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Date: Tue, 04 Sep 2001 23:23:52 +0900
From: Makoto KURUWANO <trap@stbbs.net>
Subject: [KATARIBE 22335] [BM01N] 巻風、踊りて
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200109041436.XAA28328@tokimi.stbbs.net>
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真琴%短編屋 です。
月光号の風見、ユーリ姐さんの紹介短編。
だいぶ勝手にでっちあげた設定もいっぱい(苦笑
# 新しいワールドは、設定かいたもの勝ちってーことで(ぉ
巻風、踊りて
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あたしはいつも通り、この船の舳先、口の悪い航海士曰く、『昼行灯娘の指定席』に腰掛けて、ぼーっと空を眺めてた。
今日も、いい日差しだ。ここ最近は風もうまい具合にあたしたちの目的地に向かって流れてくれている。この調子が続いてくれるなら、次の街まで一週間もかからないだろう。
「おい、あんた!」
気持ちよく昼寝でも決め込もうと思ってたあたしに向かって、無礼な声が飛んできた。声の主を見るまでもない。こないだの街でこの月光号に乗り込んだ、小生意気な新入りだ。
「あんだよ、坊主。あたしゃ気持ちよく昼寝しようとしてるのにうるさいねぇ」
この新入り、あたしが舳先に座っているたびに文句をつけてくる。よっぽどあたしが毎日のんびりしてるのが気に入らないらしい。……ま、新入りなんてみんなに小突き回されるのが仕事だから、気持ちはわからなくもないけど。
「あんた、毎日マイニチ舳先でぼーっとしてるだけじゃねーかよ。ちったぁみんなを手伝ったらどうなんだい!?」
とはいえ煩わしいことには変わりなく。せっかくの素敵な日差しが、まるで嵐の中みたいに憂鬱に感じられてくる。
「いいの、あたしは。船長がいいっていってくれてんだからさ」
あくびひとつ。眠い。こう毎日だと、からかうのいい加減飽きてきた。
「なんだって船長はあんたにだけ甘いんだよ。いつもはあんなに厳しいのに」
「わかってないね新入り。あたしにはあたしの仕事がある……ん?」
変、だ。さっきまで気持ちよかった風が、重い。
「仕事ってなんだよ、え、毎日マイニチ」
「うるさい!」
一喝。それだけでたじろぐ新入り。
……冗談じゃないぞ、こんな新入りとじゃれてる場合じゃないらしい。
「そんだけいうならあたしの仕事みせてやるから、その口縫い付けてだまってな!」
かみつくように叫びつつ、舳先から甲板にジャンプ。新入りごと荷を脇に寄せて、ちょっとした隙間をつくる。傍らにおいておいた鞄から布をとりだし甲板に広げる。粉砂で布の上に円を描き、みずからの身をその中心に躍らせる。
体を揺らし、リズムをとり、うねる。
足を八分に踏み鳴らし、跳ね、踊る。
……そして体にまとわりつく、風を、見る。それがあたしのやり方。
いまから来る風を見て、あたしは踊りをやめる。
気分は最悪だった。足元の粉砂の散り方もそれを裏付けてくれている。まったくもって。
「おい、その踊りがなんだってんだよ。それともあんたは見世物小屋の踊り子だとでもいうのかぁ?」
無駄口をたたいてる新入りの尻を蹴り上げてやる。まったく、ひとが陰鬱な気分だってのに。
「無駄口叩いてるひまがあったらついてきな。船長のとこにいくよ!」
船長室の極楽椅子の上で、航路の確認をしていた船長は、いつも通りにハッカパイプをくゆらせている。目の鋭さも相変わらずだけど。
「どうした、ユーリ。なにかあったか?」
「最悪ですよ。巻風、ですね。それもすぐにくる」
えっ、という声が、つれてきた新入りからとびでる。
巻風。あたしたち飛空挺乗りにとってはかなりやっかいな代物だ。
その空の風神様や風の精たちが狂ってしまい、四方八方ひっちゃかめっちゃかな方向から強風が吹き荒れてくる、なんとも迷惑な状態のことをそういっている。
なにも知らずにこいつに突っ込んで、そのままばらばらになっちまった飛空挺が一体何隻いたことか。
「せ、船長、どうするんですかぁ?巻風なんてぇ」
新入りが情けない声をあげる。いっちょまえにも、巻風の恐ろしさは知っているらしい。
船長は目を細め、新入りにのんびりと呟く。
「安心しろ。うちの船にはいい風見がいるから心配はない」
「どこにそんなひといるんですかぁ!?」
「……おまえの目の前だ」
一瞬後、ぽかん、と口を開けてこっちを見た新入りに、あたしは笑いながら拳骨をお見舞いしてやった。
そう、この月光号みたいな立派な飛空挺には、あたしみたいな『風見』と呼ばれる連中が必ず一人は乗り込んでいる。
あたしたち風見は、風を読み、航路の先を見据え、船を導く。
風を読む方法は千差万別だ。昔あった、年老いた風見のじいさんは、指先を廻して行く先を見据えるだけで、ずっと先までの風を読むことができた。
あたしは、そんな風には風は読めない。踊る中でまとわりつく風から、先の風を読むのがあたしのやり方だ。
当たり所が悪かったのか、頭をおさえたままうずくまっている新入りの尻に蹴りをいれてやりながら、あたしは言った。
「いいから、とっととみんなにつたえてきな。風見の姐さんが、巻風がくるから準備しなって言ってるって。……いいですよね、船長?」
船長は、いつもの頼もしい口調で言ってくれた。
「任せる。おまえの風読みにはずれはないからな」
「つぎ、東からくるよ!いまのより強いから気をつけてね!」
吹き荒れる風の中、あたしは風を読み、矢継ぎ早に指示をだす。操舵手が舵を切り、航海士たちが甲板員に指示を飛ばし、帆の方向を変え、張り、畳む。
普通の飛空挺じゃ考えられないほど、この巻風の中でも月光号は安定している。さすが、みんな腕がいい。
「つぎ、南から!途中で西に向きが変わるよ!」
さらに先を読もうとして、まとわりつく風が急変する。荒々しいだけだった風が、悪寒を運んでくる。
やばい。本能的に感じたあたしは、いつもは使わない、羽根や石も蒔いて風を読む。
「……やばい。やばすぎる」
「どうした、ユーリ?」
あたしの顔色に気づいたのだろう、傍らにいた船長がこっちに聞いてくる。こんな時でも、船長はどっしりと構えていてくれるのが、あたしにはありがたい。
「北と……南から、きます。同時に。ど真ん中でこの船にあたりますね」
ちょっと、ほんのちょっとだけ顔をしかめた船長は、それでも悠然とあたしに言った。
「どうだ、おさえられるか?」
「やって、みます。それしかないでしょうから。みんなには北からの風に備えてもらってください」
船長は、だまってあたしの肩を叩いてくれた。
強風の中、舳先に立ち、あたしは踊りをはじめた。
いつもの、風を読む踊りではない。もっと激しい、風神様への祈りの踊りだ。
旋律が口を衝く。流れ出す音は、昔、あたしをそだててくれたばーちゃんが教えてくれたもの。
立派な魔法使いだったばーちゃんが、あたしに教えてくれた中で、唯一あたしが使えるようになった、それは風術。風を操る技。
狂った風神様や風の精たちをなだめ、願い、祈り、静めていく。
あたしは風術使いとしてはまだまだ未熟だ。一人前の使い手ならすぐに行えるような術でも、時間がかかる。
実のところ、風がくるまでに間に合う自信はない。けれど、間に合わせる。
風見として、風術使いとして、月光号に乗り込んでいる、それがあたしの仕事だから。
「へ、へばったぁ〜」
巻風を抜けた瞬間、あたしは舳先にへたり込んだ。
……どうにか、術は間に合ったものの。そのあとも質の悪い風が吹き荒れ、あたしは仕方なく、何度となく術を使う羽目になった。
それでなくても疲れることを、何度となく繰り返したおかげで、もう身も心も限界だった。立ち上がる気力もない。
と、あたしの目の前に、一杯の杯が差し出された。
顔をあげたそこにいたのは、例の新入りだった。
「これ、船長がもっていけって。……あの、その、おつかれさまでした」
新入りがしゃちほこばった礼をする。
あたしはなんだかおかしくなって、ふっと笑いかけ……その尻を蹴っ飛ばした。
「これがあたしの仕事、だからね。さぁさぁ、働け新入り!」
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Makoto KURUWANO
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