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Date: Mon, 7 Jan 2002 19:21:19 +0900 (JST)
From: ごんべ <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 23591] [HA06P] 『真夜中の出来事』
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200201071021.TAA63119@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 23591
2002年01月07日:19時21分19秒
Sub:[HA06P] 『真夜中の出来事』:
From:ごんべ
ごんべです。
……どうも、この季節になると新キャラを作りたくなるようで。
これまでの自分を含む狭間06キャラとは、違った方向性を考えてみました。
野宿キャラも多いようだし、たまにはその救済にあたるのも良いかも、とか思っ
たり。
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エピソード『真夜中の出来事』
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序
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街を歩いていてふと、首を傾げたくなる風景に出会ったことはありませんか?
昨日は、こんな通りじゃなかったような気がする。
その前は、もっと別の街角だったような気が……?
あなたは、多分間違っていません。
ただ、おそらくその答に気付くことはできないでしょう。
しかし、本当に求める人の前には、その「答」は自ら姿を現します。
今回のお話は、その一つ、「旅籠逍遙」のお話。
破
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祐司 :「……うー、さぶい」
2001年も暮れのこと。
車で通勤しなかったことも忘れて調子に乗って夜中まで学生の卒論準備に付
き合って、気付いてあわてて近鉄吹利駅へダッシュしたが、時既に遅し。
人通りも絶え、寒風吹き荒ぶ大学通りをとぼとぼと大学へ帰っていくのは、
寂しいこと極まりない。それに今からでは、研究室ももう誰もいないか、寝静
まっているだろう。
祐司 :「ここら辺に安く泊まれるホテルなんてあったか? 今日
:は帰ってゆっくり寝たかったんだけどなあ……」
などと思いつつ歩いていて、ふと見ると。
祐司 :「………………こんなところに宿屋なんてあったっけ?」
表札かと思うほど控えめに掛かった看板に書かれた屋号は……
「旅籠 逍遙」
見ると、もう日付の変わった夜中だというのに戸口からは明かりが漏れてい
る。わずかにためらいつつ、意を決して引き戸に手をかけた。
SE :からからからから
男の声 :「いらっしゃい」
純和風のたたずまい。
江戸時代の商家がよみがえったかと思うような調度品の数々。
狭い土間と上がり框の向こうはすぐ畳の間になっていて、低いついたての向
こうの正面には、火鉢を前にした老人がこちらを見据えて座っている。その右
手には、今まで口に当てていたと思しき、キセル。
……なんと粋な、ご隠居然とした老人であろうか。
祐司 :「いらっしゃい……てことは、ここは宿屋なんでしょうか?」
老主人 :「いかにも。儂がここの主人であります。……お泊まりで?」
居住まいは正したが、何とも気難しそうな御老である。
祐司 :「今からでも、泊まれますか?」
老主人 :「素泊まりですが、よござんしょうかね」
祐司 :「ああ、もちろん」
老主人 :「なら、どうぞ。ささ、お入んなさい。外は寒い」
確かに、ここ数日で急に冷え込んできた。……と思っていると。
老主人 :「ほら、何をしてるんです。今お茶を煎れますからね。早
:く閉めた閉めた」
老人に急かされてあわてて中に入る。靴を脱ぎ、自分には窮屈なサイズの室
内で、どこに行こうか考えあぐねた挙げ句に老人の正面に火鉢をはさんで正座
した。
老主人 :「さ、どうぞ」
祐司 :「あ、恐れ入ります……あの、すみません。お代はいかほ
:どでしょうか?」
老主人 :「そうですな。2000円と言うところでしょうかね」
祐司 :「そりゃ安い。それだけでいいんですか?」
老主人 :「お勤め帰りですか」
祐司 :「帰り、というか、どこに泊まろうかと途方に暮れてたと
:ころで」
老主人 :「でしょう。なら、そんなもんです」
祐司 :「…………はあ」
老主人 :「早く飲まないと、お茶が冷めちまいますよ」
祐司 :「あ、いや、猫舌なもんで」
老主人 :「熱いうちに飲んでこそ美味しいものじゃないですか」
祐司 :「はあ……(あちち)…………美味しい」
満足げにしかし顔色一つ変えずに頷くと、老人は後ろの茶箪笥から何かしら
取り出した。見ると、和紙に載せられたふかふかの大福である。
老主人 :「お泊まりの部屋はそちらです。儂はここにおりますんで、
:いつでもお声がけ下さいまし。では、どうぞ、ごゆっくり」
老主人は、玄関から向かって右側の襖を指し示した。
……間は襖一枚と言うことか?
祐司 :「はあ……どうもありがとうございます」
礼を言って立ち上がり、襖を開けると、そこにはもう布団の用意が出来てい
た。老人は既に、客のことなど意に介さない様子で再びキセルをふかし始めて
いる。
祐司 :「なんか、勝手の違う宿だな。……お、でもこの布団……
:ああ、あったかい」
人間とは現金なもので、好印象を受けるとあっと言う間に態度を覆すもので
ある。寝仕度をするのももどかしく布団に潜り込むと、今し方までの疑問はど
こへやら、彼はあっと言う間に眠りについてしまった。
急
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起きてみても、そこが路地裏だったり公衆便所だったり、ましてや天国だっ
たりはしなかった。寝たときと同様かそれ以上に暖かい布団の中で目が覚める
と、祐司は腕の時計を見た。なんと、まだ6時を過ぎたばかりである。
脇の板の間には、手水の桶と手ぬぐいが置いてある。何から何まで純和風で
ある。簡単に顔を洗って身支度を整えると、祐司は襖を開けた。想像通り、老
人が火鉢の横に昨夜の通りに座っている。
老主人 :「よくお休みになれましたか」
祐司 :「ええ、おかげさまで。こんなに早起きできたのも久しぶ
:りですよ(笑)」
老主人 :「そいつぁ良かった」
キセルを持ちながら、に、と老人が目元をほころばせた。
宿代の2000円を払い、靴を履いて荷物を抱える。
祐司 :「それじゃ、どうもありがとうございました」
老主人 :「またご縁があれば」
祐司 :「そうですね(笑)」
火鉢の前に座ったまま深々と頭を下げる老人に見送られて、祐司はその宿を
後にした。
……と、しばらく歩いた後で、ふと宿の名前を見直そうと思って祐司が戻っ
てみると。
祐司 :「…………?!」
そこには何もなかった。
いや、もちろん、排水溝であるとか電信柱であるとか、街角にあるべきもの
はあるのだが。あの宿の姿だけが、どこにもなかった。
祐司 :「……どうして…………ん?」
隣の建物の塀に載せられていたのは、ふかふかの大福。
丁寧に和紙に載せられ、昨夜受け取ったままの姿でそこにあった。
狐か狸にでも化かされたかと思って柄にもなく気味悪がった祐司だが、それ
でも大学まで持ってきた大福は、昼になっても消えることはなかった。口に入
れると、粒あんの甘みと舌触りが絶妙で、大変に美味しかった。
それ以後祐司はまだ、その宿……「旅籠逍遙」に出会えてはいない。
登場人物
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逍遙軒鉄斎(しょうようけん・てっさい)
:神出鬼没の謎の宿「旅籠逍遙」の主人。
堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
:地道にやって馬鹿を見るタイプの歴史学者。紅雀院大学助手。
解説
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帰りが遅くなって宿を探していた祐司は、あるはずのない宿を見つけ、一夜
を世話になる。
時系列
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年の瀬も押し迫った2001年の暮れ。
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以上です。ご意見、ご感想などいただけますと、嬉しいです。
ではでは。
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ごんべ
gombe@gombe.org