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Date: Tue, 4 Sep 2001 01:44:50 +0900 (JST)
From: 久志 <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 22328] [BM01N] 「癒し人」
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200109031644.BAA34368@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 22328
2001年09月04日:01時44分50秒
Sub:[BM01N]「癒し人」:
From:久志
久志です。
BMな話をちこっと書いてみました。
ウィッチドクターな魔術士な人です。
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「癒し人」
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窓のそとは見渡すかぎりの雲の海が広がっている。
飛行船に乗ってから半時間、ずっと同じ景色が続いているにもかかわらず、
見ていて飽きることがなかった。
少々の出費を覚悟して乗った飛行船。以前乗り合い馬車で王都へと赴いたこ
とがあるが、全身に響く酷い振動に辟易した記憶がある。それに比べればこの
飛行船の乗り心地は天と地ほどの差だった。
足元には村を引き払ってきたわずかな荷物と小さな花束。小さな村ではあっ
たけど、暮らすには心地よい土地だった。
王都にこないか?
旧知の友人からきた一通の手紙。前々から王都での働きを紹介されていたが、
長い間返事をだせずにいた。
長年暮らした村を引き払うきっかけとなったのは飛行船とも関わっている。
もともと僻地で近隣との交流もほとんどなく、村で自分は唯一の医者だった。
だが一年程前から新しく開通した渡航飛行船の中継地となり、交易地として賑
わい始めた。
今まで村を離れる気が起きなかったのは、村を守れる者は自分しかいないと
思っていたからかもしれない。かねてより依頼していた魔術の素質がある子を
教育したいという手紙の返事に、王都へ移り住まないかという言葉に初めて心
が動いた。
こうして、十年以上暮らした村を後にする。
船員の話によると、早朝にでた船は夕暮れまでに王都にたどりつくという。
乗り合い馬車で訪れたときには日の上らないうちに出発して丸々二日かかって
いた旅路からは想像もできないことだ。
今のうちに、軽くひと寝入りしておいたほうがいいかもしれない。
椅子の背もたれに深く寄りかかったその時。
「誰か!」
甲高い声が広い船内に響いた。
船内の座席の隅で、胸を押さえて崩れ落ちた老人と、必死に支える少女。
血相変えた船員が奥の医者を呼びに走り、静かだった船内が一変した。
ざわざわと老人を取り巻いて集まる乗客をそっと押しのけ、廊下に寝かされ
た老人をじっと見下ろす。
胸、心の火、炎。
手元の袋から人型の紙を取り出し、倒れたままの老人の胸元に置いた。
「あなたは?」
「失礼」
胸に置いた紙を軽く右手で押さえる。
片方の手で小さく形を描き、小さく言霊を口ずさむ。
胸においた紙がほんのりと暖かな熱を帯びた。
「う……」
紙をつかむ。
と。
人型の紙の丁度胸のあたりに小さな炎がともった。
「あっ」
周囲の驚きの声があがるより早く、炎を息で吹き消す。
ひゅぅ、と抜けるように老人の喉が鳴り、荒い呼吸が止まった。
「お爺様!」
「大丈夫ですよ」
一拍おいて、小さな息づかいが聞こえる。隣で少女がほっとしたように力を
抜いた。
「ありがとうございます」
「いえ、お構いなく。少々心の火が不安定なご様子だったので」
「本当に助かりました」
「私が行ったのは応急処置です。できるならばしかるべき医者に診ていただく
ことをお勧めしますね」
「はい、本当に、本当にありがとうございます」
「病人はこちらですか?」
船員に連れられた医者が外野をかき分けで顔をだした。
「ええ、処置は私が行いました」
「どのような状況で?」
「少々心の火が不安定なご様子なので少しお静めしました。できれば船を降り
次第、医者で心の火を静める薬を処方をしたほうが望ましいですね」
「協力ありがとうございます。では、ご老人はこちらへ」
「本当に、ありがとうございます。」
担架で運ばれていく老人に付き添いながら少女が頭を下げた。
「お大事に」
もう一度、深く頭を下げると少女は船室を後にした。
お大事に。
王都で、再びその言葉をかけることができるだろうか。
もとの窓際の席に深く腰掛け、窓の外を目で追った。
雲の海はまだ遠く、王都まで続いている。
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いじょ