[KATARIBE 22959] [HA06N] 小説『酒盃』

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Date: Tue, 13 Nov 2001 16:59:49 +0900
From: "Kato" <az7k-ktu@asahi-net.or.jp>
Subject: [KATARIBE 22959] [HA06N] 小説『酒盃』
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月影れあなです。

宗谷くんの小説を書いてみました。


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酒盃
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「よぉ、兄弟」
 呼びかけられた気がして、宗谷は足を止め辺りを見回した。
 人影は見当たらない。気のせいか。そう思い、再び歩み始め……
「おぬしじゃ、お・ぬ・し!」
 確かに声がした。急いでそちらに視線を向ける。しかし、やはり誰もいない。
「下じゃよ、あほう! どこに目ぇつけとるんじゃ」
 ゆっくり視線を下に移動させる。そこには酒盃を抱えた小人が一人。
「声をかけたのはあなた?」
「他に誰がいるんじゃ、嬢ちゃんの耳はただの飾りか!?」
 小人は威勢よく啖呵を切る。少しむっとして言い返した。
「ぼくは男だよ!」
「じゃあ、ぼうずじゃ!」
 きっぱりと断言して、酒盃をグイっと傾ける。
「ぼうず、一緒にのまんか? この国で同属にあうのも珍しい」
「同属?」
「なんじゃ、つれねえなあ。同じとこから堕ちた仲間じゃろ」
「堕ちた?」
 先ほどから小人の言ってる事が全く分からない。まるで旧知の仲のように親
しく話し掛けてくる。
「おいおい、とぼけとんのか? それともほんとに知らんのか?」
「何のことかさっぱりだよ」
 宗谷が肩をすくめると、媚とは呆れたように溜息をついた。
「おまえさんの手のみどり色の光は妖精のもんじゃろ? だったら同属じゃう
が。同じとこから堕ちてきた仲じゃ?」
 言われて、不思議そうに自分の指を見つめる。植物を意のままに操る力。「
みどりの指」そう言ってくれたのは確か父様だった。正確に言うと少し質の違
うものらしいが、父様が名付けてくれたものだ。自分もそう呼ぶようにしてい
る。
「ぼくの指は妖精のだったんだ……」
 感心して独り呟く。はぁ? と、突然素っ頓狂な声を上げたのはその小人だ
った
「……あきれたのぅ、自分の事知らなかったじゃと!?」
「ねぇ、『堕ちた』ってどういうこと?」
「何も知らんのじゃな……」
 小人はまた呆れた。さっきから呆れてばかりのような気もする。
「わしは、そしておぬしもじゃ。昔はあそこにいたんじゃよ」
 上を指差す。「天高く馬肥ゆ秋」まさにそういった底のない、この場合、天
井のない。澄み渡った蒼穹。
「空?」
「ん? 似たようなもんじゃが、強いて訂正するなら『天』じゃな」
 目を細める。
「懐かしい。その頃はわしもトゥアハ・デ・ダナーン *1 の者として生き
とったんじゃ。」
「とあは・で・だなん?」
「トゥアハ・デ・ダナーン!女神ダーナの巨神族って意味の言葉じゃよ。もう
忘れ去られた、古き神々じゃ」
 そういう彼の顔は少し淋しげだった。我慢できず、宗谷は声を出す。
「あのっ!」
「なんじゃ?」
「なまえ……」
「あっ!?」
「名前なんていうの? まだ聞いてないから」
 一瞬、毒気を抜かれた様な顔を浮かべる小人だったが、すぐ照れたようにフ
ンっと鼻を鳴らした。
「片足の靴屋。それ以外、名前などありゃせんわ。居候とった家の主人はわし
に『住持重蔵』なんて名前をつけとったが、つい昨日おっ死んじまってな……」
「あっ、……ごめんなさい……」
「ぼうずが謝ることなんざありゃせんよ。名前なんてのは無くしてもまた探せ
ばいいもんじゃ。前のが見つかるまでも、ずっと片足の靴屋『レイ・ブローガ
ン *2 』と名乗っとったんじゃし」
 クイっと酒盃を傾ける。やはり淋しそうだ。
「ぼくが……」
「なんじゃて? はっきり喋らんか!?」
「ぼくが名前をつけてあげようか?」
 精一杯の勇気を振り絞って声をひねり出す。小人は目をぱちくりしていたが、
また鼻を鳴らすと向こうにそっぽ向いた。
「わしもぼうずに養われるほど老いちゃおらんわい!それに……」
「それに……?」
「しばらく、独りで暮らすのも良いかもしれん。暇になったらぼうずのとこに
も遊びにいってやるわ。」
 ふっと自嘲すると、そこで急に口調を崩す。
「で、ぼうず。酒は飲まんのかな? 甘いエール酒じゃぞ。」
 ニヤッと笑い、また酒盃を傾けた。

                                ―了―

*1 トゥアハ・デ・ダナーン
        女神ダーナの巨神族という意味の言葉。妖精族の長の名がこの神々の
        名と同じ事から、妖精は彼女らの堕天した存在だといわれている。

*2 レイ・ブローガン
        ゲール語で片足靴屋という意。踊って擦り減った妖精の片方の靴を直
        すことからこう呼ばれる。英語で言うところのレプラコーン。

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