[KATARIBE 22133] [HA06N]EP: 『車検帰りに』

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Date: Thu, 9 Aug 2001 16:33:19 +0900 (JST)
From: 久志  <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 22133] [HA06N]EP: 『車検帰りに』 
To: kataribe-ml@trpg.net
Message-Id: <200108090733.QAA39794@www.mahoroba.ne.jp>
X-Mail-Count: 22133

2001年08月09日:16時33分18秒
Sub:[HA06N]EP:『車検帰りに』:
From:久志


 久志です。
さくさくっと書いてみた幸久の葬儀社勤務のひとコマです。
これ書くために車検云々聞いたんだよなあ……
しばらく書いてないせいで、書くのがえらく遅くなったよ〜

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『車検帰りに』
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 本宮幸久(もとみや・ゆきひさ) 
     :小池葬儀社勤務。妙に霊感のある軟派にーちゃん。
 バイトくん:小池葬儀社バイト
 お嬢サン:謎のお嬢さん

昼の番
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 吹利県明神市用水路にて男性の水死体発見、梅雨の増水時の見まわりの際に
誤って転落した模様。

 おもむろに開いた新聞で最初に目がいくのは大抵死亡記事だ。まあ、職業柄
真っ先に目をつけるようになるのはしょうがねえ。

「社長は?」
「ああ、ご遺族と打合せはいってますけど」
「相変わらず行動はええな」
「まあ、仏様が労働組合所属でしたから。どの道こっちに回ってくる予定だっ
たそーです」

 社長以下数名が現地へ、残りはそれぞれ営業と挨拶まわり、個別での法要の
見積だのででばってるので、事務所には大抵二人ほどしか残らない。
 俺も新入社員という扱いなもんでバイトと一緒に電話番だ。もっとも俺は高
校時代から手伝いを始めて、大学で正式にバイト、卒業後即正社員という立場
上、仕事の大半は慣れたモンでもあるんだが。

「さっきの電話の様子だと、規模は中程度、来客はほぼ現地知人のみ、場所は
本町斎場だそうです。祭具物品注文はもう押さえてあるみたいっす」
「ご遺体は一応サツ預りか?」
「ええ、司法解剖があるそうで」
「お迎えは?」
「明日の夕方にはこちらが引き取りに出るそうです」
「わかった」

 ホワイトボードに目を走らせる。

 外出中の社員の行く先と目的。
 所々予定の書き込まれた二週間分の業務予定表。
 現在見積請負中の顧客一覧と近況メモ。
 社用車使用状況一覧。

 社用車一号……稼動、使用者:宮崎
 社用車二号……駐車、本社車庫
 社用車三号……車検中
 社用車四号……駐車、吹利本町駐車場

「そーいや、車検だしてた送迎車三号の引き取りにいかねえとな」
「あーそっすね、もう終わってますね」
「他の連中も当分戻らねえし、今のうちに取りにいってくる」
「バイクで送りましょうか?」
「いや誰もいなくなったらまずいだろ、歩けねえ距離でもねえし。一時間くら
いで戻る、電話番頼むな」
「わかりましたー」

 ホワイトボードの社員表の外出にチェックを入れる。
 本宮幸久・外出   車検引取

「じゃ、行ってくる」
「はい」


助手席には
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 徒歩約20分、大通りからだいぶ外れた先にある小さな車両整備工場。鼻先
を真っ黒にした親父が汗をぬぐってるのが見える、こっちに気づくと小さく頭
を下げた。事務所のドアを開けるとうってかわって小奇麗なスーツの男が椅子
を勧めた。

「いらっしゃいませ、ご用件は?」
「先日、車検を頼んだ小池葬儀社の本宮です。車の引き取りに来ました」
「はい、少々お待ちください」

 事務所の窓から古びた黒塗りのクラウンが見える。横っ腹には少しかすれた
白抜き文字で小池葬儀社(業務用)の文字が見えた。

「小池葬儀社様業務用車、うけたまわってます。こちらが書類です、ご確認く
ださい」

 差し出された紙にざっと目を走らせ、懐から財布をだす。

「車検証のほうは後日郵送致します、それまでは車検済のシールをお車のほう
に張っておきますので。一週間ほどでお送りいたします」
「はい」
「それでご料金ですが、諸費用合わせて消費税込みで101,325円となっております」
「領収書頂けますか?」
「かしこまりました、お名前は小池葬儀社様でよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いします」

 札をそろえ、二回数えなおして手渡す。

「ありがとうございます、お車のほうはこちらで入り口までお運びしますので
お待ちください」

 さっきの黒鼻の親父が大きく手を回して車を誘導している。のろのろと事務
所のすぐ入り口手前にすべりこんでくる。

 その、入り口の隣に放置された一台の車。

 淡いグリーンのボンネットがひしゃげ、車幅が半分につぶれ、割れたフロン
トガラスの奥にしぼんだエアバックがハンドルの上にかぶさっている。

 つられて視線の先を追った社員が声をひそめた。

「あれですか、先日運ばれた事故車です」
「生々しいですね」
「ええ、本町交差点で酔っ払い運転のトラックと正面衝突で」
「運転者は?」
「……即死だそうですよ、お気の毒なことです」
「そうですか」

 なんというか、こういう生々しいものはよくねえ。
 特に、俺には。

「ではお車移動終わりました、どうぞ」
「はい」
「こちらです、お車の確認のほうを」

 黒塗りのクラウン、俺が高校の時に手伝いをはじめた時から使ってるなかな
か年季の入ったヤツだ。本来送迎用だが、緊急時にはご遺体も運べるように改
装してある。

 見慣れた車。

 ふと、白い影が目に留まった。

 助手席。
 白いワンピース。
 黒い髪。

「お客さま」
「……」
「お客さま?」
「あ」
「どこか問題がおありですか?」
「いえ、なにも。すいません」

 大有りだ。

「こちらのほうに車検済の紙が張ってあります、車検証が届くまでは剥がして
お乗りにならないようにして下さい」
「わかりました」
「こちらキーになります、今後もお引き立てください」
「ありがとうございます、それでは」
「ご利用ありがとうございました」

 助手席に一瞥くれて、黙って運転席に乗り込みエンジンをかける。
 黒鼻の親父が発車オーライの手を振る。スーツの男が深く頭を下げるのを見
て、ハンドルをきった。

 会社で借り上げてる駐車場までは十分ちょいくらいかかる。

「……で」

 信号待ちで停まった合間。助手席に座り込んで黙ったままの白ワンピース嬢
を横目で見た。

「どちらまで? お嬢さん」
「……」

 予感的中というか、なんというか。
 ああいう直接的に死にかかわったものにはやはりそれなりに想いが残る。
 ましてや事故だ、それこそ自分の死を薄々予感した病死や老衰とは違い、残
る想いの桁が違う。さらに言うとこういう輩は自分を目に留める相手に寄りつ
きやすい。

「答えてくれよ」
「あの……吹利本町交差点へ」
「了解」

 駐車場までは少々回り道だが、無理な距離でもない。信号が青に変わるのを
見計らってアクセルをふんだ。


「何も聞かないんですね」
「聞いて欲しければね」

「……待ち合わせ、してたんです」

「ああ」
「私が大通りのマーケットでお買い物して、彼が酒屋さんでビールを買って、
交差点角の家具屋さんで会おうって」
「……」
「新しいテーブル欲しかったんです、手作りって感じのが。その後は彼のお家
で私がお料理作って、二人でビール飲んで、旅行のパンフレットを見て……」

 そのまま口をつぐんだ。
 クーラーの風の音が静かに聞こえる。

 可哀相、と言うのは簡単だ。言うだけなら。

 商店街入り口を通り過ぎる。
 車道が広くなり、スピードを増す車が増え始めた。

 吹利本町交差点。丁度、信号が赤に変わった。

 歩道橋の側のガードレールが一個所へこみ、花束が添えてあるのが見えた。

「着いたぜ、お嬢さん」
「ありがとうございます」

 小さく会釈すると、彼女の左手がドアをすり抜けた。引き込まれるように体
がドアの外へと消えていく。

「迷うなよ」
「……はい」

 かすれた声が聞こえるのと同時に信号が変わる。
 そのままアクセルを踏んで、車を走らせた。

解説
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 葬儀社のお仕事中の幸久、車検帰りにであったお嬢さんは……
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これ書くためにひたすら葬儀社のサイトさがしまくたよ、へうへう


    

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