[KATARIBE 22181] [IC04N] 『撲殺ショコラ・コルチキンタワー風味』

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Date: Thu, 16 Aug 2001 01:51:42 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 22181] [IC04N] 『撲殺ショコラ・コルチキンタワー風味』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200108151651.BAA12485@www.mahoroba.ne.jp>
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2001年08月16日:01時51分41秒
Sub:[IC04N]『撲殺ショコラ・コルチキンタワー風味』:
From:E.R


こんばんは、E.R@毎度唐突 です。
ふいと思い出して、送ります。
コルチキンタワーの風景。
季節はずれながら……ふたっつ。

***************
撲殺ショコラ・コルチキンタワー風味
================================

「バレンタインデーだね」
 唐突に、百合野が言った。

 コルチキンタワーに取り込まれて、一年近く経つ。
 何時の間にか、初音も沙奈子もこの環境に馴染んでいた。最初の頃のような
鋭い焦燥感に悩まされるわけでもなく、帰れない自分達にことさら嘆くわけで
もなく。
 勿論……深いところにいつも小さな爆弾が収められているような冷たさは、
消えるわけも無く癒えるわけもなかったが。

「バレンタインデーがどうしたのよ」
「うん、だから明日は2月14日だな、って話」
「…………それで?」
 多少せっかちな沙奈子がいらいらと言うのに、百合野は悠然とした風情で肩
をすくめてみせる。
「撲殺ショコラの日よ」
「ぼくさつしょこらあ?」
「そんなもの、よく、百合野知ってるね」
 素っ頓狂な声を上げた沙奈子の横から、ぼそ、とした声で初音が呟くのに、
百合野はにっこと笑って頷いた。
「先輩達に聞いたの。あと先生に」
 百合野の芋蔓人脈、と、沙奈子が呟いた。

「で、それ、何なの?」
 改めて初音が尋ねると、百合野はあっさりと教えてくれた。
「学校の七不思議……みたいなもんよ」
 七不思議じゃ足りないよなあ、というのは、多分共通の認識ではあったろう。
「で?」
「うん、何年か前にね、調理実習でガトーショコラ作った人がいるんだって」
「それは本式な」
「凄いね」
「この時期だからねー」
 その辺の感覚は、初音にはよくわからないのだが。
「そしたらね、何か膨らまないでがちがちになったんだって」
「ふむ……で、それで撲殺?」
「んにゃ、違う違う」
 ぶんぶん、と、右手首から先を大きく振って。
「その人は結局さ、それ彼にあげるの断念したし、相手にはちゃんと他のチョ
コ贈ったっていうし、そっちは大して問題でないらしいんだわ」
「んじゃ、問題は何よ」
 じれったそうに沙奈子が言う。
「作った彼女がね、それをゴミ箱に捨てちゃったんだって」

 つまりは。
 もうそれはそれは純粋に、ガトーショコラの怨念らしい、と百合野は告げる。

「何か以来、2月14日になると、調理実習室から等身大のガトーショコラが
転がり出すんだって。で、女の子見ると『捨てるとは何事』って攻撃するし、
男の子だと『食べて食べて』って轢くんだって」
「ひく?」
「轢く。ぺたーっとこう」
 言葉と一緒に、手で熨すような仕草をしてみせる。
「……ホールのケーキ、捨てたわけね」
「包丁、入らなかったっていうからねー」
「…………げー」

 しかしなあ、と、沙奈子が小首を傾げた。
「バレンタインデー、明日だよね?」
「そそ」
「明日は、じゃ、調理実習室から下が危険?」
「……調理実習室って、どこにあるっけ?」
 逆に問い返した初音の言葉に、後の二人がげんなりする。
「この前の実習、そういえば実習室が見つからないで無期延期になったっけ」
 それでもその声はヒステリックにならないのだな、と、初音はぼんやり考え
る。諦めなのかは知らないけれども、けれども結構前向きな諦めなのだな、と。
 頭で理解するのは諦めて、とにかく乗り越える。
 そういう風に……自分たちは、とりあえずここに順応している。

「つまりは、要するに、明日部屋から出ない、でいいんじゃない?」
「そうだね」
 沙奈子の言葉に初音が賛成する。と、百合野が途端に詰まらなそうな顔にな
る。
「……それでおしまい?」
「そうだけど?」
「折角のバレンタインデーを?」
「だって、関係無いし」
 本当にごく淡々と言った初音を、じろりと百合野が見やった。
「つまんないお二方」
「って言うか。何でまた百合野、そんなに一所懸命その話題でこっちに振るわ
け?」
 沙奈子が目を細めて切り返す。と、途端に百合野の顔がひくん、と痙攣した。

「贈りたい人でも、いるの?」

 
 やーだなあそんなのいるわけないじゃないのあははっ、と、実に実に誤魔化
し下手な友人の性格を再確認した挙句、沙奈子は百合野を放免した。
「つまりあれって、持っていくの付き合え、という含みだと思う?」
「……うーん」
 この間、ひたすら傍観に徹していた初音は首を傾げた。
「どうだろ」
 そもそも初音にすれば、誰かにチョコレートを持って行きたい心持ち自体が
謎である。ついでにそれに友人をつきあわせる辺りになると、想像力の限りに
まで達してしまう。
「もしそうだとして、初音つきあう?」
「……百合野がそう言うんならね」
 おひとよしー、と吐き捨てるように沙奈子が言う。
 初音は、ただ、少し笑った。

 おひとよしー、と言う沙奈子だって、結局は自分達に付き合うのだから。

「でも百合野」
「ん?」
「思うけど……本当に私らって役に立つのかな」
「わかんない」
 両手に袋を下げた百合野は、あっさりと言ってのける。
「じゃ、何で?」
「心細いから」
 端的な言葉に、沙奈子がのめった。
 なんだかんだと言いつつ、2月の14日。校内がどうも妙な具合にざわざわ
しているのは気のせいではあるまい。
「……大変だと、思う」
「へ?」
「相手のいる教室、動いてるんだもの」
 よいしょ、と、手風琴を担ぎなおして、初音が苦笑しながら言った。
「あー、そいえばやっちゃんが探してたよね、二年の先輩」
「……そういう百合野はどうなのよっ」
「あたしは、大丈夫だもーん」
「どっから出てくるんだろう、その自信は」

 放課後。
 小柄な女生徒が、小走りに三人の横を追いぬいて行く。

「……ねえ」
「は?」
「なんだか、凄いね」
「……は?」
「なんだか、とっても凄いね」
「…………はあ?」
「……良く、わからないけど」

 一心に走る横顔が、ひどく。
 初音には綺麗に見えた。
 
 ほんの少し、それは、手風琴を教えてくれた先生の顔に似ていた。
 遠い国を、想い出す視線に。

 と。

「きゃあああああああっ」

 方向は、上。
 廊下を歩いていた連中が、一斉に足を止める。
 否、上であった筈の方向は……

「うわぁっ」
 
 それは、丁度コマ落としの風景に似ている。
 初音達の後ろ、教室の窓にして三枚分向こう。廊下と教室を隔てる壁は、そ
の半分が硝子窓なのだが、その、桟も壁自体もぶち破って。
「なっなになになにっ」
「逃げるよっ」
 声の裏返った百合野のひじを掴んで、初音はそのまま後ろ手に引き戸を開き、
教室に飛びこむ。但し手は引き戸にかけたまま、つま先は桟に引っ掛けたまま。
 一歩遅れて沙奈子と百合野が同じ格好で教室の入り口に避難した。その鼻先
を、焦げ茶の壁がごう、と流れてゆく。
 それもまた、一瞬。

「……何だったの今の」
「撲殺ショコラじゃないの?」
 小柄な初音の頭の上から、沙奈子が答える。
「誰か、轢かれてる?」
 教室の入り口の柱を、まだしっかりと掴みながら、百合野は首を傾げて廊下
の左右を見る。近くの教室から、やはり同じように顔を出してきょろきょろし
ている男子生徒がこちらを見て、おや、と言いたそうな顔になった。
「そっち、無事か?」
「三人、無事」
「教室の中は?」
「ええっと……」
 言われて初めて、三人は後ろを振り返る。教室の引き戸の向こうに何がある
かは予測がつかない。そのことにいい加減慣れたからこその、三人の現在の格
好である。入り口までは廊下に属するらしいが、下手に踏み込むと何処に出た
ものやら見当がつかない。
 けれども今回は。
「…………うわー」
「げっ」
 思わず叫んだ沙奈子と百合野の声に、男子生徒は怪訝そうな顔になる。初音
が補足した。
「ここ、調理実習室みたい」
「え」
 わらわらっと、それを聞きつけてか、男子生徒の後ろから、数人飛び出して
くる。
「じゃ、そこなら今日は安全だよねっ」
「…………えええっと多分……」
「多分?」
 返事の前に、たたたと小さく走り寄った女子生徒が、教室の入り口から覗き
込む。やはり手は片方、柱に掴まって。
「……っ」
 そして、全員が息を呑んだ。
 
 全く同じ顔、同じ髪型の女の子がざっと20人。きゃわきゃわととても楽し
げに手を動かしている。白い割烹着、白い三角巾。粉をふるう者、バターを練
る者。そして丸いケーキ型にタネを流し込む者。
 オーブンを今まさに、開こうとしている者。
「…………」
 百合野が、ゆっくりと廊下のほうへと避難した。
「ねえ、これって」
 沙奈子が口の中で小さく呟く。
「これって…………」

 ひどくゆっくりと、開けられるオーブンの扉。さし込まれる手を押しつぶす
ように、そこから焦げ茶色の塊が大きく膨れ上がる。ひどくざらざらとした、
奇妙な質感のまま。
 そしてどう考えても不可能な大きさのその茶色い何かは。
「撲殺ショコラ?」
 
 奇妙な、奇妙な風景。
 きゃわきゃわと笑うままの女の子の手を押しつぶし、全身を押しつぶした茶
色の塊は、そのままオーブンから溢れだしてゆく。溢れ出した塊は、そのまま
ホールのチョコレートケーキの形をしていた。
 それはオーブンの近くの女の子を飲み込み、近くで型にタネを流し込んでい
た女の子を押しつぶし、型に粉をふっていた女の子を食い潰すように消し去っ
た。
 ぐしゃり、ぼきり、と、流石に今でも聞き慣れてはいない音。
 それでもまるで変わりの無いまま、彼女達はきゃわきゃわと笑いながら作業
を続ける。楽しげに、ほんとうに楽しげに。
 同じ顔の、同じ笑みの。
 そしてその間にも、オーブンから出てきたケーキはずんずんと膨らみ大きく
なり。

「…………」

 沙奈子が初音を見やる。初音もまた、左右を見やり、そしてそっと隣の男子
生徒の肩を叩く。叩かれたほうはびくっと大きく肩を跳ね上げたが、流石に声
を出すことは無かった。

 膨れる……というより、とにかくただずんずんと、大きくなるケーキ。
 次から次へと、女の子達を踏み潰して。
 次第に……そう、濃くなる。
 血臭。

 ゆっくりと、足をずらして、廊下へと戻る。
 ゆっくりと、重心を後方にずらし、手を緩める。
 ゆっくりと。

 そして。
 廊下を叩きつけるような音と同時に、全員が走り出した。

「上へっ」
「あいっ」

 走る、その背後から何かをへし折る音と、硝子が連続して壊れる音が響いた。
 振り返る手間を、全員が省いた。


「…………な、なんだったの今の」
 今度こそ、普通の教室であることを確認してから避難した、その三年八組の
教室の中で、百合野が吐く息と一緒に問いを吐き出した。
「…………考えたくない」
 成り行きで一緒に逃げた女子生徒が、思いっきり顔をしかめた。
「夢に出そ」
「うわー、言うな言うな初音っ」
 ぱかっと、声と同時に口を手で塞がれる。
「そんなこと言われると、あたしほんとに夢に見るじゃないっ」
 沙奈子の声に、数人がうんうんと頷く。
(……そんなものなのかな)
 ちょっと、考え込む。
 そんな、ものなのだろうかな、と。
 頭の片隅でけれども初音は納得している。こうやって自分が考えること、他
愛の無いことにかかずらって考え込むこと。
 それはきっと逃避だ。今の風景からの。

 ごく平然と、ごく当たり前に、呑みこまれてゆく日常の。


「はーつーね?」
 不意に、塞いでいた手が離れる。そのまま頭の方へとその手は移動し。
「だいじょぶ?」
 くき、と、頭の向きを変えられる。
「あー、だいじょぶ」
 
 そう。
 もう、大丈夫。

「しっかし」
 ぽん、と初音の頭から手を離すと、沙奈子は百合野の手元を指差した。
「結局、それ、どーすんの?」
「んー」
 それでも執念と言うかなんというか、手放すことの無かった紙袋を、百合野
は改めて眺めたが、
「どうしようねえ……」
「相手はどこにいるか分かる?」
「……寮に、いるかなあ」
 紙袋をごそごそと探って。
「あー、でも、義理チョコまでは配る元気ないなあ……どーしよ」
「でも、あんた上げないと、芋蔓人脈に悪いんじゃない?」
「なによそれ」
 言いながらも、百合野はごそごそと何やら勘定しながら袋の中をかき回して
いたが、
「はいっ」
 またえらく威勢の良い声と一緒に、中から二つ、紙包みを引っ張り出した。
「……あ?」
「そこなお二人に、義理チョコだよっ」
「…………ゆーりーや?」
「あい?」
「あたしら、女だよ?」
「見たら一応わかるけど?」
「で、チョコなの?」
「3月14日に、クッキーのほうが良かった?」
「それもちょっと違うよなあ」
 
 横で、一緒に逃げてきた連中が、ほけらっとしてやり取りを見ている。

「ありがとう」
 小さく笑って初音は言った。
「3月14日には、お返しするね、そしたら」
「わーいっ……ほらご覧沙奈子。この素直さがあんたには無いのよねー」
「……無くって幸い」
 ぶつぶつと、何やら沙奈子が続けて愚痴る。それを聞き流して。
「で……丁度良いんで、ここで、みんなで食べよ?……いい?」
「そだねー」
「あ、あたしも食べたいっ」
「……あんた自分で買っといてから……」
「だから食べたいんじゃないっ」

 いつもの、日常と。
 昔と一緒の、日常と。
 それは確かに違うのだけれども。

 まるで振り子が、いつのまにか元の位置で止まるように。

(結局)
(もし、昔の世界にいたとしても)
(いたとしても)

 やっぱりこの日、こうやって皆で、義理チョコを食べているような気がした。
 やっぱりこうやって……


「んじゃ、いただきまーす」
 嬉しげに、百合野がチョコレートを口に放りこんだ。



**************

 いじょ。
 ではでは。




    

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