[KATARIBE 23517] [HA06P] 小説『月影宗谷の生活』

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Date: Thu, 3 Jan 2002 00:56:26 +0900
From: "Kato" <az7k-ktu@asahi-net.or.jp>
Subject: [KATARIBE 23517] [HA06P] 小説『月影宗谷の生活』
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月影れあなです。
宗谷君の家の事をちょっと書きたかったので書いてみました。


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小説『月影宗谷の生活』
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 ガー、と、軽い駆動音を立てて自動ドアが開かれる。
 本屋から足を踏み出すと、外はもう暗く、丸い月が煌々と東の空を照らして
いる。急いで帰らなければ姉が心配する。そう思い、小走りで自転車の元へ駆
け出す。
「きゅー きゅー」 
 背中にしょった羽付きサックから小さな鳴き声がもれる。慌てて口を開くと
金色に光り、空飛ぶアルマジロ、吉田=月影・マルマジロ・ゴンゾー略してよ
しゴンが苦しそうに顔を出した。最近、日課になったよしゴンの散歩途中だっ
た事を思い出す。
「ごめん、ちょっと立ち読みしちゃって」
 謝って、自転車のかごに乗せかえる。今買ったばかりの『ドラゴンマガジン』
をサックにしまい、ついでに手袋も取り出して両手にはめた。
「さぁ、行くよ♪」
 一応、よしゴンにも断っておいて自転車を出す。ライトを点ける必要はない。
勝手に点くからだ。学校の某友人が頼んでもいないのに改造してくれた愛車轟
天弐世号(某友人命名)には、光りセンサー搭載の自動ライト、カーナビ、「
絶対に触ってはいけないよ」ときつく念を押された謎のボタンなど、様々な装
置が設置されている。
 見る間に本屋が後ろへと遠ざかっていく。速度も通常の倍くらいは出るよう
になっている。
 と、近所の公園が見えた。何となく、速度を落とす。先日、ここで出会った
幽霊の事を唐突に思い出したのだ。
「あのこ、今どうしてるのかなぁ……」
 声に出して呟く。幽霊は一体何処へ行くのだろうか。天国や地獄へ行くとも、
星になるとも、生まれ変わるとも聞いた事がある。
 生まれ変わったのなら。宗谷は思った。もう一度会ってみたいな。お互いの
事が分からなくていいから、ただ単に出会えたらいいな。
 そんなことを考えながら、ゆっくりと公園を横切っていく。


 宗谷の家は付近の住人から「あの屋敷」とか呼ばれるほど禍々しい雰囲気を
放つ洋館だ。
 家に到着したとき、辺りは本当に真っ暗だった。周辺の家からは何故かまっ
たく光が漏れてこず、月の光すらも厚い雲に隠れて届かない。いや、別に雨が
降り出しそうという訳ではない。この洋館の近くはいつも周囲に暗雲が立ち込
めているからである。
 なんでも、オカルト好きの趣味人である祖父と父が世界中から様々な呪い、
魔法のアイテムを収集し、保管していくうちにこうなっていたそうだ。
 付近の住民は館に対する恐怖心からか昼間でも窓を遮光カーテンを厚く閉ざ
しており、何度か民事事件にまで発展したと聞いている。結果は……まぁ、ど
うということもなかった。
 ちなみに、宗谷自身はそれらの事についてまったく気にしていない。漫画み
たいな事ってあるんだなぁ。とか思っているだけで、能天気なものである。
 自転車を停め、かごの中を覗き込む。よしゴンは寝ていた。くすっと微笑み
、起こさないようそっと抱き上げる。

 ぎぃー

 扉の留め金は嫌な音を立てた。ちなみに、この音は留め金をいくら新品に取
り替えても一向に治る気配は無いという困った存在である。玄関の中へ一歩足
を踏み入れた瞬間、無数の視線がいっせいにこちらを突き刺す。壁一面に妖し
げな仮面が掛けられていて、それら全てが宗谷のほうを向いたのである。
 だが、宗谷はまったく気にせず「ただいま」とそれらに声をかけた。
 するとどうした事だろうか。仮面たちはそのほとんどが「おかえり」という
思念を宗谷に返す。中には声に出して返事をするものもいる始末。思念を感じ
取る能力を持つ宗谷は、それらの仮面にニコっと微笑み返すとよしゴンを抱え
て、とてとてと居間へと向かった。
 実は、この仮面たちも宗谷の祖父と父が世界中から収集したもので、大半が
曰く付きの仮面だ。中には宗谷や鈴鹿が旅行のお土産として買ってきたような
ものもあるのだが、この屋敷において三日もすると自分から壁に張り付くよう
になってしまう。
 帰って来るたびに別の仮面が出迎えるので、恐らく宗谷たちが見ていない間
に壁を移動しているものと思われる。
 時々、見た事も無い仮面が混じっている事もある。たぶん増殖出来るか、外
から勝手に新しいものが来るかのどちらかだと思う。
 どちらもという可能性もある。
「お嬢様、どちらへお出かけでしたか?」
 居間へ行く途中で声をかけられた。振り向くと、そこには見知った顔のクラ
ウンの仮面が満面に笑みを浮かべている。
「もう、ターニアちゃんったら。ぼくは男だっていつも言ってるでしょ!」
「はっはっは、どちらでも良いではありませんかお嬢様。それよりどちらへ?
お散歩にしては帰りが遅かったような気がいたしますが」
「ちょっと本屋に寄っただけだよ」
「ほぅ、何をお買いで?」
「ドラゴンマガジンの2月号、今日発売だったんだ」
「ドラゴンマガジンですか、良いですね。後で私にも読ませてください」
「良いけど……どうやって読むの? 手、無いのに」
「それは秘密です」
 得意げににっこりと笑う。その様子に、宗谷はぷぅと頬を膨らます。
「良いじゃないか、別に教えてくれたって」
「はっはっは、お嬢さん。女の子と仮面はミステリアスであればあるほど良い
のですよ」
 笑って誤魔化すターニア。さらに追求しようとする宗谷を制止したのは食堂
の方から聞こえる姉の呼び声だった。
「宗谷さん、そろそろ夕食の準備が整いましてよ。今夜のメニューは宗谷さん
の好きなチーズオムレツですわ」
 ぴくっ、宗谷の耳が「チーズオムレツ」の言葉に反応する。
「じゃあ、ぼく御飯を食べてくるよ」
「はい、いってらっしゃい」
 ターニアに手を振って別れると、行き先を居間から食堂に変更し、小走りで
そちらへ向かった。


 食堂へ向かっていると、突然天井からゲル状の物体がべちゃりと音を立てて
落下して来た。
「きゃぁっ!!」
「きゅー!?」
 手に抱えていたよしゴンが、声に驚いて暴れ始めた。不意を討たれた事もあ
り、宗谷は思わず手を放してしまった。
「あっ!」
 気付いたときには後の祭り、よしゴンの丸い身体は脇の廊下へころころと転
がっていく。
「スッ、スミマセン。チョット脅カスツモリダッタノデスガ……」
 ゲル状の物質が声を上げて謝る。よく見てみると見知った顔(?)だ。名前
はディル・ド・レーヌ。フランス貴族を名乗るゲル状の不定形生命体だ。見か
けは至極不気味だが人当たりの良いスライムで、いたずら好きのお茶目さんで
ある。
「あ、う、ど、どうしよう」
 よしゴンの後を追うか一瞬躊躇する。その廊下の先が今まで一度も言った事
の無い場所だったからだ。
 「屋敷」の中には、普段宗谷が生活している場所以外に、訪れるたびに構造
の変わる謎の空間がいくつも存在する。よしゴンが転がっていったのはそうい
う場所だった。宗谷も一度そういう場所に足を踏み入れた事がある。その時は
道に迷い、歩き疲れて泣いているところをどうやって見つけたのか、姉の鈴鹿
に救出された事を覚えている。
 躊躇している間によしゴンの発する小さな光はどんどん小さくなっていく。
慌てて宗谷は駆け出した。
「アア、宗谷サン!?」
 後ろから狼狽するディルの声が聞こえるが、今はかまってられない。全力で
一心不乱によしゴンを追いかける。
 よしゴンには意外にあっさり追いついた。
「はは、よかったね」
 笑いかけてから、後ろを振り返り、来た道を戻ろうとする。そこには壁があ
った。
「え?」
 確かにそこから来たはずなのだが、壁があった。慌てて押してみたり、叩い
てみたりするが壁はびくともしない。
「どうしよう……」
「きゅ〜♪」
 状況のまったく分かっていないよしゴンはなぜか嬉しそうに鳴いた。


 結局、ぼくは座り込んでいるところをディルちゃんから事情を聞いて駆けつ
けた姉ちゃんに保護された。
「まったく、ダメじゃないかいきなり転がっていったら」
 ぼくは暖炉の前で毛布をかぶり、姉ちゃんの入れたホットレモンを飲みなが
らよしゴンの額を小突く。けど、よしゴンは全く気にも留めず、むしろ幸せそ
うにむにゃむにゃ寝言を呟くだけなのだ。

               平成13年12月28日、月影宗谷の日記より抜粋


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