[KATARIBE 24399] [IC04P] 『バラの木の下』

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Date: Wed, 1 May 2002 02:01:48 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 24399] [IC04P] 『バラの木の下』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200204301701.CAA32084@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 24399

2002年05月01日:02時01分48秒
Sub:[IC04P]『バラの木の下』:
From:久志


 久志です。

ひさしぶりーにコルチキンな話を書いてみました。

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『バラの木の下』
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登場人物
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 矢来美奈(やらい・みな):呪術編物をする、達観した女子高生


毛糸玉
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 張り出し窓から人が落ちていく。
 一筋の陽光を浴びて大きく両手を伸ばした人影が豆粒のように消えていく。
 毎日、タワーのどこかで見られる風景。

 落下する影。
 ともすれば大空に向かって飛び立ってるような錯覚をおぼえる。

 ひとつ、糸を引っ掛けて目を作る。
 ふたつ、続けて目を作る。

 遠くで誰かが騒ぐ声がする、どこかでまた喧嘩でもおきているのかもしれな
い。落下と喧嘩の比率は圧倒的に前者のほうが多い。

 右手の針がひょいと糸を引っ掛ける。
 左手の針がくいっと糸をくぐらせる。
 呼吸のように。
 するすると当たり前のように手が動く。

 なんで編物好きなの? と、何度か聞かれたことがある。
 編物が好きかどうかは自分でもよくわからない。ただ、何もしなくていい時
に何がしたいと問われれば、編物と答えるのは確かだった。
 喉が乾いたら水を飲むように、手が暇になったら編物をする。
 そんな感じだった。
 それ以来、聞かれるたびになにかにつけて適当な理由を言っていた気がする。

 一段、編み終えて毛糸を引っ張る。
 少し力が入ったせいか、細くなった毛糸束が机の上でひょこんと跳ねて、転
がった。そのままころころと、机の端から毛糸束が床に落ちた。

 手を止めて、毛糸を拾う。
 その視線の先に黄色く光る目が見えた。

 どこから入ってきたのか、少し毛の禿げた白猫。
 じっと、抗議するかのようにこっちを見つめている。

 教室に猫。
 なんとなく不自然な情景。

 呼び寄せるでも追い払うでもない私の様子に飽きたのか、つん、と尻尾をそ
らして、机の合間を抜けて教室の外へと音も無く歩いていく。


 窓の外の喧騒は、まだ続いている。



『死なせてやれよ、かわいそうだろ』



 猫を見ると、あの言葉を思い出す。



野良猫
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 小学生の頃、よく図書館へ本を借りに行った。
 自分と兄と弟の分の図書カードで多めに本を借りて、母手製の手提げ袋に詰
めて通学路からそう遠くない道を歩いた。

 特に本が好きというわけではなかったけれど、人と打ち解けるのが少し苦手
なこともあって、水曜や土曜などの早く学校が終わる日にはきまって図書館へ
寄って帰っていた。

 図書館への通り道に、ぶち模様の野良がいた。
 人懐こいというより、人なぞ眼中に無いといわんばかりに陽だまりの道路で
ふんぞり返っていた。
 特に自分からちょっかいをかけるわけでも無かったけど、行き帰りに少しだ
け、その猫を眺めるのが好きだった。

 あの日までは。



バラの木の下
------------

 いつ、誰が書いた本なのかは、憶えていない。

 片目の猫を拾った少年の話。

 ある日、学校の帰りに片目の親猫とその子猫を拾った少年。
 反対する母に懇願して、猫を飼うことを認めてもらった。

 しかし数週間後、父の都合で引越しを余儀なくされた。

 保健所に引き渡すか、飼主をさがすように諭す母。
 子猫の貰い手は決まるが、片目の親猫を引き取る当ては無く……


 子猫を引き取る夫人に、以前飼っていた猫の話を聞く少年。

 あの子ね、病気になってしまったの、とても重い病気。
 苦しんで、苦しんで死ぬよりは。


 『眠らせて』もらったの。


 あの子は私の膝の上で、静かに『眠った』と。

 少年は。
 結論を下した。


 晴れた日。
 庭に呆然とたたずむ少年に、猫はどうしたの?とたずねる母。

『猫は、バラの木の下にいるよ』

 と。

 少年が望遠鏡を買うためにずっと貯めていたお金をはたいて。

 猫を「眠らせて」もらったのだと。



落日
----

 あの本を返しにいく日。
 気が重かった。

 悲劇で終わる話だってあるはずなのに、後味の悪い話だっていくつも読んだ
はずなのに。

 ただ、納得がいかなかった。


 通り道、あの野良がいないか目で追っていた。
 猫が見たかった。
 無愛想だけど、小憎らしいけど、あのぶち野良を見て安らぎたかった。


 あの猫。


 手提げ袋が落ちる音で、我に返った。
 道路の片隅に絵の具を塗りつけたような真っ赤な血が広がっていた。

 ぶち野良が血溜まりの中でぐったりとうずくまっていた。

 すくんだ足が動いてくれない。
 声を出そうにも口が動くばかりで音をなしてくれなかった。


「死なせてやれよ、かわいそうだろ」


 なぜか、この言葉だけは鮮明に記憶に残っている。
 はじかれたように振り向いた先に、見知らぬ少年がいた。

「だって」
「もうだめだろ」
「だって」
「この傷じゃもう助からない」
「だって……」

 見ればわかった。
 けど、納得できなかった。

 ぶち野良は、道路にうずくまりじっと目をつぶっていた。
 かがみこんで、そっとまだ動いている腹に手を当てた。

 まだ暖かかった。
 その腰から下はほとんど形が無かった。

 少年の手が猫の顔にそっとかぶさった。

 何も言えなかった。
 触れた手の、かすかな腹のぬくもりが悲しかった。



「埋めてやろう…」

 こくんと首を振った。



少年
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 結局。
 その日は図書館へ行けなかった。

 あの少年の名前も聞かなかった。
 猫を埋めた後も、何も言わずに別れていった。
 図書館の利用時間はとっくに過ぎて、のたのたと家への道を歩いていた。

 『猫はバラの木の下にいるよ』

 考えたくない時に、考えたくないことばかりがよぎる。
 ふと、手提げ袋に目をやった。

 あの本がない。

 慌てて手提げをまさぐっても、あの本だけがない。
 心当たりがあるのは、手提げを落としたあの通り道。

 正直、行きたくなかった。けど、そういうわけにはいかない。

 駆け足で通り道へと急いだ。
 まだ、血溜まりは半渇きで残っている。


「おい」

 さっきと同じ、少年の声に振り返った。

「これ、落としてっただろ」

 ずい、と差し出されたのは。あの本。

「ありがとう」
「その本、俺も読んだよ」

 一言。
 そういったきり、少年は踵を返した。


 私は、そのまま立ち尽くして、後姿を見ていた。


 あの少年は、物語の少年と同じ考えだったのだろうか。

 私は、わからなかった。
 どうすればよかったのか。
 何が正しかったのか。

 ただ、悲しかった。



暇人
----

「あの後、随分悩んだのよね」

 物語の少年のこと。
 あの少年のこと。

「私が悩むことなんて何も無いはずなのにね」

 なぁお。

 死んだ猫は、何を願ったのか?

「わからないよ、ね」

 白猫はどこ吹く風といった風情で、足元にまいた煮干をかじっている。

「でも、私は」

 『猫はバラの木の下にいるよ』

 『死なせてやれよ、かわいそうだろ』

 自分が正しいとは、思わない。
 けど、物語の少年や、あの少年が正しいとも、思えない。

「私は違うの、それだけなのよね」

 なぁお。

「それだけなのよね」

 もし。
 自分が猫だったら?

「私は、嫌」

「それだけなのよ、本当に」

 なぁお。

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いじょ

なんだか普通っぽい話ですな。
作中のバラの木の下…のお話はホントに昔読んだことのある話です。
読んだ当初えらくへこんだのをよーくおぼえております。
いつかなんらかの形で話かきてぇ、と思ってました。

で、今こーして書いてみても、やっぱり納得できねぇーと思う今日この頃です。

であであ






    

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