[KATARIBE 21623] [KMN] 『黄金週間〜一瞬の虫干しにて候』

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Date: Thu, 26 Apr 2001 21:18:15 +0900 (JST)
From: "E.R" <furutani@mahoroba.ne.jp>
Subject: [KATARIBE 21623] [KMN] 『黄金週間〜一瞬の虫干しにて候』 
To: kataribe-ml@trpg.net
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2001年04月26日:21時18分15秒
Sub:[KMN]『黄金週間〜一瞬の虫干しにて候』:
From:E.R


こんにちは、E.R@屑 です。
昨日送りました話の、裏側ばーじょん。
すまねえはりにゃ。
ネタが書いてと泣くのだよ。
#泣くのなら 殺してしまへ ほととぎす……ってのが正しいのだけどね、本当は(苦笑)

お銀的三人称。

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黄金週間〜一瞬の虫干しにて候
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 世の中では『黄金週間』と名付けられている期間。
「すみません、こちらに『並行植物』ありますか?」
 おずおずとやってきては、唐突な本の名前を告げる客が、増える時期。
「……お待ち下さい」
 まさかそこで、『知るかよ自分で探せ』とは、言うわけにはいかない。
(水華にうんとこさ怒られるよね)
 お銀は小さく、息を吐いた。


 水華の真似も、正直かなり上手くなったとは、思う。
(というか……水華のことを、皆が忘れているのかもしれないけど)
 そう考えると、少し寂しいけれども。


 黄金週間。その言葉に相応しくよく晴れた日に。
(こんな辛気臭い本屋に来る奴が、それでもいるんだからねえ)
 目の前には、小さな少年3人と、その母親。一番小さな子供は母親の背中で
うとうとしている。上の子供はやっと小学生になったくらいに見えるが、どう
やら母親に言い付かっているらしく、本に手を出さない。背中に手を廻して握
り締めながら、でも興味津々という顔で、絵本の背表紙を眺めている。
 真中の子は、そこまでの自制心は無いらしいが、時折本の方に走りかけては、
がっくんと急ブレーキがかかる。その度に母親が手を掴んで止めているのだ。
(いいお母さんだな)
 そこら辺はごく素直に、お銀は頷いていたりする。

 と。

 からからと、静かに硝子の引き戸が開く。
 自然に、視線がそちらを向く。
(おや)

 長い髪を、素っ気無く後ろで束ねた女性。背が割に高く、色が白い。白のブ
ラウスと紺のスカート、飾り気の無い格好の彼女は、そっと後ろ手に引き戸を
閉めた。

 同時に、お銀の鼻の奥が、つんとうずいた。

(橋姫、か)


 妖怪。あやかし。化け物。
 色々に呼ばれるモノ達が、この世界には複数いるらしい、と。
 ……お銀が知ったところで、まあ偉くもなんともないわけだが。
(結構、いるもんだね)
 レジの前でするんと立ったまま、そんなことをお銀は考えている。

 鬼。
 子安人形。
 そしてこの橋姫。

(まーさか。ここまでごろごろしてるとは、思わなかったもんねえ)
 本当に微かに、お銀の目が細められる。
 苦笑。
 そうと分かる人も、そうはいるまいが。

 橋姫は、文庫の並ぶ棚の前で、小首を傾げて本の題名を追っている。

 彼女が、この店の常連になって、そろそろ一年が経つ。
 実は、最初に来た時から、彼女の正体をお銀は見切っている。というより、
嗅ぎ切っている、というべきかもしれないが。
 どうしてかは不明だが、同類達が近づくと、お銀の鼻はつきんとうずく。視
覚ではなく、嗅覚で、彼女は同類達を見分ける。
 妖怪か、人か。
 妖怪のうちの、何なのかは……暫く見なければわからないのだが。

「おかーさん、これっ」
 絵本の前を、数度うろうろうしていた子供が、高い声で母親を呼ぶ。大きい
声出さないの、と、たしなめながら、母親が子供の指差すほうを見る。
 橋姫が、ちょっと振り向いて子供を見やった。
 首の青白さが、際立った。


 亡くなった水華の代わりにこの店を護るために、お銀は猫の身を人へと化し
ている。そういう意味で、彼女は確固たる意思をもって人間へと変じているし、
そういう意味では毎日堂々と、生きている自覚はあるのだが。
(どーも、ね)
 橋姫。恐らくは自分より遥かに長い時を生き延びてきた筈のこの同胞は、奇
妙に頼りなく、不確実に見える。
(なんなんだかね)
 始終うつむいている視線も、少し猫背の背中も。


「すみません」
 先程の本を、母親が差し出している。
 受け取り、金額を提示する。薄い本を大きめの紙袋に滑り込ませ、口をテー
プで止める。受け取ったお金を確認し、お釣りを渡す。
 その動きが、異様に滑らかである……とは、お銀は自覚していない。
 子供二人が、目を丸くして見ているのにも……気がついていない。

「ありがとうございました」
 無愛想を誇るお銀も、この言葉だけは忘れない。目で母親に確認してから、
一番上の少年に本を渡す。途端に少年の顔が笑いで一杯になった。
「ありがとーござますっ」
「……いえ、どういたしまして」
 本を買う場合、そのお返事はちょっと違うかも、とも思うのだが……まあ、
悪いわけでは勿論、無い。
 少年は本を抱えて、引き戸へと突進する。その後を二番目の子供がとうとう
母親の手を振り切って追いかける。硝子にぶつかる前に、上の子がびしっと手
を伸ばして、小さな弟を引きとめた。
「だめけんちゃん。あぶないだろ」
 ここぞとばかりに兄貴ぶってから、硝子戸を開け、外に出てゆく。
「こら、待ちなさいって」
 財布にお釣りを入れていた……故に、手がお留守になったのだろう……母親
が、慌てて後を追う。
 逆光の中に、三人分の枠だけがくっきりと浮かび上がって。

 微かに、金色に縁取られる、姿。
(黄金週間、ねえ)
 ほんの少し目を細めて、お銀は目で追う。
 光の中に、力がある。鋭いばかりではない、まあるい力が。
 そんな季節に…………

 
「ちょっと」 
 何故、声に出してしまったのか、後からお銀も首をひねることになる。けれ
ども咄嗟にこぼれた声を、口の中に収める術は無い。 
 はい、と、はあ、の間の間投詞と一緒に、彼女が振り返る。目が合う。
 ただ、その視線は、また本棚に戻った。

 そのまんまにしておけば、良かったのだ。
 ……が。
(無視しなくても良いだろうっ?!)
 …………むきになる必要は、尚更に無いわけだが。

「ちょっと」
 言いつつレジから滑り出す。猫族に準じる動きは異様に速く、音もまた伴わ
れることはない。
 振り返った橋姫が、目を丸くする。
「え……え?」 
(その目だよ、その目)

 不思議で仕方が無かったのかもしれない。
 自分と同じような、もの。同じような、妖怪。
 けれども確固としてここに存在し続ける自分や子安人形と、彼女の違い。
(何でここまで、おどおどと生きてるんだろう)
 正体が暴かれることの恐怖は、自分にも常にある。そういう恐怖ならば分か
る。けれども。
(何で)

「……あの、申し訳ありませ」 
「違うよ」 

 言ってから、次の言葉が続かなくて、お銀はちょっと途方に暮れた。
 目の前で、橋姫は尚更に途方に暮れた顔になる。
(えい、仕方ない)

「ちょっと気になってね」 
「……あの?」 
「……だから、違うって」

 言えば言うだけ、彼女は竦み上がる。
 言えば言うだけ、お銀は内心に苛々としたものを抱え込む。
  
「別に、あんたがどうこうじゃないんだけど」 
「……は」 

 消え去りたいように、背中を丸め、怯えた顔をする妖怪。
(ああもうっ!)
 そこらでお銀の根気が尽きた。 

 右手を伸ばして、相手の左肩、肩甲骨のあたりを持ち上げるようにはたく。
 ぱんっ、と、思った以上に大きな音。
「姿勢が悪いっ」 
「あ、はいっ」 
「あんた、深呼吸したことある?」 
「え……」 
「たまには、深呼吸ぐらいしな。背を伸ばしてさ」 

 この、大気さえ豊かな光を蓄え込むようなときに。
 何が哀しくて、澱むような暗さを抱え込んでいるのか。

「腐りたく無いなら、さ」 

 言うだけ言って、またするりとお銀はレジの前に戻る。
 返事は、無かった。


 見つけた本を、やはりおずおずと橋姫は差し出す。
 いつもの調子で受け取り、金額を提示し、本にカバーをかける。

「ありがとうございました」
 小さく礼を返すと、橋姫はそのまま引き戸を開けて出ていった。

 ひかり、ひかり。
 大気が光を含む季節。
 何となく、その姿をお銀は目で追う。

 と。
 下を向いていた頭が上を向く。すう、と、背が伸びて。

(あ)

 逆光の中、黒く見える筈の彼女の背中が、淡く光を放つ。
 
 ほんの……一瞬。


 そして彼女はそのまま歩き出し、硝子戸に仕切られた視界から消えた。
 

 ふと気がつくと、お銀は小さく笑っていた。
 どうして笑っているのかは、自分でもわからなかった。

 ただ。

(まだ、腐るにゃ早いよね)
(あんたも……あたしも)

 妖怪とはいえ。この世界の理に適わぬモノであるかもしれぬとはいえ。

 からからと、硝子の引き戸がまた開いた。


***************************************

 いじょ。
 ……お銀だわー(しみじみ)
 
 であであ。


    

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