[KATARIBE 24429] [IC04N] 『不条理な楽園へ』

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Date: Mon, 06 May 2002 05:34:31 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 24429] [IC04N] 『不条理な楽園へ』
To: 語り部ML <kataribe-ml@trpg.net>
Message-Id: <20020506051131.9FE2.GALLOWS@trpg.net>
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どうも、gallowsです。
MyPCであるところの双子、長月荻と千草がコルチキンタワーに迷い込むまでの
話を作ってみようと思いました。なんだかまだコルチキンタワーのコの字も出
てきてませんが、とりあえず出来た分を流してみます。

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小説:『不条理な楽園へ』
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1.
 バットがボールを叩く澄んだ音が冬のグラウンドをつきぬける。ボールは高
く高く飛んでいき、そのまま2月の白い空に吸い込まれていくかのように思え
た。しかし物理法則がそんな非常識を許すはずもなく、数秒後にはボールは外
野を務める後輩のグローブに飛び込んでいく。その光景を他人事のように眺め
ていたバッター、長月荻はため息とともにつぶやく。
「……最後がこれか」

 九回裏、センターフライで試合終了。
 こうして、荻の中学最後の仕事は終わった。
 試合の結果は1−3。荻の所属する3年チームが見事な勝利。卒業生送り出
し試合という名目のこの練習試合は3年生の皆さんは高校に行っても頑張って
くださいという意味を込めた毎年恒例の行事だ。かといって残る後輩たちがあ
まりに無惨に負けるのでは先輩たちも心配になってしまうだろう、という意味
を込めたささやかな抵抗も予定調和的に行われる。ピンチヒッターとしてバッ
ターボックスに立った荻は丁度その割を食う格好になった。
 後輩たちにしてみれば校則違反のバイトにばかり精を出してあまり部活動に
熱心とはいえなかった荻にまで見せ場をやる義理はないということだろう。順
当な結果だ。そういえば去年のこの行事の最終回、先輩ピッチャーにこれ以上
ないくらい綺麗なホームランをお見舞いしてやったのは他でもない自分であっ
たことを思い出す。あの時、あの先輩もやはり今の自分のように面白くない気
分だったのだろうか。それとも「人の出来たキャプテン」であったところの彼
は後輩の成長に満足していたりしたのだろうか。
 そんなことを考えながら、中学最後の練習試合を終えてそれぞれ感慨深そう
にしている同級生達を横目に、荻はグラウンドを去った。つき合いが悪いのは
今に始まったことではない。バイトの都合というのもあったが、単に人付き合
いが苦手というのが本当のところだった。
 さっさと一人で着替えを済まし、更衣室裏の水道で顔を洗う。他の部員達は
これから送別会だのなんだのでまだ忙しいらしいが、荻は参加する気にはなれ
なかった。誰もそれを望んでいないことがわかっていたし、荻自身も昨晩あま
り嬉しくないニュースが入ったばかりで憂鬱な気分だった。

「やあ、見事なセンターフライだったじゃないか」
 まるで英雄を賞賛するかのような芝居がかった声色で姉の長月千草が声をか
けてきた。いままでどこにいたのだろうか。今日は土曜日、休日である。しか
も受験も終わったこの時期、3年生に残されているイベントは卒業式くらいの
ものだ。野球部とまったく関係のない姉は学校に来なければならない理由はな
いはずだ。
 或いは学園きっての秀才であり、どうやら卒業生代表にも選ばれているらし
い彼女ならば荻には想像もよらないような理由で学校に呼ばれることもあるの
かもしれないと思ったが、目の前で意地の悪い笑みを浮かべている姉はマフラー
をぐるぐる巻きにして厚手のタイツを履いて大仰な手袋まではめているのだか
らそういうわけでもないのだろう。こんな完全装備をする理由は寒い外で長時
間試合を観戦するくらいしかない。

「見てたのか……」
「最後の晴れ舞台、姉として責任を持って見届けさせてもらったよ」
「嫌みを言いに来たのか? これでも結構傷ついてるんだ」
「だろうねー。泣いているんじゃないかと思ったよ」
「泣くかよ」
「なら、さっさと顔拭きなさい」
 購買部で売っているなんのおもしろみもないタオルを投げ渡される。こんな
シチュエーションでも他の部員達に見られたら羨ましがられるのだろうな、と
荻は思った。なにしろ姉は素晴らしく頭がいいだけでなく素晴らしく顔もよく
てついでに人当たりもよかったのだ。もうまるで冗談のような話だが本当なの
だから仕方がない。荻がもう少し親しみやすいキャラクターであったなら告白
の助力を頼まれるような古典的展開も幾度となくあったのかもしれない。そん
な面倒に巻き込まれることを想像したら友達が少ないのも悪いことばかりでは
ないなと思った。
 渡されたタオルを広げ乱暴に顔の水分を拭き取り、ついでに汗に蒸れた頭や
首筋も拭くと、姉が露骨に嫌そうな顔をした。なんならわきの下まで拭いてや
ってもよかったのだが、さすがにそれはやめておく。
 しかしそんなささやかな形でも復讐をしたいという気持ちはあったのだ。な
にしろ荻を現在進行形で憂鬱にしている原因は、この双子の姉にあるのだから。

 そもそも、長月姉弟が今のかたちになったのは両親との死別からである。死
因はありふれた交通事故。母方の祖父母に引き取られた二人はそれぞれ違った
アプローチでこれからの生き方を考えたのだった。
 ところでそれまでの二人というのは、双子として両親に同じように愛され、
同じようにものを教えられ、可もなく不可もないプレーンな状態で同じように
育ってきたといえる。好きなものも嫌いなものも同じ。いつも一緒に行動し、
同じ問題に同じ手段でもって対策をする。その二人がそれまでの反動のように
極端に分裂したのがこのときだった。
 姉の千草はとにかくまず祖父母にとって好ましい存在になることを主眼にお
いた。弁護士であった祖父に勉強の出来るところを見せて喜ばせ、六法全書を
暗唱して見せることで期待を得ることに成功した。これは祖母においても同様
で規則正しい生活を送り家の手伝いを適度にしていたら簡単に落ちた。
 弟の荻は祖父母との関わりを絶ち、自分だけの力で生きようと試みた。少し
でも手間をかけさせず、迷惑をかけないように配慮したつもりの荻が祖父母に
問題児と認識されるまでにはそう時間はかからなかった。中学に入ってすぐ、
学校に秘密でバイトを始めた。荻自身に悪気はなかったが、これが彼の現在の
立場の決定打となる。
 優等生の千草と劣等生の荻。長月姉弟への評価は祖父母にとどまらず、二人
を取り囲むほとんどの人々の共通の見解となっていった。

 しかし荻は千草に嫉妬も羨望もしていない。周りの評価は変われど二人の関
係は昔と同じつもりだった。これからもずっと二人だけで生きていけるのだろ
うとなんとなく思っていた。
 だからこそ姉がこっそり都内の有名私立高校とやらを受験しており、合格し
ていて、ついでだからそっちに進学することにしたと昨晩告げられた時に、い
たく傷ついてしまったのである。そして姉に合わせて県下でも有数と言われる
公立高校に合格したこちらの努力はどうなるのだと憤慨してもいた。しかし彼
のプライドは姉に同じ高校に行こうなどと提案することを許さない。そんなこ
んなで荻の思考は昨晩からずっと同じところをぐるぐると回り続けていた。

 2月の日は短い。中学校から祖父母の家までの道のりにおいて、すでに太陽
は沈みかけていた。結局荻は試合終了後に部員達と一度も顔を合わさないまま、
千草と帰ることにした。校門を出てたいして言葉を交わすでもなくのんびりと
帰っていく二人の姿はこの三年間この学校に通っていたものにとってはありふ
れたものだった。長月姉弟は自他共に認める仲のいい双子だったわけである。

 校門を出てしばらくは無言の状態が続いたが、最初の角を曲がったあたりで
千草が口を開いた。
「いいの?」
「なにが?」
「野球部、最後だったんでしょ」
「もう関係ねーよ、最後なんだから」
 荻は突き放すように答える。思いつきで口から出た言葉だったが、一応筋は
通っているなと思った。これ以後関わり合いになることはないのだからつき合
いのためのつき合いをしなければならない道理はない。
「それはそうだけど、あんたがその態度で損をするのはこれからもずっと続くだろうよ」
「いやなことを言うな……」
「本当のことだし、いやだと思うのなら善処すること」
「まあ、高校に入ったら少し考えてみる」
「そう。高校にはもうわたしはいないんだからね」
 まるでいままで荻がなんとかなってきたのは自分のおかげだというような物
言いであった。おまえはオレの保護者かとつっこみたくなったが事実そうじゃ
ないかと言われたらそれまでなのだ。たぶん姉には一生頭が上がらない。荻に
はそんな確信めいたものがあった。

-- gallows <gallows@trpg.net>


    

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