[KATARIBE 24083] [HA06N] 引越の挨拶に代えて

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Date: Tue, 26 Mar 2002 21:24:44 +0900
From: gallows <gallows@trpg.net>
Subject: [KATARIBE 24083] [HA06N] 引越の挨拶に代えて
To: kataribe-ml@trpg.net
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 gallowsです。
 いずみさん、MOTOIさん。チェックよろしくお願いします。

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小説『引越の挨拶に代えて』
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 吹利県霞郡壱村は県庁所在地である吹利市に隣接する現代的な農村である。
昔ながらの農村ではあるが、都会の人間が想像するような古くさい木製住宅は
もうあまりない。舗装された道にぽつんぽつんと並ぶのはもっぱらメーカー製
の建て売り住宅だ。
 桜居つみきはこの村に数週間前から住み始めたが、本当に古い家ばかりであ
った生まれ故郷に比べたら大分住みやすいと感じていた。自分は郷愁より快適
さを取る。つみきは不便な思いをしてまでろくに空調も整っていない洋館にこ
だわり続けた父の気が知れなかった。
 しかしそのつみきも今はわけあって居候の身である。頑固な父と別れ、不便
だ不便だと嘆いていた生家を離れてもう何ヶ月経つだろう。一時期は帰りたい
と駄々をこねたこともあったが結局かなわなかった。もうそれについては諦め
もついていた。
 居候先の事実上の家主、和泉凛は、自分より一つ年上とはいえまだ14歳とい
う若さだ。今は彼女と二人で共同生活を送っている。二人の住んでいる家は残
念ながら今となっては珍しいはずの古くさい木製住宅であるが、これは別にポ
リシーと言うわけではなく単に経済的な理由なので仕方がない。
「つみき、風呂の調子がおかしい。ボコンボコンいっている」
 風呂当番であった凛が短パンにTシャツという格好で情けない声を上げた。
「また? もう大概にしてほしいな、このボロ家は!」
 経済的な理由なので仕方がないのである。

 結局つみきは、日頃のご近所付き合いのありがたさを噛みしめつつ隣家で風
呂を借りた。その日頃のご近所付き合いを実践しているのはもっぱら凛なので
あるが。そして当の凛の方はまだ湯沸かし器と格闘しているはずだ。つみきは
凛のことを少し要領が悪いなと思った。
 もう三月も半ばとはいえ、まだまだ夕刻になると冷え込む。湯冷めしてはか
なわないので小走りで和泉家の石造りの門まで戻る。つみきはそこで玄関先の
人影に気がついた。
 身長は自分より少し高い程度。がっちりとした体格でおそらく自分と同年代
の少年。寒いのだろうか、せわしなく腿を上げながら玄関前をうろうろと歩き
回っている。何かを探しているんだろうけど他人の家で筋力トレーニングをし
ているようにも見えなくもないと、つみきは呑気な感想を抱いた。あまり不審
人物という感じでもない。
「なにかご用?」
「あ、この家の方ですか?」
「まあそうだけど。ん? あなた確かクラスの……」
 クラスのといったところでつみきの声が小さくなる。目の前にいる少年がク
ラスメイトだということはわかったが、名前までは思い出せない。つみきは転
校してきたばかりなのだ。しかも男子とはさほど話す方でもないので覚えてい
ないのも無理はないのだと自分を肯定した。
「あれ、桜居?」
 一方少年の方はつみきの名字をあっさりと言ってのけたが、クラスメイトが
転校生の名前を覚えるのと転校生がクラスメイトの名前を覚えるのではその難
しさはまるで違うのだとつみきは考えた。
 名前はどうでもいいので用件だけ聞くことにする。
「で、何の用? こんな時間に」
「いや、驚いた。桜居がこんなとこに住んでるなんて」
「こんなとこで悪かったね」
「いや、桜居って…… まあこれはこれで…… らしいのか?」
 名前も思い出せない少年が微妙な反応を返した。
 つみきは学校では良家のお嬢さんを気取っているつもりだった。嫌みになら
ない用に気を使いつつ服装や態度などをそれらしくする。気持ち悪くならない
程度に地を出しつつ穏和で品のある雰囲気を醸しだす。わかりやすく高いもの
を着てわかりやすく上品に振る舞うのは下品だとすら考えていた。
 しかしその結果「なんだか個性的な格好をした笑いながらキツい事を言う人
」と周囲に思われていることにまだ本人は気付いていない。

「ああ、そうだ。俺向かいの家に越してきたんだ。これその挨拶」
 少年は紙袋を渡してきた。ガサツそうに見えてなかなか気が利くじゃないと
出かけてさすがに言いとどまる。
「これはどうもご丁寧に。しかしこんな偶然もあるのね。向かいの家って廃屋
かなんかだと思ってた」
「爺ちゃんの別荘なんだ。普段あんま使ってなかったみたいだけどな。俺、一
人暮らしするんだ、あそこで」
「ふーん。独立心旺盛なんだ」
「なんだそりゃ。そういや表札、なんで桜居じゃないんだ?」
「友達の家に厄介になってるの。家庭の事情ってやつ」
 あまりつっこまれたくもないので防衛戦を張る。家庭の事情と言うと大概の
人間はそれ以上深入りしないものだ。それで仮に妙な噂を流されても真実に比
べればどうということもないと思った。
 その時、家の裏から低い破裂音が響き、なにかが焦げたような匂いが流れて
きた。

 二人が家の裏に回ると凛が尻餅を付いていた。古いガス湯沸かし器から煙が
出ている。どうやら凛の努力は報われなかったようだ。
「ちょっと、大丈夫? あー、こりゃだめね、明日ガス屋さん呼ぼう」
「むう……いつもはなんとかなるんだが」
「いつもおかしくなる時点で寿命なのよ」
 不服そうな凛を助け起こしながら相変わらずのやりとりを繰り返す。
「……で、そこの彼は誰だ」
「あー、クラスメイト。向かいの家に引っ越してきたんだってさ」
「あ、西久保史雄っていいます」
 西久保と名乗った少年が軽く頭を下げる。つみきもようやくクラスメイトの
名前を知る事が出来た。
「で、こっちがさっき話した同居人の和泉さん。学年は私たちの一個上」
「和泉先輩っすね! よろしくおねがいします!」
 さっきより勢い良く頭を下げる。腰の角度はきっかり60度だ。どうやら西久
保は年上というだけで随分と態度が変わるタイプらしい。凛は凛で呼ばれ慣れ
ない「和泉先輩」というフレーズにむずがゆさを感じているようだった。
「殊勝な後輩精神だこと」
「当たり前だろ」
「そういえば私は先輩なのだな…… どうもつみきと暮らしているとそんな感
じがしない」
「心外ね、私は私なりに『和泉先輩』には感謝しているんだけどな。さっきだ
ってちゃんと食事の片づけやったし」
「それは当番なのだから当たりまえだと思う」
「桜居、先輩にそういう態度はあんまりよくないな」
 身内の会話になっておいてけぼりを喰らっていた西久保が横槍を入れる。不
意の援軍に凛は得意げな顔になった。
「ハイハイ、悪いのは私ですよ。あ、そうだ渋ちー。今日はこの殊勝な後輩ん
とこで風呂でも借りたら?」

 つみきは半ば強引に凛を西久保の家に行かせた。真面目な凛の事だ、同年代
の男子の家で風呂にはいるのは大層緊張する事だろう。帰ってきたらからかっ
てやろうと考えながら、つみきはにやけ顔で一人時間を潰していた。

登場人物
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桜居つみき(さくらい・つみき)
     :吹利学校中等部1年。転校してきたばかり。
和泉凛(いずみ・りん)
     :吹利学校中等部2年。通称渋柿。
西久保史雄(にしくぼ・ふみお)
     :吹利学校中等部1年。野球部所属。

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