[KATARIBE 24105] [HA06N] 天使とモンジュ

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Date: Thu, 28 Mar 2002 23:35:23 +0900
From: "gallows" <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 24105] [HA06N] 天使とモンジュ
To: "=?iso-2022-jp?B?GyRCOGwkakl0JWEhPCVqJXMlMCVqJTklSBsoQg==?=" <kataribe-ml@trpg.net>
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gallowsです。

ぐりこのバイト風景。

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小説『天使とモンジュ』
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 21時30分。
 いつものように自分専用のロッカーからスラッシュモンジュというロゴの入
った制服を取り出し、自前のTシャツの上に羽織る。控え室にあるぐりこの小
さなロッカーは極彩色に彩られた混沌とした落書きや改造されて無残な姿にな
った人形などのガラクタであふれかえっている。ここは宿無しの彼女が自由に
物を置ける数少ない場所のひとつだ。
 ぐりこがコンビニエンスストア、スラッシュモンジュでバイトを始めてもう
半年以上になる。初めのうち、中学生にしか見えない彼女が店員をしているこ
とで客に妙な気を使われたりもした。最近はそういうことも減ったように思う。
常連客はぐりこの鮮やかなオレンジ色の髪をすっかり覚えていたし、たまにし
か来ない客が不安に感じない程度には彼女の接客態度は堂に入っていた。
 先程から「彼女」という代名詞を使っているが、正確にはぐりこに性別はな
い。外見的に中学生程度の女子を装っているというだけだ。ぐりこは元天使な
のである。元と付くのは彼女が天から追放された身のためであるが、本人はい
まだその事実に気づいていない。有り体にいって間抜けな性質の持ち主なので
ある。
 制服に着替え終えると、次は顔写真入りの名札を胸ポケットにつける。控え
室の蛍光灯がパチパチと点滅した。店内は24時間無闇に明るいスラッシュモ
ンジュであるが、裏方にまでは手入れが行き届いていないらしい。完全にアル
バイトモードに入ったぐりこは鏡に向かって指を二本突き出す。ポーズのつも
りらしい。
「よし、今日も、カンペキだ」
 大きな声で独り言をいうと、勢いよく控え室を飛び出した。

 カウンターにはバイトの先輩にあたる三月恵理が立っていた。まだ若い人間
であるが頭が良くて頼りになる先輩だ。ぐりこはいつも姿勢良く立って仕事を
している三月が好きだった。
「早速だけどレジお願いね。私お弁当の検品してくるから」
「はい。あ、そうだ。裏の電気きれかけてたよ」
「ああ、店長に言ったんだけどねえ」
 少し困ったように微笑みながら三月はレジを離れた。検品というのは発注し
た商品がちゃんと届いているか、数はあっているか、品質はどうかなどを確認
する仕事だ。ぐりこにも出来ないわけではないが手際のよさが違った。
 レジに突っ立っていたぐりこはぐるりと店内を見回す。この時間帯はいつも
客が少ない。ぐりこはあまり面白くなかった。

 22時5分。
 龍棟青九郎は疲れていた。もはや悠久とも思える時間を花粉に悩まされてい
た。高度経済成長期にスギを植林しまくった国を訴えようという連中の気持ち
もわからないでもない。本当なら家に閉じこもって花粉をシャットアウトして
いたいところなのだが、恋人に掃除をするからと追い出されてしまった。あい
つは花粉の恐ろしさをわかっていない、なんとかこのストレスを思い知らせて
やりたいところだったがあまりいい案は浮かばなかった。
 青九郎は時間を潰す手をいくつか考えフラフラと出歩いたが結局コンビニに
入ることにした。なにしろ喫茶店に入る金も惜しい経済状態だ。いつも読んで
いる漫画誌に一通り目を通すと、足は自然と菓子を陳列している棚に向かう。
 目当ての品を一つ手に取りカウンターに向かうと見慣れたオレンジ色の髪の
毛が目に付いた。
「やあ、真面目に働いてる」
「いらっしゃいませ。もじゃー」
 この自分は天使だと言い張る妙な娘とは腐れ縁だった。青九郎はどういうわ
けだかこの娘にもじゃと呼ばれている。
「うちの店までくんのは珍しいね」
「追い出されちゃった。なんとなくふらふら歩いてたらここに」
「相変わらず鼻ずるずるしてんね」
「なんともない連中が恨めしいよ」
「なんともない人が減るように神様に祈っておいてあげます」
 不穏当な祈りを捧げつつぐりこは会計を済ませる。こいつが働いているとこ
ろを見るのはもしかしたら初めてかもしれない、まともに働けるという事実に
青九郎は内心驚いていた。 

 23時15分。
 ゴキ。
 ぐりこは陳列されている弁当のチェックをしながら軽快に腰を鳴らした。ぐ
りこの体は天使が地上で自由に活動するための義体で、人間に似せて作ってあ
る。無駄なくらい精巧に作られているためずっと立ち仕事をしていれば腰に来
ることもある。それでもぐりこはスラッシュモンジュのアルバイトの中でも特
にタフな部類だった。
「今、すごい音がしたんだけど」
隣に立っていた三月が苦笑いを浮かべていた。
「あたしがたくさんいたらこの腰の音だけで聖歌になるかもしれないです」
「ぐりこちゃんがたくさんいる様はあまり想像したくないな」
 ぐりこは今の思い付きがなかなか斬新なアイデアに思えた。三月の共感は得
られなかったようだが、きっと彼女も実際にその光景を目の当たりにすれば考
えを改めることだろう。
 二人が小声で話していると自動ドアが開き。長髪の青年が入ってくる。軽く
日に焼けていてスタイルもいいが今にも寝入りそうな目をしている。客ではな
く、ぐりこの同僚にあたるアルバイトの吉田だ。
「ちーっす」
「やあ吉田。相変わらず眠そーだ」
「眠そうなんじゃなくて、今マジで眠い」
「吉田君、バイト中に寝ないでね」
「あー、善処します。……いや、流石にそこまで人の道に外れたことはしない
んで安心してください」
 一瞬三月の雰囲気が恐ろしくなったのを敏感に察知して吉田は慌てて控え室
に入っていった。ぐりこは表情をほとんど変えないで威圧感を与えられる三月
を格好いいと思った。

 23時40分。
「それじゃお先に」
「はーい」
「うぃーす」
 吉田と入れ替わりに三月が本日の仕事から解放された。間もなく日が変わる。

登場人物
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ぐりこ
    :自称天使の堕天使。オレンジ色の髪と赤い瞳が特徴的。
三月恵理(みつき・えり)
    :スラッシュモンジュのパートタイマー。裏方もこなすベテラン。
龍棟青九郎(たつむね・せいくろう)
    :ぐりこの友人。花粉症持ち。
吉田善勝(よしだ・ぜんしょう)
    :いつも眠そうな目をした青年。



    

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