上からこちらを見ていた千草の顔を思い出す。
 いつまでも自分だけ子供くさい気持ちで天涯孤独な双子をやり続けるわけに
もいかないだろ……
「せっかくだし、よろしく」
「え、マジで? やったー」
 横山が大げさに両手をあげた。荻にはその光景がなにかとても不自然で不思
議なものに思えた。つい自分になんの価値があるのだろうかなどと哲学的な疑
問を抱いてしまうほどだった。
 帰り道、まっすぐ帰るのもなんなので二人で喫茶店に寄ることにした。学校
からさらに近い場所にファミレスがあるのだが、今頃は卒業式後の打ち上げを
している連中で溢れかえっているだろう。さすがにそんなところに行くのは気
が引けた。
 その喫茶店は「ちょっとセンスのいいカフェ」という位置づけのものらしく、
中学生が制服で来るのは場違いに思えた。以前千草が一度友達と遊びに行った
と自慢していたのを覚えていただけで、荻自身がここに来るのはこれが初めて
だった。
「結構一部で密かに人気あったりしたんだよ、オギくん」
 一部な上に密かで、しかもあったりなかったりするようなものをはたして人
気と呼べるのだろうか。そんな千草の声が聞こえるようだった。
「でもさー、あの噂じゃない。あたしもほんとは高校入ってからにしようかと
かいろいろ考えたんだけどね」
「あの噂?」
「ほら、千草サマのさ」
 横山はもったいぶりながらその噂について語った。言いたくないそぶりを見
せながらその実聞いて欲しいという感じで、荻は結局全部聞かされる羽目になっ
た。その内容はつまり荻に近づく女子を千草が人間関係の輪から外れるように
仕向けるというもので、友達の友達もそれが原因で登校拒否に陥ったというよ
うなものだった。荻はその噂話の現実味のなさに心底馬鹿馬鹿しい気持ちにな
り、そんな話を信じているらしき目の前の女子にウンザリさせられた。
 頭の中が急速に冷めていくのがわかった。世界中が元通りの無味乾燥で落ち
着き払った態度を取り戻していく。
「で、それ信じてるの?」
「信じてる訳じゃないけどさー。千草サマってなんかすごすぎて逆に人間味の
ないところがあるって言うか、それでそんな噂も出ちゃうんじゃない?」
 さっきは聞き流したが、彼女の千草に対する敬称「サマ」には侮蔑のニュア
ンスが含まれているように思えた。
 自分はともかく誰からも尊敬されていると思っていた千草にそんな噂が流れ
ていたというのは、荻にとって自分の部屋を荒らされたような気分だった。
「あんなに美人なのに彼氏を作らないのもあやしいという話もあった」
「なるほど」
 荻は立ち上がり、千円札を財布から抜き出すと黒光りするテーブルの上にひ
らひらと降らせた。
「あんたとは気が合わなさそうだ。もう一生話すこともないだろうから忠告し
とくけどさ、次からは人の身内を悪く言うんじゃねーよ」
 こうして荻は初めての恋愛関係を速やかに終了した。告白されてから別れる
までのべ二時間程度、これはなかなかすごい記録かもしれないと思った。

-- gallows <gallows@trpg.net>


    

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