[KATARIBE 23650] [HA06N] 小説『綺と苑と……(中編)』

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Date: Mon, 14 Jan 2002 22:27:39 +0900
From: "Kato" <az7k-ktu@asahi-net.or.jp>
Subject: [KATARIBE 23650] [HA06N] 小説『綺と苑と……(中編)』
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月影れあなです。

苑と月の過去話。と、言ってもやはり月はほとんど出てきません。

中編ってことは、後編で終わらへんとあかんねんなぁ。一章、二章にしておくべき
だったかもしれない。

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小説『綺と苑と……(中編)』
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登場人物
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桐生院常葉子(きりゅういん・ときわこ)
    :羽猫の少女。異能を持っている。

桐生院綺(きりゅういん・いろい)
    :常葉子の「長男の猫」。

狼(おおかみ)
    :常葉子を食い殺した。日本狼の生き残りと思われる。

本文
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 大粒の涙をこぼしながら、綺は必死になって呼びかける。取り残される恐怖
と、不安に突き動かされ、必死になって母猫の肩を揺り動かす。
「母上! 母上!!」
「……綺羅様? ああ、お会いしとうございました。常葉子は幸せにございま
す……」
「母上? しっかりしてください! 私は綺です!!」
「綺羅様、きらさま…き…ら……」
「母上っ!?」
 常葉子の首は力を無くし、がっくりとうな垂れる。そしてそれだけだった。
結局、母上は最後まで私を見てくれなかった。
 しばらく、綺はすがりついたまま。涙は止まっている。時々、うっうっ、と
嗚咽するだけで、もう枯れ果てたと言っていい。
「最後のお別れはすんだか、猫ちゃん?」
 いつの間にか、背後に狼が立っていた。
「すまないな、わしも命がけなんだ。君らの気持ちもよく分かるが、まぁ、そ
ういう風になってるんだから仕方ない」
 綺は返事をしない。耳に入っていないのかもしれない。構わず狼は続ける。
「わしくらいのもんだよ、お別れの時間をやるようなお人よしの狼はさ。昔、
人間に飼われたこともあった所為かな。他の仲間だったら、あんたなんか来た
とたんぺろりさ……と、言っても、今じゃ仲間なんか居やしないんだが」
 ぴくっ、と、綺は小さく反応し、ゆっくりと振り返る。
「私を、食うつもりか?」
 そこには何の表情も無い。
「もちろんだ」
「そうか、ならばそうしてくれ」
 淡々と言う。これには狼もいぶかしんだ。
「逃げようとは思わんのかね」
「意味が無い。母上は死んだ。私にもはやすべき事は無い」
「全てを失った事で自暴自棄になるのか。それもまたいいが、お前にはまだや
るべき事がある。軽々しく命を捨てる物ではない」
 これも淡々とした口調で、一人の声が割り込んできた。狼も、綺もそちらを
向く。
 そこには一匹の猫が居た。左額の上から右目の付け根辺りにまで大きな傷を
持った大きな黒猫だ。
「あんたなんだい?」
 狼が質問する。
「とりあえず、同じ猫のよしみでそこの子猫を助けてやろうと思ってな」
「必要ない」
 綺が答える。黒猫は、そちらに目を向けるとフンと鼻を鳴らした。
「お前じゃない。私は死のうと思っている猫を助けるほど暇じゃない。助けよ
うと思っているのはそこで死にかかってる二匹だ」
 言われて、見ると確かに子猫のうちの二匹は生きていた。
「おい待て、そいつらはわしの獲物だぞ?」
「関係ない」
「ないことないさ。あんたも食うぞ」
「出来るものならやってみろ」
 挑発的な言葉に反応して、狼が飛びかかる。所詮はただの黒猫だ、狼に勝て
るはずもない。あっけなく喉笛を噛み千切られる。
 はずだった。
「なにっ!?」
 黒猫は信じられない速度で動き、狼の首筋に爪を突きつけていた。
「どうした、食うのではなかったのか?」
 簡単に言ってのける。狼はフッと力を抜いた。
「たいした猫だ。どうやらわしの完敗らしいな」
 狼は言った。負けたのに悔しそうな様子はなく、むしろ満足げですらあった。
「殺しはしない。去れ」
「わしもそうしたいところなんだがな、そういうわけにもいかないんだよ。こ
こで獲物を逃すと、もう死より他はない……諦めれんのだ!」
 いきなり、黒猫を弾き飛ばそうと狼の右前足が動いた。だが、やはり黒猫が
頚動脈を切裂く方が速かった。
 狼は地面に倒れ伏す。やはり顔には満足げな表情を浮かべたまま、苦しげな
息とともに言葉を吐き出した。
「ありがとよ……わしにも…やっと、死に場所が見つかった…………最後に、
戦って死ねて……よかった」
 それっきり動かなくなる。

「お前はどうする?」
 黒猫はが声を上げた。綺は無言だ。
「お前は長男の猫であろう。こいつらを守る義務はお前にある。その義務を放
棄してまでここで死のうというのなら止めはしない。お前がただの莫迦だった
という事だ」
 そう言うと、二匹の「こねこ」を介抱し始めた。しばらく無言のまま時が過
ぎる。
 ある程度に引きを介抱し終えると、黒猫はぼそりと呟いた。
「常葉子の死体は持っていくぞ」
 驚いて綺は顔を上げた。
「母上の知り合いか!?」
「ああ、ちょっとしたな」
 常葉子の死体と二匹の子猫を抱え上げ、さっさときびすを返す。綺も黙って
後に続く。
「あの……」
「何だ?」
「貴君の名前は何というのか?」
「き……いや、苑という」
 それだけで、それ以上何も言わない。綺も何も聞かない。ただ、歩き続ける。
 ふと、顔を上げた。苑の黒い背中が見える。
 無言の背中は、何故か泣いているように見えた

 苑と綺はただ黙々と歩き続け、やがて一軒の家にたどり着いた。
「……人間の家か? 苑よ、貴君は飼猫なのか?」
「いや、違う。ここは人間の家ではない。ちなみに、私も飼猫ではない」
 しかし、たしかに家だった。普通の猫に立てられるはずもない、普通の人間
の家。
 ガラガラ
 突然戸が開いた。中から二匹、ガラの悪い猫が出てくる。
「おう、何見とんじゃわれぁ!! ここが猫龍会本部やしっとんのか!?」
「何処の組のもんじゃ!? だまっとったらいてこますどボケェ!!」
「寛司殿に会いにきた。苑が来たと言えば分かる」
「組長はわれみたいなチンピラにかまっとる暇ないんじゃ、とっとと去にさら
せ!!」
「ふむ、そうか。仕方ない、強行突破だ」
 がすっ ごすっ
 嫌な音が響き、ヤクザ猫二匹が地面に伏した。苑は平気な顔で家の中に入っ
ていく。綺もそれに倣った。
「おんどれ、何さらしとんじゃ!?」
 入ったところで見咎められた。無視して進む。もちろん、見逃してくれるは
ずがない。
「賊や! 侵入者や!!」
 あっという間に数十匹の猫に囲まれた。
「なんじゃ、貴様!」
「淀猫組の鉄砲玉か!?」
「組長に会いに来た」
「われみたく怪しい奴に会わせれるはず無いやろ!」
「貴様らに許可を求めた覚えはない」
「いてこませ!!」
 剛を煮やした誰かが叫ぶ。皆いっせいに飛び掛って……
「やめろ!!!」
 一際大きな声がヤクザどもを制止する。皆一様にそちらを向く。やせた三毛
猫が一匹、そこに居た。
「副組長!?」
「何でですか!? こいつら侵入者で……」
「私の知人だ! つべこべ言わずとっとと散れ!!」
 一括すると、猫たちは不承不承散っていった。

                              つづく
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