[KATARIBE 23620] 小説『綺と苑と……(前編)』

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Date: Thu, 10 Jan 2002 22:43:48 +0900
From: "Kato" <az7k-ktu@asahi-net.or.jp>
Subject: [KATARIBE 23620] 小説『綺と苑と……(前編)』
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月影れあなです

苑と月の過去話。と言っても月の方はほとんど出てきません。

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小説『綺と苑と……(前編)』
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登場人物
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桐生院常葉子(きりゅういん・ときわこ)
    :羽猫の少女。異能を持っている。

桐生院綺(きりゅういん・いろい)
    :常葉子の「長男の猫」。


本文
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 羽猫と呼ばれる種族がいる。
 天空を自由に翔ける、文字通り羽の生えたその猫たちは、羽猫の里と呼ばれ
る隠れ里にて静やかに、ひっそりと暮らしていた。
 大昔には、あらゆる地を駈ける獣、あらゆる空を舞う鳥、その全ての長とし
て君臨していたという記録もあるが、他の文明圏には見られない記録なので、
恐らくかなり大げさに誇張されたものだと考えられる。
 ここに桐生院常葉子という羽猫の少女がいる。
 いや、少女と言い切るには少し語弊があるかもしれない。常葉子は六児の母
親である。羽猫は一回の出産にきっちりと六匹の子供を生むので、出産経験は
一回だが、母親である限り少女と言い切りがたい。
 とは言え、常葉子は子である綺の目から見たところで少女のような人だった。
「長男の猫のお前は綺。子供達の中で綺羅様と同じ蒼の虹彩、黒い毛並み。持
っているのはお前だけよ。だから、お前には綺羅様から一文字もらった名をあ
げる。一番大好きよ」
 そう言って名前をつけてくれた。
 綺は思った。母上は私を見ているのですか? それとも私の瞳に父上を見て
いるのですか?
 聞けなかった。聞くのが怖かった。何も言わないでいると、他の子らにもそ
れぞれ名を付けていく。
 雪、花。鳥。風。最期の一匹、常葉子と同じ赤の虹彩、白い毛並みを持つ猫
には、こう言った。
「私の生き写し、お前は月。夜の空でずっと綺羅々々星といっしょにいられる
ように」
 ずきり、と、自分の事でもないのに心が痛んだ。

「桐生院の常葉子様がご出産なされたそうじゃ」
「おかわいそうに、子供を孕んで間も無く婿殿が失せられたそうで」
「ほんに、おかわいそうに」
 桐生院常葉子は里中から聞こえてくるその噂たちを哀しげな顔で聞いていた。
「本当に、こんな力無い方がよほど楽しく過ごせるのに」
 常葉子は里の中のことなら里の何処にいようとも知ることの出切る、という
不思議な能力を持っている。だから、里のものがどんなに声をひそめようとも
、全ての言葉を聞き逃す事が出来ないのだ。
 昔はこのように不思議な力を持った羽猫は里中にいたらしい。長い時の中で
忘れられていったそうだが、今も時々常葉子のように不思議な力を持って生ま
れる羽猫がいる。
「いっそ、里の外へ逃げてしまいたい……」
 何気ない一言だったのだろう。言ってから自分ではっとした。
 青い木々に覆われた広大な山々、無数の小さな光を宿した人間達の都。それ
らを脳裏に浮かべる。
「あのどこかにあの方も……」
「いけませんよ、常葉子様」
 後ろから声をかけたのは乳母の老猫。
「何故です、乳母や。私はあの方の下に参りたいのです」
「仮にも桐生院家の令嬢がなんとはしたない事を。そもそも私はあのごろつき
猫と常葉子様の結婚も反対だったんです」
「綺羅様のことをごろつきだなんて! いくらばあやとて許しませんわよ!!」
「しかし常葉子様! あの綺羅めが常葉子様の事を放って何処かへ失せた事は
事実!!」
「あの方は私を捨ててなどおりません!!」
 目に涙をため、一際大声で反論する。乳母猫は黙った。沈黙はしばしの間続
いた。
「ひかえなさい、乳母や」
「わかりました」
 乳母猫はすごすごと常葉子の部屋から引き下がる。しばらくすると、常葉子
の部屋からは押し殺した嗚咽が漏れくる。
 その様子を間近に見ながら、綺は何の言葉もかけられずにいた。

 結局常葉子は夜闇にまぎれて里を降り、子連れのはぐれ猫となった。十日ほ
どすぎて、まだ常葉子達は山の中を彷徨っていた。
 先ほど述べたとおり、羽猫は一回の出産に六匹の子を産む。その内、一番最
初に腹の中から出てきたものを、一般に「長男の猫」と言い、その他をただの
「こねこ」と言う。
 長男の猫は普通父親そっくりの容姿をしており、必ずオスである。精神の成
長も他の子猫たちと比べて格段に早く、大体半月くらいで父親と同程度の知識
、そっくりの性格を身に付ける。
 羽猫学者から記憶の一部が遺伝しているのだ。とも言われているが、真偽は
定かではない。
 ただの「こねこ」と呼ばれる猫たちも、実は一般でいわれるただの子猫とは
全く違う。
 羽猫の子猫は概して性別が無いのである。つまり、無性である。しかし、生
涯を通して性が無いかと聞かれればそういうわけでもない。
 「こねこ」達は成猫になる時、性を持つことになる。性別を選び、それに応
じて十歳くらいから里に伝わる秘薬を飲ませ続けると、だいたい十三〜十五歳
くらいの間、変態直前には背中の羽が巨大化し、それを繭のようにして休眠状
態へと入る。約半ヶ月で変態は終了し、性を持った成猫になるのである。
「貴方達はみんな男の子として育てるわ。だって、そうしたら私のようにあの
方を追って苦労する事は無いんですもの」
 末の月をあやしながらみんなに言い聞かせる。みんな何を言っているか理解
できていない。無理も無い、まだこねこだ。一匹を除いては。
 常葉子はやつれていた。たった十日、まだ十日。その十日ですらお嬢様とし
て里の名家に育った常葉子には辛い時間だったに違いない。
「母上、そろそろ里に戻られた方が……」
 心配した綺が声をかける。
「嫌ですわ」
「しかし、母上はやつれております! なぜそのような無理をしてまで父上を
追おうとするのですか!?」
「私はあの方を心から愛しているからです」
 臆面も無く言う。世間知らずのお嬢様。世の世知辛き事を知らず。
「このままでは母上の体の方が先に壊れます!」
「それでもいいのです。それでも、私は綺羅様に……」
 そのまま低い嗚咽へとつながる。綺はやはりかける言葉をもたない。しばら
くして、嗚咽がやんだ頃。綺は静かに言った。

「水を汲んでまいります。母上は少し休んでいてください」
 いかに大人の知識を身に付けていようと、身体はまだ生まれたばかりにすぎ
ない。よろよろと翼を動かし、水場へとたどり着く。そこで、水を汲んで今度
は地面に足を引きずってもとの場所へと戻っていく。
 ふと、嫌な気配がした。
 血の臭い。母のいる方向からだ。嫌な予感はさらに増し、焦燥へと変わる。
気が付けば、水を投げて飛び出していた。
 そこには白い猫を咥える狼が一匹。その周りには兄弟達が、成す術もなく転
がっている。あるものは踏みつけられ、食いちぎられている物もいる。
 母は、口にくわえられた母は、喉元から血を流してぐったりとしていた。
 絶望と、悲しみと、怒りの入り混じった声が何処からか聞こえる。自分の喉
からだと気付く前に、身体は狼へと向かっていた。
 不意を点かれたのか、狼はいとも簡単によろめいた。口から放り出される常
葉子。
「母上! 母上!!」
 すがりついて泣いた。生まれてから短い人生の中、初めて流した涙だった。

                              つづく
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